錯覚
複数の作曲家、それも2人3人ではない相当数の作曲家について、公平に取り扱った読み物は少なくない。作曲家辞典まで行かずとも、各々の作曲家の簡単な略歴と代表作に言及した読み物だ。あるいは、一冊一冊は特定の作曲家に限定した内容でも、同様のコンセプトで編集されたシリーズ物なども、作曲家間の公平な扱いが売り物だ。
私もちょくちょくお世話になる。
しかし、順に読み進めて話がブラームスに差し掛かった途端に、「おや」と思うことが多い。ブラームスの部分だけが唐突に平易に感じるのだ。下手をすると「陳腐」にも見えてしまう。
これは紛れも無く錯覚だ。それらの著者がブラームスの記述だけ手を抜いたわけではない。私の側の知識が、ブラームスに極端に偏っていることによる錯覚である。初級中級の作曲家ガイドにそのような意図的な偏向記述がある訳が無い。
読んで私が感じる違和感の度合いは、そのまま私の側の知識偏在をパラレルに反映していると見なければならない。相当深刻である。
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