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カテゴリー「231 交響曲第1番」の85件の記事

2026年4月11日 (土)

ヨアヒムの学位

1876年英国ケンブリッジ大学がブラームスに名誉博士号の授与を申し出たが、結局これを固辞したことはよく知られている。第1交響曲の作曲が大詰めに差し掛かっていた頃だ。

 

実はこのとき、同じ名誉博士号の授与がヨアヒムにも提案されていた。英語不得意、航海苦手のブラームスと違って、ヨアヒムは何かと英国に縁がある。15歳のときの初めての渡英は、恩師メンデルスゾーンに連れられて実現したのだ。

 

ケンブリッジ大学ではブラームスとヨアヒムをワンセットと見ていた可能性もある。あるいはヨアヒムを突破口に、渡英を渋るブラームスを説得しようと計算していたかもしれない。

 

ヨアヒムはこの栄誉を受けた。そしてその答礼の一環として現地ケンブリッジ音楽協会を自ら指揮してブラームスの第一交響曲を演奏した。これはロンドン公演に先立つ、ブラームス第1交響曲の英国初演である。

2026年4月 6日 (月)

ヴィオラはかすがい

第一交響曲冒頭を思い出していただきたい。各楽器に与えられた役割を分類すると以下のようになる。

  1. C音を延ばす
  2. C音を刻む
  3. 半音上行
  4. 下降音型
  5. 休み

第5群はトロンボーンだ。第1群はホルンの3番4番とトランペット。第2群は低い音のする楽器。つまりコントラバス、ティンパニ、コントラファゴットである。この刻み自体が第1交響曲の象徴だ。

第1群と第2群の作り出す空気の中で3群と4群は対照をなす。下降と上行という見かけもさることながら、音の動きが掛け合いになっている。大ざっぱに言えば第3群は弦楽器、第4群は木管楽器だということになるのだが、ここで異質な光を放つのがヴィオラだ。もちろんヴィオラは弦楽器なのだが、第3群に属していない。木管楽器と同じ旋律をトレースしているのだ。つまりヴィオラは第4群に振り当てられているということだ。ここでヴィオラを第3群にしないのはブラームスのひらめきだと思う。あえて「木管vs弦楽器」という対立の構図を避けたと感じている。試しにヴィオラに第3群の役割をさせるか、ヴィオラを弾かせないでこの部分を鳴らしてみるとブラームスの意図が明らかになると思われる。

明確に定義は出来ないが、得られる響きといい、ヴィオラの特異な位置づけといい、まさにブラームス節だと感じる。

 

 

 

 

2026年3月20日 (金)

食い違い

第一交響曲の初演は1876年11月4日(土)カールスルーエで鉄板だ。マッコークルに明記されている。会場はバーデン大公の宮廷劇場で、原文は「Hofteater」となっている。

 

ところが、先ごろ入手したお宝CDのブックレットに収載されている初演ポスターの写真を見ると会場が微妙に違っている。ポスターでは「Grossen Saale des Museum」と読める。「博物館大ホール」くらいのニュアンスだ。

 

マッコークルの記事の精度は定評があるのだが、初演ポスターの実写と食い違うとなると穏やかではない。もしこの食い違い論争が、マッコークルの負けあるいは、引き分けつまり「宮廷劇場」が「博物館大ホール」と同一だった場合、重大な地平が開ける。

 

1887年7月24日森鴎外の「独逸日記」に重要な記述がある。このときカールスルーエで開催された万国赤十字第4回総会に出席した鴎外が、会議のはねた午後7時から演奏会に出かけている。場所は「聚珍会館」とある。原文は「Museumeschaft」なっている。博物館ホールだとするなら、ブラームス第一交響曲初演と同じホールだった可能性が浮上する。

 

ブラ1初演の11年後鴎外が同じホールで音楽を聴いたということだ。

2026年3月19日 (木)

AAsG

第一交響曲のフィナーレの話だ。28小節目というより、「Piu Andante」の2小節前と申し上げるべきである。ホルンがアルプスのメロディで大見得を切る2小節前にあたる。第4楽章の序奏がストリンジェンドやクレッシェンドでめまぐるしく煽り立てられた頂点で、ばっさり切って落とされる小節。我らヴィオラはC線の開放弦とそのオクターブ上のCで重音を引き伸ばす。じっと引き伸ばしながら急速なディミヌエンドをかます。忙しくないから少し周りの音を聴くといい。

 

チェロとバスそれからコントラファゴットだ。ヴィオラと同時に「A音」を伸ばし始めていたのだが、ダイナミクスが十分弱まった中29小節目の3拍目に半音下のAs音に降りる。これがホルンの大見得の2拍前だ。さらにその2拍後つまりPiu andante到達と同時にはまた半音降りてG音に至る。このG音はホルンの大見得を下支えする大地になる。

 

A→As→Gという打ち続く半音下降は極上である。あくまでもホルンの大見得の準備に過ぎないのだが、全オーケストラのオーラを一身に背負うかのような瞬間だ。この手続きあればこそのホルンでさえある。

 

 

2026年3月 7日 (土)

3を2で割る

8分の6という拍子がある。1小節の中に8分音符が6個だが、3個が二組と考えることが必須である。指揮をするときは1小節を2拍と取り扱う。いわゆる「2つ振り」だ。

 

以上のことを前提にブラームスの第一交響曲の第1楽章の主部「Allegro」のことを考える。人にもよるがこの部分2つ振りされる。1つの拍には8分音符を3個を感じねばならない。4分の2拍子にしておいて三連符を延々と羅列しても事情は似てくると思うが、断固区別せねばならない。おかげでこの第1楽章は交響曲伝統の「Allegro」を背負っていながら、スカーッと流れる楽想にはなっていない。「pesante」やシンコペーションの多用もそれに拍車をかける。

 

ところがブラームスは要所において、満を持して拍を2つに割るという挙に出る。340小節目のチェロ・バス・ヴィオラと、492小節のチェロだ。8分音符が3つ並ぶ1拍を2で割るということだ。小学生でも解る通り、「割り切れない」のだ。

 

1回目は294小節から始まった再現部への歩みがまさに頂点に到達する瞬間、他のパートに逆らって低弦が拍を2で割る。再現部はもう4小節後に迫っている。咳き込んで再現部になだれ込むのを今一度押しとどめる効果がある。この次の小節では「ドッペルドミナント」という瞬間まで用意されて再現部の到来に万全を期す方策の一つになっている。

 

2回目は474小節で頂点に達した音楽が冷めてゆく過程の中で起きる。その間ギャロップのリズムを刻んできたチェロが、静かに足を止める手順を形成している。事実上の「オートマチックリタルダンド」だと解し得る。3小節後に迫った「Meno Allegro」を自然に導くための準備である。

 

3を2で割るリズム的な半端感を用いて段落の切れ目を巧みにマーキングしているように感じる。しかも2回ともチェロが主役である。

 

お相撲の話を聞いたことがある。髷をきつく結い、まわしをきつく締める。体の両端2箇所をきつく締めることで体がキリリと引き締まり、信じられない力が出るのだという。

 

3を2で割るクリップが再現部の直前と「Meno Allegro」の直前計2箇所に置かれることで、第一楽章がキリリと締まっているような気がする。いわば髷とまわしだ。 お相撲のルールでは、髷はともかく、まわしがはずれたら負けである。

2026年3月 2日 (月)

お宝ブックレット

CDの作品解説が載っているブックレットには、しばしば貴重な情報が書かれている。昨日の記事「初期型2楽章」で買い求めたCDもお宝ブックレットだった。日本語は無し、独仏英の三ヶ国語なのだが、そこにブラ1初演のポスターの写真が掲載されていた。プログラムが全てわかる。第一交響曲の前に某歌手によって「五月の夜」op43-2が歌われていた。現代ではありえぬ取り合わせだ。

 

もっとサプライズがあった。各楽章が以下の通り表現されている。

 

    1. Sostenuto-Allegro

 

    1. Poco Adagio

 

    1. Allegretto Grazioso

 

  1. Adagio-Allegro con brio

 

唖然とはこのことだ。これを現行の楽章と比較する。

 

    1. Un poco sostenuto-Allegro

 

    1. Andante sostenuto

 

    1. Unpoco allegretto e Grazioso

 

  1. Adagio-Piu andante-Allegro non troppo ma con brio

 

全楽章が現行とは違っていた。何だかとても繊細。ブラームスがこういう言葉尻にこだわっていたことが良くわかる。

 

 

2026年1月18日 (日)

ヨアヒム独奏

音楽之友社刊行の作曲家◎人と芸術シリーズのブラームスに興味深い記述がある。136ページだ。1878年1月18日だから今日からちょうど132年前になる。

ハンブルクフィルハーモニーの演奏会で完成間もない第1交響曲が取り上げられたのだ。この演奏会にはブラームスの故郷への凱旋というイメージがついて回る。恩師のマルクセンやハンブルク女声合唱団のメンバーを始めとするゆかりの人々が客席につめかけた他、オーケストラのメンバーにも旧知の仲間がいた。デトモルトのコンサートマスターのバルゲーアもいたが、彼はコンサートマスターを務めることは出来なかった。なぜなら、ヨーゼフ・ヨアヒムにその席を譲ったのだ。

ということはつまり、第1交響曲の第2楽章に存在するコンサートマスターのソロを、ヨアヒムが弾いたということに他ならない。ヨアヒムに捧げられたヴァイオリン協奏曲はこのときまだ世に出ていない。だから第1交響曲はオーケストラの中でヴァイオリンの独奏を聴くことが出来る唯一の機会だった。

そしてブラームス本人は指揮台からヨアヒムのソロを聴いたのだ。

この時から1年もたたぬ1879年1月1日。ヴァイオリン協奏曲はそのヨアヒムを独奏に迎えて初演された。実質わずか1年で完成されたのだ。第1交響曲のソロパートをヨアヒムが弾くのを聴いて、ヴァイオリン協奏曲の構想が具体化したと考えるのは無謀だろうか。

ブラームス指揮、コンサートマスターヨアヒムの第1交響曲、しかも演奏はハンブルク・フィルハーモニーだ。滅多にないインスピレーションが湧いても不思議ではない。

2025年2月23日 (日)

44年ぶり

一昨日の記事「ブラームス色 」で、ベーレンライター社刊行の弦楽六重奏曲第1番の楽譜を買い求めたと書いた。スコアではなくて6冊セットのパート譜だ。帰宅して第一ヴィオラのパートを取り出してさらってみた。

懐かしい。44年前大学4年の夏に演奏 した。披露したのは第一楽章だけだったが、気に入って全楽章練習だけはしていた。

職場オケの発足で15年ぶりに取り出したヴィオラでは、主にバッハを弾いているのだが、目の前に懐かしいパート譜が置かれれば音を出してみたくなるというものだ。

15年ぶりの復活から腕前の復旧を目指す上で、試金石となる作品だ。たとえば以下。

20250125_163947

第一楽章の177小節目から始まる一連の難所。180小節目あたり、指がもつれる。

20250125_164005

第二楽章の冒頭はとっておき中のとっておきなのだが、今では

20250125_164025

こちらにもしびれる。

で、極めつけは第4楽章の終盤。

20250125_164055

468小節目からの小気味いい分散和音。おそらくC線上の第3ポジションにしがみつくのだろうが、44年前ここがどうにもならなかった。当時は楽器を始めて3年目21歳の若造。今は15年のブランクから復活を目指す65歳。単純比較は無謀ながらなんとかしたいと思い詰める。

2023年11月13日 (月)

叩き台

会社という組織に属していると大小を問わずプロジェクトに参画することも多い。社内外の複数の組織から何人かずつ集まって一つの目標を達成しようという趣旨であることがほとんどだ。

何故かそのプロジェクトの会合の初回は「キックオフ」と呼ばれることが多い。議事は大抵お決まりである。プロジェクトの趣旨、目標達成の時期が決められる。作業に当っての役割分担とともに計画達成に向けたスケジュールも必須事項だ。

きれい事ばかりでもない。集まったメンバーのほとんどは「総論賛成」なのだが、「変に仕事を持ち帰りたくはない」「座長は引き受けたくない」みたいな思惑もある。時間ばかりが過ぎて行き最後は、次回までに事務局が「叩き台」を作るという落としどころが待っている。「半先送り」状態だ。

その「叩き台」をいくつか作ったことがある。次回会合に間に合うよう根を詰めるのだが、当日は大抵集中砲火を浴びる。断言してもいいが、「叩き台」を作る方が数段大変である。出来上がった叩き台を見てあれこれコメントするほうが数段簡単である。知識はなくても通り一遍のコメントは出来るが、叩き台を作るほうは、手間も知識もいるのだ。

ブラームスの第一交響曲が出現する前夜、ドイツ・オーストリアの交響曲業界の状況に似ている。ベートーヴェンの9曲が不可侵の規範となり、それと比較するという手法で次々と新作交響曲が叩かれていった。規範を神格化するあまり作品批評の舌鋒は過激さを増す一方だった。批判に代えて自作を提案する批評家は皆無であった。自らはけして交響曲を作らない者たちが批判を繰り返していたことになる。

ブラームスの第一交響曲はそうした業界の実情の中で世に出たのだ。「また新たな叩き台が出てきたぞ」とばかりに無数の批評が浴びせられたことは想像に難くない。

ブラームスの第一交響曲がそれらの批判に耐えたということ、周知の通りである。

2023年11月 4日 (土)

ケンブリッジ大学

英国ケンブリッジにある総合大学だが、複数のカレッジの集合体に対する総称と見ることも出来る独特な形態で知られる。こうした形態の精神的よりどころは、大学教会の存在だ。大学がオフィシャルに教会を持っているようなものだが、ミッションスクールとも違う。その教会は聖メアリー教会である。大学の授業期間中、学生はこの教会から2マイル以内に居住することが義務付けられているらしい。

1877年にブラームスの第一交響曲の英国初演を画策して実現にこぎつけたのは、ケンブリッジ大学音楽協会である。

その第一交響曲のクライマックス第4楽章の序奏で、「歓喜の歌」の第一主題を導くアルペンホルンのコラールが流れて、ケンブリッジ大学の関係者一同は、度肝を抜かれる。大学教会・聖メアリーの時を告げる鐘と寸分違わぬ同じ旋律だったからだ。同初演の大成功はこの瞬間に約束されたようなものだ。

 

 

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