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    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

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2023年11月30日 (木)

落ちる

音を発さねばならぬ場面で、音を出せなくなること。今どこなのか判らなくなるという現象と同時に発生することも多い。管弦楽における弦楽器の場合、これが単発的に起きても周囲からは気付かれない場合もあるが、管楽器で発生してしまうと必要な音がゴッソリ抜け落ちてしまうということになる。室内楽になれば弦楽器とて同じである。独奏ピアノ曲であれば、演奏の停止を意味するのだが、この場合は「落ちる」とは表現されずに「止まる」と称される。

変な音を出すよりはマシだという笑えないオチも含めて、身につまされる話には事欠かない。

学生時代には数限りなく落ちてきた。どうしても技術的に弾けないところは、ある程度心の準備も出来るのだが、本番では得てして思いもよらないところで落ちてしまうものだ。復旧に数小節かかることもある。仕方なく復旧場所を事前に決めておくなどということもよくあった。「集合場所」と呼んでいた。遠足の子供たちが、自由時間の終わりに点呼する場所を決めてあるようなものだ。集合時間まで自由というような感覚だ。

「弾いてるフリだけはしといてね」とパートリーダーから言われたものだ。

11月22日練習で落ちまくってきた。

2023年11月29日 (水)

ノイズ

「演奏中に発せられる音のうち楽音以外の音」とでも言っておく。

発生の原因は様々だ。聴衆に起因するものと会場・設備に起因するもの、あるいは演奏者に起因するものに分類される。聴衆に起因するものとしては、「咳払い」「タイミングの早い拍手」「プログラムをめくる音」「話し声」「泣き声」「携帯電話」等々様々だが、これらは一貫して邪魔者扱いだ。「咳払い」は楽章間でもうるさいと感じることがある。

会場に起因するものとしては、「空調の音」「録音機材に起因し、再生の際に紛れ込む音」もこれに含まれよう。こちらも概ね嫌われ者だ。一部の録音においては浴室にはいったかのようにやたらエコーが利いている場合がある。私としてはこれもノイズに加えたい。

次は演奏者に由来するノイズ。演奏家にとっては身の毛もよだつ体験だが、弦の切れる音や、ペグが一気に緩む音は大きさといい、インパクトといいい筆頭格だ。はずそうとした弱音器が床に落ちる音も、本人のドッキリはかなりのものだ。ピアノのイスがギシギシいうのもこれに加えたいが、どちらかというと設備起因かもしれない。

ここまでは、どちらかというと嫌われ者系だ。これに対して演奏者起因のものの一部には気にならないものもある。適切なタイミング、適切な深さのブレス音は、演奏に勢いや潤いを与えると思う。あるいは、弦楽器において指が指板を叩く音というのも、なかなか風流である。さらに一部の指揮者や演奏家の「うなり声」というのもその手のマニアにはお宝でさえある。ブラームスのうなり声入りの録音など残っていたら、鳥肌モンである。

アマチュアの演奏でもっとも一般的なケースを忘れていた。冒頭の定義にピッタリはまるとは言い難いが、音程やタイミングをはずして発せられる音が頻度としては一番多いかもしれない。人ごとではない。

2023年11月28日 (火)

卓上譜面台

 マイルーム化の隠れた効果に、自室での楽器の練習がある。家族に対する負い目もあって楽器から遠ざかっていたが、自室でなら気兼ねなく弾ける。オケの練習には持ち運び優先で市販の譜面台を用いるけれど、広げたりと畳んだりも面倒とあって、自室練習には卓上譜面台を用意した。

知り合いの大工さんにお願いして作ってもらったオリジナルだ。

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こんな感じでテレビの前において使う。折り畳みの譜面台よりもサクッと始められる。チューナーやスコア、鉛筆も手近におけて便利。

2023年11月27日 (月)

マイルーム効果

次女の結婚をきっかけに、次女の部屋跡地をマイルーム化したことが大きく貢献した。気兼ねなく自室にこもって楽器の練習が出来るということだ。従来私には自室がなく、共有スペースで練習するしかなかった。自室にこもってドアを閉めれば家族への迷惑は最小限にとどまる。

マイルーム化の構想自体は職場のオケの話が舞い込む前からあったが、こうしてみるとつくづくありがたい。

DVD鑑賞用にと買い求めた椅子のひじ掛けが短いのも練習にはうってつけだ。

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ああそうそう、カテゴリー「797職場のオケ」をしれっと追加しておいた。

 

2023年11月26日 (日)

写譜熱

職場のオケの演目は田園とフィガロ。聞けばパート譜の調達には少々の時間を要するとのことで、焦った。早くに練習したい。譜読みだって始めたい。大げさに申せば死活問題とあって熟考の末、写譜に踏み切った。田園第一楽章526小節、フィガロ294小節をスコアを参照しながらヴィオラのパート譜を写譜しようということだ。

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写譜自体は4日ほどでできたが、原本保存のためにコピーしたり、タイトルだけはそれっぽいフォントをプリントして貼り付けて製本したりと忙しかった。

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これが実物。

元々写譜大好きだった。譜めくりを意識した小節の割り付けに苦労するが、醍醐味のうちだ。何より譜読みの準備にもなる。

何よりうれしいのは写譜や譜読みをするだけなら音程不安には気を揉まずにすむことだ。

2023年11月25日 (土)

どうにもならぬ

楽器を取り出した。どっちもヴィオラだが、私の愛器は右の巨大ヴィオラ。胴長46センチ。

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次女がヴァイオリンを習っていたころ、時々弾いてはいた。がそれは今から15年くらい前の話だ。オケで弾いたのは1990年11月25日が最後。亡き妻との結婚式の2次会でブラームスの4番を仲間と演奏したっきりだ。つまり33年前の今日だ。室内楽にはその後も参加したことはあるけれど、腕の錆付きはどうにもならぬ。

10月20日恐る恐る愛器を取り出す。右手も左手も動かぬ。これではチューニングもままならぬ。右手の復旧が先だとばかりに開放弦のロングトーンに終始した60分でもうぐったりだ。

翌日恐る恐る右手のスケール。音程が悪いのは歳のせいでもブランクのせいでもないとは言え、愕然とするレベル。指の間に接着剤でも塗ってるかと思うほど、指の回りが重い。

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2023年11月24日 (金)

職場のオケ

なんということだ。10月18日リアルで出社となった日の朝、職場の上司がつかつかと近づいてきて「今度会社にオケが出来るんだけど、出てみない?」と驚きのお誘い。彼は達者なフルート吹きで、私がヴィオラを弾くことを知っている。

なんでも、社内で初めてオケのサークルが立ち上がる。熱心な発起人がいて、社内各部署での参加者募集が始まっているとのこと。管楽器とヴァイオリンは意外に見つかったが、ヴィオラは手薄で今のところ2人だという。社内には、合唱や茶道あるいは華道のサークルはあるらしいし、サッカーやテニスの体育系サークルも盛んだと聞いていたが、まさかオケとは。

今回の手術に至った目の異変に気付く2日前のことでもあり、ブランクを顧みず参加を表明しておいた。

その初練習が一昨日だったというわけだ。網膜剥離の手術もあって気を揉んだが何とか間に合った。

曲はモーツアルト「フィガロの結婚序曲」とベートーヴェン「田園交響曲第一楽章」。

激ムズ。

ドン引き。

こうなると手術のせいで練習不足という言い訳が出来て幸いだ。

オーケストラとしては前途多難だが、楽しかった。

2023年11月23日 (木)

退院後1週間

昨日退院後1週間の検診にいってきた。

経過は順調。

網膜裏のガスの抜けもあと1日2日とのことで、就寝時のあおむけ禁止も解除となった。

同時に車の運転にも許可が出た。これにて日常生活上の制約から解き放たれたということだが、栄養管理だけは続けねばならぬ。

規則正しい生活は継続しようと思う。

2023年11月22日 (水)

入院の友

治療計画の段階で、さまざまなリスクは想定されてはいた。手術後の経過によっては再手術もある云々だ。10人に一人くらいらいと言われると身構えもする。1割打者がヒットを打つのをよく見るからだ。

とはいえ、まあ術後の経過観察は長くて10日程度と開き直った。問題は、経過が順調でも術後1週間は入院となる。順調であればあるほど暇ということだ。

その暇の対策にポータブルCDプレイヤーを持ち込むことにした。3000円少々でプレイヤーを買うことで解決なのだが、問題はどのCDを持ち込むかだ。膨大なCDコレクションから48枚をチョイスしてケースから取り出してファイルに収める。この48枚は厳選されなければならない。人生滅多にない7日連続の広大な暇をどうやって埋めるのかだ。1日に入院が決まって6日に入院するまでそのチョイスに時間を費やした。

その結果がこれである。プリントアウトしてこれも持ち込んだ。

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病床で何が聴きたいか自問した結果だ。

作曲家は下記を採用。

  1. ブラームス
  2. バッハ
  3. モーツアルト
  4. ベートーヴェン
  5. シューベルト
  6. ヴィヴァルディ
  7. ヨハン・シュトラウス

ドヴォルザークは無念の落選。むしろこだわったのは演奏家だ。「誰の演奏で聴きたい」ということだ。

指揮者はカルロスクライバーとカールベーム。オケはウィーンフィルで鉄板。歌手はディートリヒ・フィッシャーディースカウでまたまた鉄板。ヴァイオリニストは何といってもヘンリク・シェリング。シェリングが抜けるヴィヴァルディをアッカルドとビオンディで埋める感じ。

ピアニストは、グレングールドがバッハとベートーヴェン。ペーター・レーゼルはベートーヴェンとシューベルト。イングリッド・ヘブラーはとベートーヴェンとモーツアルト。デトレフ・クラウスはブラームス。この4人にシェリングの相棒としてのアルトゥール・ルービンシュタイン。

チェンバロがキース・ジャレット、ヘルムート・ヴァルヒャ、グウタフ・レオンハルト。

チェロは迷いに迷ってフルニエ。バッハの無伴奏チェロ組曲が3枚組になるミシャ・マイスキーは落選。あとガンバソナタだけはヨーヨーマだ。

ハインツ・ホリガーのオーボエと、ザビーネ・マイヤーのクラリネット。

それからアマデウス四重奏団。

実はこの手のご無体な選択ごっこは嫌いではない。

2023年11月21日 (火)

栄養管理

眼科の手術だけのことはあってか手術以降食事制限はなくなる。がしかし、私は糖尿の甲斐あって、無罪放免とはならず、カロリー制限が続いた。高血圧対応としての減塩もだ。

経過観察の7日間、1日2000キロカロリー、塩分6gのメニューを体験した。

入院生活は暇なのでいつしか食事だけが楽しみになる。意外なのはご飯の量が毎回とても多いという点だ。入院前までに定着していた自己流食事療法よりも、炭水化物が多い。パンも出ればパスタも出る。「こんなに食べていいのか」という軽い驚き。塩分制限による味の面の物足りなさが際立っていたことに比べれば、量的にはストレスはなかった。

毎日律儀に続いた体温、血糖、体重、血圧の数値に極端な増減は見られなかった。次回のヘモグロビンA1cが崩壊していなければ、今後の食生活に幅が出る。

入院中のすべての食事を写真に収めたほか、提供された献立表をすべて持ち帰ってきた。

これに加えて6時起床21時消灯の規則正しい生活。問題は運動不足とコーヒー不足だけだ。

2023年11月20日 (月)

最先端医療

かかりつけの眼科医から網膜剥離の手術のためにと紹介されたのは、総合病院だった。昨今白内障の手術日帰りを謳う病院も多いが、網膜剥離ともなると、そうも行かぬらしい。かなりな「一大事感」がある。

11月1日恐る恐る外来を受診してみるとピカピカの大病院だった。玄関、受付スペース、待合室が広くて明るい。レストランもカフェもある。念のためにと前日初診外来を電話で予約しておいて正解。早朝から大混雑だ。診察にたどりついたもうその時点でほぼ手術前提となっているようで、検査がやけに念入り。院内別場所を指示されて、行く先々で30分待ち。検査をすべて終えて再度診察になったのは昼近くだった。

検査結果を手に、先生が手術の必要性を説明してくれた。息子よりは少し年長とおぼしき先生は、終始笑顔で丁寧な説明。手術の必要性がリスクとメリットを隙なく折り混ぜてロジカルに語られるのだが、シンプルでクリア。こちらの様々な事情にも配慮して、ギリギリ待てる日程として「11月6日入院、7日手術」と決まった。初診外来で診てくれた先生その人が、主治医でありかつ執刀医となる仕組みと知って安心。網膜剥離の手術のついでに、白内障の手術も同時に行う提案があった。これはありがたいと即受諾。

6日午後一で入院。入院に伴う書類提出などやや煩雑だが想定内。6人部屋とはいえ運よく窓際。清潔感溢れる小さなプライヴェートスペースだ。事細かな院内のルール説明があって、主治医執刀医とは別の眼科病棟付きの先生が今後の手術を含む治療計画を説明してくれた。主治医との連携でと強調された。

手術が7日午前の7番目と決まった。9時から3時間の間に7件の手術があるということだ。

手術自体は、あっというまだった。手術同意書に署名する前に参照した説明書は難解で、手術の所要時間は90分程度とされていたが、白内障と合わせても50分程度だった。痛みを感じることは全くなかったので拍子抜け。

経過は順調で手術から8日後の11月15日に退院にこぎつけた。

9泊10日の入院で最先端の眼科医療を体験できた。コロナ禍ですっかり主役になった「医療従事者」という言葉を実感できた。医師、看護師はみな若い。息子娘より若い人も少なくない。能力も意欲もある若者が、大量の患者について「外来、入院、手術、観察、退院、通院」というルーチンを効率的に回すということが高度にシステム化されているとでもいうべきか。おそらく膨大な数のマニュアルが堆積しているはずだ。見ていて気持ちがいい。患者の高齢化もあって、彼らの接し方は慈愛に満ちている。それがマニュアルによるものだとしてもだ。個性よりも提供する医療の水準維持が優先されてはいるものの、およそ20名の若者と親しく接することができた10日間であった。

尊敬に近い感謝あるのみ。ありがとう。

2023年11月19日 (日)

子等の結束

私の入院手術が決まってすぐ、子供たちにはラインで報告した。もともと私と子供ら3人のライングループが作ってあったのだが、それがそのまま便利に活用できた。

最初私が、「入院中おばあちゃんのサポートをくれぐれも」と問題提起すると、長女の発案で「交代でばあちゃんをサポートしよう」という話になり、平日休めそうな日を各自が申告しだした。11月6日から2週間だれかが必ず家に駆け付けるようにできないかの調整だ。その2週間で誰も駆け付けができないのは20日だけと分かった。ばあちゃんは「あたしゃ一人で2週間くらい大丈夫」と言いたい性分なのだが、「嫁いだ孫娘の顔が見られるんも悪くないわい」ととっさに算盤をはじいている。

日ごろマイペースな子供らなのだが、私の入院を一大事と察して、ばあちゃんのアシストに結束してくれた。「よい子に育ってくれた」とまんざらでもないばあちゃんだった。

何のことはない。術後の経過がよくて、駆け付けができないと懸案だった20日より前に退院となった。

2023年11月18日 (土)

母方の家系

網膜剥離の手術を受ける私をやけに心配した母だった。

今を去ることかれこれ55年ほど前、母は実母の手術に付き添ったという。網膜剥離の手術だったと言っている。私から見たら母方の祖母にあたる。手術も大変だったが、術後も大変だったと、まるで昨日のことのよう。そして母自身も1996年の秋に白内障の手術を受けた。そして今回の私となると、こりゃもしかして遺伝かと疑いたくもなる。

亡き父も晩年に網膜剥離の手術を受けた。がしかし、父の場合は顔面強打によるものなので、遺伝とは思えない。

母はこの手の遺伝系の話をまことしやかに語るのが大好きだ。いわく「誰に似たのかねぇ」となんでも遺伝に根拠を求める。

目の手術は大変だとため息をついてはいたが、気を取り直したように「でも、うちの家系はガンにならないから」と噛んで含めるかのようだ。

2023年11月17日 (金)

母の気概

網膜剥離の手術が決まったとき、真っ先に知らせたのが母だった。88歳の今も現役でバリバリと家事をこなす母は、思ったより冷静だった。もともと昔から、家族の誰かが病気になると気合が入るたちだったせいもある。「見ててなんだか目を気にする素振りだったから気にはしていた」とのたまう。自らが61歳のときに白内障の手術を経験したこともあって、息子である私の仕草を観察していたということなのだ。この手のカンの冴えは50年前と変わらぬ。

1日に入院が決まり、6日の入院までの5日間、そりゃ入院準備が事細かであった。入院当日や手術当日に自分が立ち会うと言い出さんばかりの勢い。「コロナの影響で今は立ち合いも見舞いも制限されている」と家族総出でなだめた。

入院中は毎日電話で様子を知らせた。毎日仏壇に2倍の線香を上げてお祈りしているとか。

思いのほか、早く退院できたのは亡き父のご加護かもしれぬ。そう今日11月17日は父の命日だ。

 

2023年11月16日 (木)

初手術

人生初の手術を体験して昨日退院してきた。

右目網膜剥離の手術。

基礎疾患のデパートの様相を呈する私だから、目の見え方には日ごろから注意を払っていた。最初の異変は10月20日朝だった。右目の視界下方に見慣れぬ黒い影。気のせいかと思って二度見したら消えているなどということが数回。日常生活には支障のない範囲だったこともあって様子見に転じたが、10日たっても治らずかかりつけの眼科医に見せた。速攻で「網膜剥離の疑い」と診断されて総合病院を紹介された。11月1日、紹介状持参で眼科外来を受診すると同じ診断。勢い的には「このまま入院しますか?」という感じだったが、さすがにそうはならずに「6日月曜の入院」「翌7日午前の手術」「経過観察のため術後最大2週間程度の入院」と決まった。

丁寧な説明があり、理屈の上ではリスク、費用含めて納得なのだが、やはり急なので家庭でも職場でも準備が必要だった。

人生初の手術が網膜剥離だったというわけだ。ついでに懸案となっていた白内障の手術も行って、7日間の経過観察を経て昨日退院した。こうして記事をかけるくらい順調。車の運転に制限がかかるていど。

9泊10日の入院生活の2日目に手術があり、その後の経過観察が順調だったおかげで、7日間暇を持て余した。

人生のこと、家族のこと、仕事のこと、音楽のこと、ブログのこと、などなど本当にいろいろ考えた。明日から少しずつそれを書き留める。

2023年11月15日 (水)

崩し三部形式

「三部形式」は通常「ABA」の枠組みで理解される。AやBの各々がさらに細部に分かれている「複合三部形式」も珍しくない。このうちBの後に出現するAが、最初のAの正確な再現になっていないケースもかなり多い。いわゆる「ABA´」である。ブラームスにおいてはむしろこの「ABA´」の方が主流だったりもする。

最初のAと再現のA´の差は、千差万別である。Bの部分でテンポが変化する場合は、A´の冒頭に「TempoⅠ」が置かれていることが多い。「TempoⅠ」は「再現部ここにあり」の標識であるようにも見える。A´の部分が内容的にいかに変化していようともテンポだけは冒頭のAと同じというパターンである。

ブラームスにおいてはこのA´の部分の微妙な変質を味わうことが楽しみの中核になる。変化していて当たり前で、その変化の幅、落差、質が鑑賞の対象であることが多いのだ。用語使用面においてもそうした傾向が現れている。

「苦悩の子守唄」で名高いop117-1の変ホ長調のインテルメッツォに代表的な実例がある。第4交響曲の緩徐楽章と同じく8分の6拍子「Andante moderato」で始まる主部は21小節目「Piu adagio」から中間部いわゆる「Bの部分」に突入する。CDを聴いている限り紛う余地の無い再現は38小節目に訪れる。疑問の余地の無い再現部なのだが、発想記号は「Un poco piu andante」になっている。「TemoⅠ」でも「Andante moderato」でもない。「中間部のPiu adagioに比べて少々テンポを上げよ」という指図にとどまっている。発想記号の上では明確な三部形式を志向していはいない。

再現部冒頭に「Tempo Ⅰ」を掲げることは、中間部の展開はどうあれ、半強制的に元のテンポにリセットするという強い意志が感じられる。op117-1の再現部のように、旋律は冒頭部分に復帰するにしても、あくまでも中間部分のテンポをベースに再現のテンポを指示する仕組みは斬新でさえある。

確かにミクロに見ればこうした「崩し」に満ち溢れてはいるのだが、10歩下がって全体を俯瞰すると、やはりしっかりとした三部形式が浮かび上がるようになっている。ちょっとした崩しがかえって形式感を高めていると思われる。蝉の声がうるさいからこそ、あたりの静けさが際立つのと似ている。

2023年11月14日 (火)

ラプソディー

「Rhapsodie」と綴られる。しばしば「狂詩曲」の訳語があてられる。元来はギリシャの叙事詩にまつわる意味を持っていたといわれているらしい。19世紀にはかなり多くの作品にこの名称が付与されたが、一定の形式が定義されているわけではないようだ。

ブラームスでは以下の4曲だけだ。

  1. アルト独唱、男声合唱と管弦楽のためのラプソディーop53
  2. ラプソディーロ短調op79-1
  3. ラプソディート短調op79-2
  4. ラプソディー変ホ長調op119-4

1番目は通称「アルト・ラプソディ」である。

目立った共通点はない。ブラームスは作品のタイトルには意外と無頓着で、「単なる気紛れだった」などというオチも十分あり得る。

「ブラームスの気紛れ」に振り回されることを億劫がっていては、ブログ「ブラームスの辞書」は成り立たない。むしろ振り回されてナンボである。騙すのなら一生騙してもらいたい。

 

 

2023年11月13日 (月)

叩き台

会社という組織に属していると大小を問わずプロジェクトに参画することも多い。社内外の複数の組織から何人かずつ集まって一つの目標を達成しようという趣旨であることがほとんどだ。

何故かそのプロジェクトの会合の初回は「キックオフ」と呼ばれることが多い。議事は大抵お決まりである。プロジェクトの趣旨、目標達成の時期が決められる。作業に当っての役割分担とともに計画達成に向けたスケジュールも必須事項だ。

きれい事ばかりでもない。集まったメンバーのほとんどは「総論賛成」なのだが、「変に仕事を持ち帰りたくはない」「座長は引き受けたくない」みたいな思惑もある。時間ばかりが過ぎて行き最後は、次回までに事務局が「叩き台」を作るという落としどころが待っている。「半先送り」状態だ。

その「叩き台」をいくつか作ったことがある。次回会合に間に合うよう根を詰めるのだが、当日は大抵集中砲火を浴びる。断言してもいいが、「叩き台」を作る方が数段大変である。出来上がった叩き台を見てあれこれコメントするほうが数段簡単である。知識はなくても通り一遍のコメントは出来るが、叩き台を作るほうは、手間も知識もいるのだ。

ブラームスの第一交響曲が出現する前夜、ドイツ・オーストリアの交響曲業界の状況に似ている。ベートーヴェンの9曲が不可侵の規範となり、それと比較するという手法で次々と新作交響曲が叩かれていった。規範を神格化するあまり作品批評の舌鋒は過激さを増す一方だった。批判に代えて自作を提案する批評家は皆無であった。自らはけして交響曲を作らない者たちが批判を繰り返していたことになる。

ブラームスの第一交響曲はそうした業界の実情の中で世に出たのだ。「また新たな叩き台が出てきたぞ」とばかりに無数の批評が浴びせられたことは想像に難くない。

ブラームスの第一交響曲がそれらの批判に耐えたということ、周知の通りである。

2023年11月12日 (日)

リンフォルツァンド意訳委員会

リンフォルツァンドは「rf」と略記される。大抵の音楽辞典には「その音を特に強く」と書かれている。スフォルツァンド「sf」との区別は難解である。両者はブラームスの楽譜上にも出てくるが、頻度としては圧倒的に「sf」が多い。「sf」と「rf」が混在するケースもある。

おそらくブラームスは書き分けていたと感じる。

こういう時イタリア語辞典を紐解いて、元の意味を当たると言われることがある。参考にはなると思われるが、ブラームスが両者の書き分けにあたってイタリア語辞典を確認していたかどうかは保証の限りではない。何らかの表現上の必要性に迫られたブラームスが、自分が知っている楽語の中からもっとも近似するものを選んで、元のイタリア語の意味にとらわれずに特定の意図で用いただけという可能性もある。

本日の提案は「大切に」だ。「とっておき」「ここが急所」という意味まで含む。

記号「rf」が付与された音を大切にせよという意味である。必ずしも音を強くする必要はない。その点が「sf」との違いだ。特段に大切な音に付いている。「sf」と同じという解釈を鵜呑みにして機械的に「強く」していしまうと、音楽が台無しということも起こる。今まさに出そうとしている音が大切だということが判っているかどうかは、必ず違いとなって現れると思う。

かつて私は「瞬間型マルカート」という提案をした。本日の提案はその概念を含みつつ、より一般化したものだ。「p espresivo」の瞬間型という可能性さえ考えている。

 

 

2023年11月11日 (土)

直列と並列

電池のつなぎ方だ。小学校の割と早い段階で習った記憶がある。

 

主題AとBがあるとする。まずは主題Aが提示されてから主題Bの登場となる。これが直列だ。両主題が合わさって第一主題と位置付けられている。慣れないうちは主題Bを第二主題かと錯覚することもある。交響曲でお決まりの再現部では、これら2つの主題が同時に鳴らされる。どちらが主旋律とも決めかねる位置づけ。これが並列だ。提示部とは楽器の組み合わせも変わっている。

 

<提示部>

 

    • 主題A ホルン 2小節目

 

  • 主題B 第一ヴァイオリン 44小節目

 

<再現部>

 

    • 主題A オーボエ 302小節目

 

  • 主題B ヴィオラ 302小節目

 

18歳の若造だった私は、再現部で主題Bを弾いた。ここいら一帯はヴィオラの見せ場だ。オーボエとの美しいからみを聴きながら「オーケストラっていいな」と思った。現在まで続くことになるブラームスラブの最初の兆候だった。

 

もちろん第二交響曲第1楽章の話である。

 

 

2023年11月10日 (金)

こうもりの中のブラームス

クライバーのリハーサル風景の話。あんまり面白いのでスコア片手に見ていて驚いた。

「こうもり序曲」の中にブラームスが出てくる。

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「こうもり序曲」のリハーサルが210小節目に差し掛かったころ。ホ短調アンダンテ・オーボエの泣きをうけてチェロが加わる場面。チェロに濃厚な表現を要求する説明が、かなり念入りに続く場面でクライバーは「ブラームスではないよ」という。字幕がどの程度ニュアンスを伝えきっているか不明なので、断言は慎むが興味深い。チェロの高い音域のソロはブラームスに頻発する。続けて「彼もそういっている」とクライバー。ここでいう「彼」はブラームスだろう。「ブラームスより濃厚に」という意味か。技術的にはビブラートのキャラに対する指摘と感じる。「ブラームス特有のチェロ高音域の見せ場より濃く」と解しておいてよさそう。あるいは「ブラームスより感情移入してよろしい」という含みもあるか。ブラームスの音楽、とりわけオケのチェロパートが持つ特徴については、ある程度楽団員も承知の上という認識で発せられているはずだ。

さらに少し後には、大げさな表現を強調する場面で「みなさんワグネリアンになった気分で」と訴える。大げさを求める要求が「ブラームスではないよ」「ワグネリアンになったつもりで」とクライバーは要求するのだ。いやはや、これはクライバーのブラームス観やワーグナー観の反映でなくてなんとする。

ブラームスは、ウイーンのオペレッタ愛好家で、作品の上演には欠かさず出かけていたから「こうもり序曲」にだって一家言持っていても不思議はない。だから「彼も言っている」というクライバーのトークに説得力が宿ってしまう。

ブラームスの4番のリハーサルが見てみたい。

 

2023年11月 9日 (木)

こうもり序曲

 マイシアターが実現したせいで、ショップのDVD売り場を徘徊する癖がついた。都内某ショップにて驚くべき発見があった。

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裏面を見ると収録曲は、「こうもり序曲」と「魔弾の射手序曲」2つだけ。それではDVDの収録時間に広大な余白が出てしまう。そう、これはリハーサル風景を収めたDVDだったのだ。即買い一択。

オケは南ドイツ放送交響楽団。1970年前後の収録なのでクライバーは40そこそこ。「こうもり」も「魔弾の射手」もクライバー指揮のCDは持っている。「こうもり」はDVDもある。序曲はニューイヤーコンサートのDVDにも入っている。それらのリハーサル風景とは、クライバー好きにはたまらん内容だ。

転げ込むように帰宅して、手洗いうがいもそこそこに再生。

そりゃあ画面はモノクロだけれど、若き日のクライバーが躍動する。90年代の演奏と枠組みは変わっていない。楽団員への働きかけ、説明がキレッキレだ。ドイツ語でのトークだが、字幕がうまくニュアンスまで伝えてくれてありがたい。「みなさんが楽しんでください」「私は方向性ときっかけをあたえるだけ」などとクライバー節が随所に炸裂する。精神面、技術面の両面にわたる踏み込んだ説明なのだが、もたれないのは最早名人芸だ。説得力がすごいのだろう。注意の前と後ではオケの鳴りが変わる。

ストーリーの見せ場が手際よくという類のオペレッタの序曲だからか、クラーバーはストーリーの進行や場面に寄り添って説明する。喜劇ならではの大げさ感を求める。「クラシックであることは忘れて」「酒場で弾いてる感じで」など。

細かい突込みどっころはまだある。ヴィオラの二列目、チェロとの境目付近に、サウスポーがいる。左手で弓を持ってビオラを弾いている。気になりだすと気になる。

「こうもり」では練習番号が数字だったのに対し「魔弾の射手」ではアルファベットになるようだ。練習番号「G」を「Gustav」と呼んでいるのがおしゃれだ。

で、最後に演奏会の様子も収録されている。

飽きない。

 

 

 

 

 

2023年11月 8日 (水)

縁は異なもの

大垣行きには奇遇がついてきた。

大垣市に「ウィーンに六段の調べ」を鑑賞に行った。迫力に圧倒されて立ち尽くしたのだが、右下の香炉の配置について学芸員の先生に質問した。

クリアでロジカルな説明をされて鑑賞に奥行きと幅が加わった。次々と話が弾んだおかげで、彼が私の大学の後輩であることが判明。

双方「えーっ」ってなもんだ。入学年を聞いたら私のおよそ20年後輩にあたる。

ブラームスのお導きとはこのことだ。

2023年11月 7日 (火)

小道具としてのお香

昨日の記事「ウィーンに六段の調べ」で言及した守屋先生の作品の右下隅に香炉が描かれている。黒いテーブルが右下からせり出すように置かれて、その上に香炉がある。右下が空白でないところに構図としての巧妙さがあると感じるが、そこに香炉が配されることに深い深い意義を感じる。

時は明治。条約改正に打って出た日本は、欧州に進出し、華麗な外交を展開する。大使たる伯爵の夫人が筝曲の名手というのは格好の国際交流だ。音楽の都ウィーンではなおのことだ。そして当時欧州楽壇の最長老のブラームスの前で琴を実演する場に、お香が焚かれているという状況は、ものすごい説得力だ。 

香炉から立ち上る煙が、眉間にしわを寄せて聞き入るブラームスにかかっているのは、演奏を聴いたブラームスの内面への浸透を象徴して余りある。

音も聞こえてきそうなら、薫香までも漂ってきそうだ。

小道具の配置一発で、この効果とは恐れ入る。

2023年11月 6日 (月)

ウィーンに六段の調べ

先日、ちょっと遠出してきた。

目的地は岐阜県大垣市。大垣市守屋多々志美術館。そこには守屋多々志先生の代表作、「ウィーンに六段の調べ」が所蔵されている。常設されていないため、限られた特別展だけが鑑賞のチャンスである。

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明治期の日本とオーストリアの交流がテーマのこの作品のことは、日本ブラームス協会編「ブラームスの実像」の173ページに詳しい。1887年から3年間、駐ウィーン大使として条約改正に奔走した戸田氏供伯爵の夫人が、山田流筝曲の名手であった。彼女の実演を聴いたブラームスが書き込みを入れた楽譜が楽友協会に伝えられていることを、モチーフに守屋先生が描いたのが「ウィーンに六段の調べ」である。

実際に「日本の旋律」としてウィーンで出版された旋律の実演に接したブラームスが楽譜に修正を施しているというレアな情景。右端のブラームスはおなじみの白髪と髭で、眉間にしわを寄せながら、右手に鉛筆、左手に楽譜だ。芸が細かいのは楽譜が本当に細かく描写されている。4段目以下の楽譜が、先の「ブラームスの実像」の183ページ掲載の楽譜そっくりだ。

伝承を元に、精密な考証を重ね、見てきたようなシーンを絵に描きとめるという守屋先生の作風をもっともストレートに反映した一作だ。

実際に展示場に踏み入ると圧倒された。正面に据えられていたのは高さ180㎝はあろうかという屏風絵だ。お琴が作る斜めの線と、どっしりとくつろぐブラームスの身体が作る線が、V字型をなす大胆巧妙な構図と、伯爵夫人のドレスの紫とが相まって、まるで音がするよう。

さまざまな国の民謡あるいは民族音楽の収集家だったブラームスの面目躍如だ。

 

 

2023年11月 5日 (日)

ブラームスギャロップ

ギャロップとは馬の早駆けだ。全速力のことである。パッカパッカというイメージよりはずっと速いのだが、私自身は「ブラームスギャロップ」を「パッカパッカ」というニュアンスで用いている。

「ブラームスギャロップ」とは「ブラームスのパッカパッカ」である。これだけでは何のことやらさっぱり判らぬと思うのでもう少し真面目に定義する。ブラームス作品の根幹を為すソナタ形式の楽曲において、副次主題に「8分音符+16分休符+16分音符」というリズムがしばしば現れる。副次主題とは大雑把に第一主題以外という程度の意味だ。ソナタ形式の楽章において、第一主題の提示を終える頃に、このリズムをもった主題が現れて気分を劇的に変えることがある。この現象に個人的にネーミングしたのが「ブラームスギャロップ」である。ブルックナーの交響曲にはいくつかこの手のネーミングを持った現象が現れる。「ブルックナー開始」「ブルックナー三連符」の類である。ブラームスにもこの手の命名が1つ2つあってもいいと思う。

  1. ピアノ五重奏曲第1楽章
  2. 交響曲第2番第1楽章
  3. ヴァイオリン協奏曲第1楽章
  4. 悲劇的序曲
  5. ピアノ協奏曲第2番第1楽章
  6. 弦楽五重奏曲第1番第1楽章
  7. ヴァイオリンソナタ第2番第1楽章
  8. ピアノ三重奏曲第3番第1楽章
  9. クラリネットソナタ第1番第1楽章

ピアノ四重奏曲第3番第1楽章や、クラリネット五重奏曲第1楽章も精神的にはこれに加えたい気分である。ヴァイオリンソナタ第1番と、ピアノ三重奏曲第2番は第1主題にこのリズムが現れてしまうのでひとまず棚上げとする。あるいは、ピアノ五重奏曲第3楽章のように第1楽章以外に出現するケースについてもやはり扱いを保留する。

これらの「ブラームスギャロップ」は、大抵なめらかな第1主題と対比する形で出現していることが特徴だ。ブラームスの真作かどうかに議論があるイ長調ピアノ三重奏曲の第1楽章には、実はこのリズムの第2主題が現れる。

 

 

2023年11月 4日 (土)

ケンブリッジ大学

英国ケンブリッジにある総合大学だが、複数のカレッジの集合体に対する総称と見ることも出来る独特な形態で知られる。こうした形態の精神的よりどころは、大学教会の存在だ。大学がオフィシャルに教会を持っているようなものだが、ミッションスクールとも違う。その教会は聖メアリー教会である。大学の授業期間中、学生はこの教会から2マイル以内に居住することが義務付けられているらしい。

1877年にブラームスの第一交響曲の英国初演を画策して実現にこぎつけたのは、ケンブリッジ大学音楽協会である。

その第一交響曲のクライマックス第4楽章の序奏で、「歓喜の歌」の第一主題を導くアルペンホルンのコラールが流れて、ケンブリッジ大学の関係者一同は、度肝を抜かれる。大学教会・聖メアリーの時を告げる鐘と寸分違わぬ同じ旋律だったからだ。同初演の大成功はこの瞬間に約束されたようなものだ。

 

 

2023年11月 3日 (金)

カーテンとブラインド

次女の部屋跡地のマイルームは、女子用のカーテンが下がっていた。昨日の記事の写真では椅子の後方に映っている。

思い切ってカーテンをやめて木製ブラインドにした。

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カーテンレールが内側に飛び出すのが微妙に気になっていた。開けた場合、カーテンが両サイドで束になるから、ベッドの枕元に、垂れてくる。なんといっても、木の質感と、色が窓枠と一致しているのが心地よい。マイシアターにふさわしい収まりだ。

 

2023年11月 2日 (木)

劇場の椅子

マイルームシアターの意外な懸案が椅子だった。深々どっしりのソファにするかと迷った。

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これに落ち着いた。色がぴったりなのと、ひじ掛けが短い点がポイントとなった。ニューイヤーコンサートのDVDを見た感じでは、ウィーンのムジークフェラインの大ホールの椅子はひじ掛けが短い。

とはいえ、某百貨店の掘り出し市で発見して即買いだ。何事も出会いだと自分を説得した。

2023年11月 1日 (水)

マイシアター

結婚によって巣立った次女の部屋跡地をマイルーム化するプランの中核が、ホームシアターだった。一般にホームシアターといえばリビングだ。家族がリビングに集ってDVDを鑑賞するイメージ。がしかし、我が家ではこのニーズはあまりない。子供が幼かった時代には、アニメなどをみんなでというニーズがあり得たけれど、成長してくると見たいものが家族共通とはならない。手狭な我が家のリビングに大画面もあったものではない。

そもそも経済的な余裕もなかった。

娘ら二人の旅立ちを見送り、マイルームが現実のものとなって、浮上したのがマイシアターだ。自室でCDやDVDの鑑賞に耽ることは長年の夢であった。

CDプレイヤー、DVDプレイヤーとテレビをそろえて視聴環境を整えたマイルームは、シアターとなった。

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