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2023年4月28日 (金)

遥けくも来たりしものぞ

ブラームスは全ての交響曲において、第1楽章にソナタ形式を採用した。主張の重点が第1楽章にあるかどうかはともかく、ベートーヴェン伝統のソナタ形式に真っ向から取り組んでいる。特に前半の2つの交響曲では、演奏時間的にも小節数的にも第1楽章が全体の5割に近づいている。

交響曲におけるソナタ楽章を壮大なドラマにしてしまったのは、ベートーヴェンだ。おそらく第3交響曲だと思われる。

だからとりわけドイツオーストリアにおいては交響曲の第1楽章が、論理的に巨大に書けないようでは、交響曲業界では「書類審査」で脱落したも同じなのだ。ベートーヴェンとの比較以前の問題になってしまうのである。書類審査で落ちるのは嫌だとばかりに、ブラームスは第1楽章をドラマに仕立て上げた。

最長の第1楽章を持つのは交響曲第2番だ。英雄交響曲と同じ4分の3拍子という偶然にはもはや驚くまい。繰り返しをカウントに入れると700小節を超える。最後の最後477小節目に極上の「mp espressivo」が弦楽器に現われてしめくくる。第2交響曲中最高の名所だ。けれどもこの場所が名所だからと言って、ここだけを取り出して聴いたとしても、味わいは薄い。この場所が絶景と呼ばれるのは、前後の文脈の中に過不足無くはまり込むからこそである。ソナタ形式というドラマ全体の中での適材適所ぶりまでもが鑑賞の対象なのだ。454小節目から始まるホルンの絶妙のソロを受け継ぐからこそあの場所の「in tempo ma tranquillo」が際立って聴こえるというものだ。延々と続いてきた第1楽章の結尾にあたり、「遥けくも来たりしものぞ」とばかりに振り返るという心象が前提になってこその見せ場である。

ブラームスの2番でエロイカを思いやる脳味噌になり果てている。

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