構想100日余
例によって音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品」の「ブラームス」143ページの話だ。1879年1月1日にブラームス唯一のヴァイオリン協奏曲がライプチヒで初演されたと記し、構想をもってから100日あまりで初演にこぎつけたと位置付けている。その少し前1878年8月21日のブラームスからヨアヒムに宛てた手紙にヴァイオリン協奏曲への言及が見られると指摘する。つまり「構想100日余」の根拠は、8月21日から起算して翌年の元日まで4ヶ月少々約130日を指すと解するのが自然だ。
本当だろうか?
8月21日のヨアヒム宛ての手紙で、どのように言いまわされているのか不明だから、何とも判断が難しい。その手紙でブラームス自身が「最近構想を持ちました」と明言しているのだろうか。あるいはそれを伺わせるに十分な表現が見られるのだろうか。「作曲家◎人と作品」の著者は何を根拠に「構想100日余」と断じているのだろう。
私自身は、ヴァイオリン協奏曲の着想自体はもっと遡る可能性を考えている。ヨアヒム宛ての手紙は構想を持った時期を必ずしも指し示していないと思っている。逆に言うとその手紙は構想の最初を示すのではなく、ヨアヒムに相談する程度まで、構想が煮詰まった証拠かもしれないと感じている。







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