けけれあれや
玉櫛笥箱根のみ湖けけれあれや二国かけて中にたゆたふ SWV638
いやはや何とも突っ込み所満載だ。「玉櫛笥」は「たまくしげ」と読んで「箱」にかかる枕詞。地名としての「箱根」を導き寄せる。そうそれで「み湖」は「みうみ」と読む。現代人でもこれが芦ノ湖だとわかる。二所参詣の途上、芦ノ湖を見て実朝が感じ入って詠んだ。「けけれ」は東国方言で「こころ」のことだ。万葉集に「父母が頭かきなで幸くあれと言ひしけとばぜ忘れかねつる」を思い出す。「言葉」が「けとば」と訛っていた。「お段」が「え段」に変化するのが東国方言なのかと妙に納得。「心ある」とは「思いやり」のことで、主語は擬人化された芦ノ湖である。ここまででも腹いっぱいの突っ込みどころだが、まだ先がある。「二国」とは「相模」と「駿河」のこと。こんなに美しい湖が相模駿河に等しく接しているという感慨である。「たゆたふ」は、まったり、ゆったりな感じ。「Largo」みたいな印象。さまざまな切り口がてんこ盛りなのだが、「けけれ」と「たゆたふ」のおかげでせせこましくならずにすんだと言うべきか。京都の貴族たちには絶対詠めない歌。東国武士のDNAのなせる業なのだが、単なる武骨でもないという絶妙なところ。
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