お盆のファンタジー46
いやはや「日本がこんなに暑いとは」と言いながら2人がそそくさと上がり込んできた。今年ばかりはブラームスさんが誰を連れてくるか見当がついていた。フィッシャーディースカウ先生を得意顔で紹介してくれた。
「ディートリヒ・フィッシャーディースカウです」と右手を差し出す。「ディダと呼んでくれ」とすぐに付け加えてくれた。普通の会話なのにやっぱりちゃんとしたバリトンなので驚いた。「そんなことよりご令嬢の結婚おめでとう」とブラームスさん。長女の巣立ちのことをさっそく切り出すとは、相変わらず目端が利く。「大模様替えで電子ピアノを処分したと聞いて、今日は持ってきたぞ」と意味あり気に切り出す。「今日ばかりはピアノがないと話にならん」といってディースカウ先生の方をみてウインクをかますや否や、ブラームス先生がピアノに向かい何やら弾き出す。「それではお嬢様の結婚を祝して」と前置きしてディースカウ先生が歌いだす。「Se voul ballare signor Contino…」
!!!
「フィガロの結婚」第一幕からフィガロのカヴァティーナだ。先生はもとより伴奏のブラームスも暗譜。我が家のCDではディースカウ先生は伯爵ばかり歌っているのでフィガロが聴けてうれしい。いやもう極楽。
その後、延々と1幕を全曲歌っちまった感じ。ブラームスは「いや適当じゃよ」と言いながらなんとか通す。でディースカウ先生は男役は全部歌えるんだそうだ。先生はバルトロを歌ってもバジーリオを歌っても様になるばかりか、裏声で伯爵夫人やスザンナも悠々とこなす。
私もつられて「もう飛ぶまいぞ」を歌わせてもらった。終わりの方は3人で合唱になった。
フィガロが一段落したところで、今度はディースカウ先生がピアノの前に座る。ブラームスさんは打って代わって神妙な顔をして「身内にご不幸が重なったようですね」と私の顔を覗き込んだ。急な展開に戸惑うばかりだが「はい。1月と5月に伯母と叔父を相次いで亡くしました」と私。ブラームスは意を決したようにディースカウ先生に合図を送る。
ディースカウ先生が音取りの1音を出すや否やブラームスさんが歌いだした。
「4つの厳粛な歌」の第3曲「おお死よ、そなたはなんと苦しいことか」だ。心に響くとはこのことだ。「ありがとう」と絞り出すのがやっとの私。「ここまでの道中サプライズを考えてきたんですよ」とディースカウ先生。そりゃ「私の伴奏でディースカウ先生が歌ってはサプライズにならんじゃろ」としゃしゃり出るブラームスさんだった。たしかに。でもディースカウ先生のピアノすごい。ピアノと声が2拍差でカノンになるところ、ご自身で歌っているかのよう。
「ブラームス先生、僕よりうまい」とうなずくディースカウ先生だった。
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