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2022年2月20日 (日)

ウィーン学派

ウィーン楽派ではない。「学派」だ。細菌学の世界ではコッホやパスツールが有名なせいか、ドイツやフランスが医学の最先端というイメージが強いが、実はウィーンも負けていない。それどころかウィーンは欧州一の医学の中心地だったという話。

1744年にマリアテレジアの侍医としてオランダから招かれたゲルハルト・ヴァン・ズヴィーテンがウィーン学派の開祖と目されている。彼の業績はベッド数12の市民療養所を設けたこと。ここで臨床授業を考案した。入院患者に毎日の検温を実施したのも彼が最初だ。療養所で亡くなった患者全てを対象に検死を始めたのも彼の業績。

やがて皇帝ヨーゼフ2世が総合病院「アルゲマイネスクランケンハウス」を創設する。全入院患者に専用のベッドを用意するという新機軸も打ち出された。ハード面のこうした充実をベースに医学界の俊英たちを次々と輩出した。

  1. イグナーツ・フィリップ・ゼンメルヴァイス 産褥熱の原因特定と治療法の確立。
  2. アードルフ・ローレンツ 先天性股関節脱臼の治療法確立。
  3. カール・ラントシュタイナー 血液型の発見。1930年ノーベル賞受賞。
  4. ユリウス・ワーグナー・ヤウレック 梅毒の末期症状としての神経障害について「マラリア療法」の考案。脳梅毒の症状が患者の体温が高いときに好転するという経験から導き出されたもの。1927年ノーベル賞受賞。
  5. ローレンツ・ペーラー 救急外科外来の父。

ウィーン大学医学部を中心としたウィーン学派の隆盛はナチスの台頭まで続いた。オーストリアのノーベル賞供給基地の異名をとったがナチス政権の発足とともに有力な学者たちが揃ってアメリカに脱出してしまう。

お気づきだろうか。もう一人、大事な人が抜けている。テオドール・ビルロートだ。特筆大書されるべき外科医。がん患者の咽頭あるいは胃の一部切除の方法を考案した功績がまぶしいばかりなのだが、彼はヨハネス・ブラームスの親友だ。ベルリン大学からの招請を断ったことは有名で、ブラームスがいるウィーンを離れたくなかったからだとささやかれてもいるのだが、実はウィーン学派の中枢に残ることにこだわった結果に過ぎない。 

 

 

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