標題の代わり
ブラームスが当時流行の標題に無頓着だった話を続けてきた。それを持ってただちに「だからブラームスは絶対音楽の旗手だ」と言えるのかどうか自信がない。ことの本質がそんな浅いところにあるとは思えない。
印刷譜の表紙に標題を添えることをしなかったブラームスだが、表紙をめくって現れる楽譜には、山ほど注意書きを置いた。標題の不在を補ってあまりある程、音楽用語が多彩だ。
自分の言いたいことを標題に託していないという意味では、「標題音楽」を書いていないが、自分の言いたいことを何とか伝えるために言葉を用いたという意味では、言葉が音楽を補足している。その補足の丁寧さ周到さにおいて当代一級の作曲家だった。至る所に恐るべき整合性が仕掛けてある。そして一部の発想用語は事実上標題として機能している。
だから「ブラームスの辞書」というコンセプトが生まれたともいえる。
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