ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 白鳥の歌論争 | トップページ | 収載の可否判断 »

2021年8月 2日 (月)

論争の決着

シューベルトの「白鳥の歌」を「歌曲集である」と認めるか認めないかの論争 があると書いた。ブラームス最晩年の時点でこのような論争があり、「認めない」派のブラームスは分が悪そうだと心配した。

さて書籍「シューベルトの歌曲を辿って」の中で御大ディートリヒ・フィッシャーディースカウ先生はどのような見方をしているかまとめておく。

先生はまず同曲集の成り立ちをテキストの供給者をキーに以下のように分類する。

  1. レルシュターブがテキストを供給(1~7)
  2. ハイネがテキストを供給(8~13)
  3. ザイドルがテキストを供給(14)

上記1は本来ベートーヴェンに作曲を依頼したものだが、巡り巡ってシューベルトに回ってきたもの。だからシューベルトがそれれらを連作歌曲の中に組み入れる気でいたとある。同様にシラーのテキストによる上記2もこれに数曲を加えて独立した連作歌曲にするつもりだったという。だからシューベルトがもう少し長生きしていたら、レルシュターブ作とハイネ作の2つの連作歌曲集が誕生していた公算が高いが、どちらもタイトルが「白鳥の歌」になっていた可能性は低い。

残念なことにシューベルトはこの世を去り、兄フェルディナンドと出版社ハスリンガーの協議により、上記1~3がまとめて出版され、何の関係もない「白鳥の歌」というタイトルまで付加された。

フィッシャーディースカウ先生の分析は以上だ。

連作歌曲集に仕上げる気はあったが現在流布する「白鳥の歌」という形態はシューベルトの意志ではないと読める。

これらをまとめて演奏することの意義を疑うブラームスにも一理ある。

« 白鳥の歌論争 | トップページ | 収載の可否判断 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 白鳥の歌論争 | トップページ | 収載の可否判断 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ