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2021年12月31日 (金)

啓示

本日この記事をもって「第二歌曲特集」をお開きとする。この7か月本当にお世話になったフィッシャーディースカウ先生の著書「シューベルトの歌曲をたどって」を今一度引用する。

先生はブラームスがシューベルトを終生変わらず、しかも理解に満ちて崇拝していたと評する。そして極めつけの瞬間が458ページにやってくる。「シューベルトの歌曲において、何かを学び取れない作品は一つもない」と言ったブラームスの言葉を引きながら、「こう言ったこと自体がブラームス本人の名誉になっている」と断言しておられる。

このブラームスの言葉は弟子のグスタフ・イエンナーがブラームスから作曲を学んだ時の記憶として証言しているもの同じ系統にある。当時のウイーンでのシューベルトの扱われ方まで微妙に反映しているとにらんでいる。つまりブラームスの周りにシューベルトを評価しないか悪く言う人がいたり、そうしたネガティブは評価がブラームスの耳にも弟子の耳に届いていたことの反映だろう。「シューベルト舐めてんじゃないですよ」のニュアンスを含むと思っている。こうした背景をよく噛みしめて今一度フィッシャーディースカウ先生の言葉を見直すといい。

「シューベルトの歌曲において、何かを学び取れない作品は一つもない」と、評したことそれ自体がブラームス自身の名誉である。

含蓄がある。深い。泣きたい。

弟子にも自分にも世間にもシューベルトを擁護を言い聞かせるブラームスだが、そのこと自体が発言者ブラームスの見識の深さと懐の深さの証拠になっているとは。それをバッサリと断言するフィッシャーディースカウ先生の言葉を紹介してお開きの挨拶といたします。

 

2021年12月30日 (木)

今年の3人

今年とは2021年だ。

未曽有のコロナパンデミックに振り回されたと記憶されるに違いない今年を象徴する3人。

一人は将棋の藤井四冠。19歳にしてこの偉業。将棋の強さだけではない。対戦相手への敬意、いや将棋への敬意なのだろう。AIの取り込みぶりがやけにクローズアップされるが、破綻のないインタビューへの対応にもただただ感服する。高校球児たちと大して変わらぬ年齢で、言葉遣い語彙とも見事なものだ。甲子園で勝利のインタビューを受ける球児のあどけない発言と対極にある。こうした立ち居振る舞いはAIなんぞでは身につくまい。

お次はMLBロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平。もはや業績は繰り返すまい。彼の活躍のニュースで何度目覚めただろう。受賞の栄誉は10冠とも11冠とも聞く。

いかんいかん若い2人のヒーローに夢中になった。

3人目を忘れるところだった。

それはフランツ・シューベルトだ。

ブラームスさんにもバッハさんにも根回しを終えている。二人とも賛成してくれた。事実上のシューベルト特集は明日まで。

2021年12月29日 (水)

忠実な召使い

歌曲の歴史に王として君臨するシューベルト。王でも皇帝でも天皇でも事情は同じだが、後継者争いは一大事である。戦争の発端となる例は枚挙にいとまがない。

それでは「歌曲の王」の後継者は誰なのか。なんだかシューマンは違うという漠然とした思いがことの発端だ。私を歌曲というジャンルに導いてくれたのはブラームスだ。中学時代に音楽の授業で「魔王」を習ってはいるのだが、断じてシューベルトに導かれたとは言えない。

このほどの第二歌曲特集は、大好きなブラームスの歌曲を歌曲の歴史の上に置いて、しみじみと眺めなおしたいという一念から決意した。そしてそのツールにシューベルトを選んだという構図。「王の底力」を体験した上で、それでもなおブラームスラブが揺るがないのかどうかだ。ブラームスがシューベルトを敬愛したことは、伝記を読み進めていけばすぐに気づく。作品という証拠をあたってそのことを実感したいと思った。

結果、ブラームスラヴは微動だにしなかったが、巨大な副産物にありついた。シューベルトの歌曲のすばらしさに気づいたということ。敬愛してやまなかったブラームスの気持ちに少し近づけた。

歌曲王シューベルト、王子ブラームス。そして私はその忠実な召使い。

2021年12月28日 (火)

王子の座

大好きなブラームスの歌曲を、歌曲の歴史の中においてみたいと思い立ち、手っ取り早くシューベルトをツールに探求を続けてきた。片や歌曲の王で創作数575曲。ブラームスは民謡を入れても300に届かない。

でどうだったのか述べたい。自分の好みの上位50曲どうしならなんらそん色はない。がしかし、総数で半分以下では、品ぞろえがどうしても負ける。シューベルトが百貨店なら、ブラームスは専門店だ。シューベルトの品ぞろえの一部を取り出してそこに集中したのがブラームス。そのジャンルは有節歌曲だ。ドラマ性が勝ってしまうバラードや叙事詩には距離を置き、民謡と見まがうような有節歌曲を拡充した。品ぞろえで王に勝てぬのは承知の上で専門性で勝負した。テキストの重複を避けるべく、三大詩人は意図的に回避して差別化を図ったようにも見える。

アッと驚く新機軸は最後にとっておいたのだろう。「4つの厳粛な歌」では聖書から自由にフレーズを抜き出すという荒療治に打って出た。シューベルトにはない発想。交響曲の4つの楽章をなぞってはいまかという妄想も膨らむ。

 

 

2021年12月27日 (月)

さて困った

実は早くに決まっていた。だから困った振りだ。「シューベルト最愛の歌曲」の選定の話だ。ブラームス最愛の歌曲は「野に一人いて」op86-2だ。12年前から今日まで不動である。

シューベルト歌曲の最愛の一作は「夜と夢」D827である。テキストはコリン。シューベルトは前年に没したテキスト供給者への追悼として同詩に曲をつけた。フィッシャーディースカウ先生はご著書の中でこの曲を絶賛しておられる。「アダージョ歌曲の最高峰」「純粋なるものへの郷愁と没我」「極端に長い息に遅いテンポが重なって4拍子の枠に収まらない」「節度あるリズムによってのみ救われる」「ダイナミクスは断固ppが維持されるがテキストの起伏をその枠内で表現せねばならい」「ロ長調にはさまれたト長調の研ぎ澄まされた感性」など、そりゃあもういつになく雄弁。もしかすると先生もこの曲が好きなのではと勘繰りたくもなる。

だからというわけではないが、まさにシューベルト漬けだったこの一年半の取り組みの過程で、もう半年前には決めていた。

そう、「王と王子の12番歌合せ 」の9組目はこの「夜と夢」にブラームスの「野に一人いて」をあてがって「最愛の歌曲歌合せ」を仕込んでおいた。私の判定は愛をこめて引き分けだ。

泣きたい。

2021年12月26日 (日)

GOTOシューベルト

本年5月8日に始まった第二歌曲特集は、6月には事実上のシューベルト特集となって今に至る。いよいよ大晦日をもってお開きとなる。かれこれ8か月だ。かつて私はブログ「ブラームスの辞書」上でドヴォルザークを特集した。これは会期1年で262本の記事を積み上げた。ドヴォルザークは管弦楽、室内楽、歌曲、合唱曲、ピアノ曲、宗教作品まですべて話題にした一方、今回のシューベルトは、ほぼ歌曲だけで半年持たせた。歌曲の王シューベルトへの私なりの敬意の表明だ。

未曽有のパンデミックの中、心は本当に満たされていた。

やりがいと手ごたえ。シューベルトの歌曲に音をたててのめりこんだ。決意も完成も還暦過ぎとなった初めての大型企画だ。自分自身の脳味噌の機能の総点検をした気分。結果、若干の経過観察はあるものの精密検査沙汰にはならずにすんだくらいの感触。記事の枯渇への挑戦として始まったが、シューベルト、フィッシャーディースカウ両先生のお力を借りてなんとかエンディングを迎えることができそうだ。この規模の特集をあと5~6本ひねりだせれば記事確保にめどがつく。

2021年12月25日 (土)

大ハレルヤ

ドイチュ番号442を背負う。テキストはクロプシュトック。

先に紹介した世俗合唱曲全集にも収録されている。これが世俗だとはいかがなものか。

手元の作品一覧には独唱と合唱にピアノ伴奏がつくとされているが、ディースカウ先生の歌曲全集に収載されている。ご自身の著書の中で注意深い説明がある。独唱曲とも言い難いが、かといって合唱曲とも決しにくいとして「合唱用歌曲」という提案をしておられる。さらにさらに興味深いのは、メンデルスゾーンによるバロック的要素の先取りとまで踏み込んでいることだ。

ピアノのイントロはなるほどバッハだ。ピアノ伴奏を含む声部のからみにバッハ的にな秩序を感じる。

だからあえてクリスマスに。

2021年12月24日 (金)

アヴェマリアD839

正式名称は「エレンの歌」第3番。スコットの叙事詩「湖上の美人」全7曲の3番目という野暮な説明よりも「シューベルトのアヴェマリア」でOKだ。シューベルト特集の会期中にやってくるクリスマス用に温存しておいた。

ディースカウ先生はご著書の中でこの曲を多くのソプラノ歌手がレパートリーに加えているばかりか、あらゆる楽器のための編曲が試みられているとする一方、完璧に歌うには呼吸のテクニックにおいて名人芸が要求されており、ソプラノ歌手にとっての試金石だと付け加えることをためらわない。そうそしてご自身はグラムフォンの全集録音において収録を回避している。ソプラノさんにお任せするという姿勢の表れかと。

2021年12月23日 (木)

判定やいかに

記事「王と王子の12番歌合せ 」の判者つまりレフリーは私だ。本日は私の判定結果を公表する。

<第1組> ブラームスの勝ち

「糸を紡ぐグレートヒェン」と「永遠の愛について」という盤石の短調対決。前者が私的ベスト24から漏れていることからも明らか。

<第2組> ブラームスの勝ち

「月に寄す」「五月の夜」という「ヘルティ作詞の月夜歌合わせ」前者は比較的マイナーながら肉薄。意外な僅差。

<第3組> シューベルトの勝ち

「連祷」「サッフォーの頌歌」 遅い4拍子どうしだが、意外な大差でシューベルト。

<第4組> 引き分け

「幸福」「セレナーデ」 順当な引き分け。

<第5組> ブラームスの勝ち

「子守歌」対決。事実上の世界一決定戦かとぞ見る。

<第6組> シューベルトの勝ち

「ます」「雨の歌」、前者はピアノ五重奏、後者はヴァイオリンソナタの引用元。引用後の作品ならブラームスの圧勝だが、引用元だとシューベルト。

<第7組> シューベルトの勝ち

「水の上で歌う」「あの娘のもとへ」最愛の短調対決。泣く泣く判定。引き分けにしないのが愛。

<第8組> 引き分け

「夕映えの中で」「エーオルスのハープに」

<第9組> 引き分け

「夜と夢」「野に一人いて」 ブラームス最愛の歌曲とがっぷり四つに組んで引き分けるとは!

<第10組> シューベルトの勝ち

「ノルマンの歌」「領主フォンファルケンシュタイン」 思わぬ大差でシューベルト。

<第11組> シューベルトの勝ち

「シルヴィアに」「調べのように」 この勝負を心から楽しめる自分に乾杯。

<第12組> ブラームスの勝ち

「菩提樹」「日曜日」大接戦の末、ブラームスが差し切る。

ご覧の通り、シューベルト5勝、ブラームス4勝、3引き分け。前半終了時点でブラームスが3勝2敗1分けで折り返したが。案の定王者の貫禄で逆転。

 

 

 

2021年12月22日 (水)

最愛の短調

記事「シューベルトの24曲 」でシューベルト歌曲の私的ベスト24を紹介した。短調が少ない。一般的知名度では上位に来る「魔王」「死と乙女」「糸を紡ぐグレートヒェン」「セレナーデ」が落選している。ブラームスでも短調は24曲中5曲だから大差ない。もう私の脳みその構造に由来するとしか説明できない。

シューベルト歌曲の私的ベスト24の中に入選した短調作品は以下の通り。

  1. 月に寄す D193
  2. こびと D771
  3. 水の上で歌う D774
  4. ノルマンの歌 D846

これがいわばノミネート。シューベルト歌曲の短調私的ベストはこの中から決まるはずだ。非常に悩む。僅差で「水の上で歌う」に決めた。。

ブラームスだと下記のノミネネート。

  1. 永遠の愛について op43-1
  2. あの娘のもとへ op48-1
  3. 野を渡って op86-4
  4. 私は顔を向けてみた op121-2
  5. おお死よなんと苦しいことか op121-3

これも悩む。なんとか「あの娘のもとへ」に決まった。

つまり先に紹介した「王と王子の12番歌合せ 」の中の7組目は「最愛の短調歌合せ」だったということだ。

 

 

2021年12月21日 (火)

やっぱり「四つの厳粛な歌」

昨日の記事「王と王子の12番歌合せ 」を考える中、実感したことがある。シューベルトとブラームスの代表的な歌曲作品を12組設定して歌合せとする趣向のことだ。「室内楽の引用元」「子守歌」など「お題」にそって配置していくのは古典和歌伝統の「歌合せ」と同じだ。

ブラームスの「4つの厳粛な歌」は大好きなのだが、シューベルト側に呼応する作品がない。

「4つの厳粛な歌」はクララの死をきっかけに自らの死まで意識する中作られた。晩年の作品の代表と位置付けられる。つくづく「晩年」の定義を考えさせられた。「死の直前」というシンプルな定義でいいのかというこことだ。30代で亡くなったシューベルトと64歳で亡くなったブラームスを同列にとらえていいのか。若くして亡くなった作曲家は自身の死期を悟っていなかった可能性がある。ブラームスだって30代で「ドイツレクイエム」を書いているけれど、自身の死期を悟ってはいるまい。「4つの厳粛な歌」との違いはそこにある。

だからシューベルト側に「4つの厳粛な歌」に呼応させる作品を見つけらるはずはないのだ。シューベルトには、結果としての晩年はあっても、自らの死を意識した作品つまり「晩年の作」はない。あとからマーケティング上の都合でとってつけた「白鳥の歌」をそこに据えるのは、あまりに抵抗が大きい。

シューベルトに何ら落ち度はないけれど。

 

2021年12月20日 (月)

王と王子の12番歌合せ

ここでいう「王」とは「歌曲の王」で、無論シューベルトのことだ。「王子」は私の発案でブラームスのこと。歌曲におけるブラームスをシューベルトの後継者と位置付ける立場の表明だ。

歌合せは我が国の古典和歌の伝統にのっとる。歌人を左右に分け、あらかじめ設定された題に沿って歌を献じて判者が優劣を決するイベントだ。

シューベルトとブラームスからそれぞれ歌曲を12曲選定し、歌合せをしようという企画だ。計12組で優劣を競うという趣向。選定された12曲は必ずしも両者の私的ベスト12ではないことは先にお断りしておく。まずシューベルトの12曲をドイチュ番号順に配置し、それに対応するブラームス作品を後からあてがった。シューベルトを青文字、ブラームスを赤文字にしておいた。

  1. 糸を紡ぐグレートヒェン D118 ゲーテ
  2. 永遠の愛について op43-1 ヴェンツィヒ
  3. 月に寄す D193 ヘルティ
  4. 五月の夜 op43-2 ヘルティ
  5. 連祷 D343 ヤコビ
  6. サッフォーの頌歌 op94-1
  7. 幸福 D433 ヘルティ
  8. セレナーデ op106-1 クグラー
  9. 子守歌 D498 ?
  10. 子守歌 op49-4 子供の不思議な角笛
  11. ます D550 シューバルト
  12. 雨の歌 op59-4 グロート
  13. 水の上で歌う D774 シュトルベルク
  14. あの娘のもとへ op48-1 ボヘミア民謡
  15. 夕映えの中で D799 ラッペ
  16. エーオルスのハープに寄せて op19-5 メーリケ
  17. 夜と夢 D827 コリン
  18. 野に一人いて op86-2 アルメルス
  19. ノルマンの歌 D846 シュトルク
  20. 領主フォンファルケンシュタイン op43-4 ウーラント
  21. シルヴィアに D891 シェークスピア
  22. 調べのように op105-1 グロート
  23. 提菩樹 D911-5 ミューラー
  24. 日曜日 op47-3 ウーラント

軽く説明する。

<1組> 「糸を紡ぐグレートヒェン」と「永遠の愛について」 これらを両者の代表作と断言しても炎上には至るまい。

<2組> ヘルティによる月の描写をそろえた。

<5組> 子守歌を競わせる。

<6組> どちらも室内楽の引用元になっている。

<7組> 陰影の深い短調。

とても楽しい作業。CDに取り込んでドライブの友としても機能する。

 

 

2021年12月19日 (日)

詩人はいかに

昨日の記事「シューベルトの24曲 」で話題にしたシューベルト歌曲私的ベスト24についてテキストの供給状況を整理しておく。

登場するのは18名。「子守歌」はテキスト作者不明なので23曲を18人でカバーしているということだ。2作品に供給したのは以下の5名。

  1. ゲーテ
  2. ヘルティ
  3. ザリスゼーヴィス
  4. ラッペ
  5. コリン

3作に供給した詩人はいない。1作が下記。

  1. シラー
  2. ヤコビ
  3. ショーバー
  4. シューバルト
  5. マイヤーホファー
  6. シュトルベルク
  7. リュッケルト
  8. シュルツェ
  9. シュトルク
  10. シェークスピア
  11. ロホリッツ
  12. ミューラー
  13. シュレヒタ

選定中は気にかけずに行ったので、結果としてのこのバランスの良さは意外。このメンバーを見るだけでワクワクする自分がうれしい。

 

2021年12月18日 (土)

シューベルトの24曲

シューベルトの歌曲について私的ベストを選定した。

  1. 小川のほとりの若者 D30 シラー →こちら
  2. 月に寄す D193 ヘルティ →こちら
  3. 漁師 D225 ゲーテ →こちら
  4. 野ばら D257 ゲーテ →こちら
  5. 泉のほとりの若者 D300 ゼーヴィス →こちら
  6. 連祷 D343 ヤコビ →こちら
  7. 幸福 D433 ヘルティ →こちら
  8. 子守歌 D598 ?→こちら →.こちら
  9. 秋の歌 D502 ゼーヴィス →こちら
  10. 楽に寄す D547 ショーバー →こちら
  11. ます D550 シューバルト →こちら
  12. 雷雨の後 D561 マイヤーホファー →こちら
  13. こびと D771 コリン →こちら
  14. 水の上で歌う D774 シュトルベルク →こちら
  15. 君は我がやすらぎ D776 リュッケルト →こちら
  16. 夕映えの中で D799 ラッペ →こちら
  17. 孤独な男 D800 ラッペ →こちら
  18. 夜と夢 D827 コリン →こちら
  19. ノルマンの歌 D846 シュトルク →こちら
  20. ブルックにて D853 シュルツェ →こちら
  21. 漁師の歌 D881 シュレヒタ →こちら
  22. シルヴィアに D891 シェークスピア →こちら
  23. リュートに寄せて D905 ロホリッツ →こちら
  24. 菩提樹 D911-5 ミューラー →こちら

いやいや楽しい。シューベルト特集開催を思い立ってからおよそ1年半の取り組みの集大成のつもり。会期中に言及した記事にリンクをしておいた。

ポイントをいくつか。私的ベスト24ではあるのだがドイチュ番号順なので必ずしも序列ではないとお断りしておかねばなるまい。「魔王」「グレートヒェン」「セレナーデ」が落選した。断腸の思いだが今はこう。シューベルトの歌曲を題材にこのくらい悩めるとは成長の証である。

 

 

2021年12月17日 (金)

脱線寸前

「男声パートソング全集」をきっかけにすっかり重唱や合唱に夢中になった。本来は歌曲特集だったのだが楽しくて我を忘れた。テキストが作品に先行するという意味で、歌曲同様に興味深い。独唱歌曲にはない人の声のアンサンブルには逆らい難い魅力がある。

年末押し詰まったギリギリのところになって、踏みとどまる。

明日からまた独唱歌曲ネタに戻る。

2021年12月16日 (木)

リートとドイツ三大詩人

先に話題にした「ドイツ三大詩人 」の件。ゲーテ、シラー、ハイネがそれにあたるという評価だそうだ。ゲーテとシラーはシューベルト歌曲においてはテキスト供給の1位と2位だし、シューマンの力を借りればハイネも上位に来る。ブラームスはこれらメジャー所があまり多くないというのが特徴になっている。

ドイツ三大詩人の選定に、ドイツリートへのテキストの供給状況が影響しているなどということはあるまいな。ないとは思うが誰かに先に言われるのも悔しいので記事にしておく。もし、シューベルトがクラシック音楽の中に「ドイツリート」というジャンルを創設し、その後何人かが追随しなかったとしても「ドイツ三大詩人」はこの3名だったのだろうか?

少しは影響があったほうに1ユーロ賭けたい気分である。

2021年12月15日 (水)

毎度毎度の大疑問

このところずっと話題にしてきた男声女声について、素朴な疑問がある。

混声四部合唱といえば、ソプラノ、アルト、テノール、バスで構成される。この指定は作曲家の関与が濃厚だ。重唱にしても事情は同じである。

翻って独唱はどうか?

ソプラノ用歌曲は存在するのだろうか?高声用や低声用という表示を見かけたことはあるけれど、それらがただちに「ソプラノ用」「バス用」を意図するのか自信がない。歌い手、弾き手各一名という指定だけで、声種指定は無しと見受ける。

そのかわり、声の都合による転調が独唱歌曲にだけ認められているように思えて仕方がない。

 

2021年12月14日 (火)

女声不在

一昨日、ブラームスの合唱作品が極端に女声に偏ると書いた。ブラームスがハンブルク時代に女声合唱団を指導していた経歴と関係があるかもしれない。

あろうことか、シューベルトはその逆で極端に男声向けの作品が多い。シューベルトを囲む集まり「シューベルティアーデ」のメンバー構成が反映してあるのかもしれない。

2021年12月13日 (月)

5年持たぬか

我が家のパソコンを買い替えた。前回の更新は2017年 だから4年10か月である。およそ15万円の出費でウインドウズ11搭載の4代目になった。

11月にはいってから目に見えてディスプレイが不調になり、重要な資料を引っ越ししておいたが12月1日にとうとうどうにもならなくなった。ブログ記事は先付公開タイマーをセットして復旧を待った。12月1日にショップでパソコンを購入したのだが、セッティングサービスが混んでいてやっと昨日復活となった。その間PADからブログを見張っていたというわけだ。

2033年5月7日のゴールまでこのパソコンが持つのだろうか。下手をするとあと2台かもしれぬ。

2021年12月12日 (日)

男声合唱

男性だけが参加する合唱のこと。当たり前だ。ところがブラームスにおいては記事になる。私は「アルトラプソディ」が好きだから男声合唱といっても違和感は無い。「アルトラプソディop53」は管弦楽を伴奏にしてアルト独唱が配された作品だが、合唱は男声合唱だ。これがあまりに有名だから、男声合唱のありがたみがわからなくなっている。

ブラームスには男声合唱の作品が極端に少ないのだ。「男声四部合唱のための5つの歌」op41しか残していない。

  1. 涙の谷に角笛を吹く
  2. 志願兵よいざ
  3. 護衛兵
  4. 行進
  5. 警戒せよ

女声合唱や混声合唱には分厚いレパートリーがあることと対照的である。ハンブルク女声合唱団やデトモルト宮廷合唱団を指導した経験が反映していると思われる。ブラームスのキャリアの中で男声合唱団を指導した経験は少ない。そのことが作品にストレートに反映していると感じる。

 

 

2021年12月11日 (土)

自作テキスト

子守唄は、テキスト作者不明なのをいいことに、もしかして「シューベルトの自作か」とはしゃいで見せた。ところが本当にテキストが、シューベルトという作品があった。

「サリエリ氏の50歳の誕生日を祝して」D407だ。

ここでいうサリエリ氏とは、アントニオ・サリエリだ。映画「アマデウス」で名高いあの人である。彼は教育者として優秀な弟子を数多輩出した。シューベルトはその一人である。師匠の50歳を祝うカンタータだ。テキストはと見るとちゃんと韻も踏んでいる。めでたしめでたしなのだが、作曲年が1816年なのはおかしい。サリエリは66歳の年にあたる。

2021年12月10日 (金)

詩人ストッカー

根拠レスな直感で申し訳ないが、一般の音楽人名事典は、歌曲のテキストの供給者の記述が薄いと感じる。作曲家と演奏家に偏っていると思う。もしかするとオペラの脚本家や演出家もそうした偏りの被害を受けてはいまいか。古今のドイツリート作品にテキストを供給した人の詳細なリストを見てみたい。そこに記載された顔ぶれを架空ながらひとまずA群と位置付ける。次に参照したいのは一般の人名辞典だ。その中の詩人のリストをめくる。そこの記載された詩人たちをB群とする。作家辞典ならなお好適なのは申すまでもない。

そらまあ話題がドイツリートである以上A群にはドイツ語の話者が並ぶのが自然だ。B群からドイツ人を抽出してC群としなければなるまい。オーストリア、スイスの人もあるいは加えてもいいこととする。

A群とC群を比べよう。詩人たちを以下のように分類する。

  1. A群にもC群にもいる。そらまあゲーテもシラーもハイネもここだ。訳詩までOKならシェークスピアもここだ。
  2. A群にいてC群にはいない。
  3. A群におらずC群にいる。生まれた時代が極端に古かったり新しかったりも影響すあるかと。
  4. どちらにもいない。数の上ではここが一番多いのかと。

断然興味深いのは2番だ。「ドイツリートのテキスト供給者としてしか知られていない詩人」という位置取り。さらにこの人たちをどの作曲家が付曲しているかで分類する。シューマンの末っ子4男フェリックスはここに入るはずだ。ブラームスが確か3曲付けている。この要領で作曲家をカウントすると、人数でも頻度でもシューベルトが多い気がする。それは歌曲作品の絶対数を考慮するにしてもだ。シューベルティアーデで交流のあった友人のテキストに曲を付けてそれが不滅の位置にいるケースも少なくない。

これがつまり詩人ストッカーだ。もちろん私の造語。妄想が止まらぬが、世はすでに芸術の秋。

 

 

2021年12月 9日 (木)

詩人大賞

ドイツの三大詩人は、ゲーテ、シラー、ハイネと言われてはいるのだが、ブラームスやシューベルトに限ると違和感もある。シューベルトにおいてハイネは、主流とまでは言えないし、ブラームスでも似たようなものだ。ブログ「ブラームスの辞書」としては、ヘルティを推したい。「五月の夜」のヘルティだ。シューベルト、ブラームスどちらにも佳曲が多い。

2021年12月 8日 (水)

女流不在

歌曲へのテキスト供給者に女性がいない。作家も作曲家も事情は同じだ。世の中女子の時代だというのにいかがなものか。

我が国の古典和歌だと無視し得ぬ女性歌人も存在するがむしろ例外だ。

2021年12月 7日 (火)

3大詩人

日本人だけではないと思われるが「三大なんとか」がとかくもてはやされる。「ドイツ三大B」「日本三景」「三名園」「御三家」などすぐに思いつく。同じノリで「ドイツ3大詩人」というとゲーテ、シラー、ハイネだという。

なるほどな感じがする。

歌曲へのテキストの採用状況を見てもゲーテとシラーはシューベルト歌曲の上位1位2位だ。ハイネはシューベルトには少ないがシューマンになると幅を利かせて来る。ブラームスはこのあたりを偶然か意図的には避けていて、ブラームスだけを見ていると全体を見誤るので、私のような者には注意が要る。

中国だと李白、杜甫、白居易だそうだ。日本の歌人だとどうなるのか興味深い。オーソドックスに申せば、人麻呂、家持、定家あたり。お叱りも覚悟の私は断固、実朝、後鳥羽院、九条良経である。

2021年12月 6日 (月)

テキストネタ

ブログ「ブラームスの辞書」にはカテゴリー「108」に調性があり、調にからんだ与太話が堆積している。よく考えると、この「調性ネタ」は器楽曲においてこそ盛り上がる。現在展開中の「歌曲ネタ」では調性関連の話はぐっと後退する。元々歌曲は歌手の声の都合で移調が認められるという慣例がある。器楽で演奏家の都合で移調して弾くなんぞもってのほかであるのと対照的だ。よくよく観察するとこれは独唱歌曲だけに見られる特例で、同じ声楽でも合唱では移調演奏が一般的とは言えまい。歌曲を肴に調性で盛り上がりにくい原因をこのあたりに想定している。

歌曲話において調性ネタに代わって俄然浮上するのが、テキストネタだ。器楽曲の名前を云々する際に必ず調性の名称がついて回るのとほぼ同じ気合で、テキスト供給者の名前が付与される。ドイツリート作品への作品の供給をキーにした詩人ランキングがどこかにないものか。有名詩人たちの一通りの経歴や芸風についての話題は、調性同様に盛り上がる。

 

2021年12月 5日 (日)

独唱用詩人

どうも様子が変だ。ゲーテのことである。シューベルトの独唱用歌曲は「ドイツリート」の始祖と位置付けられており、ゲーテは質的にも量的にも最大のテキスト供給者だ。質を深く論ずる知識がないから量を問題にする。ひとまず母数を575曲とし。このうち73がゲーテのテキストだから12.7%を占める。これが合唱や重唱となりと様変わりだ。宗教的作品は控除するので合唱曲全集ではなくてSingphonikerさんの「男声パートソング全集」で確認する。全97曲のうちゲーテさんのテキストは下記の通り。

  1. 水上の精霊の歌 D538
  2. あこがれ D656
  3. 昔を今に D710
  4. 水上の精霊の歌 D714

たった4曲、4.1%でしかない。しかも4曲と言いながらD538とD714は同じなのでテキストとしては3作にとどまる。歌曲側の供給数第二位のシラーは43曲7.5%なのだが、重唱では18曲18.6%で一躍首位に躍り出る。シラーさん以外にもヘルティ、マティソン、ザリスゼーヴィスという面々が数の上でゲーテを上回る。

テキストに接した作曲家の脳内に湧き出るインスピレーションが、楽曲の形式を決めているとするなら、ことシューベルトに関する限りゲーテはいわば独唱用詩人と位置付けうる。この落差はゲーテにおいて特に目立つ。

2021年12月 4日 (土)

テキストの割り付け

目の前にテキストがあるとしよう。この際作者は誰でもいい。作曲家はそれを読んでインスピレーションが湧いたとする。作品に仕上げるにあたって、独唱歌曲にするのか、合唱曲にするのか、はたまた重唱曲にするのか、どうやって決めているのだろう。独唱歌曲についてのブラームスの見解は、テキストが有節歌曲として処理できるかを重視するというものだったが、それ以前に独唱向きか合唱向きか重唱向きかについてもセットで思いついているのだろうか。

シューベルトは600近い歌曲を残す一方で、合唱曲も100曲以上ある。合唱曲と重唱曲には相互乗り入れされており重複が多いが、独唱用のテキストが合唱でも採用されているケースはほとんどない。

もちろん詩人たちは、自作が後に作曲家の目に留まり曲を付けられるなどということを想定してはいるまい。ましてや独唱用とも合唱用とも位置付けてはいない。その区別は作曲家の仕事だ。つくづく興味深い。

 

 

 

2021年12月 3日 (金)

3声のカノン

Singphonikerの「男声パートソング全集 」のブックレットを眺めていておやっと思った。作品の編成の欄だ。通常は「テノール」「バリトン」などの声部名にピアノ等伴奏楽器名が記載されているのだが、「Kanon a3」と記されている曲が以下の通り存在する。

  1. 限り無き喜び D54
  2. 若き春の動き D61
  3. 時は3倍の早さで D69
  4. 痛みは消えて D88
  5. 五月の歌 D130
  6. 五月の歌 D244
  7. 金色の輝き D357
  8. 葉が愛をささやいている D988

「Kanon a3」は「3声のカノン」の意味だった。声の種類を指定せず、ただ3声で歌われることだけのシンプルな指定だ。同じテキストが通常の声種指定の形式で書かれていたりする。大抵はとても短かくて可憐。

ブラームスは作品の中にカノン的手法を用いることはあるけれど、作品番号付き作品にはカノンは見当たらない。

2021年12月 2日 (木)

クインテット伴奏

「水上の精霊の歌」D714は手許の作品一覧ではピアノ伴奏付の合唱曲となっている。ところが例のSingphonikerさんちのこちらのCD にも載っている。テキストはゲーテ。4テノールに4バリトン、しかも伴奏の欄に「クインテット」とある。単なる弦楽五重奏かと思ったら編成がヴィオラ2,チェロ2、コントラバス1という凝った代物だった。二重に裏をかかれた感じ。

冒頭いきなりコントラバスの深々とした響きが印象的だ。

2021年12月 1日 (水)

ホルン伴奏という発想

ブラームスはと言えばあきらかにホルン好き。オケの中の見せ場には事欠かない上に、室内楽にだってホルン三重奏という稀有な出番がある。ホルンとハープを伴奏に据えた凝った合唱作品だってある。ところがシューベルトも負けていないという事例に出会った。ホルンを伴奏に従えた作品がSingphonikerの「男声パートソング全集 」に収録されていた。それらをドイチュ番号順に列挙し、編成とテキスト供給者を添えておく。

  1. 五月の歌 D199 バリトン2、ホルン2 ヘルティ
  2. 五月の歌 D201 バリトン2、ホルン2 ヘルティ
  3. 朝の星 D203 テノール、バリトン、ホルン2 ケルナー
  4. 狩人の歌 D204 テノール、バリトン、ホルン2 ケルナー
  5. リュッツォの幻の騎馬隊 テノール、バリトン、ホルン2 ケルナー
  6. 森の夜の歌 D913 テノール2、バリトン2,ホルン4 ザイドル

いやもうご機嫌だ。森やら狩やらが相応しいとシューベルトも考えていたようだ。ホルン2または4で伴奏になってしまう。アカペラともピアノ伴奏とも違った味わいと奥行き。

 

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