甲斐善光寺
そりゃあ私のような善男善女にとって善光寺と言えば長野で決まりだ。本日のお題にある甲斐はお隣の山梨県だ。つまり山梨にも善光寺があるということだ。元はというとそりゃあもちろん信濃だそうだ。何しろ武田信玄公が川中島の合戦を前に、念のために仏像や宝物を疎開させたことが始まりという。疎開というと聞こえは確かにいい。山梨県内では信玄公を悪く言う人はいるまいが、長野の人はどう思っているのだろう。
ここに源実朝の座像がある。鎌倉末期の作で現存するものとしては最古の実朝像と言われている。由来の通り信濃から持ち込まれたとされている。つまり実朝没後かなり経過してから、しかしまだ鎌倉時代に作成され、戦国時代に武田信玄が疎開させるまでは信濃にあったということだ。
中学高校で習う歴史をいくら読み返しても実朝と信濃の国の関係なんぞ書かれていない。実朝本人の暗殺後、かなり経過してから実朝の座像を作ろうと欲する人物や団体が信濃の国にいたということだ。何せ鎌倉幕府の正史たる「吾妻鏡」は北条氏寄りの記述にとどまっており、それを鵜呑みの日本史に慣れてしまっている。目から鱗の裏話が1つや2つ、いや10や20隠されていると感じる。
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