こおろぎ三題
小倉百人一首、九条良経の歌は下記。源実朝、後鳥羽院とともに大好きな歌人ベスト3を構成する。
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣片敷き独りかも寝む
ここでいうきりぎりすは現代で申せばこおろぎであるというのが定説だ。独り寝の孤独を詠うツールがこおろぎの鳴き声になっていると思っていい。
ドイツ語で「こおろぎ」は「Grille」だ。ブラームスの歌曲では「夏の宵」op85-1と「野の寂しさ」op86-2に「Grille」が現れる。とりわけ「私的ブラームス最愛の歌曲」の座に君臨する「Feldeinsamkeit」(野のさびしさ)op86-2の10小節目に複数形の「Grillen」が出て来る。「rings」という動詞が追随するので鳴いているとわかる。タイトル後半に「einsamkeit」とある通り、「孤独」を表すツールが「こおろぎの鳴き声」となっている。
さあそしてシューベルトだ。「孤独な男」(DerEinsame)D800を聴いてみるといい。テキスト冒頭にいきなり「Grillen」が出現する。イントロの意味ありげな16分音符が実は「こおろぎの鳴き声」の巧妙な描写だと気づかされる寸法だ。ここでも「こおろぎの鳴き声」が「孤独」とセットになっている。
テキストの供給は「野の寂しさ」がアルメルス。「孤独な男」がラッペだ。九条良経、ブラームス、シューベルトという私にとってまたとない一致。この手の偶然をスルーしないのがお約束だ。
今、芸術の秋。
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