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2026年3月 9日 (月)

小道具としてのブラームス

小説で、映画で、テレビドラマで、あるいはCMでその場の情景をより印象的に伝えるために、ブラームスが用いられることがある。あるときにはブラームスの作品だったり、あるときには「ブラームス」という言葉だったりする。作家、監督、ディレクター、広告代理店の何らかの判断により、一定の効果を狙ってそこに置かれるという訳だ。

映画であれ、テレビであれ、一定のシーンのバックにブラームスの作品を鳴らしてその場の雰囲気作りに貢献させようという試みは古来から頻発している。「さよならをもう一度」「恋人たち」が代表的だ。聴き手がそこで流される音楽の作者を「ブラームス」と言い当てられなくても、効果は期待出来る。作者は誰であれ、その旋律が効果的だという、監督なり、ディレクターなりの判断がそこには存在している。場合によっては、旋律の流れこそが狙いであることもあり得る。「情景にピッタリの音楽を選んだらそれが、たまたまブラームスだった」というケースだ。

ところがこれが、小説での出番となると状況が変わる。音楽が実際に流れる訳ではないからだ。作家は自らの思いを描ききる小道具としてブラームスの名前を登場させるのだ。フランスの某女流作家に「ブラームスはお好き?」という作品がある。数多ある作曲家を差しおいて彼女は何故「ブラームス」を選んだのだろう。彼女の云う「ブラームス」は、1833年ハンブルグ生まれで1897年ウイーンにて没した私の愛するあのヨハネス・ブラームスのことであると決め付けていいのだろうか?

何故「モーツアルトはお好き?」でも「ショパンはお好き?」でも「ドビュッシーはお好き?」でもなく「ブラームスはお好き?」なのだろう。聞くところによればその「ブラームスはお好き?」には実際にブラームスが出てくる場面は少ないという。なのに作品のタイトルに「ブラームス」の名を躍らせた彼女の意図は何だったのだろうか?

世間に流布定着するブラームスのイメージを利用したのだろうか?だとすればその当時フランスにはどのようなイメージが流布していたのだろうか?

異国の小説とはいえ「ブラームスはお好き?」というタイトルは私個人にとっては、真ん中過ぎる。かわしようも、ごまかしようもない。小道具としては濃過ぎる。

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