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2022年1月25日 (火)

ウィーン楽友協会

1871年12月ブラームスは伝統あるウィーン楽友協会の芸術監督に就任した。1875年3月をもって退任するまで精力的にスケジュールをこなしていった。退任は喧嘩別れではないから、ウィーンに居を構えたブラームスとの関係はずっと続いた。ブラームスの葬儀の費用は楽友協会が負担したという。

ここの資料室は圧巻だ。ウィーンと関係の深い作曲家ゆかりの品々がまぶしいばかりである。ブラームスの遺品はほぼその全量が無傷で収められているらしい。そのブラームスと並ぶ目玉がベートーヴェンだ。

それもそのはず1812年に楽友協会が創設されたときの、初代総裁はルドルフ・ヨハネス・ヨーゼフ・ライナー・フォン・エスターライヒという人だが、このような長い名前で呼ぶ人はほとんどいなくて、もっぱら「ルドルフ大公」と呼ばれている。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番変ロ長調に奉られたニックネーム「大公」とはこの人に由来する。ベートーヴェンから6つの作品の献呈を受け、その手稿譜がそっくりそのまま楽友協会に残された。

協会の所有するホールは、ニューイヤーコンサートの会場として日本でも有名だが、小ホールはブラームスザールと呼ばれている。

 

 

 

 

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