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カテゴリー「237 ピアノ協奏曲第1番」の12件の記事

2014年4月11日 (金)

初演行脚

ブラームス最初の大規模管弦楽曲は、ピアノ協奏曲第1番だ。1859年に初演された。

  1. 1月22日 ハノーファー
  2. 1月27日 ライプチヒ

両都市の距離は、268kmだ。中4日で演奏会が行われたという事実そのものが鉄道の貢献を雄弁に物語っている。ベルリンーハンブルク間はこれより少し長い285km。通常の馬車便で丸5日かかっている。実質の走行時間は90時間だ。鉄道出現直前の急行馬車でも丸2日かかった。馬車移動を前提とする限り、ハノーファー、ライプチヒの演奏会を中4日でこなすのは無理だ。

1859年の段階でその両都市はマグデブルク、ハレを経由して鉄道での行き来が可能だった。もちろん幹線だ。たとえば演奏会の翌日23日の朝にハノーファーを発てば、同日中にライプチヒ入りできる。万が一演奏会の打ち上げで飲み過ぎて出発が一日遅れても、24日までにライプチヒ入りが可能だ。これで25日と26日をリハーサルにあてることが出来る。

堂々の鉄道ネタ。

2012年12月21日 (金)

いきなり借用

ふくだもな五重奏団がチャレンジするピアノ五重奏曲の第三楽章スケルツォは、調号としてフラットが3つ奉られている。そこでいきなりチェロがC線解放弦の「C音」を放って立ち上がるのだから、そこにハ短調を期待するのが人情というものだ。

ところが3小節目でいきなり問題が提起される。第一ヴァイオリンとヴィオラは「As音」から旋律を立ち上げるからだ。最初の1小節は変イ長調の主和音「As-C-Es」になっている。期待されるのはハ短調「C-Es-G」だから、「G音」が半音違いの「As音」の差し替えられた形だ。本来来るべき和音の代わりに別の和音を持ってくることを借用というのだが、ここではそれが楽章冒頭の旋律提示の段階でいきなり現れる。チェロ解放弦の「C音」は根音ではなくて「第3音」でしたというオチ。

勝手にハ短調「C-Es-G」を期待する聞き手に肩透かしをかましてはぐらかしつつ、リズムもスラーが頻繁に小節線を跨ぐ。さらにダイナミクスは曰くありげなピアニシモ。何かを隠した薄明かりの中を手探り状態で進む。

同じ和声の枠組みがピアノ協奏曲第1番の冒頭にも見られる。調号にフラット1個を奉り、低い音域で「D音」がフォルテシモで放たれるから、誰もが期待するニ短調と思いきや、第一ヴァイオリンとチェロが「変ロ音」でなだれ込む。この手法をそのままに主音をD音からC音に差し替えたのが、ピアノ五重奏だ。ダイナミクスがピアニシモであることが大きな違い。ハ短調の確立に時間をかけるという手口。

2011年1月22日 (土)

不評の原因分析

ピアノ協奏曲第1番の初演が、さんざんの評判だったことは既に述べた。

1859年1月22日ライプチヒだ。不評やむなしの条件が揃っていたとも言える。

ライプチヒは恩師シューマンが「新音楽時報」を創刊した街だ。ブラームスの出現に驚喜したシューマンがセンセーショナルな論文を投稿したが、そのころ既にシューマンは編集主幹の座を離れていた。後任はフランツ・ブレンデルという人物。どちらかと申せばあちら側の論客だ。つまりシューマン創刊の「新音楽時報」は、既に「新ドイツ派の機関誌」という位置付けになっていたのだ。

シューマンがベートーヴェンの後継者と絶賛する若者が、新ドイツ派のホームでいきなりデビュー戦を戦ったようなものだ。お手並み拝見モード満載、こてこてのアウェイだ。

ブラームスは失意の中で友人たちに書き送る。「そもそも有力なピアニストは皆新ドイツ派だから、取り上げてもらえるはずも無い」と歎く。リスト、ビューロー、タウジヒ等、ブラームスの超絶協奏曲を弾きこなせそうなピアニストは新ドイツ派に属していたから、半ば諦め顔のブラームスだ。

そんなことはない。クララを忘れては困る。

2010年12月18日 (土)

初演の不調とは

せっかく「都市対抗初演ダービー」を実施しているというのに、ピアノ協奏曲第1番がその対象から抜けている。

  1. 1859年1月22日 ハノーファー
  2. 1859年1月27日 ライプチヒ

マッコークルの初演の項目には上記2つの記録が残されているだけだ。上記の2番目、ライプチヒでの演奏がさんざんな悪評にさらされたことは既に何度か言及してきた。壮年期以降のブラームス大規模作品のパターンからはずれた1月中旬の初演というだけでもブラームスの苦労が透けて見えるようだ。1859年3月24日にハンブルクでも演奏されたらしいが、マッコークルに記載がない。

最初のシーズンに3回しか演奏されないという時点で既に、世の中から押された烙印が見えるようだ。最初のシーズンに10回20回演奏されるというのは、大変なことなのだ。

2009年1月22日 (木)

クララの確信

1859年1月22日ドイツ・ハノーファーにてピアノ協奏曲第1番が初演された。ということはつまり、150年前である。

評判は芳しくなかった。さらにこの5日後ライプチヒでの演奏では輪をかけた不評、文字通りの逆風となった。管弦楽のためのセレナーデ第1番に続く管弦楽曲であり、交響曲あるいは、2つのピアノのためのソナタとして構想されやがてピアノ協奏曲への姿を替えるという難産の末に生まれた曲だけにブラームスの落胆は大きい。

親しい知人への手紙に落胆ぶりが現れている。もしかしてアガーテとの不和の原因にもなってしまったかもしれない。

クララ・シューマンは曲に対する逆風ぶりを、ブラームス本人の口から聞かされる他にも、直接間接に耳にした。そのたびに「大丈夫です」というシンプルな反応に終始したという。難産の過程を知る者の一人として、クララは作品がやがて認められると確信していたのだと思う。

クララの毅然とした態度がどれほどブラームスを力づけたかは想像に難くない。

結果はクララの思った通りだ。CDショップにおける売り場の広さ、あるいはコンサートホールにおける演奏の頻度、どちらをとっても第2番と遜色はない。

2008年7月 7日 (月)

指揮者マーラー

本日はグスタフ・マーラーの誕生日だ。1860年7月7日の生まれである。現在では押しも押されもせぬ交響曲作曲家として君臨しているが、当初は指揮者として台頭した。晩年のブラームスと気鋭の作曲家マーラーとのやりとりは有名である。

そうしたやりとりは後世の愛好家にとって興味深いので、多く語られているうちに尾ひれが付いてしまう可能性も低くない。一方で指揮者マーラーが取り上げたブラームスの作品は、尾ひれの付きようがない現実である。

ハンブルグ時代<1891年~>ハンブルグは申すまでもなくブラームスの故郷だ。若い頃ハンブルグでのポストを渇望したブラームスだったが、なかなか思うに任せず、一時はわだかまりもあったらしいが、1889年ブラームスはハンブルグの名誉市民に列せられてそれも解消したと見るべきだろう。マーラーが就任したのはハンブルグ市立劇場の音楽監督だ。ブラームス存命中であることが注意を惹く。ハンブルグでマーラーが取り上げたブラームス作品は以下の通りである。

  • 1894/11/19 交響曲第3番
  • 1895/02/18 ピアノ協奏曲第1番 ソリストは誰だろう。

ウイーン時代<1898年~>1897年に没したブラームスと入れ替わるようなタイミングで、マーラーはウイーンフィルの指揮者となる。

  • 1898/12/04 交響曲第2番
  • 1899/12/03 交響曲第3番
  • 1899/12/17 ヴァイオリン協奏曲 ソリストが知りたい。
  • 1900/04/01 ハイドンの主題による変奏曲

ニューヨーク時代<1904年~>ニューヨークフィルの指揮者に就任する。

  • 1909/11/25  交響曲第3番
  • 1909/11/26 交響曲第3番
  • 1910/01/26 交響曲第3番
  • 1910/01/28 交響曲第3番
  • 1910/03/10 ヴァイオリン協奏曲 ソリストは誰だ。
  • 1910/03/11 ヴァイオリン協奏曲
  • 1910/03/27  フィンガルの歌op17-4
  • 1910/11/15 交響曲第1番
  • 1910/11/18 交響曲第1番
  • 1910/11/20 交響曲第1番

以上だ。彼は1911年5月18日に没するから、人生最後の秋にブラームスの第一交響曲を初めて取り上げたことになる。本日はマーラーが演奏で取り上げたブラームス作品だけを列挙したから、全体に占めるブラームスの割合は伝わらない。彼のレパートリー全体から見るとブラームスはけして中心とはいえない。

それにしても作品17-4とは渋過ぎる。

2008年1月22日 (火)

独奏する弦楽器

管弦楽曲において、弦楽器はいつも合奏させられている。同じ楽譜を複数の奏者が弾くという意味だ。もちろんヴァイオリン協奏曲やチェロ協奏曲の独奏者は独りで弾くが、そうしたケースを除けば基本的に弦楽器は合奏である。独奏した場合と合奏とでは、明らかに音色が違う。やがて作曲家たちはその音色の違いに着目し、管弦楽作品中に弦楽器の独奏を意図的に配置するようになる。時代が下ってオーケストラの編成が大きくなればなる程、音色の落差が大きくなって行くから、変化をつけたい作曲家に重宝されるようになった。

ベートーヴェンの交響曲には見あたらなかったと思うが、「ミサソレムニス」にヴァイオリン独奏がある。シューマンの第4交響曲にもドヴォルザークの8番にもヴァイオリン独奏がある。新世界交響曲には弦楽器のトップ奏者たちによる繊細なアンサンブルも用意されている。マーラーの五番にはヴィオラ独奏とヴァイオリン独奏が出てくる。忘れてはならないシエラザードの超絶な独奏ヴァイオリンも有名だ。ラロ「スペイン交響曲」やベルリオーズ「イタリアのハロルド」などはもはや協奏曲の域だ。

もちろんブラームスにもある。

  1. ドイツレクイエム第5楽章49小節目 チェロ独奏
  2. 交響曲第1番第2楽章90小節目ヴァイオリン独奏
  3. ピアノ協奏曲第2番第3楽章冒頭チェロ独奏
  4. ピアノ協奏曲第1番第2楽章99小節目ヴィオラ独奏

これらの曲では演奏終了後、ヴァイオリン奏者やチェロ奏者が特別な拍手を受ける場合もある。ラヴェルのボレロの演奏後スネアドラムの奏者がそうされるようにである。CDによっては名前が別記されているケースもあるから相当な出番だと認識されていると判る。

管弦楽に出現する独奏弦楽器の出番を見渡したとき、そのカッコよさにおいて上記2番3番は図抜けているように思う。プレイヤーのテクニックの披露という側面よりも、その場所が独奏でなければならぬ必然の方が勝っているという意味で絶妙のソロだと思う。そしてそれでもやっぱりカッコいいというのが最大の魅力である。このあたりのバランス、勘違いが起きがちであるが、ブラームスは踏み外していない。

2007年12月 3日 (月)

ゴールデンコンビ

クララ・シューマンとヨハネス・ブラームスはしばしばピアノでアンサンブルを楽しんだ。公の演奏会ばかりではなく、夏の避暑地の別荘で仲間が集まってはサロンで室内楽を楽しんだ。ハンガリア舞曲、シューマンの主題による変奏曲、ワルツなどの連弾からop56やop34のような2台のピアノ作品に及ぶ。2人ともピアノの名手だったからそりゃあ凄い演奏になったのだと思う。2人の演奏と言えばピアノ共演を想像するのが自然だ。

もう一つだけわずかな可能性が残されている。

ブラームス指揮のクララ独奏によるピアノ協奏曲だ。この組み合わせによるブラームスのピアノ協奏曲の演奏の記録を調べてみた。たった1度だけ1861年12月3日に実現している。演奏されたのは第1番ニ短調だ。ブラームス28歳、クララ42歳だ。2番はとなると状況は厳しい。ピアノ協奏曲第2番の発表は1881年である。ブラームス48歳、クララ62歳だ。48歳のブラームスによる指揮は想像できるが、クララの独奏があり得るのか疑問である。現に演奏の記録が見当らない。この2人の演奏は、当時としてもある種の事件だろうから、実現していれば記録されるに決まっている。記録が無いのは実現していないせいだろう。

虎の子の1番の演奏が聴いてみたかった。

2007年9月15日 (土)

ちゃぶ台

昔、国民的な人気を誇った野球アニメがあった。いわゆる「スポーツ根性路線」の保守本流という位置づけだった。主人公の父親は、貧乏を顧みずに頻繁にちゃぶ台をひっくり返した記憶がある。その手のキャラの父親もちゃぶ台も現代日本ではほぼ絶滅したのではないかと思う。

ピアノ協奏曲第1番の第1楽章311小節目を聴くと「ちゃぶ台ひっくり返し」を思い出す。307小節目で第1ヴァイオリンがハイノートのAで運命動機ををかき鳴らす。あたり一面の属和音の中、やがて独奏ピアノが後打ちに回り、「ソ-ファ-ミ」と下降する。でもってゴールは310小節目だ。下降音型「ソ-ファ-ミ」の到達点としては当然過ぎる「レ」である。きっとコードネームでいうと「A7→Dm」なのだと思うが、不思議なことがある。到達点の310小節目には「D」以外の音が無いのだ。「Dm」つまりニ短調なら当然「D」との共存が期待される「F」も「A」も存在しないのだ。スコアの上から下まで全て「D」である。この協奏曲は「ニ短調」という先入観のせいで「A7→Dm」だと勝手に思いこんでしまうという訳だ。

私が「ちゃぶ台ひっくり返し」だと感じる原因は次の311小節目にある。前の310小節目、圧倒的な説得力で「D」にたどり着き、そのまま低音に「D」が保留される中、独奏ピアノはあっと驚くホ長調の和音をぶつけるのだ。「E-Gis-H」である。ひっくり返しと感じる原因はこの唐突で強烈な「ホ長調」だ。ひょっとして「ダブルドミナント」かとも思うし、無理矢理コードネームにすると「E7/D」なのだろうと思うのだが、そんな屁理屈は、ちゃぶ台と一緒にどっかに吹き飛ばされてしまう。

310小節の「D」が他に何も伴わなかった意味がこの瞬間に明らかになる。主音だったはずの「D」は瞬間的に「第7音」に早変わりなのだ。「D」を軸足にしてクルリと裏側に抜ける感じである。裏側に抜けるのに「F」や「A」が下手に鳴っていると足手まといなのだ。現実に鳴っていなくても聴き手は勝手に「Dm」と思いこむから大丈夫という星一徹・・・・じゃなかったブラームスの計算が透けて見える。

ピアノ協奏曲第1番の中で一番好きな場所だ。

2006年8月10日 (木)

「marcato」と「dolce」の接点

「marcato」と「dolce」はそれぞれ「はっきりと」「やさしく」と解されている用語で、ブラームスの作品には頻繁に出現するメジャーな用語である。「marcato」を含む語句は約450箇所で使用される一方、「dolce」は約1540箇所で用いられている。

「ブラームスの辞書」では「marcato」を「dolce」の対応概念である可能性を示す記述をしている。上記で述べたとおり、どちらも使用頻度としては一大勢力となっていながら、この2つの単語は、同一語句中でほとんど用いられていない。

「ほとんど」といったのには訳がある。ブラームスは生涯において、4回だけ「marcato」と「dolce」を共存させている。ピアノ協奏曲第一番第一楽章の199、210、423、434の各小節に「p marcato ma dolce」として出現する。4回目にだけ「marcato」の後にカンマが挟まっているが、驚いたことに全部ホルンのソロによる同じ旋律であるので実質は一種類の旋律に張り付いていることになる。この種の小さな整合性がブラームスの真骨頂とさえ言えるだろう。ここにさり気なく配置された「ma」には、深い味わいがある。「marcato」と「dolce」のコンビを内心では並存不適とブラームスが感じていた痕跡だと思われる。

このホルンの旋律は、素晴らしい。ソロを食うような出番である。この場所のホルンにだけ「marcatoとdolceの共存」という禁じ手の使用を解禁したブラームスの感覚までもが鑑賞の対象と思われる。

ホルン吹きよ心せよ。

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