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2023年5月31日 (水)

パズル「交響曲の13人」

昨年の大河ドラマ以降、どうも「13人」にはまっている。本日もその系統。思いついたきっかけは、交響曲の数だ。ベートーヴェン9曲にブラームス4曲を足すと13になるという素晴らしい偶然。しかも大指揮者ハンス・フォン・ビューローはブラームスの1番を指して「ベートーヴェンの第10」と呼んだ。つまり両者は足し算したいほど密接なのだ。

パズルのルールは下記。

  • ベートーヴェンとブラームスの交響曲全13曲について我が家所有のCDから1曲ずつ選ぶ。
  • その際、同じ指揮者を2度以上チョイスできない。
  • 加えて、同じオケを2度以上選べない。
  • 上記制約の内側で出来るだけ大好きな演奏を取りそろえる。

これが意外と複雑でやりがいがあった。結果は下記の通り。

  • 1番 リカルド・シャイー ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
  • 2番 ジョージ・セル クリーヴランド管弦楽団
  • 3番 ゲオルグ・ショルティ シカゴ交響楽団
  • 4番 ラファエル・クーベリック イスラエルフィル
  • 5番 ギュンター・ヴァント 北ドイツ放送交響楽団
  • 6番 ブルーノ・ワルター コロンビア管弦楽団
  • 7番 カルロス・クライバー バイエルン国立管弦楽団
  • 8番 ルドルフ・ケンペ ミュンヘンフィル
  • 9番 フェレンツ・フリッチャイ ベルリンフィル
  • 10番 シャルル・ミュンシュ パリ管
  • 11番 セルジュ・チェリビダッケ シュトゥットガルト放送交響楽団
  • 12番 クルト・ザンデルリンク ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
  • 13番 ジョン・バリビローリ ウィーンフィル

ほれぼれ。

ビューロー先生がおっしゃる通り、10番はブラ1。よって自動的に11番はブラ2、12番はブラ3そして13番がブラ4.念のためである。改めてつくづく思うのは昔の演奏ばかりということだ。最年長はワルター1876年生まれで、ブラームス第一交響曲初演の年だ。最年少のシャイーでさえ私より7つも年長だ。私の母より年下はそのシャイーだけ。寄る年波なコレクションだ。

 

 

 

2023年5月30日 (火)

ブログ創立18年

本日ブログ「ブラームスの辞書」は2005年5月30日の創立から満18年の節目を迎えた。満18歳だ。成人年齢の引き下げで18歳から成人ということになる。地味に大切なことは、18未満の人々、つまり未成年の全員の誕生日に記事が1本は必ず存在するということだ。これも毎日更新の賜物である。

成人に達したからと言って、明日から世話を怠るとたちまち息絶えてしまうというはかなさもまた、醍醐味の一つである。

2023年5月29日 (月)

首席ヴァイオリン協奏曲

中学生でクラシック音楽に目覚めた。作曲家をキーに申せばさっそくはまり込んだのがベートーヴェンだ。ジャンル切り口というとベートーヴェンの主戦場である、交響曲、弦楽四重奏曲、ピアノソナタは自然だが、実はヴァイオリン協奏曲にも興味を持った。バッハやヴィヴァルディあたりの協奏曲までも余裕で視界に入ったものだ。当時は第一楽章にリトルネロが来るバロック協奏曲と古典派以降の協奏曲の違いなんぞ意識していなかった。

ベートーヴェンにはたった1曲しかないので、他の作曲家に範囲を広げてはみたものの、やはり脳内ヴァイオリン協奏曲ランキングの首位は長くベートーヴェンだった。大学オケ同期が下宿コミュニケーションの中でしきりにブラームスを薦めてくれたが、当初聞く耳をもたなかった。

大学2年の春にブラームスへの宗旨替えが起きて初めて、ブラームスのヴァイオリン協奏曲に入れ替わった。あれから44年経過した今も、ブラームスが首位の座に君臨している。

 

2023年5月28日 (日)

笠間詣で

一昨日、母を連れ出して茨城県の笠間に行ってきた。

秋には栗がメインターゲットになるが、かなり混雑するので今の時期は気楽だ。

笠間稲荷参詣をメインに据えて、門前の土産物店を散策。行きつけの古物商、カフェ、焼き物ショップと徘徊し、ランチはお蕎麦。

おやつにはモンブランケーキ。

お土産は稲荷寿司、水戸納豆。

好天を味方につけての日帰りドライブであった。

2023年5月27日 (土)

聴き方の癖

中学時代に始まったクラシック音楽への傾倒は、当然のごとくレコード中心だった。生演奏のよさをわかっていても、全体の鑑賞量に対するレコード鑑賞の割合は相当高かった。FMラジオのシェアも無視しうる範囲。レコードをCDに置き換えれば今も変わらない。

さてそうした環境で身に着いた聴き方の癖がある。だいたい高校時代に始まって大学入学後に固まったと記憶している。

<鳴っている作品名を知っておきたい> ただ鳴っているというのが嫌いだった。「誰それ作曲の、交響曲〇番」くらいは最低押さえておきたかった。調性と作品番号もあればなおよろしい。

<楽譜を見ながら聴きたい> 感動する瞬間の楽譜がどうなっているのかに興味があった。

これらはつい最近まで踏襲されていたのだが、バロックへの傾斜が本格化すると少し怪しくなった。覚えきれないということだ。ただBGMとして流しておいて、気に入った部分が来たら作品名を調べるという手順も出てきた。

 

 

2023年5月26日 (金)

作曲家ファイル

先日演奏会に出かけたときに興味深い買い物をした。

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作曲家ファイルだ。もちろん私はブラームスを即買いだったが、他の作曲家もかなりな品揃えがあった。A4の普通のクリアファイルだが、やはりまんまとはまる。

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裏面にはブラームスの作品番号表だ。op1からop122までずらりと列挙される。難を言うとこれらがみな英語表記ということくらい。ハードルの高さ覚悟でドイツ語にしてほしかった。

ほくほく。

 

2023年5月25日 (木)

オーケストレーション

「管弦楽法」と訳されるか。管弦楽作品を書くための技法のこと。管弦楽作曲家は是非持っていたほうがいい技能だ。あらゆる音楽系の知識の総動員が求められる上に、そこそこの経験もはずせない要素だ。

元来上記の通り概念なのだが、しばしば半ば意図的、半ば無意識な使い分けがされてきた。

<オーケストレーションを誉められる側の人々>

  1. ベルリオーズ
  2. リムスキー・コルサコフ
  3. ラベル
  4. ドビュッシー
  5. ワーグナー 多分こちらなのだと思う。

<オーケストレーションを誉められない人々>

  1. バッハ 二管編成の確立以前に活躍したから誉められなくて当然。
  2. モーツアルト とりたててオーケストレーションだけが誉められる訳ではない。
  3. ハイドン モーツアルトに同じ。
  4. シューベルト 旋律は誉められる。
  5. ドヴォルザーク 旋律は誉められる。
  6. ショパン そりゃあそうだろう。
  7. リスト 誉める人もいるか。
  8. シューマン 希に「下手」と言われてしまう。
  9. ブルックナー 「独特な」と形容されることはある。
  10. ブラームス 残念ながらブルックナーと同じでしばしば「独特な」と言われる。
  11. マーラー 長いとは言われる。

つまり、色彩感溢れる管弦楽曲を書く人、あるいは管弦楽から様々な音色を導き出す人が誉められる傾向がある。パレットに絵の具が色数多く用意されている人だけが誉められているような気がする。水墨画の大家は「独特な」と評されることはあっても「オーケストレーションの達人」とは言われない。この用法によればブラームスは誉められない側なのに、古来から演奏家たちの帰依を勝ち取ってきた。現代のCDショップやコンサートホールでの人気ぶりも周知の通りだ。「オーケストレーション」という言葉がこのような使われ方をする限り、ブラームスは誉められたいとは思っていないだろう。

さてベートーヴェンはどちらだ。

2023年5月24日 (水)

二管編成

これでオーケストラの編成が言い表されている。

演奏に参加する弦楽器の本数は、管楽器の本数から半ば自動的に決まるとされているので、管楽器の本数だけを言えばオーケストラの規模が決まるのだという。何かと例外も多いが、大雑把にイメージを把握するには便利な言い方だ。

「二管編成」とは文字通り管楽器2本を意味する。各種管楽器が2本づつという訳である。これを基本にしてさえいれば少々入れ替わりがあっても「二管編成」と呼び得る。たとえばフルートがピッコロ持ち替えだとかオーボエがコールアングレ持ち替えでも可だ。ホルンだけ3ないしは4でも大目に見ることもある。弦楽器はヴァイオリンは各々5プルト、ヴィオラ、チェロ3プルトのコントラバス2プルトといった感じだ。

何を隠そうこれがブラームスの管弦楽の基本編成だ。ホルンはしばしば4本使われるし、トロンボーンが3本のこともあるが断じて「三管編成」までは行かない。強いて言うなら「2.5管編成だろう。ブラームスの晩年には四管だって珍しくはなくなっていたが、断固二管編成にとどまった。昨今、「倍管」と称して管楽器にアシを付けての演奏も見かけるが、これは四管編成とは当然区別されている。

時代が新しくなるにつれてこれが三管、四管・・・・・という具合に増強が進んで行く。五管はおろか八管まであるという。実際に見たことはないが、ブラスバンドと弦楽器のジョイントコンサートみたいな感じなのだろうか。小学生が考えると二管編成でヴァイオリンが5プルトなのだから八管編成だと20プルトということになる。

何だか戦艦の主砲みたいだ。ブラームスは平和主義者だ。三管、四管、五管と続く軍備増強には背を向けていた。管楽器増やせばいいってモンでもなかろうと思っていたことは確実と思われる。ドヴォルザークはやや大きめの二管編成と考えられている。

そうそう、ベートーヴェンだって二管編成だ。

2023年5月23日 (火)

フィデリオ

ベートーヴェンが遺した唯一のオペラのタイトルだ。無実の罪で監禁される夫の救出に奮闘する妻の物語だ。救出のチャンスを伺うために妻は「フィデリオ」と名乗って男になりすます。夫婦の愛が主題だ。

周知の通りブラームスはベートーヴェンを尊敬していたが、「フィデリオ」については手放しの称賛ではなかったらしい。相手や言葉を慎重に選びながら苦言を呈することも忘れない。

ハンブルクフィルハーモニーのポストにありつけなかった失意のブラームスにウィーン進出を促した人々がいた。その一人がルイーゼ・ドゥストマンという女性だ。ウィーン宮廷歌劇場の歌手だ。しかも下っ端ではない。「フィデリオ」のタイトルロールを努めたとされている。つまり主役レオノーレを歌ったということだ。

ブラームスはウィーン進出前に既に少々のコネを持っていたということだ。無闇に故郷を飛び出した訳ではなかった。

1814年5月23日、ウィーンにて歌劇「フィデリオ」初演。つまり今日初演209周年だ。

2023年5月22日 (月)

下宿コミュニケーション

大学オケの門をたたくとすぐ、仲間との交友が始まった。自宅から通っていた私だが、先輩や仲間の下宿での飲み会に明け暮れた。安酒につまみ持ち寄りの会。

話題は意外とまっとうで、音楽中心。演奏家論、作曲家論とまでは突き詰めない音楽ネタだ。演奏会の曲目決定時期にはかなり盛り上がる。決まった後、練習に取り組む間、特定の作曲家や作品が話題の中心になる。

当時はCDではなく、レコードやカセットテープで、さまざまな演奏を聴きながら他愛なくもりあがったようで、実は強烈な刷り込みになっている。

2023年5月21日 (日)

スマホ更新

電池の消耗がやけに早くなってはいた。それでいて充電を始めるとすぐに満タンになる。けれどもまたすぐになくなる。その繰り返しがここ数か月続いていた。在宅勤務が増えたから、外出が減っているせいで、我慢の範囲を広げていたが、やはり買い替えた。3年半での交換だ。それにしても高価だ。運転免許と違って返納はもはや非現実的だ。死ぬまで使うと考えると、3年から4年で更新していたら、あと何回更新があるのやら。

この際とばかりにホームWiFiやタブレットを解約して月額数千円節約に踏み切った。スマホを持ち続けるため節約に舵をきった。ホームWiFiはケーブルTV会社のセットを利用することで事足りる。

生活の仕様を在宅モードから徐々に年金モードに転換してゆかねばなるまい。

 

2023年5月20日 (土)

聞き倣し

「聞き倣し」と書いて「ききなし」と読む。鳥を含む動物の鳴き声に人間の言葉の音を当てることだ。犬の鳴き声を「ワンワン」とするのがその代表だ。Dogは「ワンワン」とは鳴かずに「Bow Bow」と鳴く。言語が違えば当然聞き倣しの結果も変わる。寝ている間は、人間も動物の仲間だと実感する。日本では「グーグー」だが、英語圏では「zzzzzzz」だ。いびきの音は聞き倣しの対象になっている。つまりその間は動物だということだ。

さて学生のオーケストラは定期演奏会を中心に回っている。メインプログラムともなると3ヶ月程度は練習するものだ。作品に登場する印象的な旋律に歌詞を付けて歌う輩が出て来る。傑作を毎度生み出す「聞き倣しメーカー」も一人や二人は必ずいるものだ。私が聞いた範囲でも以下の通り多彩である。

  1. 「こ~んなたっかい音出る訳ないのに」 ベートーヴェンの交響曲第7番第4楽章のホルンの難所。
  2. 「ク~ラリネットちょんぼちょんぼ」 ベートーヴェンの交響曲第9番第2楽章中間部
  3. 「金ね~よ~、ひもじ~よ~」チャイコフスキー悲愴交響曲第1楽章冒頭
  4. 「めーしー早く喰いてえよー、さーけー早く飲みてえよー」チャイコフスキー悲愴交響曲第2楽章冒頭
  5. 「コンパでビールを飲もー」チャイコフスキー悲愴交響曲第3楽章冒頭
  6. 「うら~のにーわで、ポチが鳴く、こーこ掘れこーこ掘れ」ドヴォルザーク「アメリカ」四重奏曲冒頭。
  7. 「ダブトン、ドラ3」マーラー第5交響曲第3楽章エンディング。

学生たちはこの手の替え歌が好きだ。さりげなくセンスも問われる。アルコールが入った席でよく歌われる。学生歌にも、同じ旋律が別テキストで歌われる異稿が数多く派生している。替え歌あるいは聞き倣しのノリは学生歌の神髄という気がする。上記の7番は私が発案者だ。大学4年の秋、マーラーに挑む中、マージャン卓を囲んでいて思いついた。

さて前置きが長くなった。ブラームスにも聞き倣しがあった。

  • 「お~れはど~にももてない男だ」交響曲第3番第4楽章
  • 「あじ、さば、うに、いか、たい、かに、とろ、えび」交響曲第4番第1楽章冒頭。

あまりに出来が良い場合、そうとしか聞こえなくなるという副作用も報告されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年5月19日 (金)

トリセツ

この度のリベートヴェン運動にあたり、手ごろな参考文献はないかと書店をうろついていて発見した。

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そのものズバリのトリセツだ。ベートーヴェンより「トリセツ」が大書されているのがすごい。楽聖ベートーヴェンの入門手引書にはかなりなニーズがあるのだろう。

ベートーヴェンの楽譜上の用語使いが少しだけクローズアップされている。その調子で深堀りしてくれていたら「ブラームスの辞書」の比較参照で記事が数十本かけていたにちがいない。

2023年5月18日 (木)

ネイティブの歌手たち

クラシック音楽の世界で歌手と呼ばれる人たちは、お生まれの国に関係なく、イタリア語とドイツ語は必須だと思われる。英語、中国語、スペイン語など、使用人口の多い言語はあるにはあるけれど、クラシックのレパーリーからは断じてイタリア語とドイツ語だろう。ましてやCDが発売されているような歌手は、この両言語について課題を抱えているなどということはあり得まい。

がしかし、先の第九のリストで、バリトンの歌いっぷりを比較するに及んで、やはりネイティブのドイツ語スピーカーの歌唱の方がいいかなと感じ始めている。発音のなじみっぷりとか、間合いとかの話である。中学時代にカタカナで第九のフィナーレを丸暗記した経験から、どうも非ドイツ語圏の歌手たちの歌い方にカタカナ感が見え隠れする気がしている。なんだか堅苦しい感じがぬぐえない。これは演奏を聞き分けるよい材料でもある。とはいえ、ドイツレクイエムやリートを聴いている限りはあまり感じなかった。

イタリア語のオペラはイタリア人歌手の方がいいのかという突っ込みは覚悟で申している。

2023年5月17日 (水)

一筋の光明

昨日、第九をバリトンをキーに列挙した。なぜそのようなことするかというと、歌は聴いていて誰なんだかわかるからだ。オケだけでわかる人にはわかるのだと思うけれど、まだまだ私にはハードルが高い。バリトン独唱はそれにくらべると数段楽だ。

フィッシャーディースカウ、プライ、リッダーブッシュ、モル、ハンプトンはほぼ百発百中だ。嫌いという意味で分かる人もいるにはいるが、聴き分けられるという意味では収穫のうちである。

これ、テノールは名高い独唱があるから、まだいい。ソプラノやアルトはつらいところだ。歌う方はもっとつまらんのではないかと危惧する。

2023年5月16日 (火)

バリトンの饗宴

中学時代、第九のフィナーレが唯一の声楽へのコンタクトだった。歌手たちとりわけバリトンをかっこいいと思った。がしかし、興味の対象が拡大するにつれて事情がわかってきた。ほとんどの歌手にとって第九の独唱はレパートリーの中核とは言えないということだ。極端な話「1にオペラ、2にオペラ、3,4がなくて5にリート」というのが実態だと感じた。非ドイツ系の歌手にいたっては「5もオペラ」かもしれぬ。日本でCDが売れるというだけでは、小遣い稼ぎ程度の位置づけかと。

嘆いてばかりいてもブログにならぬから、本日は我が家所有の第九のCDをバリトン独唱をキーに録音順に列挙する。

  1. 1951 オットー・エデルマン フルトヴェングラー/ウィーンフィル
  2. 1952 ルードヴィッヒ・ウェーバー E・クライバー/ウィーンフィル
  3. 1957 ハンス・ホッター クレンペラー/フィルハーモニア管
  4. 1957 フレデリク・ガスリー 米 クリュイタンス/ベルリンフィル
  5. 1958 ディートリヒ・フィッシャーディースカウ フリッチャイ/ベルリンフィル
  6. 1959 ウイリアム・ヴィルダーマン  ワルター/コロンビア管
  7. 1961 ドナルド・ベル セル/クリーヴランド管
  8. 1961 ドナルド・グラム ライナー/シカゴ響
  9. 1971 カール・リッダーブッシュ ベーム/ウイーンフィル
  10. 1972 マルッティ・タルヴェラ ショルティ/シカゴ響
  11. 1974 ドナルド・マッキンタイヤー ケンペ/ミュンヘンフィル
  12. 1975 トマス・スチュアート クーベリック/バイエルン放送響
  13. 1977 ジョセ・ファンダム カラヤン/ベルリンフィル
  14. 1979 クルト・モル バーンスタイン/ウイーンフィル
  15. 1980 テオ・アダム ブロムシュテット・ドレスデン国立歌劇場管
  16. 1981 ジョン・トムリンソン ザンデルリンク/フィルハーモニア管
  17. 1986 ヘルマン・プライ アバド/ウィーンフィル
  18. 1986 ハンス・ゾーティン ショルティ/シカゴ響
  19. 1986 ロナルド・ヘルマン ヴァント/北ドイツ放響
  20. 1987 ペテリ・ザルマア ノリントン/ロンドンクラシカルプレーヤーズ
  21. 1989   ペーター・リカ チェリビダッケ/ミュンヘンフィル
  22. 1990 サイモン・エステス ジュリーニ/ベルリンフィル
  23. 1999 ハンノ・ミュラー・ブラッハマン ギーレン/南西ドイツ放響
  24. 2002 トマス・ハンプトン ラトルウィーンフィル
  25. 2008 ハンノ・ミュラー・ブラッハマン シャイー/ゲヴァントハウス管

ハンノ・ミュラー・ブラッハマンが重複するので24名となる。我が家のブラームスリートのCDとかぶる人を青文字にしてある。バリトンのうたいっぷりだけで申すと、フリッチャイと組んだフィッシャーディースカウ。録音はこれだけなので猶更である。リッダーブッシュ/ベームとヘルマン/ヴァント、あるいはモル/バーンスタインもいい線である。

2023年5月15日 (月)

64回目の母の日

娘に言われてはっとした。「我が家で母がいるのはパパだけだからね」だと。言われてみればおっしゃる通りだ。63歳の私は昨日通算64回目の母の日を迎えた。同じ屋根の下に住んで、健康にこの日が来たことをお祝いする意味でささやかなプレゼントを贈った。

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手編みの手提げ。素材はくるみ。山葡萄は高価で手に負えないのでくるみでお茶を濁す。素朴でシンプルに加え大きさも手ごろ。日々のお買い物お供にいかがかと選んでみた。

2023年5月14日 (日)

初レチタティーヴォ

レチタティーヴォとは歌唱法の一つか。オペラ、オラトリオ、カンタータの中で、語り調で歌われる個所またはその唱方法のこと。ベートーヴェンの第九交響曲に目覚めた私のレチタティーヴォ初体験が、同曲のフィナーレで、初めてバリトンが歌い出す場所に置かれていた。当時は何のことやらさっぱりわからぬまま聴いていた。

鑑賞の中心がベートーヴェンで、ジャンルが器楽に極端に偏っていたせいで、オペラ系の知識が抜け落ちていたせいである。レチタティーヴォは、旋律を聴かせるアリアの反対概念にも見える。おいしい聞かせどころとなるアリアは、得てして歌手の見せ場であるのに対し、レチタティーヴェはストーリーや情景の説明機能の方に重心が寄っている。単純な伴奏が付与されるのが通例で、チェンバロの和音だけのこともある。

第九の見せ場のバリトンの登場のところに置かれていても、なんぞなんぞ考えもしなかった。シラーのテキストに入れ替わると同時に始まる歓喜の歌の導入でしかないとわかっていてもかっこいいレチタティーヴォであった。

2023年5月13日 (土)

歓喜と友

日本語で表記しては通じまいとばかりにドイツ語にしてみる。

  • Freude  歓喜
  • Freunde 友

似ている。「歓喜Freude」に「n」が挟まるだけで友になる。中学時代にはまった第九の終末合唱のテキストの話だ。カタカナで丸暗記を試みる中で、まず感じたのは「Freunde」が英語「Friend」に似ているということだ。ドイツ語と英語は言語学的には近いということを実感した最初の経験であった。次に感じたのは「フロインデ」と「フロイデ」の類似だ。第九で初めて声楽が現れるバリトン独唱は「オーフロインデ」とうたって始まる。ここはまだシラーのテキストではない。ほどなく始まる歓喜のメロディーからがシラーのテキストで「フロイデ シュネル ゲッターフンケン」と走り出す。「フロインデ」と「フロイデ」がいやでも対比される構造。

「歓喜」と「友」が似ているなんてかっこいいなと夢想する中学生だった。

2023年5月12日 (金)

唯一の声楽

13歳、中学1年生で第九に目覚めて、お決まりのごとく合唱付きのフィナーレにはまった。鑑賞の中心が極端に器楽に偏っていたせいで、オペラ全滅は申すまでもなく、バッハのカンタータも、シューベルトのリートも、シューマンの合唱曲もみな視界に入っていなかった。細々とした例外が、音楽の授業で習う「魔王」と「流浪の民」だった。ましてやブラームスは蚊帳の外も外の、論外であった。大学4年になるころ、ブラームスのドイツレクイエムが台頭するまで、私にとって第九が唯一の声楽であり続けた。

これがどれほど偏った嗜好なのかわかったのはつい最近だと申していい。ベートーヴェンに傾倒はしたのだが、フィデリオには目が届いていなかったし、ましてや歌曲も視界になかった。それがベートーヴェンだとまっすぐに信じていた。最初にはまったのがモーツアルトだったら、オペラはすぐに視野にはいってきたはずだ。

今ではもったいないことをしたとは思わない。声楽作品を温存できたと思うことにしている。未盗掘古墳みたいなものだ。

2023年5月11日 (木)

ドイツ語初体験

話は前後する。中学生で第九に目覚めた当時、やはり断然フィナーレだった。シラーのテキストによる歓喜の歌の大合唱という、大上段へのふりかぶりっぷりが中学生の脳味噌には刺激的だった。早々に買い求めたスコアを片手に聞きまくった。

そのテキスト、意味も分からぬまま覚えてしまった。「おお友よ、こんな調べにあらず」で始まるベートーヴェン自作の部分も合わせて丸暗記。「オーフロ~インデ、ニッヒトディ~ゼテーネ」という具合だ。まだ中学生だ。義務教育上の英語の学習が始まったばかりの脳味噌に、初めてドイツ語がしみ込んでいった。偏差値の足しにならぬドイツ語なのに、なんだか楽しかった。

これが今も大好きなドイツ語初体験であった。

2023年5月10日 (水)

1年違いのトラウマ

1977年の12月のことだから、私が大学オケの門をたたくわずか4か月前に、そのオケはベートーヴェンの第九交響曲を定期演奏会で取り上げていた。私が入団したころ、まだその余韻が冷めやらず、先輩方はよると触るとその第九を話題に盛り上がっていた。なんということだ。当時まだシャキシャキのベートーヴェン少年だった私は、悔しくて仕方がなかった。第九はオケのほかにソリストや合唱を加えるためにマネージメントが複雑でコストもかかるから、次にいつやれるか分かったものではないと、知るに及んでますます愕然とした。

いわゆる「現役」で大学に入れたから、どうしようもなかったと自分にひたすら言い聞かせていた。昨年入団できていれば、ヴィオラでのオーケストラデビューが第九になっていたはずだ。「それに引き換え俺はブラ2デビューだ」と。本気で悔やんでいた。

その翌年19歳で、エロイカと大学祝典序曲をきっかけにブラームスに宗旨替えが起きると、ブラ2デビューで大満足となったが、当初は深刻だった。

やがて社会人になって所属した市民オケで第九にありついたが、そのときは「ブラームスのが面白いわ」という脳みそになり果てていた。

2023年5月 9日 (火)

五の次

「運命」と「未完成」の黄金カップリングのレコードが最初だった。運命目当てだったのでB面は、さっさと聞き流して次を買い求めた。それは第九交響曲だった。演奏はフリッツ・ライナー指揮のシカゴ交響楽団。本当に予備知識なくこれを手に取った。レコード時代が去ってCD時代になってからCDを買い戻した。つまり最初のレコードの演奏が脳内に刷り込まれる現象が起きている。長く愛聴盤だった。ライナーさんがハンガリー系だということは後から知った。

カルロス・クライバーに第九の録音がないこともあって今も時々取り出して聴いている。

今思うと本当に純粋だった。歓喜の歌目当てに第4楽章だけをよく聞いた。

2023年5月 8日 (月)

第九初演199年

1824年5月7日のことだから、昨日はベートーヴェンの第九交響曲の初演から199年の記念日だった。ところがわがブログのゴールまでちょうど10年の節目と重なったために、一日ずらしての言及というやむなきに至った。

こんな苦渋の決断を迫られるのも、第9の初演がブラームスの誕生日と重なるという偶然のせいだ。ブラームスは第九の初演9年後の同日に生まれたという、私好みの偶然だ。連休を口実にしばらく中断していたベートーヴェンネタ復帰のきっかけとする次第。

2023年5月 7日 (日)

あと10年

本日はブラームスの誕生日。生誕190年のメモリアルデーだ。つまりブログ「ブラームスの辞書」のゴールまであと丁度10年という節目だ。

10倍でまずは3650日。うるう年が3回挟まるから3653日という計算である。つまり記事があと3653本必要ということだ。今現在記事の備蓄が286本あるので3367本の記事を新たに考えねばならない。開設からここまで6598本の記事が書けたことを考えると、今までのおよそ半分でいいことになる。

楽観も悲観も達観もしていないし、傍観や静観で収まるはずもない。

 

 

2023年5月 6日 (土)

案の定なオチ

昨日紹介した「ドイツの言葉と絶景100」という書物の話。65ページに「森の中のあらゆる木々が私に話しかけてくるようです。聖なる森よ。聖なる森よ」とある。なんと言葉の主はベートーヴェンだ。音楽家の言葉の収録はあまり多くない。ワーグナーとシューマンを加えた3名に留まる。バッハもブラームスも落選だ。だからベートーヴェンは貴重。

もっとも引用が多いのはゲーテで、メルケル前首相や著名なサッカー選手もいて飽きさせない。「目先の利益と引き換えに未来を売るな」は大実業家ジーメンスの言葉。鋭い。

あっという間に座右の一冊となった。長男に感謝だ。

2023年5月 5日 (金)

ドイツの言葉と絶景100

いやもうご機嫌な本。 なぜか長男が私にプレゼントしてくれた。 ドイツの諺と著名人47名の言葉が、うつくしいドイツの風景写真とともに、見開き1ページに一つ記されている。 写真についての簡単な説明と、ドイツ語原文とその和訳だけで構成されている。 サクサクと読めて気持ちがいい。



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目次がない。 目次を見渡してひとまず全体を俯瞰することができない。 読み進めるとそれがとんだ横着だとわかる素晴らしい言葉たち。 ドイツの、正確にはオーストリアなどドイツ語圏を含む人々の知恵の結晶だと実感する。 写真は必ずしも風景ばかりではない。 名もない
菜の花畑だったり、カリーブルストだったり、ノイシュバンシュタイン城のような大パノラマから日常の一瞬までが丹念に切り取られている。

何よりうれしいのは時々行ったことがある場所の写真が出てくることだ。

  1. ケルン大聖堂
  2. ローテンブルク・シュピタール門
  3. バンベルク旧市庁舎
  4. リューベック・塩の倉庫
  5. ライプチヒ・ニコライ教会
  6. ライプチヒ旧市庁舎
  7. ハンブルク・エルプフィルハーモニー
  8. ミュンヘン・アリアンツアレナ
  9. ニュルンベルク・フラウエン教会
  10. ゲルチュタールブリュッケ

などなど。内容の紹介を始めたらきりがない。100全部引用したいくらいだ。

ひとつだけここに引用する。「多くを持っている人が豊かなのではなく、多くを与える人が豊かなのです」

ドイツ大好き。

 

 

2023年5月 4日 (木)

チャットGPT

今何かと話題。

質問にたちどころに答えてくれるソフトくらいの認識しかない。キーワードの提示でそれらしい文書を作ってくれるともいう。様々な大学が、これを規制しようとする動きがあると聞く。そらそうで、通常の試験対策や卒論を含む論文もにも悪用されかねない。試験や論文は学生の到達度を測定するための仕組みだから、大問題なのも理解できる。カンニングや盗用が古来禁じられているのはご存じの通りだ。このチャットGPTとやらは、それらよりもかなり深刻度が高そうだ。就活にだって影響があるはずだ。誤解覚悟で申せば、カンニングや盗用、替え玉受験は当事者たちが工夫も苦労もするし、どきどきと不安にもなるはずなのに対し、わずかなコストで手軽にそれらしく仕上げるという厄介者だ。

チャットGPTを使った文章をたちどころに見抜くソフトが後追いで現れて、各大学がそれを装備するというイタチごっこの予感もする。そもそも学生の能力を測るツールが試験や論文に偏り過ぎていた反省もいるのかとも思い詰める。一人の教師が多くの生徒学生を受け持ちすぎていて、そうとでもしないと評価が追い付かないとも思える。一人一人の人格を正確に把握することなく、評価だけしようと思う弊害をこのソフトがついてきたのかとさえ感じる。個人面談での評価だってそれなりに弱点はあるが、何事もバランスかと。

前置きが長くなった。

このソフトならブログの記事も簡単に作成してもらえるに違いない。「ブラームス」「楽譜」「用語」「癖」とでもインプットしたらそれらしい文章が矢継ぎ早ということなのかと思うと背筋が寒くなる。試験も論文も、受けたり書いたりに苦労があるからこそこうしたソフトの生まれる余地があるにちがいないけれど私はブログの執筆をいやだと思っていないから、絶対に使わないはずだ。

ブラームスや音楽についていろいろと文章を書いていくことをこの先の人生の支えにと思ってた矢先のことで、ちょっとむきになった。

2023年5月 3日 (水)

姫路名物

連休を利用して姫路に行ってきた。観光目的ではなくて、友人との再会が目的。コロナで疎遠になっていた穴埋めだ。

とはいえ白鷺城は美しい。

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そしてそして少々のグルメ。明石焼きだ。

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話でおなか一杯になった。

2023年5月 2日 (火)

いつのまにか入会

昨日の記事でカテゴリー「304ベートーヴェン」に属する記事が128になっていた。2033年5月7日ブラームスの生誕200年まで記事を連ねるのに必要な本数10252本の1%を単独のカテゴリーが稼いだ場合、「1%クラブ入会」扱いとしてきた。

つまりベートーヴェンがいつのまにか入会していたということである。

  1. バッハ
  2. ドヴォルザーク
  3. 次女
  4. ビスマルク
  5. 長女
  6. クララ・シューマン
  7. シューベルト
  8. ヴィヴァルディ
  9. 源実朝
  10. ベートーヴェン←今ここ

おお。会員ナンバー10である。

2023年5月 1日 (月)

緩徐楽章抜き

交響曲第8番がそうなのだろう。第2楽章がアレグレットになっている。3楽章がメヌエットなので緩徐楽章がない。昔は遅い楽章で眠くなるから、緩徐楽章がないことが大歓迎でもあった。

そういえば、7番の第2楽章もアレグレットだった。この楽章こそが7番を象徴すると今でも思う。高校時代から大好きな楽章で、今もそれは変わらない。ヴィオラがおいしいというのも大好きな理由の一つかもしれぬ。

交響曲から緩徐楽章が抜かれた例はブラームスにはない。

 

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