ヨアヒムの学位
1876年英国ケンブリッジ大学がブラームスに名誉博士号の授与を申し出たが、結局これを固辞したことはよく知られている。第1交響曲の作曲が大詰めに差し掛かっていた頃だ。
実はこのとき、同じ名誉博士号の授与がヨアヒムにも提案されていた。英語不得意、航海苦手のブラームスと違って、ヨアヒムは何かと英国に縁がある。15歳のときの初めての渡英は、恩師メンデルスゾーンに連れられて実現したのだ。
ケンブリッジ大学ではブラームスとヨアヒムをワンセットと見ていた可能性もある。あるいはヨアヒムを突破口に、渡英を渋るブラームスを説得しようと計算していたかもしれない。
ヨアヒムはこの栄誉を受けた。そしてその答礼の一環として現地ケンブリッジ音楽協会を自ら指揮してブラームスの第一交響曲を演奏した。これはロンドン公演に先立つ、ブラームス第1交響曲の英国初演である。







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