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2026年6月10日 (水)

ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲

1896年2月1日。ブロニスラフ・フーベルマンの演奏に感激したブラームスは、楽屋を訪れてフーベルマンを祝福した。ブラームスの感動はよほどのものだったと見えて「ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲」の作曲を約束した。

 

ブラームスの作曲活動は夏だ。ウィーンを離れてお気に入りの避暑地で筆を進めるのが常だった。1896年の夏はイシュルだ。フーベルマンとの約束を果たすとすればそこしかない。ところが1896年5月20日クララ・シューマンが没する。失意のブラームスは、イシュルに戻ったものの「オルガンのための11のコラール前奏曲」の作曲にとりかかる。同時に体調不良が露見してしまうのだ。

 

ブラームスにとって最後のイシュル滞在となってしまった。だからフーベルマンとの約束を果たすことが出来なかった。

 

「ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲」というコンセプトは、恩師ロベルト・シューマンに前例がある。1875年1月10日の楽友協会芸術監督だったブラームスは、演奏会の曲目に取り上げており、この作品についてヨアヒムやクライスラーと突っ込んだ意見交換をしている。これがフーベルマンとの約束とどう関係するか判らぬが、裏の裏で繋がっていそうな気がする。

2026年6月 9日 (火)

明治のドイツ語

明治の文豪の日記を原文で読むとすると、相当な覚悟と知識が要る。ネット上のブログを気軽にというノリでは追いつかない。100年以上前ともなると同じ日本語とはいえ別物と心得ねばならない。

ブラームスが友人たちと交換した手紙や、ブラームスの人物に関する貴重な証言になっている知人たちの日記は、「明治のドイツ語」であることは確実だ。ブラームスについては日本語で読める資料に恵まれているが、翻訳の過程でそのことが希釈されていると考えねばならない。

当時のドイツ語は現代のドイツ人たちの目にはどういう具合に映っているのだろう。我々が森鴎外の日記に格闘するのと同等の難解さがあるのだろうか。

地域によるドイツ語の違いを方言と称して研究の対象にしてきたが、地域差とともに時間差も考慮しなければならないと感じる今日この頃だ。

2026年6月 8日 (月)

ジムロック社の斜陽

1927年ブラームス没後30年で訪れたブラームス作品の著作権保護期限切れにより、ブラームス全集がブライトコップフ社から刊行されることになった。ブラームス作品の出版におけるジムロック社の独占体制の崩壊だ。ブラームスの友人にして財産管理人でもあったフリッツジムロックの孫の世代になる。

 

ジムロック社側の受けた影響は深刻だったと見えて、経営難に陥る。ドル箱のブラームスを失った穴埋めが簡単ではなかったことも一因とされている。

 

独占版元たるジムロック社には、ブラームス自筆の版下原稿が保存されていたのだが、経営難により売却の挙に出た。だから現在でもブラームス作品の自筆譜は世界中に散在している。マッコークルの自筆譜所在リストはかなりな厚みになっているのはそのせいだ。個人蔵も少なくない。

 

生活苦のため父バッハからの相続された貴重な自筆譜を処分した長男ウイルヘルムフリーデマンバッハの例と酷似している。つまり大作曲家の自筆譜にはかなりな資産価値があるということだ。

 

 

 

 

 

 

2026年6月 7日 (日)

半音進行

一つの声部が半音隣の音に移ることとでも申しておく。たとえば上行形「H→C」「E→F」下降形「E→Es」「H→B」という具合である。本当にこの認識でいいのだろうか。

 

「C→D」のような全音の進行に比べて、とっておき感、有り難味あるいは奥の手感が高いと感じる。かと言って過度の使用は逆効果で、調性感の逸脱や破壊にもつながる危うさを秘めている。ブラームスが生きたロマン派末期は、この点で紙一重のところを行く作品が数多く生まれた時代だ。和音の塊を半音階に沿って動かす輩まで現われた。

 

ヴィオラ弾きにとって至高の半音進行が第1交響曲に存在する。第4楽章70小節目、歓喜の歌との噂が取り沙汰される例の主題の中の出来事だ。「H→B→A→Gis」と続く3度の半音下降は「おいしさ」「有り難味」という点で屈指の場所だ。何せ旋律の第一ヴァイオリンそっちのけでヴィオラに指示をくれる指揮者も多い。ファゴットとのユニゾンであることなんか忘れているヴィオラ弾きが後を絶たない。残念ながら2回目194小節目は第2ヴァイオリンとユニゾンになってしまうので有り難味が減じられてしまう。ヴィオラやっててよかったと感じる出番である。

 

一方第4交響曲には、上記と同じく「H」を起点とする、夢のような上行の半音進行がある。第2楽章92小節目だ。第一ヴァイオリンとオクターブで重ねられているのが残念と言えば残念だ。いわゆる再現部の第2主題第2句。「E→Fis→Gis→A→Gis→Fis」と動くチェロの対旋律「H→His→Cis」である。「H」のシャープつまり「His」になっていて「Cナチュラル」でないところに深い味わいがある。この場所に先立つ88小節目は、第4交響曲全体の白眉を形成する第二主題の再現だ。生涯最後の「poco f espressivo」が置かれ、提示部に比して明らかに厚みを増した書法により、圧倒的な説得力を獲得している。鬱蒼たる弦楽器のうねりから立ち上る濃厚な半音進行である。

 

ブラームスは長短両面を熟知した上で、必要最小限を的確に使用することが望ましいと考えていた形跡がある。乱用を許さぬブラームスが、あえて配置した半音進行は、どの楽器にとってもおいしい場所になっていることが多い。

2026年6月 6日 (土)

昔の気温

北緯50度のラインガウでブドウが作られていること自体大きな驚きなのだが、調べていると、もっと北でも栽培されていた記録もあったとされている。ブラームスの故郷ハンブルクの周辺や、シュレスヴィヒホルシュタイン州などの北海沿岸でも栽培されていたらしい。ほとんど北緯54度付近である。

 

どうも近世の始め頃まで、ドイツの平均気温は今より2度ほど高かったらしいのだ。どんな品質かは不明だが、ワインも造られていたに決まっている。

 

一大転換期となったのが30年戦争だ。平たく言うと宗教改革の激震後の最大の余震とでもいうのかもしれない。カトリック対プロテスタントの宗教戦争で、小邦乱立のドイツが周辺各国の思惑に蹂躙されたと解し得る。

 

外国の軍隊が「現地調達」という名の略奪を繰り返す。ワインは略奪目的の中心的存在だったが、同時にブドウ畑もあらされて疲弊した。ドイツ全土でこういうことが起きた。

 

1648年ウエストファリア条約で平和が訪れた際、ブドウ畑が復活した地域としなかった地域に分かれた。このとき復活した地域だけが現在のワイン産地になっている。既にドイツの気温は下がり、ブドウが栽培できない地域が北部を中心に広がってしまったということだ。

2026年6月 5日 (金)

Bluetooth

今や珍しくもない機能。

ワイヤレスマウスとパソコンの接続など、知らんうちに使ってもいた。

マイカーの更新でCDが車内で再生できない事態に対処するため常用CDをUSBに取り込んだ。USBをマイカーのソケットに差し込んで、画面で操作する。この画面はタッチパネルで非常に使い勝手がいい。一方で、USBを手持ちのCDプレイヤーで聴こうと思うと、ディスプレイやリモコンなどの操作に限りがあり、なかなか狙いの曲にたどり着かない。

先般、パソコンの設置に来てくれたプロに聴いてみると「USBをパソコンで操作し、音はブルーチュースでステレオに飛ばせばいい」とアドバイスされた。取説片手に試みると案外簡単に実現した。在宅スペースと寝室どちらのステレオとも接続できた。

お目当ての作品にたどりつくため、USBの中は複雑なファイル構成になってもいるが、パソコン上でなら一目瞭然だ。狙いの作品をパソコンで、指定して再生するとどうだろう。寝室とデスクどちらのスピーカーからの再生も思いのままだ。

マイカーでCDが聴けないという大課題の解決方法として始まった常用USB化だが、自宅の再生環境をも劇的に向上させる結果となった。

何を今更な話。

 

 

2026年6月 4日 (木)

目次

どこにどんな記事が載っているかを記載した早見表。大抵は巻頭に置かれている。書店の店頭でタイトルに惹かれた読者が、次に参照する場所としては筆頭格だろう。書物の中身が手際よく要約されていると考えてよい。

 

ところが私の著書「ブラームスの辞書」には目次がない。「ブラームスの辞書」はブラームスが楽譜上に記した音楽用語をアルファベット順に羅列して意味と用例に考察を加えるという体裁だから、目次は以下のようにならざるを得ない。

 

    • A・・・・・・  3ページ

 

    • B・・・・・・ 53ページ

 

    • C・・・・・・ 59ページ

 

    • D・・・・・・ 72ページ

 

    • E・・・・・・ 87ページ

 

    • F・・・・・・ 94ページ

 

    • G・・・・・・133ページ

 

    • H・・・・・・なし

 

    • I・・・・・・・136ページ

 

    • J・・・・・・なし

 

    • K・・・・・・142ページ

 

    • L・・・・・・142ページ

 

    • M・・・・・・159ページ

 

    • N・・・・・・200ページ

 

    • O・・・・・・なし

 

    • P・・・・・・203ページ

 

    • Q・・・・・・337ページ

 

    • R・・・・・・339ページ

 

    • S・・・・・・344ページ

 

    • T・・・・・・379ページ

 

    • U・・・・・・385ページ

 

    • V・・・・・・391ページ

 

    • W・・・・・394ページ

 

    • X・・・・・・なし

 

    • Y・・・・・・なし

 

  • Z・・・・・・394ページ

 

という具合になる。これはこれで、面白い情報ではある。全400ページのうち「P」の項目だけで134ページを占めている。実際の執筆も「P」がとても大変だった。逆に「P」が終わった後は「S」が少々多かっただけで、勢いで終わりまで行ってしまった。

 

「ブラームスの辞書」の出版は、書きたいこととページ数上限の綱引きだった。目次はその綱引きの負け組だったのだ。これだけの情報でも貴重な1ページを割くことになるため、カットした。譜例でさえ泣く泣くカットしているのだから、目次なんぞハナから載せる気はなかったのだ。アルファベットと数字が踊るだけの目次の優先順位はけして高いものではなかったということだ。

 

 

2026年6月 3日 (水)

ベヒシュタイン

1853年ベルリンで創業のピアノメーカー。古来名手たちの帰依を勝ち取ってきた。

私は都内の某会館で見たことがある。2階のホールに置かれていると申せば、聞こえはいいが、実態は無残なものだ。事実上喫煙所の中に放置されている状態だ。あの様子では弾かれることもないだろうし、手入れも怪しいと思われる。今どうなっているのだろう。

1881年11月9日ピアノ協奏曲第2番がブラームス本人のピアノ独奏によりブダペストで初演された。この次の演奏は11月22日のシュトゥットガルトだ。これに向けて友人のグリムにピアノの確保を依頼する。この中でブラームスがスタインウエイかベヒシュタインを所望したことが明らかとなっている。

さらにシュトゥットガルトに次ぐ11月27日のマイニンゲンではベヒシュタインを弾いた。

ベヒシュタインがコンサート用のグランドピアノのファーストチョイスに入るということだ。

2026年6月 2日 (火)

大司教

ドイツ語で「Erzbischof」と綴る。ドイツには3名の大司教がいる。マインツ、トーリア、ケルンだ。ドイツにおけるカトリック信仰の拠点である。3名とも選帝侯に列せられている。

特にマインツは、カール大帝がドイツのキリスト教化のために最初に設置した司教区だ。アルプス以北における教皇の代理人の地位にある。

大司教から「大」が脱落した「司教」になると綴りも「Bischof」になる。大司教と違ってあちこちに司教がいたから、これが地名になることも多かった。

 

 

2026年6月 1日 (月)

聖ラファエル

本日10月24日は「聖ラファエルの日」だ。大天使ラファエルのことである。同じ天使仲間のミカエルやガブリエルに比べて目に触れる機会が少ないような気がする。けれどもブラームスの民謡の中にそのものズバリの「聖ラファエル」がある。記事「フルーレ・ジャック」で取り上げたWoO34-7である。

彼は旅人たちの守護聖人でもあるのだが、肝心なテキストにはそのことは現れない。

「怪我や病気で苦しいから何卒ご加護を」とただひたすら祈る曲調だ。

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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