ニコラウス・ドゥンバ
ウィーンの実業家。他にもさまざまな肩書き。国会議員、市会議員、貯蓄銀行総裁でもある。何よりも芸術家の支援者だ。さらには自身が有能なテノール歌手である。ウィーン男声合唱団の団長も務めた。パルクシュトラーセ4番地の屋敷は4階建てで、ほぼ宮殿と申してよい規模。ここの音楽サロンの装飾はグスタフ・クリムトによるものだ。
現在ウィーン観光の目玉になっているような有名な建物の多くが彼の寄付によって建てられたという。楽友協会、コンツェルトハウス、クンストラーハウス、市庁舎、国会議事堂、フォーティフ教会、ウィーン大学など枚挙に暇が無い。
屋敷の音楽サロンにはブラームスの出入りも確認されているし、資料室にはブラームスの手紙も保管されている他、何と言ってもシューベルトの自筆譜のコレクションが超目玉だ。ブラームスはこれが目的で出入りした可能性もある。ウィーン郊外への散歩にブラームスと同行したことがホイベルガーによって証言されている。
さらにもっと凄い話を小耳に挟んだ。ウィーン中央墓地にあるドゥンバのお墓は、ブラームスの墓の隣にある。ブラームスは26番で27番がシュトラウスなのだが、25番がドゥンバだった。ウィーン中央墓地32区Aは「楽聖特別区」だ。音楽家ばかりの一角に埋葬されているところを見ると現地では相当な位置付けだと思われる。
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