ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

« 2023年2月 | トップページ | 2023年4月 »

2023年3月31日 (金)

貴族たちへ

ベートーヴェンの時代、作品はしばしば他者に献呈される。弦楽四重奏でいうと以下の通り。

1番から6番 作曲家ハイドンに献呈。

7番から9番 ラズモフスキー伯爵に献呈。

10番 ロブコヴィッツ侯爵

11番 ズメスカル男爵

12番、13番、15番 ガリツィン侯爵

14番 シュトゥッターハイム男爵

16番 J.N.ヴォルフマイヤー

大フーガ ルドルフ大公

見ての通り、貴族でないのはハイドンと16番の献呈先の2人だけ。もともとガリツィン侯爵の依頼で作った13番のフィナーレを独立させた「大フーガ」をお世話になったルドルフ大公に献呈するとは上手なやりくりだ。10番のロブコヴィッツ侯爵は伝記には欠かせぬ有力パトロンだ。

ワルトシュタイン伯爵がいないのが残念だ。

 

2023年3月30日 (木)

Es muss sein

「そうでなくてはならない」と和訳されて、最後の弦楽四重奏曲第16番のフィナーレ第一主題部に鎮座する。もっというと質問形「Muss es sein」は楽章冒頭にある。つまり自問自答だ。

爛熟を極めた後期弦楽四重奏もこの期に及んで規模だけは縮小するものの、この自問自答があるおかげで難解さだけは温存された印象。だから昔からフィナーレが一番好きだった。あのころは13番、14番、15番にばかり目が行っていたが、どうしてどうして今ではこちらも捨てがたい。

もともと「かくあるべし」感が前面に出るベートーヴェンだから、この断言はたいそう気持ちがいい。いっそのこと「自問自答」というような標題がついていたらもっとポピュラーになっていたかもしれない。

2023年3月29日 (水)

大フーガの8分音符

「弦楽四重奏のための大フーガ」変ロ長調op133は、高校生の私の憧れ。難解さに憧れていた感じ。ももと13番の弦楽四重奏のフィナーレとして書かれたものの、ベートーヴェン本人が改作した折に削除されて独立曲として出版されたという。

突っ込みどころ満載だが、なんといっても第一ヴァイオリンによって奏される第一フーガの主題だ。ピアニシモで4分の4拍子の弱拍上にタイで連結された2連8分音符がおかれる。高校時代の私は「なぜ4分音符じゃないのだろう」と疑問をもった。さまざまな書物をあたったがこの疑問を解く情報にはありつけていない。テヌート付与の4分音符では代替出来ぬというベートーヴェンからのメッセージに違いないとだけは思っていた。

変な高校生だ。

2023年3月28日 (火)

初6度

高校時代、ベートーヴェンの弦楽四重奏の脳内ランキング不動の1位が第15番イ短調op132だった。

とりわけ「病癒えた者の神への感謝の歌」と題される第3楽章である。冒頭旋律は「C→A」と6度上行で立ち上がる。しみじみだ。途中8分の3拍子の「新しい力を感じつつ」を挟んでまた復帰する際にもこの6度上行が見られる。この手の6度上行はブラームス節の根幹でもあるけれど、当時は全く意識もしていなかった。ただただきれいだなと。こういうベートーヴェンに傾斜する自分がいた。

そりゃあ、第一楽章だって第五楽章だって好きだけれど、この四重奏のヤマは断固第三楽章だと信じる高校生であった。人生初の6度である。

2023年3月27日 (月)

シームレスカルテット

後期弦楽四重奏の頂点を形成するガリツィン四重奏曲は、12、13、15だった。カンチャンにずっぽりの14番は実は15番より後に作曲されたという複雑な事情がある。作曲の経緯ばかりか内容も以下の通り複雑だ。

  1. 全曲切れ目なく通して演奏されるシームレスな作品。
  2. 弦楽四重奏としては異例の嬰ハ短調。
  3. 第1楽章にソナタ形式が来ない。
  4. 全7楽章という長丁場。
  5. フィナーレ第7楽章にソナタ形式。
  6. 第4楽章の変奏曲が頂点を形成する。
  7. 第5楽章スケルツォは2分の2拍子。

高校時代大好きだった。15番と双璧。とくに第4楽章の変奏曲とフィナーレが大好きだった。アマチュアアンタッチャブルのサーカスだ。

 

2023年3月26日 (日)

ガリツィン侯爵

ベートーヴェンが弦楽四重奏曲12番、13番、15番を献呈したロシアの貴族。7番から9番の3曲を献呈されたラズモフスキー伯爵よりは格上なのだと思うけれど、ペテルブルクの音楽好きくらいな認識しかない。「ラズ1」「ラズ2」「ラズ3」のような略され方もされていない。後期四重奏曲の幕を開ける12番変ホ長調が「ガリ1」と呼ばれている形跡はない。「ガリ2」「ガリ3」も聞かない。語呂が悪いせいかとも勘ぐっている。

最初の完成は12番で、次が15番、そして13番がしんがり。ますます難解だ。こんな弦楽四重奏を献呈されて、さくっ弾けてしまう弦楽四重奏団がガリツィン侯爵の周りにいたのかと心配になる。

とはいえ高校生の私は、この複雑さ、難解さに憧れた。堰を切ったようにズブズブとはまり込んだ。もしガリツィン侯爵からの依頼が無かったら、これだけの楽想が日の目を見なかったのかと思うと、背筋が寒くなる。芸術的な衝動の発露ではなく、依頼への対応だというのが、にわかには信じられない。

 

2023年3月25日 (土)

セリオーソ

ほぼスケルツォという体裁の第3楽章に「Allegro assai vivace ma serioso」という指定がある。このことが命名の要因ではなくて、物の本によればもともと作品全体が「Quertett Serioso」というタイトルがあったのを出版の際に脱落したとある。難解を極める後期の門前ではあるが、むしろとても簡潔。「ベートーヴェンすなわち難解」という刷り込みに半ば憧れていた高校生には拍子抜け気味。

スケルツォはベートーヴェンがソナタの第3楽章に置いた舞曲だが、もともとは「諧謔」の意味だ。だから逆説の接続詞「ma」を挟んで「まじめに」と念押しするのは理には適っている。

第一楽章提示部にリピート記号を欠く。緩徐楽章がアレグレット、第二楽章から第三楽章が切れ目なく演奏される。などなど突っ込みどころには事欠かぬけれど、後期の前では霞むという意味で損していた。

今になって貴重だ。

2023年3月24日 (金)

ハープ

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第10番変ホ長調の愛称だ。第一楽章にちりばめられたピチカートが命名の由来である。

適度に肩の力が抜けている。ベートーヴェン中期傑作の森を少し抜けたあたり。「音楽はかくあるべし」的な力みが取れている。今でこそこれを楽しむけれど、高校時代の私はそうではなかった。イケイケのベートーヴェンこそ生きがいだったからだ。もったいないことをしたものだ。

フィナーレの変奏曲のよさに気付いたのは最近だと告白したい。

2023年3月23日 (木)

WBCの二刀流

興奮冷めやらぬというのがぴったりくる。ワールドベースボールクラシックのことだ。日本代表の優勝を別とすればキーワードは、ペッパーミルとチェコだ。チェコ共和国との対戦により、にわかにチェコへの注目が高まった。我々親子は2016年の12月30日から1泊でプラハを訪れている。音楽とビールとサッカー目当ての旅だったから野球は視界に入っていなかった。私にとってチェコといえばドヴォルザークであるから無理もない。

今回東京ドームを沸かせたチェコ代表のメンバーはたとえば、「電気技師と野球」「会計士と野球」の二刀流だった。日本には「投手と野手」の二刀流でMLBを席巻する大谷選手がいるものの、彼らはまた別の意味での二刀流の集まりだった。

私は、ブラームスと源実朝を心から愛することで、クラシック音楽と古典和歌の二刀流を目指している。我ながら完璧なオチ。

2023年3月22日 (水)

ラズ3

大学オケに入ってヴィオラを志した私の憧れがベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番ハ長調op59-3だった。ラズモフスキー四重奏曲の3番でもあるので略して「ラズ3」である。3曲のラズモフスキー四重奏曲の中では唯一ロシア主題を含まない代わりに、壮麗なフィナーレが印象的。いきなりヴィオラのソロ。それが第二ヴァイオリン、チェロと模倣されてゆく。フーガテイストのソナタ形式という凝りに凝った作り。

このソロにあこがれた。インテンポなんぞは夢のまた夢だが、何度も何度も練習してセカンドがかぶさってくるまでのフレーズは簡単に暗譜できた。

ブラームスの弦楽五重奏曲第1番のフィナーレのヴィオラソロの遠い祖先だと信じて疑わぬ私がいる。

2023年3月21日 (火)

テーマルッセ

ロシアの貴族ラズモフスキーさんに捧げられたからと理由付けられながら、7番ヘ長調のフィナーレと8番ホ短調の3楽章にロシア主題が現れる。楽譜上に「テーマルッセ」(Theme russe)と書かれているのですぐにそれとわかる。伯爵の依頼ともベートーヴェンの忖度とも言われている。

当時ロシアは欧州の強国。一方でウィーンはこれもまた天下のハプスブルク家の本拠地。ドイツはまだ小国の集まりに過ぎず、すぐ西側にはナポレオンが君臨するフランスがいた。海を隔てて英国もいた。大国がしのぎをけずる外交の舞台がウイーンだから駐ウィーン大使には有能な人材があてがわれた。そう、ラズモフスキー伯爵はウィーン駐在ロシア大使だから、相当有力な外交官だ。けれども外交面よりは芸術面に軸足を置いていたとも言われている。

ナポレオンに蹂躙される前の古きよき欧州と、ウィーンだ。

中学時代から歴史大好きだった私にはわくわくする時代背景であった。こうした史的側面が音楽鑑賞に影響を与えていたことは間違いない。ベートーヴェンはそうした点でも格好の存在だった。

 

2023年3月20日 (月)

これぞ中期

大作曲家と呼ばれる人たちは、生涯にわたって作品を生み出しそれらが、現代に至るも聴かれ続けているのが普通だ。作品の完成時期をキーに創作時期が区分されていることも多い。ベートーヴェンがその代表だ。「初期」「中期」「後期」という言い回しをよく耳にする。op55の英雄交響曲がよい目安なる。これ以降が中期とされている。あるいは「傑作の森」とも言われる。初期から中期への作風の飛躍こそがベートーヴェンをベートーヴェンたらしめていると断言しても、ボヤで収まるだろう。第三交響曲と第四交響曲に挟まれたop59に3曲の弦楽四重奏曲があってこれが弦楽四重奏曲の中期を定義していると言われている。

3つの弦楽四重奏は献呈したロシアの貴族にちなんでラズモフスキー四重奏曲と通称される。一番ヘ長調「ラズ1」を高校時代に初めて聞いたときの衝撃は今もって鮮明だ。第一印象は「長い」だ。第一楽章がエロイカ然としている。刻みに乗ってチェロが走るからだ。正直第一楽章だけで満腹だった。

ヘ短調の第二楽章はブラームスの弦楽五重奏第二番の第二楽章の祖先かもしれぬ。

2023年3月19日 (日)

やっぱりハ短調

現在ベートーヴェンの弦楽四重奏のベスト3を選ぶとなると絶対に落とせないのが4番ハ短調だ。ベートーヴェン唯一のハ短調の弦楽四重奏でもある。学生時代にヴィオラで弾いたことがあるけれど、あの頃から大好きだった。第一楽章の出だしからしびれる。緩徐楽章を欠く。第二楽章に置かれる遅めのメヌエットで緩徐楽章テイストを仄めかすことで補っているかもしれない。これぞベートーヴェンのハ短調という風情。運命交響曲、悲愴ソナタとともに「脳内三大ハ短調」を形成する。何か標題がついていたらもっと知名度が上がっているに違いない。

一連の後期作品を抑えて第一位かもしれぬ。

2023年3月18日 (土)

op18-2

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第2番ニ長調op18-2のことだ。大学時代仲間と演奏して以来大好きだ。これだけはバルトーク弦楽四重奏団の演奏にこだわる。この作品18には全部で6曲のカルテットが収まっている。最近しみじみ聴きなおしてみるとみんなしっくりくる。若いころは2番と4番にしか興味がなかった。後期の爛熟よりもなじむ気がしている。特に6番変ロ長調なんか在宅勤務のつれづれに最適かと。

実はあまりメジャーとは言えぬが、2番には「挨拶」というニックネームがある。標題というにはもっと気軽。第一楽章冒頭のヴァイオリンのフレーズが挨拶みたいという他愛のない理由だ。

初期の6曲、作品18はハイドンに捧げられている。音楽史的には弦楽四重奏の確立者だ。けれども初期はこの6曲だけ。中期以降、やけに難しくしてしまうのがベートーヴェンの癖だ。

 

2023年3月17日 (金)

三大弦楽四重奏

世の中「三大なんとか」が好きである。ベートーヴェンのピアノソナタがすぐに思い浮かぶ。「月光」「悲愴」「熱情」だ。しからば弦楽四重奏ではどうなっているのか。全16曲から3曲選べばいい。ピアノソナタほどの決定版は今もって流布していない。つまり3曲に絞れないということなのだろう。標題もあるにはあるがロシアの貴族の名前ではとっつき易さには直結しない。

しからばと私が選ぶが、これがまたかなりの難題だ。無理やり下記を絞り出す。ピアノソナタと同じく全部短調だ。

  • 4番ハ短調
  • 14番嬰ハ短調
  • 15番イ短調

相当苦しい。ポピュラリティがまったくついてこない。「月光」「悲愴」「熱情」の盤石感には到底及ばない。

  • ハイドン「皇帝」
  • シューベルト「死と乙女」
  • ドヴォルザーク「アメリカ」

この方がずっと説得力がある。標題の有無ばかりが原因とは思えない。演奏会にしたらこちらの方が絶対にチケットが売れるだろう。大好きなブラームスの3番が割って入る隙もない圧倒的な安定感だ。

ベートーヴェンの弦楽四重奏にはこうした議論を寄せ付けない近寄りがたさがあるような気がする。

2023年3月16日 (木)

格闘の痕跡-弦楽四重奏編

私のためにピアノソナタをCD上で弾いてくれているピアニストが13名だった。これに対して弦楽四重奏はもっとシンプルだ。

  1. バリリ四重奏団
  2. バルトーク四重奏団
  3. ジュリアード四重奏団
  4. アルバンベルク四重奏団

これだけ。中学高校時代に通っていたショップで、バリリ四重奏団の演奏を廉価版でせっせと買い集めたせいで、彼らの演奏が長く、ながーくスタンダードの座にあった。バルトークやジュリアードに時々浮気した程度。ところが就職してから出会ったアルバンベルク四重奏団の衝撃は今も鮮明だ。ライブ録音の緊張感と申すにはあまりに透明。加えて決定的になったのはシューベルト「死と乙女」の映像だ。生まれて初めて見るカルテットの映像に打ちのめされた。

ブラームスはもちろん、ドヴォルザークもお世話になっている。

2023年3月15日 (水)

春の転調

ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第5番は「春」という題名がついていることもあってか、割と早い段階で聴いていた。最初はミュージックエコーの付録だったかもしれない。第一楽章冒頭の旋律を聞いて驚いた。「運命」を書いた同じ人の作品かという驚きだ。出だしの旋律が「春」そのものだと感じたものだ。旋律がピアノに弾きつがれた後、ヴァイオリンに現れるアルペジオを聴いてなんとも幸せな気持ちになった。ベートーヴェンってなんでもすごいんだなと。

鑑賞経験が浅く、ソナタ形式もへったくれもなかった時代ではあったが、主旋律が戻るところが聴きどころだと感じてもいた。冒頭旋律がピアノに回帰してルンルンしていたら、ヴァイオリンに引き継がれて2小節目の途中から短調にすり替わった。

いやもう衝撃でしたわ。もっと心地よい旋律を聴いていたいのに、キュンとなった。人生で初めて転調に感動した瞬間だ。

ツボをおさえまくった転調はブラームスのお家芸でもあるけれど、最初はこの「春の転調」で始まった。

 

2023年3月14日 (火)

決算セールの掘り出し物

近所の某家電量販店で、決算セールをしていた。USB売り場でとんだ掘り出し物だ。車内常用USBの作成ではA型C型対応の64GBのUSBを2800円で買い求めたのだが、なんと128GBが2000円になっていた。CD600枚が収まる計算になる。即買いして帰宅し早速試すとちゃんと機能する。最初の64GBに収録漏れしたCDの取り込みに着手した。

自分の大学オケの演奏や、娘の高校オケの演奏もしれっと取り込んでいる。手つかずだったバッハのカンタータやオルガン作品もぼちぼち範囲を広げた。CD棚から「これは」と思うものを取り出してはにやにやしながら取り込んでいる。

2023年3月13日 (月)

クララのレパートリー2

昨日クララ・シューマンのレパートリーの中のピアノ協奏曲を調べたところだ。生涯で最低1回はコンサートで弾いた曲という定義だ。ついでに独奏曲もと思ったが、なかなか資料がない。かろうじてベートーヴェンのピアノソナタだけはリストが見つかった。

  1. 3番変ホ長調
  2. 8番ハ短調「悲愴」
  3. 13番変ホ長調
  4. 14番嬰ハ短調「月光」
  5. 15番ニ長調「田園」
  6. 17番ニ短調「テンペスト」
  7. 21番ハ長調「ワルトシュタイン」
  8. 22番ヘ長調
  9. 23番ヘ短調「熱情」
  10. 26番変ホ長調「告別」
  11. 29番変ロ長調「ハンマークラヴィーア」
  12. 30番ホ長調
  13. 31番変イ長調

以上だ。32曲から13曲が抽出されている。過半数に満たないが手堅く要所を押さえてある感じ。強いて申せば16番と18番「狩」も欲しかったところだが、悲愴とテンペストとワルトシュタインがあって満足。公開の席上での演奏記録だけなので、身内の集まりでは他の曲も弾いていたかもしれない。短調優勢だった協奏曲と違ってこちらは長調優勢だ。

そうそう、当時クララはベートーヴェンの演奏と解釈の第一人者だった。

2023年3月12日 (日)

クララのレパートリー

クララ・シューマンはブラームスの伝記上では、本人ブラームスに次ぐ重要人物だ。ロベルト・シューマンの妻にして当代最高のピアニスト。クララがレパートリーにしていたピアノ協奏曲を調べてみた。

  1. ベートーヴェン 3番ハ短調
  2. ベートーヴェン 4番ト長調
  3. ベートーヴェン 5番変ホ長調
  4. ブラームス 1番ニ短調
  5. ショパン 2番ヘ短調
  6. メンデルスゾーン 1番 ト短調
  7. メンデルスゾーン 2番 ニ短調
  8. モーツアルト 20番 ニ短調
  9. モーツアルト 24番 ハ短調
  10. シューマン イ短調

おお。ベートーヴェンは3曲入っている。短調が優勢なのは偶然かなどと脱線したくなる。香しいレパートリーでほれぼれする。カデンツァは自作だろうか気になるところである。

2023年3月11日 (土)

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲

1848年3月11日だから今から175年前の今日だ。ヨアヒムがブラームスの故郷ハンブルクで演奏会を開いた。ハンブルクフィルハーモニー主催のコンサートに出演したのだ。そこでヨアヒムが弾いたのが本日のお題「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲」だ。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、初演後あまり弾かれなくなった。現在の位置づけとは雲泥の差だ。押しも押されもせぬ現在の位置づけに引き上げた功労者がヨアヒムその人だった。バッハの「マタイ受難曲」の復活にメンデルスゾーンが果たした役割に似ている。ヨアヒムを見いだしたのはメンデルスゾーンだというのは奇遇である。

この時ヨアヒム弱冠17歳だ。

ブラームスは、この演奏を聴いていた。聴衆の中に15歳のブラームスがいたということだ。このときブラームスは、はじめてヨアヒムの存在を知った。無論ヨアヒムはまだブラームスを知らない。ブラームスとヨアヒムの間に生涯の友情が芽生えるまでまだあと5年が必要だった。

東日本大震災の日と重なるため、ずっとこの記事の公開を控えてきたが、ベートーヴェン特集の流れの中で自然に公開に漕ぎつけた。

ご加護を。

 

 

 

2023年3月10日 (金)

協奏曲の群れ

標題へのアプローチとは別に、鑑賞の目安になったのが協奏曲だ。独奏楽器の華麗な技や流麗な旋律が半ば病みつきになった。なんといってもメンデルスゾーンとチャイコフスキーのヴァイオリンだ。あるいはドヴォルザークのチェロ協奏曲もはいる。いわゆる「メンコン」「チャイコン」「ドヴォコン」という通称は最早標題同然に機能した。勢いあまってパガニーニやサンサーンス、シベリウスまでかじった。

おっと忘れてはいけない。ベートーヴェンだ。大学に入るまで脳内ヴァイオリン協奏曲ランキングの首位がベートーヴェンだった。

やはりまた、ブラームスは出遅れた。協奏曲の分野でもブラームスの台頭は大学3年の冬を待たねばならない。

2023年3月 9日 (木)

カデンツァを捧げる

ブラームスはベートーヴェンのピアノ協奏曲のカデンツァを自作している。3番と4番の第一楽章および4番の第3楽章だ。古典派の時代、演奏者による即興を作曲家が認めていたから、コンチェルトに挑もうかというピアニストはカデンツァを自作することもあった。つまりブラームスはこの2曲を公衆の面前で弾いたことがあるということだ。本当は5番だって演奏しているけれど、ベートーヴェンがカデンツァを置いていないから、さすがのブラームスもカデンツァを書けなかった。

おまけに4番の1楽章ではこんなこと もしていた。

 

2023年3月 8日 (水)

皇帝の栄枯盛衰

標題音楽優先の基準に従って、ピアノソナタ、交響曲の次にかじったジャンルはピアノ協奏曲。英雄交響曲と同じ変ホ長調を戴く堂々たる第5番「皇帝」のご利益だ。第一楽章冒頭の管弦楽だけの提示部に先立って華麗なピアノの出番がある。「皇帝」はベートーヴェン本人の預かり知らぬ命名ながら、さすがの説得力だ。がしかし最初に買ったレコードの記憶がない。

やがて脳内リーディング協奏曲の座をヴァイオリン協奏曲に明け渡す。高校時代の終わるころには、第4番ト長調にも抜かれた感じ。それでもまだ第二楽章だけは今でも大好きだ。第一楽章の変ホ長調に対してシャープ5個のロ長調だ。当時は「何たる遠隔調」などとは思わなかった。生まれて初めて見た「調号シャープ5個」だ。訳がわからんまま「なんだかロマンティックだな」と思った。「変ホーロ」という関係は、よくよく見ると「長3度」だと気づいたのはブラームスに目覚めた後のことだ。

長3度下の長調は、第一楽章がハ短調なら、運命交響曲も悲愴ソナタも同じなのだが、これを第一楽章が長調でやらかすととなると、なるほどロマンティックなわけだ。

2023年3月 7日 (火)

標題優先

淡々とベートーヴェンに戻る。

中学時代に始まったクラシック音楽への傾倒だが、膨大な作品群から当面どれをチョイスするかの目安が「標題」だった。とりあえずとっつきやすいの一点だ。ベートーヴェンの交響曲でいえば「英雄」「運命」「田園」「第九」がとっかりになった。これには7番が後回しという深刻な副作用があると気づいたのは大学に入ってからだった。交響曲と同時にピアノソナタも「月光」「悲愴」「熱情」に親しんだのち、一気に「ハンマークラヴィーア」に遷移した。怖いもの知らずである。

それらが一段落すると、「皇帝」「スプリングソナタ」「クロイツェルソナタ」に親しむ一方、他の作曲家に飛び火した。

「未完成」「新世界」「悲愴」「幻想」「ジュピター」「ハフナー」「イタリア」の交響曲群。ここでもまたドボ8後回しの重篤な副作用に見舞われた。交響曲以外では「四季」「ます」「アメリカ」「ボレロ」「モルダウ」「チゴイネルワイゼン」「ブランデンブルク協奏曲」などなどだ。

そしてそしてブラームスはといえば最後尾もいいところになる。今では夢中のブラームスは大学1年の冬の定期演奏会で弾いた第二交響曲との出会いまで、未盗掘古墳のように温存された。

2023年3月 6日 (月)

集大成の余韻

昨日の話の続きを少しだけ。

このたびの挙式披露宴はすべて新郎新婦が手作りしたもの。一日がかりのオペラみたいなものだ。彼らはその演出家。会場の選択にはじまって、招待者の選定、挙式披露宴のコンセプト、細かな進行、役割分担。引き出物選定、衣装などなどあらゆるものが自分たち理想の披露宴につながっていた。

我々家族とて例外ではない。彼らの理想の披露宴を形作るピースかもしれない。とはいえ嫁に出す側の新婦の家族として我々は心底一日を楽しんだ。だからそこに込められた新郎新婦の意図があらゆる場面でひしひしと伝わってきた。母代わりの祖母にとっては子育ての集大成でもあった。長男と次女は、長女の結婚を心の底から祝う一方で、祖母にも固く寄り添った。特に次女は祖母を新婦に次ぐ重要な位置にづけと理解し、忙しい祖母に寄り添って献身した。トイレには必ず同行し、テーブルではまめに気を配った。立ち上がるときには手を貸し、歩くときは腕を組んだ。

長女は披露宴最後を飾る「家族への感謝の手紙」に余すことなく思いのたけを盛り込んだ。母代わりとなって27年の祖母を3人の孫たちが、それぞれの立場から感謝を表明し続けた一日だった。祖母にそれらの思いが伝わったからこそ、祖母は一日中号泣し続けた。「よい子に育ってくれた」と。

祖母渾身の27年におよぶ子育てが少しだけ報われた一日。このことの記述に2日費やすことを咎めるベートーヴェンとは思えない。

2023年3月 5日 (日)

我が家の一番長い日

先週の日曜日、長女の結婚披露宴が行われた。昨年4月に入籍して新居に移り住んでいたから、ほぼ10か月遅れの挙式披露宴となった。亡き妻、あるいは父のご加護か、一日中好天に恵まれた。

我が家の一番長い日は、車で母と次女を6時半に美容院に送り届けるところから始まった。更新したばかりのマイカーを仕立てて長男と合わせて4人で都内の某ホテルに向かって出発したのが9時。渋滞なしの快適なドライブ50分で地下駐車場に滑り込む。ロビーに待機すること30分、一日我が家族の面倒を見てくれるという係の女性が、優雅に名乗り出てくれた。端正に引き締まった挨拶をされて、さっそくこの後の大雑把な流れの説明に続き、最初の課題はお父様である私の着替えだと知らされた。不慣れなモーニングに着替えねばならぬ。そ、そ、そうだった。私は新婦の父だ。思いのほか簡単に着替えが出来て、親族控室に通された。

親族紹介と写真撮影が11時30分から。互いの親族を新郎新婦が紹介する例のあれである。カメラマン3名。花嫁のドレス整え係と化粧係の2人が片時も新婦から離れない。いったん控室に戻って歓談するも、我が家担当の女子が次なる指示をと忙しい。

12時30分。挙式。エレクトーン、ハープ、チェロの伴奏に4名の女声アンサンブルがBGMを敷き詰める中、新郎が先に挙式会場入りしてワンテンポ置いて母のベールダウン。新婦側の親族の涙腺決壊。一部が新郎側にも伝播した。2歳1ケ月で母を亡くした長女のベールダウンに祖母が間に合った。今年88の祖母が、杖も車椅子も使わずに、凛としてベールダウンに臨む光景は、間違いなく本日前半のクライマックス。背伸びして背伸びしてベールダウンする祖母を気遣って、頭をできるだけ低くする長女、一旦下りたベールのしわをさりげなく整える祖母にまだ涙はない。続くヴァージンロードウォークは、緊張した。スピーチなら15分だろうと1時間だろうと全く緊張しない私だが、このウォークはがちがちに緊張した。ほぼ一日中カメラマンに徹していた長男が後から「三苫の1ミリ」ならぬ「父の15m」と命名したが、インパクトとしては祖母のベールダウンにはかなわぬ。

そりゃあ今どきの披露宴だ。プロの司会者の手慣れた進行。媒酌人なしはもちろん、職場の上司もいない。親戚と仲間が抽出された宴席。新郎新婦作成のウエルカム映像に、キレッキレの音楽で開宴。乾杯の発声はあったものの、友人代表のスピーチが1名分。出席できない仲間のビデオメッセージが続く。入れ代わり立ち代わり出席者が新郎新婦に近づいては声がけと撮影。笑顔笑顔笑顔。

新婦お色直し退場をエスコートするのは次女。次女の簡単なスピーチ。この時祖母も加わった3名で写真撮影。祖母はもう号泣である。

お色直しで二人とも離籍した後、二人の生い立ちを紹介する映像が流れた。そういえば長女が我が家のアルバムから熱心に材料となる写真を探していた。亡き妻や母も一部写っているのを見てまた泣き出す祖母。

お色直し後のドレスはワインレッド。同色のお花を手に、全テーブルを回る。母の号泣はまだ続く。

さて、食べて飲んで笑ってが120分を過ぎたころ、新郎新婦の両親がスクリーン前に立つ。我が家はもちろん私と祖母だ。音楽と明かりが消えた。我々と新婦だけに明かりが注がれる中、結びのプログラムが始まった。コミカルにテンポよく進行していた司会者は声のトーンを厳粛なものに変えて「新婦がご家族への感謝の手紙を朗読します」と切り出す。淡々とした長女の朗読が始まった。私、祖母、兄、妹の順に気持ちを伝えるという形式。とりわけ深いのは祖母へのトーク。「幼いころ母をなくした私には母の記憶がありません。もし母が存命だったらと考えたこともありましたが、おばあちゃんの手塩にかけられてここまでこれたからこそ、彼とめぐりあうことができた。だから今幸せです」と静かにしかし決然と断言した。祖母は両手で顔を覆っている。笑いよりによっていた席の雰囲気が新婦のこの朗読で厳粛なものに昇華した。朗読とはいえ、そのテンポ、音の張り、抑揚のバランスは見上げたものだった。「自ら泣いてお涙頂戴にしたくない」という強烈な意思に支えられたスピーチ。親バカの誹りはいかようにも受ける覚悟で申し上げている。続く新郎のスピーチは原稿なしだった。列席者へのお礼に続いて何を言い出すかと思えば、当日一日進行の裏方に徹してくれたホテルスタッフへの感謝を口にした。このとき壁際に控えるホテルスタッフの面々が同時に頭を垂れたのは感動的だった。事前に打ち合わせや練習でもしたのかと思うほど、角度タイミングのそろったお辞儀だった。家族への感謝は新婦の手紙朗読に任せ、新郎は周囲への感謝に的を絞っていた。見事な業務分担だ。

お開き。当日夜は我々家族4人は会場となったホテルに宿泊した。新郎新婦が仲間との2次会で盛り上がっているはずの、お開きから3時間後、ホテルのラウンジで我が家だけの2次会。たった今終わった披露宴の、いや一日の余韻に浸る話に花が咲いた。

我が家の一番長い日。

2023年3月 4日 (土)

刷り込み破り

昨日の記事で「初めて聞いたレコードの演奏が刷り込まれる」と書いた。ところが本日はそれを爆破するインパクトの人たちのお話だ。

ベートーヴェンの弦楽四重奏はほぼすべてバリリ四重奏団が最初のレコードだった。今回の常用USBへの収録もバリリが順当と思いきや、実際には違って、アルバンベルク四重奏団を採用した。初めて聞いた「死と乙女」の画像が衝撃的でそれ以来バリリはシェアを減らした。モーツアルトもブラームスも、ドヴォルザークもシューベルトも1曲となるとアルバンベルクだ。

似たような存在はピアニストならグールド。レーゼルはブラームスの演奏を気に入ってからベートーヴェンに遡及したから例外だ。グルダも最初のLPではない。最初はバックハウスあたりだったかもしれぬが記憶が薄い。

指揮者ならカルロス・クライバーだ。作曲家を問わず、録音ある限り彼をチョイスしている。どれも最初のレコードは彼ではない。ブラームスは第四交響曲しかない。

要はなんでもありということだ。

 

2023年3月 3日 (金)

演奏家の刷り込み

それにしても不思議だ。中学時代以降クラシック音楽に目覚めて、レコード鑑賞に明け暮れた。最初に買い求めた演奏が脳内に刷り込まれてしまい、他の演奏に親しめないケースが多々ある。LPがCDにとって代わり、処分したLPのうち、お気に入りだけはCDを買い戻した。興味が別ジャンルに移行するとき、そうした刷り込みが最初に買い求めるCDを選ぶ際の下敷きになるケースも多い。

今回の常用USB作成にあたって、「1曲1演奏」の自主規制を守るということは、つまりもっともお気に入りの演奏を選ぶことに他ならない。いざ目隠しして聴けば正確に聞き分けが出来ないにしても、先入観込みで1曲チョイスになる。

たとえば、ヴァイオリニスト、ヘンリク・シェリングだ。中学時代、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のレコードを初めて買い求めたのが彼の演奏だった。彼の知名度や実力をよくわからないまま買っていた。当然、スプリングソナタもクロイツェルソナタも彼の演奏を選んだ。やがてバッハに興味を持った。ヴァイオリンソナタ、そして極めつけが一連の無伴奏作品。気が付けばメンデルスゾーンも彼だ。やがてブラームスに目覚めても、コンチェルトは元よりヴァイオリンソナタやピアノ三重奏曲だってシェリングだった。

そういえばモーツアルトもメンデルスゾーンも判で押したようにシェリング。

グリミォーやスークだって好きなのに1枚ならシェリングだ。例外はヴィヴァルディのアッカルドくらい。当時まだ古楽器は台頭しておらず、ビオンディは敷地外だった。

もはやお守りだ。いろいろ鑑賞経験を積んだ今でもシェリングは落ち着く。

2023年3月 2日 (木)

誇り高き偶然

きっかけは、買い替える車にCD再生機能が無いことだった。この死活問題への対応はUSBへの事前取り込みしかないことが分かって、とりあえず64GBのUSBに当面ドライブで聴きたい曲を取り込むことになった。

一方ブログでは63歳の誕生日から懐かしい「ベートーヴェン特集」が立ち上がった。車の更新とは何の関係もない偶然だが、結果としてUSBに取り込む曲のチョイスの過程で所有するベートーヴェンのCDを聴きまくることになった。

このことで脳内にベートーヴェンルネサンスが起きた。中学高校時代の記憶との再会。当時なぜ好きだったのか、何が好きだったのかの回想。とあわせて19歳の春になぜブラームスへの転換が起きたのかの再検証。その後バッハが脳内で台頭したのにブラームスと共存できていることへの回答。などなどもろもろの意味がある。

そしてそして、1曲1演奏の自主規制の中、どの演奏を収録するかのチョイスは、「同曲異演」の聞き比べ訓練にもなった。残されたCD、そしてチョイスの結果としての収録の顔ぶれは、そのまま演奏家の好みの反映だ。

誇り高きなどと気取ってはみたものの、つまりはブログの記事本数が稼げそうな予感に過ぎない。

2023年3月 1日 (水)

ベートーヴェンの取り込み

昨日の記事「USB三昧」で、車内常用USBについて書いた。収録内容を作曲家別に記載したが、その中にシューマン、ブルックナー、チャイコフスキー、ベルリオーズ、ショパンあるいはドイツバロック諸家が抜けている。さらに申せばベートーヴェンもなかった。ドイツバロックは少ないながらもブクステフーデやパッヘルベルがいた。がしかしシューマン、ブルックナー、チャイコフスキー、ベルリオーズ、ショパンは本当に収録がない。CDを所有してはいるが、当面ドライブでは聴きたくならなそうということだ。

ベートーヴェンは違う。収録曲を決めるためにベートーヴェンのCDを取り出した。棚に収まらずに収納ボックスに入れて箪笥の上に保管という憂き目にあっていたものも取り出して、あれこれ聴いた。LP時代が去ってCDになり、所有していたLPを処分したあとにCDを買い求めたものの堆積だ。LP時代はなんせ廉価版が多く、今となっては演奏家を記憶していない。処分後同じ演奏をCDで買い戻したものは限られている。だから今の所有CDは中学高校大学時代の嗜好を正確に反映してはいない。

なぜ持っているのかわからぬCDも相当多い。とりあえず常用USBへの収納状況は下記。

<ピアノソナタ> グルダ、レーゼルでそれぞれ32曲すべて。グールドは録音があるものすべて。

<弦楽四重奏> アルバンベルクで16曲プラス大フーガ。

<交響曲> 9曲を厳選1演奏ですべて。

<ピアノ協奏曲> グルダで5曲すべて。

<ヴァイオリン協奏曲> シェリングとアッカルド。

<ヴァイオリンソナタ> スプクロの黄金コンビのみをシェリングで。

主な落選は下記。

第九以外の声楽曲。チェロソナタ。ピアノ三重奏曲。ゼプテット。フィデリオ。

「誰で一番聴きたいか」の決定は楽しくも悩ましい作業だった。ピアノソナタとヴァイオリン協奏曲は絞れず複数採用。

 

 

 

 

« 2023年2月 | トップページ | 2023年4月 »

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2024年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ