ドリアン状態
私の造語なので説明が要る。
トッカータとフーガニ短調BWV538は古来「ドリアントッカータ」といわれている。これはバロック時代特有の特殊な記譜法に由来する。シャープもフラットもつかない調性はハ長調とイ短調だ。そこからフラット1個でヘ長調(ニ短調)に代わり、2個3個4個と増えてゆくとそれぞれ、変ロ長調、変ホ長調、変イ長調となってゆく。ところがだ、フラットを1個も付与しないままなのに、実質ニ短調が鳴る作品がときどきある。
これは教会旋法のドリア調だ。ピアノの白鍵だけをレから上るとも言える。先のBWV538ドリアントッカータはこの状態で記譜されているためである。
最後に付与されるべきフラットの留保と定義できる。
ドーヴァー社のカンタータの楽譜を手元に置いて、大好きな「Ich habe Genug」BWV82を開けたところ、奇妙な現象に気づいた。ヴィオラ以下はC音を鳴らす。セカンドのEsが第三音となってハ短調の枠組みが成り立っているのに、フラットが2個しかない。フラットが2個だとト短調となるのが一般的だが、これいかに。
つまり、これは最後3個目にA音に付与されるべきフラットが留保されていると解するのが自然だ。つまり最後のフラット留保だ。ニ短調で起こりやすいドリアン状態がハ短調で起きているということ。ハ短調から見た平行調の変ホ長調の第3曲はフラットが省かれることなく3個記載されているから通常標記に戻っていて安心するのもつかの間、ハ短調に回帰するフィナーレ第5曲では再びフラットが1個省かれた記譜になっている。
楽譜参照がやめられない理由がこれにて一部説明できる。
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