月に寄せて
シューベルト歌曲の月の歌最高位にはなんといっても「An den mond」D193を推す。テキストはヘルティ。ニ短調8分の12拍子の部分がヘ長調2分の2拍子を挟む3部形式と申しては理屈が過ぎよう。イントロ部、右手に出現する上行3連符の分散和音がひそやかな感じ。左手が低いところで奏でる波のせいで、ここが8分の12拍子だと刻印されているのだが、そこを棚上げにすれば何かに似ている。
そうだベートーヴェンの月光ソナタ第一楽章冒頭の有名な月光の描写だ。命名のもとは詩人レルシュターブの「ルツェルン湖云々」のコメントだ。この詩人シューベルトにもテキストを供給しているから妄想は膨らむ一方だ。作品の成立は月光ソナタに遅れること10年であるから、シューベルトがそのイメージを拝借したかもしれない。
フィッシャーディースカウ先生もご著書の中でこの類似を指摘しておられる。しかし、待ってほしい。レルシュターブの先のコメントは1832年のことなのでシューベルトもベートーヴェンも没した後だ。となると世間がベートーヴェンの嬰ハ短調ソナタを「月光」ともてはやす前に、シューベルトが上行3連符を自作「月に寄す」のイントロに採用したことになる。その方がよほど恐ろしい。レルシュターブのコメント自体がシューベルト「月に寄す」の伴奏音型が着想の根源かとも思えてくる。「月光ソナタ」の命名者がシューベルトに遡りかねない話。
本日中秋の名月。
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