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2022年4月22日 (金)

二元論

たとえば「白黒」「善悪」というように、世の中で起きている諸事象を2分類することで捉えようとする試み、または考え方のことだ。

天下分け目の戦いとされている関ヶ原の合戦は、当時の大名たちを2分する戦いだった。一般に東軍西軍と言われているが、単純に地理的な東西対抗ではなかったという。風雲急を告げてから、実際の合戦までの間水面下の諜報活動が盛んだったらしい。大名たちはその勢力の大小にかかわらず東西どちらの陣営に与するか、事前に意思表示を求められた。自分が味方した陣営が負ければお家の一大事だ。しかし中立というのも戦後の論功行賞で後手を引くのだ。

皆相当困った。とりわけ東西どちらにも恩も義理もない大名は、相当困ったはずだ。だから意思表示を引き延ばして、周囲の流れを読んだ。あるいは戦いの大勢が決すると、次々と寝返りが起きた。どだい東西の二元論では無理があるのだ。

19世紀後半、欧州とりわけドイツ・オーストリアの楽壇を2分した論争があった。両陣営の首領の名前をとってブラームス派とワーグナー派の論争とも言われている。当時普及著しかった音楽ジャーナリズムに乗って論争はおおいに盛り上がった。論争の中心人物たちはともかく、どっちでもいい人あるいは両方嫌いな人や、両方好きな人は困ったと思う。

実際にワーグナーの周囲に集う門人でありながらブラームスの音楽を評価する人々もいて、過激な中傷合戦には沈黙をもって距離をおいていたという。ゴルトマルクやタウジヒなど音楽史上の評価ではワーグナー派と目される人とブラームスの交流も伝えられている。何よりもブラームス派の首脳と目される2人、ハンスリックとビューローは元々はワーグナーの賛美者だったくらいだ。

関ヶ原の合戦に際して、機を見るに敏な商人たちは、ちゃっかり両陣営と商売していた。似た立場にいたのが、この論争が盛り上げれば盛り上がるほど、売り上げが伸びる音楽ジャーナリズム業界の人々だ。両陣営の関係者からコメントを取っては誌上を飾る。コメントが過激なほど好都合だった。この手の二元論が根強いほど商売には有利だ。

大河ドラマを作るには好都合だが、世の中どうもそう単純ではないらしい。

 

 

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