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2021年7月10日 (土)

発起人団

高名な作曲家の作品全集は、個人や一出版社の手には余ることが多い。大作曲家ともなれば作品の総数は数百に届くし、ジャンルは多岐にわたる。バッハもベートーヴェンもモーツアルトも、もちろんブラームスもそうだ。だから全集の出版を目的として協会が設立され、人々が力を合わせることになる。

シューベルト協会は1884年に設立され、1897年にかけてシューベルト作品全集の出版にあたった。バッハ、ヘンデル、モーツアルト、ベートーヴェンに次ぐタイミングだ。メンバーには、クリュサンダー、シュピッタ、マンディチェフスキーに並んで、案の定ブラームスも名を連ねた。クリュサンダーはヘンデル、シュピッタはバッハの泰斗である。当時のウイーン楽壇の英知を結集するかぐわしいメンバーだ。

このうち歌曲編集の主幹はブラームス一の子分マンディことオイゼビウス・マンディチェフスキーその人だ。なんせウィーン楽友協会の司書だ。マンディは何かと師匠ブラームスに相談した。ブラームスはあれこれと苦言も呈するが基本的には仕事ぶりをほめている。

だから、ブラームスは当時のシューベルト研究の最先端の情報に頻繁に接していたと考えていい。

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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