譜例無しという緊張感
今や必携のガイドブックと化した「シューベルトの歌曲をたどって」を読みふけっていて、呆然とした。全490ページの大著なのに、譜例が1か所も無い。ただの1か所もだ。著者フィッシャーディースカウ先生は、シューベルトの歌曲を作曲順にたどっては見せるのだが、論述作品の特定や、ディテイルの指摘にあたって譜例を頼っていないということだ。オリジナルがそうなっているのか、和訳本だけの特徴なのかわからぬのがもどかしい。本文中に譜例の参照をほのめかす記述はないからオリジナルにも譜例が無いと感じる。
同書が解説書でも入門書でもない証拠だ。愛好家に手取り足取りではない。自身がシューベルト全集を録音するにあたり、解釈の参考にと集めた情報の備忘的列挙が主眼なのだ。どの曲のどの場所の論述なのかは本人がわかっていれば事足りるとばかりに、譜例が姿を見せない。
音や、楽譜に頼らずにもっぱら文章と文脈だけで、シューベルトの生涯を網羅しようという決意が見え隠れする。もはや大歌手にして大文筆家だ。興味があるなら読者自ら楽譜なりCDなりを用意しなさいという静かな、しかし決然としたメッセージと見た。
かっこいいと思う。歳のせいだろうか。
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