右大臣在位55日
慶安5年だから江戸時代のことだ。今出川経季という人物が右大臣に任じられた。西暦に直すなら1652年3月18日のことだ。この人はなんと右大臣に任じられたその日に亡くなっている。右大臣在位1日でこれは史上最短だ。
1218年12月21日に右大臣に任じられて、翌年1月27日に暗殺された源実朝の在位は55日。在位1日の今出川経季ほど極端ではないにしても55日より在任期間が短い人は数人いる。がしかし大抵は左大臣に昇進するためだ。死没か昇進でしか空きが出ないのが右大臣だ。実朝の昇進は左大臣死去に伴い、右大臣が昇進して空位となったためである。そのわずか55日後に落命するとは思ってもいなかっただろう。
しかもそれは実の甥による暗殺だから京都ではそれなりの騒ぎになる。後鳥羽院や定家の受けた衝撃は小さいはずはない。貴族たちの日記にもそれが見て取れるというのに、吾妻鏡は淡々としている。
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