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2024年1月31日 (水)

走れ1年

ちょうど1年後の今日、私の嘱託期間が満了となる予定だ。何事もなければあと1年、現在の職場で走れる。そしてそこにオケがあるというのは僥倖と申すべきだ。よちよち歩きもいいところのオケだ。この先どうなってゆくのかもわからぬ儚さもまた魅力の内だ。

この先オケがどうなろうとも、私はそこの人間関係に首までドップリ浸かりながら過ごしてゆくことになる。

2024年1月30日 (火)

代表復帰の布石

英国プレミアリーグ・リヴァプールのユルゲン・クロップ監督が今シーズン限りの退任を表明した。寝耳に水の電撃辞任だ。成績不振というわけではない。今やマンチェスターシティと並ぶ強豪だ。ここまでの地位に引き上げた功績は彼のものと断言したとて、ブログ炎上には至るまい。

残念だ。

しかし、私はこれでドイツ代表監督就任への道筋が整ったと思いたい。

サッカーがバッハに悠然と割り込むブログ。

2024年1月29日 (月)

我は神の御胸の思いに

もう慣れっこでもある。昨日は顕現節後第4日曜日であり、それ用にとBWV81を取り上げたが、同時に復活祭前第9日曜日でもあるので、一日遅れてBWV92「Ich hab in Gottes Herz und Sinn」に触れる。

この日の朗読は「ブドウ園の労働者」の話。1日働いても最後にちょろっと働いても同一賃金云々。おおらかな話だが、あんまりでもある。

なんと言っても、その第6曲だ。「Das brausen von den rauhen Winden 」はバスの長大華麗なアリア。フィッシャーディースカウ先生の独壇場だが、バッハの当時これを歌える歌い手がいたのか余計な心配をしたくなる。

2024年1月28日 (日)

イエスは眠りたもう

顕現節後第4日曜日にはBWV81「Jesu Schraft,was soll ich hoffen?」だ。湖上にわかに起こった嵐におののく人を慰め、湖や嵐を叱って収めさせた云々。後鳥羽院「我こそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け」あるいは、源実朝「時により過ぐれば民の嘆きなり八大竜王雨やめたまえ」を想起する私だ。聖人君子あるいは支配者による自然操作は、古今東西共通かとも思われる。

 

2024年1月27日 (土)

パスケース

どうした風の吹き回しか、長男が誕生日にプレゼントをくれた。

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パスケースだ。サッカードイツ代表のデザイン。長男と共通する趣味がサッカーなので私の嗜好にピタリとはまる。

これに勤務先の身分証明書を入れて、入館時にスキャンする。残りの1年の会社生活にキレが加わる。

2024年1月26日 (金)

年金申請

1月23日、年金事務所の窓口に行って、申請書を提出してきた。64歳の誕生日の前日から受け付けると聞いて、満を持した。

昨年、封筒で書類一式が届いたものの、要領がわからず、思い切って相談の予約をして、指導いただきながら申請書に記入してそのまま提出し、無事受理された。その間40分。待たされることもなくスラスラ終わった。書類作成そのものよりも今後の支給見込みの説明や、仕事継続による減額の仕組みの説明に時間を要した。

まあ理解度は腹八分といったろころだが、ほっとした。

 

2024年1月25日 (木)

自分にプレゼント

自室に好みの絵を飾ることにした。

もちろん素材はブラームス。大枚をはたいて近所の額縁屋さんでオリジナルの額縁を作ってもらってベッドを見おろす位置に飾った。万が一私がこのベッドで息を引き取るなら、ブラームスに看取ってもらえる。

大人の事情があって画像を掲載できないのが残念だ。

 

2024年1月24日 (水)

ウェナイム 64

ビートルズにこんな歌があった。正確には「When I'm sixty four」だ。

高校生の時初めて聴いた時には気にもとめなかった。遠い将来すっかり頭も薄くなりとはじまる。パートナーといつまでも仲良くしていましょうという趣旨。二人には女の子1人、男の子2人の孫までいる。

今日、私はその64歳になる。

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2024年1月23日 (火)

練習予定

社内オケだというのに、メンバー専用のサイトが立ち上がっていた。社内とはいえ、様々な部署のメンバーが集まることを考えると、連絡事項を効率的に伝えるためには便利だ。我々の大学時代にはネットなどというものはないし、スマホはもちろん携帯電話もなかった。だから大切な連絡事項は部室のロッカーの扉に掲示されていた。

まだまだよちよち歩きの社内オケだというのにこの手の体裁だけは早々と整っている。

さっそくのぞいてみると、練習予定が掲示され、各自そこから参加可否を入力することになっている。練習曲目も掲載されている。持ち物は「楽器と楽譜と譜面台」だと書いてある。練習後の懇親会の出欠まで登録せよとは手回しがいい。

これらこそオケの醍醐味。

2024年1月22日 (月)

我が片足既に墓穴に入りぬ

BWV156「Ich steh mit einem Fuss im Grabe」もまた、顕現節後第3日曜日用の作品ではあるのだが、リヒターさんの全集にはスルーされている。リリンク盤が頼りである。

この曲の第一曲には声楽がない。だからシンフォニアとタイトリングされている。チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調BWV1056の第二楽章に転用されている。事実上のオーボエ協奏曲。

なんせ美しい。バッハ最高の旋律の有力候補だ。私はスルー出来ない。透明な美しさに満ちていて、私ならBWV111ではなくこちらを採りたいところだ。

2024年1月21日 (日)

我が神の欲したまうこと常に起こり

顕現節後第3日曜日用BWV111「Was Gott will,das G'sche Allzeit」は、1725年1月21日初演なので、299年前の今日だ。第一曲にテキストを供給したのが15世紀のブランデンブルク辺境伯だった云々。重い皮膚病を患っている人を癒す内容。

続く第2曲はバリトンのアリアだけれどディースカウ先生は出演していない。この辺の基準がさっぱりわからない。佳曲だと私は思うのだが。

2024年1月20日 (土)

備蓄の恩恵

今から3か月前昨年の10月20日に右目に異変を感じて受診し、網膜剥離の手術が決まったとき、入院期間について主治医から1~2週間といわれた。まれにもっとかかることもあるとのこと。

つまり最悪3週間程度は自宅パソコンにアクセスできないということだ。ブログ記事の備蓄がなかったらかなり焦っていたと思う。その時点で200本ほどの備蓄があったので、入院前にそれらの並びを整えて公開タイマーをセットするだけで事足りた。

この先、何があるかわからない。2033年5月7日のゴールまで連続更新を実現するには、記事の備蓄と整列だけが頼りだ。摂生だけでは心もとない。

2024年1月19日 (金)

Bach without words

ご機嫌なCDの名前。2016年ハルモニアムンディから発売されたもの。新品で1800円というお手頃価格。バッハのコラールを室内アンサンブルで演奏するというコンセプトだ。収録は26曲で「歌の無い賛美歌」のノリである。

最高に楽しい。素材はバッハのカンタータなりオルガンコラールなりに求めて、彼らのセンスで編曲しているほか、CDへの収録順にも配慮がされている。

ほんのり教会暦順なので、三位一体節第27日曜日用の「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」がトリという大定番。

しかし18番目の「Mein Tage im Leiden」が素晴らしい。BWV150のフィナーレ第7曲から合唱を抜いたヴァージョンだ。同曲は、ブラームスの第4交響曲のフィナーレの主題のベースとなった作品だ。合唱抜きのバロックンサンブルで聴かされると低音主題がよりクリアになる。

 

 

 

 

2024年1月18日 (木)

バッハ伝

偕成社1998年のバッハの伝記の第二版が2015年になって刊行されていた。

これまたカラー写真満載の青少年向けといって侮ってはいけない。ポイントを漏らさず要領よく漉しとっているという意味で重宝している。

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バッハのこの伝記は、「伝記 世界の作曲家」というシリーズの2作目だ。1作めはヴィヴァルディというのが美しい。ジョンレノンやエルトンジョンも取り上げられている意欲的な企画だ。2015年でブラームスが無いのはどうしたことだろう。

2024年1月17日 (水)

医者よりデパート

母は、孫娘夫婦の正月のもてなし以降体調を崩していた。一昨日の伯母訪問 が本当に実現するのか、気を揉んだ。伯母に持ってゆくカーディガンを探しにデパートに行くと様相は一変。人影まばらなアパレルフロアをさくさくと見て回っている。

息切れで満足に立てない日もあったのがうそのようだ。

14日の伯母訪問とその準備が気がかりで自律神経が過剰反応していたというのが、私の見立てだ。つきあいが長いからこの手の取説が堆積している。いくらそう説明しても頑として納得せず落ち込んでいた母だが、伯母訪問を終えた昨日、微塵も症状が出なかった。つまり私の見たて通りだ。

気の持ちよう、つまり「医者よりデパート」ということだ。母に伝えると「お医者さんは1割負担だが、デパートは全額負担だけどね」とは仰天のリアクション。頭がいいのか悪いのかわからぬが、元気だけは戻った。

これはさすがにバッハのお導きとこじつけもできない。そう伯母のお導きでいいではないか。

2024年1月16日 (火)

老人ホーム

一昨日、母を連れて伯母を見舞ってきた。母の実姉で今年91歳になる伯母は、昨年8月に老人ホームに入居していた。長く一人暮らしが続いていたたが体力の衰えもあってお世話になることになった。身の回りの世話をしてくれるスタッフが24時間いてくれる安心感は何よりありがたい。

母は一度は顔を見に行きたいと願っていたが、私の目の手術もあってのびのびになっていた。なんせお互い歳なので会っておかねばという差し迫った思いに半ば取り衝かれていたが、とうとう実現した。

穏やかな好天に恵まれ、小田原まで車で2時間のドライブとなった。

伯母には私も世話になった。子供のころよく遊びに行ったので、母と思いは同じだった。「だるま」で食事をして、籠清でかまぼこを買い、報徳二宮神社で初詣までの小ドライブをセットした。

あたたかな日だまりの中、こぎれいな建物が立っていた。事務所に見舞いの趣旨を申し出ると親切に案内してくれた。恐る恐る扉をあけると伯母がいた。そりゃあ91歳ではあるが、伯母は伯母だった。実の妹の訪問がすぐに呑み込みきれないかんじ。母が手土産のカーディガンを差し出すと「こんなにいいものもったいない」と涙くんでいる。母は構わずボタンをはずして伯母に着せた。スマホで撮影して「ほら」と見せると、明らかに顔つきが変わった。「ありがとう」と母の手を握って、話が弾み始めた。

日頃、電話のやりとりが嚙み合わず「ボケているのでは」という母の心配は杞憂だった。耳が遠いことを除けば問題はない。母との会話を聞く限りちゃんとしている。一人ぐらしが長く、こうして人が訪ねて来てくれて嬉しいというのがひしひしと伝わってくる。

30分の濃密な会話。立ち去り際に母と並んで写真を撮った。固く固く手を握り合って肩を寄せて一枚。後でスタッフの人に送るから見てねというと、深々とうなずく。私が「また来てもいいかな?」と手を取りながら聞くと「うん。待ってる。がんばる」と手を強く握り返してきた。このやりとりはもう痴呆のお年寄りのそれではない。

母を連れて来よう。伯母のために、そして母のためにと心に決めた30分であった。

 

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2024年1月15日 (月)

今年の大河

大河ドラマのことだ。今年の主人公は紫式部。やれ源平だ、戦国だという題材が多いのだがこれは異色だ。さっそく初回放送の視聴率が取り沙汰されていたが、我が家にとっては、こちらの方がなじむ。

紫式部をはじめ登場人物の何人かが百人一首に出てくる。百人一首をほぼそらんじている母は、作者までは記憶しておらず、紫式部は「めぐりあいて」だとよ伝えると即「雲隠れ」かと切り返してきた。小学生の私に百人一首を教えてくれたときのままだ。藤原道長が百人一首にいないことを残念がっていた。いくさが前面に出ないから平和なのかと短絡してはいけない。かえって陰湿と思わねばなるまい。この先、お歌やお香がどうからんでゆくのか楽しみである。

鎌倉の右大臣の弟子としては、しっくりとくる。

2024年1月14日 (日)

我がため息我が涙は

イエスの最初の奇跡とされているお話に基づく。いわく「水をワインに変える云々」で、これ以降イエスの公生涯が始まる。がしかし、それは受難への第一歩でもあるせいか「いっえーい」という趣きにはなっていない。イエス本人も「私のときはまだ来ていません」などと淡々としているせいか、ため息と涙が巧妙に音型化されていたり、水瓶に溜まった苦い涙を神がたやすくワインに変える場面だというのに短調が採用されていたりと、戒め優先のトーン。

これがBWV13「Meine Seufzer,meine Tranen」だ。第5曲でバリトンのフィッシャーディースカウ先生が引き締めて、フィナーレが清澄にしめくくる。

 

2024年1月13日 (土)

カンタータのDVD

バッハのカンタータのCDはかなりの枚数がコレクションになっているのに対して、DVDは心細い。

トン・コープマン盤とヘルムート・リリンク版の2枚だけだ。

コープマン盤は数曲収納されているが、リリンク版はモテット集の余白にひっそりという扱いである。大好きなリヒターにはマタイ受難曲やロ短調ミサのDVDが出ているもののカンタータはお留守である。

そもそもオペラに比べればカンタータのDVDのニーズが低いのだろう。店頭でもあまり見かけない。ましてやである。DVDという媒体は、CDより遅れて普及したので大好きなフィッシャーディースカウ先生の出演が少ない。

2024年1月12日 (金)

教会暦特集の効能

浅学無信仰な私ではあるが、ブログ上で「バッハのカンタータ三昧」を続けているうちに、脳味噌の反応が変わってきた。カンタータの知識を中心に教会音楽の知識が堆積して来ているばかりか、作品に接する際の心持ちにも余裕が生まれてきた。浅学無信仰に加えて、ドイツ語のネイティブな話者でないことも懸念の一つだが、すくすくと克服しつつある。彼の地の人々の生活が暦に立脚していることを前提にとらえなおすことで、目からうろこが落ちたり、思わず膝を叩いたりという小さな発見につながっている。

バッハを取り巻くブクステフーデ、パッヘルベル、テレマンにまで連なる広大な裾野を実感し始めていると申し上げるべきか。

実はこれらが、ブラームスの裾野でもあるという芳醇な関係がまぶしい。

2024年1月11日 (木)

浅学無信仰

私のことだ。

しかし、過去の「バロック特集」や今回の「教会暦」ネタを通してバッハの周辺を嗅ぎまわっているうちに、プロテスタントの知識が堆積し始めている。特にルターだ。偉大な思想家として、情報はとても多い。そのせいか、今やもう私はルターを好きだと断言できる。かといってこの感情はただちにプロテスタントへの信仰を意味するわけでもない。知的好奇心の対象にとどまっている。バッハやブラームスがプロテスタント信仰を基盤にしていたのならそれでいい。

 

 

2024年1月10日 (水)

皇帝逝く

昨日朝一番で、皇帝の訃報が届いた。元西ドイツ代表フランツ・ベッケンバウアーが1月7日に亡くなった。

1974年のワールドカップ西ドイツ大会でキャプテンとして優勝に貢献した。圧倒的なプレーが優雅なスタイルと共存して「皇帝」(カイザー)と慕われた。その後1990年には監督としても優勝する。

日本でワールドカップの決勝戦が初めてテレビで生中継されたのが1974年大会だった。中学3年だった私はこれを見た。今に続くドイツ好きの最初のきっかけであった。

ブログ「ブラームスの辞書」開設6800日を記念する今日のこの記事を皇帝の霊前にささげたい。

2024年1月 9日 (火)

プロテスタントのしきたり

そもそもの話である。

プロテスタント教会では、毎日曜日ごとに朗読される使徒書簡と福音書の章句が規定されていた。牧師はそれに基づいて説教をする。教会音楽はその流れをアシストする位置づけにある。

讃美歌、モテットはその流れにあり、カンタータは到達点と心得ていい。

カンタータの終曲がたいてい「さあ、会衆のみなさんご一緒に」というような簡素な合唱になっているのはそのためである。

説教の部分がアリアやレチタティーボに相当する。オープニングが声楽を含まない場合、シンフォニアやコンチェルトという名づけになっている。

2024年1月 8日 (月)

ああ神よいかに多き胸の痛み

困った。BWV58「Ach Gott ,wie Manches Herzleid」は新年第一日曜日用のカンタータだ。ところが今年は「新年第一日曜日」と「顕現節後第一日曜日」が重なってしまう。仕方なくこちらを一日ずらして公開する。

この作品カンタータとしては異例で、合唱の出番がない。代わりにソプラノとバスの二重唱が両端に置かれている。驚いたのは第3曲のアリアでソプラノと絡む独奏ヴァイオリンが、ゲルハルト・ヘッツェルさんになっている。この人ウィーンフィルの名コンサートマスターで惜しくも事故で早世した。クライバーやバーンスタインあるいはベームのDVDでしょっちゅう出てくる。カラヤンのドボ8もだ。まさかこんなところで聴けるとは。カンタータ全体を眺めればヴァイオリン独奏はかなり見かけるが、ヘッツェルさんの独奏はこの曲だけだ。ブラームスのヴァイオリンソナタは私の愛聴盤になってもいる。

信仰そっちのけで盛り上がってしまった。

 

2024年1月 7日 (日)

わがイエスをば我は離さず

今日は顕現節後第一日曜日。よって「Meinem Jesum lass ich nicht」BWV124。ほかにBWV32やBWV154もこの日のためのものだ。

リヒターさんの演奏にはまたまたディースカウ先生もシュライヤー先生も参画していないから、オーボエダモーレの妙技に集中できると申すべきか。

 

 

2024年1月 6日 (土)

人々シバよりみな来たりて

1月6日は顕現節。東方の三博士が幼子イエスを訪問した日とされる。

リヒター先生はBWV65「Sie werden aus Saba alles Kommen」を採用するが、ここに小さな奇跡が一つ。この作品の初演は1724年1月6日だ。ライプチヒトマスカントル就任後最初の正月というより今からちょうど300年前の今日だ。

冒頭合唱は2本のホルンに導かれるもの。曲中テノールとバスにアリアが用意されているが、なぜかなぜか、シュライヤーさんでもフィッシャーディースカウさんでもないところが不思議。頼みのリリンク版もディースカウ先生ではない。

 

2024年1月 5日 (金)

最重要参考文献

昨日「バッハ カンタータ研究」という書物を「重要参考文献 」と位置付けたばかりだ。ところがところが上には上がある。

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春秋社「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」!!

なんとなんと今回私が昨年12月1日に立ち上げた企画「バッハと辿る教会暦」のコンセプトをほぼ等身大でトレースしたかのよう。某書店で発見して即買い。

刊行日を見て二度びっくり。「2023年12月10日」とある。私がブログ上で「バッハと辿る教会暦」の立ち上げを宣言した10日後だ。私の企画そのものは一昨年から温めていたものだ。それを満を持してスタートした10日後にこのような書物が刊行されるとは、何たる偶然。バッハかブラームスのいたずらに違いない。

しめしめとばかりに「最重要参考文献」と位置付けて正月休みに読みまくった。

2024年1月 4日 (木)

重要参考文献

1987年初版、2011年に第五版という具合に版を重ねてきた名著。音楽之友社から刊行された「バッハ カンタータ研究」のことだ。

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最終第8章が「バッハ・カンタータと19世紀」と銘打たれていて、その末尾397ページから412ページまで延々とブラームスが取り上げられている。はっきり申してそこだけを目的に購入した。他の場所は斜め読み同然で読み飛ばした。目からうろこが束になって落ちた記憶がある。

今回の「カンタータで辿る教会暦」という企画を立ち上げるにあたって再読を試みた。ブラームス関連以外のぺージもちゃんと読んだ。最初に読んだころよりもカンタータの知識がたまってきているせいか、やけに説得力がある。二度見の連続だった。

 

2024年1月 3日 (水)

正月の集まり

 一昨日、嫁いだ娘らが婿殿を伴って帰省した。元日の集結が決まって以来、母は心待ちにして周到に準備を重ねた。23日と30日には、歳末商戦で込み合うデパ地下に買い出しに出かけ、ごった返す中を悠々とスラロ―ムして食材を買い求めた。

31日は朝からお節料理の仕込みに没頭した。かれこれ半日はキッチンに立ち続ける母を私はただ、サポートするだけ。最早それが元気の秘訣だ。話し相手がいてこそ忙しい中でも余裕が出る。事細かな指図は30年前と変わらぬ。

元日、リビングの清掃と食卓の準備は私の仕事。母は盛り付けに忙しい。

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婿殿2人は、たくましい食欲を見せて、それが母の励みにもなっていた。食事中も、お酒だお茶だお代わりだと忙しい。かくて孫たちは婿も含めて89歳のおばあちゃんの手料理を堪能した。

やがて座はみんなでゲームに流れる。「あつ森」「桃鉄」「ウイイレ」と立て続けだ。降り番の孫が交代でばあちゃんの話相手になる。腹が減ったら火鉢でお餅という王道。私は餅奉行に徹して「磯辺」「つけ焼き」「雑煮」を受注生産して期待に応え続けた。

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「嫁の実家状態」を堪能して娘ら夫婦が引き上げたのは19時30分を回っていた。

 

 

2024年1月 2日 (火)

本来はクリスマスオラトリオ

教会暦をカンタータで辿るという試みのせいで、クリスマスから3日間をBWV63、BWV121、BWV64という具合に言及したが、やはりクリスマスオラトリオBWV248を避けて通るわけにもまいらぬ。

クリスマスオラトリオのことはブラームスとの関連を含めてすでに紹介しておいた。

彼らにとってクリスマスは1月6日の顕現節までが対象。クリスマスオラトリオもそうなっている。ツリーを片付けるのもそのころだ。

我が家のCDの中ではなんといってもリヒター盤。1965年の録音ながら、定番。ではあるのだが、独唱にフィッシャーディースカウ先生もいない。ペーター・シュライヤーもいない。時期的にはいてもよさそうなものだが。

そこでクルト・トーマス盤。トマス教会合唱団との演奏だが、バリトン独唱にディートリヒ・フィッシャーディースカウが出演している。録音はリヒター盤よりさらに古い1958年だけれど、トーマス盤のカンタータでは独唱を務めていないから貴重。

2024年1月 1日 (月)

神よ汝の誉れはその御名のごとく

BWV171「Gott,wie dein Name,so ist auch dein Ruhm」は、新年用カンタータとしては最後の作品。同趣旨の先行するカンタータBWV41からフィナーレが転用されている。

壮麗なトランペットが新年を寿ぐということである。直前第5曲に出番のあるバリトンがディースカウ先生なのがポイント。

あけましておめでとうございます。

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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