持つべきもの
ピアノ協奏曲第1番ニ短調op15のライプチヒでの初演が手厳しく叩かれたことは有名だ。1859年1月27日の話である。ブラームスの落胆は激しく、人によってはアガーテとの婚約破棄の原因の一つとさえ指摘している。クララの励ましもあって、その3週間後にはデトモルトでの合唱指導のために鋭い質問をバッハ研究の大家に投げかけたことは既に述べた。1859年2月15日のことだ。
そこからさらに約40日後の1859年3月24日。つまり151年前の今日、ブラームスはライピチヒで落胆を味わった同じ曲を故郷ハンブルグで再演した。ブラームス自身がピアノ独奏を務め、指揮はヨアヒムが担当した。
故郷の反応は暖かく、ブラームスの落胆は一段落したという。
いわば故郷に錦を飾るという演奏会を提案したのは、当日指揮を務めたヨーゼフ・ヨアヒムその人である。批判の大合唱にも「大丈夫です」と静観していたクララといい、復活の演奏会を企てたヨアヒムといい、ブラームスには一騎当千の支持者が居たのだ。
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