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2023年9月30日 (土)

いつ以来か

たしか独身時代、80年代の終わりには部屋にレーザーディスクプレイヤーがあった。結婚して子供が生まれると落ち着いてクラシックの映像を見ている暇がなくなった。時代がDVDに代わって少々のソフトはあるにはあったが、再生がパソコン頼みとあって、とてもじゃないが落ち着いた鑑賞にならなかった。

妻が他界して子育てが日常の中央に居座るようになると、音声の鑑賞でさえ思うに任せなくなっていった。住宅ローンと教育費用の重圧がそれに拍車をかけた。わずかにマイカーの中でのみ音楽にありつけるというありさまだった。

このたびの次女の部屋跡地のマイルーム化は、いつ以来かも思い出せないくらいの映像ライフの復活だ。

2023年9月29日 (金)

映像の時代

音楽鑑賞の媒体は長く音声だけだったが、1980年代からか映像がその地位を獲得し始めた。VHSとβの主導権争いが懐かしい。やがてレーザーディスクを経てDVDあるいはブルーレイに至る。

指揮者でいうならカラヤンあたりからまとまった量の映像が残る。それ以前の指揮者たちは、断片的だったり画質が悪かったり鑑賞になじまないノイズが混入する。

1980年代以降、映像ソフトが普及はするのだが、我が家はスペース的にも経済的にも映像はあきらめていた。

次女の結婚によって空いた部屋をマイルーム化することで、およそ40年遅れながらやっと映像の時代が我が家にやってきたということだ。

2023年9月28日 (木)

話し好き

人と話をするのが好きな性格のこと。シンプルな定義では心細い。話の内容はおそらく限られる。自分の好きな話に決まっている。

私のことだとも思う。周囲には引かれてしまうこともある。学生の頃から大好きなブラームスについて語るのが好きだった。今思えば迷惑をかけていたのかもしれないと感じる。

困ったことに、その性格は今も大して変わっていないが、ブログというツールを得たせいで、誰かを捕まえて延々とという事態は回避出来ている。ブログであれば、読まない自由は相手側にあるからだ。こう考えると気が楽になる。

本当は大好きなブラームスについて、夜中までだれかと語り合いたいのだ。歳のせいか少し丸くなったから、ブログではき出すことで我慢している状態だ。

2023年9月27日 (水)

宮廷作曲家

バッハは1733年にザクセン選帝侯国の宮廷作曲家に就任した。

ポーランド王を兼務する関係で、ザクセン選帝侯はカトリックに改宗していた。領主の信仰が国家の信仰だったのだが、ザクセン選帝侯国領民のほとんどはプロテスタントだった。1697年まではカトリックの信仰が禁止されていたほどだ。

1723年にライプチヒのトマスカントルに就任していたバッハは、あろうことかカトリックを信仰するザクセン選帝侯国から宮廷作曲家の称号を得たということだ。トマスカントルとザクセン宮廷作曲家の兼務ということになる。

トマスカントルの職務遂行にあたって発生するライプチヒ市参事会との軋轢に対抗するために、ザクセン選帝侯の権威を頼ったためと言われているが、信仰とは別とばかりにドライに割り切っている感じがする。

 

 

2023年9月26日 (火)

カノンマニア

バッハの作品目録番号BWVも押しつまったBWV1072から1078まで、奇妙な一群を形成している。ミニチュアカノンの集まりだ。家族向けの音楽帖に記載されることで現代に伝えられた小品なのだが、このうちの下記がブラームスの遺品の中から筆写譜として含まれていた。

  1. 4声のカノン BWV1074
  2. 6声の三重カノン BWV1076 3パート
  3. ファ・ミに基づく7声のカノン BWV1078
  4. 6声の三重カノン BWV1076 6パート

演奏時間は長いもので90秒ほど。ブラームスはこのバッハの4作の他にも、ベートーヴェン、モーツアルト、ハイドンを含む多数の作曲家の手によるカノンを筆写している。

2023年9月25日 (月)

朝の日課

在宅勤務が日常になって、毎朝の通勤が消滅した。ドアツードアで55分だから110分の通勤時間が消えて自分の時間になった。このうちの30分を毎日の散歩にあてる。夕方の時間帯だ。残り時間のうちおよそ45分が朝の清掃になった。1階リビングと廊下かれこれ20畳相当の面積を雑巾がけと掃除機で。2階は在宅勤務スぺース加えて次女の部屋跡地のマイルーム。からぶきとモップ掛け。窓全開の換気。いい運動になる。慣れてくると考えなくても身体が動くから、心の中で必ず自分に問う。

「お前は今日もブラームスが好きか」

もう一人の自分が答える。

「もちろん」

これで一日元気に過ごせる。体調とは別の心の好不調をこれで測ることが出来る。いわば心のお掃除である。

 

 

2023年9月24日 (日)

ブラームスの論文

ブラームスは作曲家である。音楽作品を作ることが本職である。他に指揮者、ピアノ演奏家という側面もあった。謝礼を取ってピアノを教えていたこともあるだろう。それから忘れてならないのは、楽譜校訂者という一面だ。古今の作曲家の楽譜校訂は本職顔負けである。

本日の話題はもう一つの一面「バッハ研究家」についてのものだ。ブラームスが一流のバッハ研究家から一目置かれていた点については既に何度も述べてきた。ブラームスの見識は当時第一級の研究家のそれに勝るとも劣らない。

作品の様式を分析させたら超一流だったのだ。当時バッハの真作と目されていた「ルカ受難曲」を偽作と決め付けた裏には、確固たる様式上の根拠があったに違いない。

バッハの「平均律クラヴィーア」曲集についていろいろ調べている中で、興味深い事例を発見した。

ブラームスのバッハ研究に言及する複数の資料に、ブラームスが平均律クラヴィーア曲集の第1巻ハ長調のフーガについて、論文を発表していたことが言及されている。論文自体を掲載している資料はないが、その研究が評価されていた事実が仄めかされている。フーガの主題に含まれる4度音程についての論評らしい。

読んでみたい。どんなことが書かれているのだろう。

音楽之友社から出ている「ブラームス回想録集」第1巻、クララ・シューマンの高弟フローレンス・メイの回想の中にブラームスのピアノレッスンの様子が描写されている。165ページ以下だ。そこにはレッスンの教材にしばしば「平均律クラヴィーア曲集」が用いられたことや、息抜きにブラームスが暗譜で何曲か弾いたことがいきいきと回想されている。特に167ページの3行目には以下の記述がある。

ブラームスが「48の前奏曲とフーガ」を解説し演奏してくれたのは本当に楽しかった。

そりゃそうだろう。何と羨ましい。超一流の作曲家にしてピアニストであり、かつ第一級のバッハ研究家のブラームスが、プライヴェートに「平均律クラヴィーア曲集」を模範演奏付きで解説してくれるのだから、つまらぬなどと言ったらバチが当たる。

フローレンス・メイは後にブラームス作品の有力な演奏家になったばかりか、「バッハの生涯」という著作も発表した程の才女だ。そんな彼女に楽しいと言わせるような解説だったのだ。

そんなブラームスの論文が読みたいのは私ばかりではあるまい。

 

 

 

 

2023年9月23日 (土)

リプリント

パッヘルベル作品の目録に決定版がないという話を掘り下げる。ドーヴァー社が2015年に刊行した「パッヘルベルオルガンワークス」は、お値段手ごろで重宝している。1903年にブライトコップフ社から刊行された楽譜のリプリントであると明記されている。

 

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リプリントは微妙だ。

1903年時点の楽譜に手を付けずにということだ。刊行時点での最新の研究成果を反映させてはいないということだ。「Complete」と謳っていないことにささやかな良心も感じる。

どうりで、2006年CPO社発売のCD7枚組オルガン作品全集の収録内容や英語版Wikiの中のパッヘルベル作品目録どちらとも微妙にずれている。収載の範囲として最小だが、ここにしか収録されていない作品もあって悩ましい。

BWV番号やBuxWV番号が広く流布しているだけ、バッハやブクステフーデはマシなのだが、このあたりの曖昧さもまた、楽しみ方の一つではある。

2023年9月22日 (金)

自律と他律

「ブラームスの辞書」はブログも書籍も、管理人であり著者である私の、精神作業の果実である。形にするために少々の単純作業が付随している。コンセプトを先に定め、自らそれに従った結果である。生かすも殺すも生みの親である私の匙加減次第だ。

ところが、どうも最近その枠組みが変だ。

特にブログだ。管理人の私自身が制定した決まりなのに、私自身の生活がその決まりを中心に回り始めている。

  1. 毎日1本記事を公開する。
  2. ブラームスネタに絞る。
  3. 2033年5月7日まで継続する。

これを実現するために毎日頭をひねっている。根が好きなので苦労とは感じないが、自分の作った決まりに、操られている感じがし始めている。

2023年9月21日 (木)

お騒がせベルリオーズ

「基本はバッハ」という本の18ページに悩ましい記述がある。バッハの3台のチェンバロのための協奏曲」を聴いたベルリオーズの感想が載っている。原文のまま引用する。

「この滑稽で愚にもつかない讃美歌を再生するために、情熱に燃え、若さにみちあふれる3人の賞賛すべき才人が結束する姿をみるのは、まさに胸痛む思いだった」

まずは若干の補足をする。「この滑稽で愚にもつかない讃美歌」とは「3台のチェンバロのための協奏曲」を指しているとみて間違いあるまい。ベルリオーズは明らかにこの作品を評価していない。「大した曲じゃないのに、このメンバーに苦労させるのはもったいない」というスタンスと見受ける。ベルリオーズの感想を深読みすると、「3人の結束」そのものは褒めていると感じる。何が悩ましいかを以下に列挙する。

  1. 3台のチェンバロのための協奏曲はニ短調とハ長調の2曲あるが、そのどちらなのかわからない。
  2. いつの演奏なのか不明。
  3. どこで演奏されたのかも不明。
  4. 指揮者もいたのかいないのかも不明。

素晴らしいこともひとつある。「才人」と言われた3名がわかっている。なんとなんとショパン、リスト、ヒラーという3名だ。あのショパンとあのリストだ。すごいメンツである。あろうことか指揮がメンデルスゾーンだった可能性も排除しきれない。ヒラーの代わりにクララシューマンだったらと妄想が膨らむが、聴衆の側にシューマン夫妻がいたかもしれないと考える。書かれていないがチェンバロではなくピアノで演奏されたことは確実である。

独奏チェンバロが何台なのかは別として、楽器が別の独奏楽器による協奏曲をチェンバロ用に編曲したということは明確で、研究者の手によってほぼ元の独奏楽器が特定されていることが多いのだが、この3台のチェンバロのための協奏曲だけは定説がない。とくにニ短調の方が難解で、演奏するさいのバランスが難しいという。ベルリオーズのダメ出しからニ短調の方でなかったかと想像する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年9月20日 (水)

どこがやねん

学生時代最後の演奏会で、マーラーの第五交響曲を演奏した。演目決定の時から波乱ぶくみだったが、やってみてからも大変だった。フィナーレでチェロが一人走り出す主題のところが、マーラーのバッハ研究の云々という話が付いて回る。当時はふむふむという感じだったが今では「どこがやねん」という感覚だ。

19世紀末に音楽的教育を受けたドイツ語圏の作曲家として、一定の影響はあるに決まっているが、特定の作品の一部を表面的に取り上げて作風の反映と短絡させるべきではなかろう。

良しあし抜きの作品への反映という意味ならブラームスの足元にも及ぶまい。

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セバスチャン閣下もお怒りだ。

 

2023年9月19日 (火)

敬老の日に

昨日は敬老の日だった。満88歳で迎える敬老の日とあって、市や町内会からお祝いも届いた。我が家は毎年ケーキなのだが、やはり88歳という区切りとあって、記念の品を贈った。

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赤いコーヒーカップ。毎朝必ずコーヒーを飲む母にと選んだ。こう見えて笠間焼である。100歳まで使ってもらう。

2023年9月18日 (月)

コラールの淵源

1523年ルターは友人への手紙で「信仰を助けるための歌の重要性」を説いて、賛美歌集の出版に協力を求めた。今から500年前のことだ。これが実を結ぶのが1524年である。

1524年とはマルティン・ルターによる賛美歌集が刊行を指す。1517年の宗教改革から7年後だ。従来賛美歌は美しいけれど複雑で訓練された聖歌隊が歌うものだった。これを平易なドイツ語に転写するとともにシンプルに編曲して大衆に開放した。7年後その集大成として刊行したということだ。現在もなお通用する多くの賛美歌群で、ルター自身の作品も多く含む。刊行の時点ですでに知られていた旋律もあるから、旋律の起源としてはもっとさかのぼるものもあるがドイツ初の賛美歌集の出版はルターの功績とみていい。

コラールの音取りとしてのオルガンの関与がここから始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年9月17日 (日)

変奏曲の伝統

新しいCDプレイヤーがきっかけで、オルガン作品に親しんでいる。オルガン作品のうちキリスト教と関係がないものがオルガン自由曲と呼ばれる一方で、プロテスタントの讃美歌が題材に取られるケースにもおびただしい実例がある。

庶民の信仰を助けるために音楽の力、とりわけ歌を重用したルター。彼に起因するかなりな数のコラール。カトリックにおいては専門家による歌唱が常識だった賛美歌を庶民に開放する過程でおきた「簡素化」「一般化」がコラールの起源であること周知の通りだ。一旦「簡素化」「一般化」が行われたコラールを素材に。オルガンによる音取り装飾を目的としたコラール前奏曲という段階。賛美歌をコラールにする手続きを第一段階とするなら、こちらは第二段階だ。さらにはそのコラールを元に華麗な変奏を紡ぎ出すというコラール変奏曲まで続く。

それらどれもが変奏と感じる。古典派、ロマン派と時代が下るにしたがって、変奏作品は全欧州に拡大するが、元はコラールのいじくりまわしに端を発しているのではないかと感じる。

ブラームスを変奏の大家と評価することはすなわち、プロテスタント伝統のコラール変奏の継承者という位置づけの再確認に等しい・・・のではないか。

 

 

2023年9月16日 (土)

風の送り手

オルガンのパイプに風を送る職人のことをカルカントといった。ドイツ語で「Kalkant」と綴る。さしずめ「ふいご職人」といったところか。踏みっぱが壮麗であるといってもカルカントたちがきっちりと風を送っていればこその話だ。シュニットガーなどの歴史的なオルガンも現在では電動で風を送る。

風の送り方が下手だとオルガンの鳴りに影響するらしい。弦楽器でいうならボウイングにも相当する重要な位置づけが、演奏家とは別人格だということである。バッハには専属のカルカントがいたと言われている。ストップの操作はアシスタントだということを思うと、両手と足を総動員して直足らずにカルカントとアシスタントが要るという豪勢な楽器である。

オーケストラの次に人手がかかると言っていい。

 

 

 

 

2023年9月15日 (金)

2個イチは南方系か

バッハ風の「2個イチ」型がブクステフーデに出現しない現象について、議論を深めるためにパッヘルベルで調べてみた。我が家所有のCDのブックレットを頼りにあたる。下記の通り「2個イチ」型が発見できた。

  1. 前奏曲とフーガ ハ短調
  2. 前奏曲とフーガ ホ短調
  3. 前奏曲とフーガ ト長調
  4. 幻想曲とフーガ イ短調
  5. トッカータとフーガ 変ロ長調
  6. トッカータとフーガ ハ長調
  7. トッカータとフーガ ヘ長調

パッヘルベルはブクステフーデより14歳年下だが、没年は1年違いで、活躍した時代は重なっている。バッハよりざっと半世紀遡る。2個イチ型の不存在は時代の違いとは言えない。

2個イチ不存在は地域の特色だという可能性もある。もっとサンプルが欲しい。

2023年9月14日 (木)

フーガ包含型

ブクステフーデのオルガン作品にバッハ風の「2個イチ」型が見つからないと書いた。ところが、ブクステフーデの「前奏曲」の内部を調べると「フーガ」が出て来る。

前奏曲やトッカータの内部に「フーガ」に相当する箇所が混入しているということだ。異なるエピソードを挟んで「フーガ」が2回出て来ることもある。バッハの「2個イチ」型の後半が必ず「フーガ」であることから「フーガ」を聴かせることが目的と推測したが、「フーガ」を必ず聴かせるという意味ではブクステフーデも同じだった。

2023年9月13日 (水)

2個イチの起源

バッハのオルガン自由曲には2曲一組を標榜するものが多い。「前奏曲とフーガ」「トッカータとフーガ」「幻想曲とフーガ」などなど。どれにも「フーガ」が入っている。「フーガ」を聴かせることが目的で、その前に「前奏曲」「トッカータ」「幻想曲」が置かれると申していい。

ところがだ。ブクステフーデのオルガン自由曲41曲には、このパターンが1曲もない。

  1. Prelude 21曲
  2. Toccata 5曲
  3. Ciaccona 2曲
  4. Passacaglia 1曲
  5. Canzona  4曲
  6. Canzonetta 5曲
  7. Fuge 3曲

以上だ。

ブクステフーデの作品は自筆譜が残されておらず、すべて他人の筆写譜による伝承だ。我々の眼前に残された作品は幸運の賜物だ。散逸した作品の中に、「前奏曲とフーガ」があったこもしれないから断言にはなお慎重を要する。偶然の産物であるなら、なぜ、バッハ型2個イチが偶然1つくらいは残ってもよさそうなものだ。筆写するに足る優秀な作品が「2個イチ型」にはなかったということか。

2023年9月12日 (火)

バスケットボール大国

一昨日、バスケットボールのワールドカップでドイツ代表が初優勝した。準決勝でアメリカ、決勝でセルビアを破っての堂々たる戴冠だ。サッカーとバスケット両方に優勝経験があるのは過去3か国。アルゼンチン、ブラジル、スペインそして今回ドイツだ。野球のWBCも加えた3種目となると、全部制覇を経験した国はない。アルゼンチン、ブラジル、スペインそしてドイツも野球が優勝できていない。アメリカはサッカーで優勝できていない。日本はサッカーとバスケで優勝がない。このトリプルクラウンはかなり難しい。

バスケ戴冠の同じ日、サッカーのドイツ代表はテストマッチながら日本代表にホームで敗れて、監督が更迭された。4度のワールドカップ優勝も過去の話。ここ2大会グループリーグを突破出来ていないことも逆風だ。

バスケ準決勝でドイツに敗れたアメリカの監督が「1992年とは違う」と言っていた。バルセロナオリンピックでのマイケルジョーダン率いるドリームチームの圧勝を指しているコメントだ。意訳すると「栄枯盛衰」と言いたいのだ。

 

 

 

 

 

2023年9月11日 (月)

BuxWV158

ブクステフーデのオルガン自由曲「Prelude Amoll」を指す。

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似ている。

バッハのオルガン作品の代表作「トッカータとフーガニ短調BWV565」に出だしの雰囲気が似ている。

実演では冒頭の「E」音に、トリルがかかっているせいもある。

 

 

 

 

2023年9月10日 (日)

収載の選択基準

音楽系書物の代表格が、名曲解説である。大作曲家たるもの自作の解説だけで、分厚い1冊になる。これをもって大作曲家と定義したいくらいだ。残した曲数が多くても、それらが名曲認定されていないとお話にならない。

悩ましいのは、バッハの作品であっても、名曲解説全集に収載されないものもあるということだ。アランさんの「バッハオルガン作品全集」のブックレットがありがたいのは、バッハのオルガン作品すべてについて言及があることだ。音楽系出版最大手の「作曲家別名曲解説ライブラリー」のバッハに収載されているオルガン作品は限られている。オルガン自由曲のうち同書に収載されている作品を以下に列挙する。

  1. BWV532 前奏曲とフーガニ長調
  2. BWV538 いわゆる「ドリアントッカータ」
  3. BWV540 いわゆる「踏みっぱ大王」
  4. BWV542 いわゆる「大フーガ」
  5. BWV543 いわゆる「シシリアン」
  6. BWV547 いわゆる「ブラ2」
  7. BWV548 いわゆる「くさび」
  8. BWV552 いわゆる「聖アン」
  9. BWV564 いわゆる「全三音」 
  10. BWV565 トッカータとフーガニ短調
  11. BWV578 小フート短調
  12. BWV582 パッサカリアハ短調
  13. BWV588 カンツォナ
  14. BWV589 アラブレヴェ
  15. BWV590 パストラーレヘ長調

以上15種類が名曲認定されている。どういう基準なのか大変興味深い。

 

 

 

 

 

 

 

2023年9月 9日 (土)

残響実感

念願かなって取り揃えたCDプレーヤーの話。オルガン作品の再生で目から鱗、いや耳から鱗が数枚落ちた。言葉で表すのは難しいと申してきたが、ヒントとなる現象に気付いた。

オルガン作品のエンディングで、和音が全力で鳴らされる。まさに音圧というにふさわしいのだが、その直後も聞き逃すまい。オルガニストが鍵盤から手を放した瞬間からしばらく、空間に音が残る。この度買い求めたプレイヤーで再生すると、空間を満たすこの音がやけに鮮明なのだ。

文字通り「残響」だ。残響が途切れるまでが音楽なのだと心から実感する。

オルガン以外のジャンルではあまり実感できない感覚。

幸せだ。

2023年9月 8日 (金)

5度犠牲

16世紀初頭に考案されたオルガンの調律法にミーントーンがある。この調律法の特色を一言で申すなら「5度犠牲」とでもしておきたい。Gis音とEs音で生じる耐えがたい不協和音が「ヴォルフ」と呼ばれて恐れられていること周知の通りである。「ヴォルフ」を筆頭に、さまざまな制約もありながらも、シャープ、フラットとも2個以内なら長短どちらも美しいというメリットもあり重宝されてきたという。
ミーントーン調律法が5度の響きを犠牲にしてまで守ろうとしたものは何か。
それは「3度」である。

2023年9月 7日 (木)

全三音跳躍

「全三音」とは、増4度または減5度のこと。かなりインパクトのある不協和で、古来「悪魔の音程」と言われてきた。バーンスタインのウエストサイドストーリーにちょくちょく出てきた。ジャズっぽい感じを手軽に付与できる面もある。
BWV564のトッカータ、アダージョとフーガはお気に入りだ。名高い「トッカータとフーガのニ短調」BWV565の一つ前にひっそりと言うには、あまりに華麗だ。「トッカータ」「アダージョ」「フーガ」といういわば3楽章構成。その冒頭に全三音の跳躍がある。20190321_161151
赤枠で囲んだ部分。HからFへのジャンプだ。同型が反復される2回目は、GからEの6度になっているからとりわけ目立つ。はっとさせられる。そーとーおしゃれに聞こえる。

2023年9月 6日 (水)

本人不在の誕生日

次女が巣立って初めての誕生日。

いつもならケーキやプレゼントをそろえて待つのだが、勝手が違う。口には出さぬがみんなさびしく思っている。これが嫁に出すということだ。

2023年9月 5日 (火)

ドラドラ

麻雀の話ではない。BWV575ハ短調フーガにささげた私的ニックネーム。

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これが作品の冒頭だ。ニックネームの由来は赤枠で囲っておいた。そりゃあ調号としてフラット3個が奉られて、結尾ではハ長調の主和音が鳴る。だからハ短調と解されて疑われないのだとは思う。でもこの出だしはスリリングだ。フーガの主題として異例。響きが独特。BWV番号的に名高い「小フーガト短調」の3つ前にひっそり置かれているが、魅力的だ。

 

2023年9月 4日 (月)

嫁にやるということ

一昨日、甥っこの結婚式に行ってきた。結婚のため我が家を巣立った娘2人と久々の再会となった。都心ながら絶好のロケーションを楽しんだ。最大の衝撃は、挙式披露宴に先立つ親族紹介の場面でやってきた。

新郎が身内を次々に紹介してゆく。血縁の濃い順に紹介がすすみ、新郎の伯父にあたる私の後、従姉妹にあたる我が家の娘たち番になった。我が家の苗字で呼ばれなかった。

ああ。

嫁にやるとはこういうことか。当の娘らは、そう紹介されても微動だにせず笑顔で会釈している。

 

2023年9月 3日 (日)

テンポ表示としての拍子

BWV540ヘ長調のお話。大好きな作品だけに、基本的な疑問がある。
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なぜ8分の3拍子なのだろう。音価が2倍に延ばされた4分の3拍子でもよさそうなものだ。あるいは2小節一組として8分の6拍子でもいいのではないか。オルガン作品においては珍しい拍子だ。
この音楽に8分の3拍子を採用したバッハの脳内基準は何だろう。作品冒頭に発想記号も、ダイナミクス表示もない。この作品に向き合うオルガニストの注意は、フラット1個の調号と、8分の3拍子、そして楽譜1ページ目に横たわるペダル踏みっぱに向けられるに違いない。繰り広げられる楽想は左右の手による精密なカノンだ。16分音符の織り成す刺繍のよう。譜面づらによるテンポ指定ではないのか。16分音符の連続により譜面が黒っぽくなるという視覚効果とともに遅く弾かれることを戒める意味が、この8分の3拍子にありはしないか。

2023年9月 2日 (土)

両足踏みっぱ

記事「踏みっぱ大王」で、BWV540の特異なペダル使用について嬉々として言及した。その周辺を調べていたらお宝に遭遇した。プレリュードト長調BWV568だ。

 

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赤枠で囲んだ3小節間、ペダルのパートがオクターブの「C」音の伸ばしだ。赤枠の始まるのが23小節目である。これまさか片足ではあるまいな。つま先とかかとを用いてとか、特殊なシューズでとか。見ると24小節目からト音記号のところを両手で弾くように見える。音域が離れていて、左手がオクターブ伸ばしの上と旋律の下を弾くにも無理がありそう。

おおっとうなっているとさらに36小節目からは以下の通りの「H音」のオクターブ。

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足鍵盤と左手だ。よくよく見ると左手はト音記号部分の下の旋律を弾いているに違いない。今度は音域が近くて何とかなる。

バッハはこの両者を書き分けている。CDを聴くと両足オクターブの部分の響きが深い。

さしてメジャーではない作品だがとても丁寧で可憐だ。

 

 

 

 

 

 

2023年9月 1日 (金)

踏みっぱ大王

オルゲルプンクトの最長不倒はどの作品だろうと探してみた。おそらくトッカータとフーガヘ長調BWV540に違いあるまい。

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冒頭から54節間F音の踏みっ放しを赤線で示した。それだけではない。青線はその後26小節間のペダルソロ。じつはページをめくると今度は属音Cを54小節間踏みっぱである。

すさまじいまでの効果だ。

念願のCDプレイヤーで聴くとこれがまたすごいのだ。

 

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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