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カテゴリー「256 弦楽四重奏曲第3番」の14件の記事

2016年2月 8日 (月)

室内楽の中の変奏曲

変奏の大家ブラームスだから、室内楽作品の中にもその痕跡が色濃く宿る。作品中で変奏の技法を駆使するケースは、もはやカウント不能だ。室内楽の単一楽章が変奏曲になっているケースを以下に列挙する。

  1. 弦楽六重奏曲第1番op18第二楽章ニ短調
  2. 弦楽六重奏曲第2番op36第三楽章ホ短調
  3. 弦楽四重奏曲第3番op67第四楽章変ロ長調
  4. ピアノ三重奏曲第2番op87第二楽章イ短調
  5. 弦楽五重奏曲第2番op111第二楽章ニ短調
  6. クラリネット五重奏曲op115第四楽章ロ短調
  7. クラリネットソナタ第2番op120-2第三楽章変ホ長調

見ての通り全部で7曲だ。第一楽章には存在しない。第二楽章に3回、第三楽章に2回、第四楽章に2回となる。ただし、クラリネットソナタ第2番は第三楽章でありながらフィナーレである。だからフィナーレは3回。

二重奏から六重奏まで、もれなく分布する。

第4楽章に変奏曲をおくケース2件、どちらもその最終変奏で第一楽章冒頭主題が回帰するという共通点がある。クラリネット五重奏のフィナーレに変奏曲を置くのは、モーツアルトのクラリネット五重奏曲を踏まえているかもと妄想が膨らむ。

第二第三楽章に来る5例は緩徐楽章だ。このうちクラリネットソナタは、緩徐楽章として立ち上がりながらも、変奏の終末でアレグロに転じ、これが終楽章を兼ねているという、凝りまくった構造になっている。

ブラームスが弦楽五重奏で作曲の筆を折ろうとしていた話は、まことしやかに取りざたされる。もし、クラリネット奏者ミュールフェルトとの出会いがなかったら云々である。もしそうなっていたら、弦楽五重奏2番の変奏曲は、最初の変奏曲との共通点をもっと注目されていただろう。両者は表裏の存在だ。

史上最高の室内楽作曲家にして、史上最高の変奏の大家。その有力な証拠がこの7曲だ。

2015年8月30日 (日)

前半戦MVP

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻118ページ。ジョージ・ヘンシェルの証言がひときわ興味深い。

ヘンシェルは、ブラームスが過去の作曲家に比べて自分を卑下する様子を詳しく証言している。一旦それが始まるとただ黙って聞いているしかないという。ある日のそうしたやりとりの後、ブラームス自ら「変ロ長調弦楽四重奏曲のアジタートが、これまでで一番なまめかしく、情感にあふれているだろう」と語った。

何とまあ人騒がせな断言だ。ヘンシェルもヘンシェルで、こんな大事な話を聞いたのなら、もっと具体的に突っ込んでくれないと困る。

話の主役は弦楽四重奏曲第3番第3楽章であることは明らかだ。これが「これまでで一番なまめかしく、情感にあふれている」と言っているのだが、「これまでで」というのが曖昧過ぎて処理に困る。

  1. これまで書いた全作品
  2. これまで書いた全室内楽
  3. これまで書いた全弦楽四重奏曲

まあ、普通に考えれば上記1だ。取り立てて第3楽章を指しているから、楽章単位で見て「これまでで一番」と言っているのだろう。

そりゃあまあ、私はヴィオラ弾きだから、簡単に同意したくもなる。ヴィオラ以外の楽器に弱音器を装着させて、ヴィオラだけが快刀乱麻で音楽を引っ張る。中間部の旋律も本当に渋い。C線の使いっぷりが心憎いばかりである。

弦楽四重奏曲第3番は、12番目の室内楽である。全24曲のちょうど真ん中。ブラームスのこの断言が本当なら前半戦のMVPである。

2015年8月29日 (土)

天孫降臨

日本神話屈指のイベントだ。神が地上に降り立つ感じが否応無く有り難味を高める。

弦楽四重奏第3番の第2楽章アンダンテの冒頭を聴くと「天孫降臨」という言葉を思い出す。冒頭2小節の間で「混沌」が手際よく暗示される。その混沌の中から第一ヴァイオリンが神々しく立ち上がる。ブラームス作品で唯一の「cantabile」をあてがわれているというだけでこの旋律の有り難味がわかる。第二ヴァイオリンとヴィオラが奏するシンコペーションは空気である。そしてチェロは2分音符の「F音」でどっしりとした大地を表現する。

これだけでも十分美しい。ブラームス屈指の名旋律だ。

私が「天孫降臨」と感じるのは実はこの少し先だ。11小節目からしばらく、別のエピソードが小声で挿入された後、19小節目に至って冒頭の旋律が第一ヴァイオリンにキッチリ回帰する。第二ヴァイオリンとヴィオラのシンコペーションも同様だ。

注目すべきはチェロ。A音に始まる音階を4分音符で下降してくる。冒頭3小節目の時には現われなかったこの下降音形は感動的だ。澄み切った青空から、何かありがたいものがしずしずと降りてくる感じだ。第一ヴァイオリンの旋律自体大変美しいのだが、ブラームスが本当に言いたかったのはむしろこのチェロの下降音形だったのではないかと思わせる凄みがある。

美しいからといってこの下降音形を3小節目から提示してしまうのでは芸が無い。主題確保の19小節に満を持して提示するところが、心憎いばかりである。

2015年8月28日 (金)

光合成

緑色植物が、光の助けを借りて水と二酸化炭素から有機物を作り出す作用のことと習った覚えがある。光と言っても実はさまざまなスペクトルの集まりだから、植物が光合成をするのはどのスペクトルなのかは、長らく解明されていなかった。

1882年にこれを解明したのがテオドール・ウィルヘルム・エンゲルマンという生化学者だ。彼は緑藻と好気性菌を混合したものに赤と緑の光を照射した。赤を照射した場合だけ好気性菌が緑藻の周りに集まった。つまり赤色光が光合成を誘発しているということだ。理科の時間ではエンゲルマンの実験と呼ばれている。

エンゲルマン教授は、音楽にも興味を持っていた。ベートーヴェンの古いスケッチ帳を所有していて、ブラームスとも親交があった。おそらくオランダ・ユトレヒトの演奏会で知り合ったものと思う。

ブラームスは1876年に弦楽四重奏曲第3番をエンゲルマン教授に献呈している。実験の6年前だ。弦楽四重奏の1番と2番は外科医テオドール・ビルロートに献呈されているから、どうも弦楽四重奏は医学生理学者向けになっている感じである。

2015年8月27日 (木)

弱音器

一部の楽器に装着されるツール。装着を始める場所に「con sord.」と記され、使用解除の場所に「senza sord.」が置かれる。字義通り「音を弱める」という機能もあるにはあるのだが、音色の変更の側面の方がより強いとも感じている。

弦楽器の場合には駒に装着される。弦の振動をボディーに伝える通路に当たる駒に取り付けることによって、結果としてボディーへ伝達される振動を抑制することで音が弱くなる。しかしながら、音を弱くするだけならダイナミクス記号を調節すれば事足りると思われる。むしろ装着することによる音質の変化が狙いである場合がほとんどだと言えよう。あるいは、特定のパートを際立たせるためにその他の楽器に装着させるというような用法が一般的だ。

もちろんブラームスにもいくつかの実例がある。

  1. 交響曲第1番第4楽章31小節目のヴァイオリン。この一つ前の小節は「Piu andante」である。つまり第4楽章始まって以来の喧騒に終止符を打つべきホルンがアルプスの旋律をもって立ち上がったところである。「空気になれ」という意味の弱音器の装着である。ヴァイオリンとヴィオラに同様の役割を命じておきながら弱音器はヴァイオリンだけになっている。60小節目の3拍目まで、ずっと装着しているが、62小節目のアウフタクトからの名高い「歓喜の歌」の時には弱音器がはずされる。4拍の間に手際よくはずさねばならない。バタつかずにスマートにはずすのはなかなか難しい。ヴィオラの席から見ていると、ヴァイオリンの奏者たちが次々と手際よく弱音器をはずす光景は、なんだか春の訪れっぽい気がして美しい。
  2. ピアノ四重奏曲第1番第2楽章冒頭のヴァイオリン。チェロはもちろん6度下でパラレルに動くヴィオラにはお構いなしである。ヴァイオリンだけが弱音器装着の対象になっている。
  3. ハイドンの主題による変奏曲322小節目。第8変奏だ。コントラバスを除く全部の弦楽器に装着が求められている。フィナーレに突入する際に、取り外す必要がある。手際よくはずすのが難しい。バタバタとはずすのは興ざめである。
  4. ピアノ三重奏曲第3番第2楽章のヴァイオリンとチェロ。素朴な疑問がある。続く第3楽章にはヘンレのスコアにもマッコークルにも「senza sord.」と書かれていないが、みんなはずして演奏しているように思う。「con sord.」の効力は同一楽章内に限るということなのだろうか。
  5. 交響曲第3番第4楽章 再現部の入りが弱音器をあてがわれたヴィオラに振り分けられている。見せ場である。

最後にヴィオラ弾きとしては絶対に忘れられない箇所を一つ。弦楽四重奏曲第3番第3楽章だ。四重奏曲の4つの楽器のうちヴィオラを除く3つの楽器に弱音器装着が求められている。ヴィオラはお構いなしだ。協奏曲の独奏楽器クラスの持ち上げられ方である。ここでも続く第4楽章冒頭には「senza sord.」の書き込みが抜けている。

2015年8月26日 (水)

1:3:5

おかしなタイトルだがご辛抱いただく。

1873年だからドイツ帝国成立の2年後、通貨としてのマルクが導入された。ブラームス作品はこれ以降、事実上の独占出版権を持ったジムロック社からマルク建てで支払いを受けることになった。ブラームスから作品の原稿を買い上げる際に、ジムロックが支払った代金には、以下の通り取り決めがあった。

  1. 室内楽  3000マルク(およそ150万円)/曲
  2. 協奏曲  9000マルク(およそ450万円)/曲
  3. 交響曲 15000マルク(およそ750万円)/曲

交響曲は室内楽の5倍で、協奏曲は3倍だ。1891年に改訂されたピアノ三重奏には、ちょうど半額の1500マルクが支払われている。妙に整然とした体系で感心するばかりである。

ジムロックから支払われる原稿料は、楽譜に記される音符の数で決まっていたと思われる。編成が大きいほど、そして小節数が多いほど、高い金額が設定されていたとわかる。愛好家の間に巻き起こる感動の大きさとは必ずしもリンクしない。作り手のブラームスからしたら、脳内に出来た音楽を総譜に写す手間だけの差に違いないから、こうしたクールな設定で折り合っていたものと思われる。

その証拠に室内楽の買い取り価格3000マルクは、弦楽四重奏曲第3番op67から、最後の室内楽、クラリネットソナタ第2番まで、揺らぐことなく維持された。

問題は協奏曲だ。特にピアノ協奏曲第2番は、交響曲と同じ4楽章構成だったから小節数も多い上に、独奏楽器がピアノだから、音符の数が交響曲よりも膨らむ。少なくとも規模が小さいことで有名な第3交響曲よりは、手間がかかったのは確実だ。

おそらく、価格の見直しがあったのだろう。マッコークルの作品目録では、最後の交響曲と最後の協奏曲となった第4交響曲と、二重協奏曲において、原稿料不明としている。第四交響曲を20000マルクとし、二重協奏曲は15000マルクになったとにらんでいる。

2015年8月25日 (火)

Allegro不在のソナタ

ブラームスの作品において、ソナタ形式と「Allegro」の間に偶然では収まらぬ相関関係を想定していることは、既に何度も述べてきた。ソナタの中に必ず「Allegro」を置くことに関しては、ベートーヴェンよりも数段頑なである。ベートーヴェンにはしばしば「Allegro楽章不在のソナタ」が出現する。有名なところでは「月光ソナタ」「クロイツェルソナタ」が「Allegro不在」である。本能が命じる場合には容赦なく「Allegro不在」に踏み切っている感じである。

ブラームスは、第一楽章に「Allegro」を据えない場合でもフィーナーレでその償いをしているケースがほとんどである。

全35曲のソナタのうちたった1曲、全楽章を通じて「Allegro」が現われない曲がある。弦楽四重奏曲第3番変ロ長調op67だ。

  1. Vivace
  2. Andante
  3. Agitato(Allegretto non Troppo)
  4. POco Allegretto con Variazioni

見ての通りである。全曲を通じて速いのか遅いのか一見しただけでは判りにくい表現ばかりである。特にヴィオラ弾きの聖域として名高い第3楽章は厄介だ。カッコ入りの捕捉つきとはいえ「Agitato」がプレーンで用いられるのは異例である。さらにカッコの中「Allegretto non Troppo」は難解を極める。「non troppo」で何を抑制するのだろう。縮小語尾「~etto」によって減じられるテンポの幅を抑制している可能性さえある。

大胆な想像をする。この第3楽章のテンポは本来「Allegro」なのではあるまいか?何らかの理由でこの作品中の楽章に「Allegro」と表示したくなかったのではないだろうか。「Allegrettoだけれど遅くしすぎるな」「訳あってAllegroとは書かぬけれども」というメッセージを感じてしまう。

2015年8月24日 (月)

ラスカー

ドイツの政治家。ビスマルクに対する反対勢力・国民自由党左派の領袖だ。ドイツ帝国成立後ビスマルクの政策にことごとく反対した政敵でもある。国民自由党の党首ではない。

さて、音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻173ページに大変興味深い記述がある。チャールズ・スタンフォードの証言だ。彼は1876年当時、完成したばかりのブラームス第一交響曲を英国で、作曲者本人に指揮させようと画策していた。ケンブリッジ大学からの学位授与とも関連するタイミング。彼の証言は貴重だ。ブラームスはヨアヒムやクララの説得の甲斐あって、渡英する気になっていたのだ。1877年のタイムズ紙の勇み足までは、その気でいたらしい。

第一交響曲の英国初演を1877年春と定めその準備が進められていた。その最終打ち合わせがベルリンで行われたと証言する。弦楽四重奏曲第3番の演奏の後ベルリンジンクアカデミーで打ち合わせたと明記されている。おお。何を隠そうこれは同四重奏曲の初演だ。この打ち合わせの席で、スタンフォードの隣に座った話好きの愉快な男がラスカーだったと断言されている。

ブラ1の英国初演の最終打ち合わせに帝国議会有力会派の領袖が同席していたということだ。その席にブラームスがいたかどうか明記されていないが、いたと考える方が自然だ。カールスルーエでの第一交響曲の初演のわずか5日前のことなので不安だが、第一交響曲の作曲者にして英国初演の指揮者であるブラームス無しに最終打ち合わせとは考えにくい。

ビスマルクに心酔していたブラームスが、ビスマルクの政敵と同席していたかもしれない話。

おっと、今日から12番目の室内楽、弦楽四重奏曲第3番だ。

2015年8月11日 (火)

クヮルテットの楽しみ

私が古くから愛読する書物のタイトル。エルネスト・ハイメランとブルーノ・アウリヒさんの共著。オリジナルは「Das Stillvergnungte Streichquartett」という。ドイツ語の本だ。私が持っているのは16版の第一刷で1975年に刊行されている。版を改めながら装丁を変えて出続けていると聞いた。

アマチュア演奏家の立場から古今の弦楽四重奏を弾きこなすためのバイブル・指南書という体裁に徹している。アマチュアが弦楽四重奏を演奏するささやかなコンサートを開く前提で、それをアシストするという姿勢がほほえましい。肝心な選曲のもとになる弦楽四重奏リストでは、各々の作品がスパイスの効いたコメントとともに紹介されている。「作曲家名」「調」「難易度」「出版社」が基本情報で、一貫性があって楽しい。弦楽四重奏を中心に別の編成にも言及しているものの、二重奏が収録対象になっていないのが至極残念だ。

この書物の中で、ブラームスは褒められている。「とにかくブラームスはよい弦楽のための作品がたくさんある」などなど。何だか鼻が高い。「アマチュアの指ではなかなかこなしきれるものではない」と釘を刺す一方で「ある程度以上のプレーヤーなら大変よく響くようにできている」と上々の評価。

1番ハ短調は、「経験豊かなアマチュアなら十分響かせられる」とおっしゃっている。各楽章へのコメントでは、第3楽章が「大変独創的」となっているのが印象的。

2番イ短調は、「1番より比較にならぬほど難しい」とされる一方「しかし大変美しい」と賛美する。フィナーレを称して「野蛮なシンコペーションに気をつけよ」とはどこまでも優しい。

3番変ロ長調について、「愉快に開放されている」という。第三楽章のヴィオラの活躍が特筆されていて嬉しい。

2009年2月 2日 (月)

尾を咬む

最後に至って最初に戻る。

音楽作品にもその手は多い。ブルックナーではそれをしないと交響曲が終われないかのようにも見える。ブラームスにも終楽章の結尾で第1楽章の主題が回帰するケースが以下の通り存在する。

  1. 弦楽四重奏曲第3番
  2. 交響曲第3番
  3. クラリネット五重奏曲

さらにもっと後退してブラームス自身の創作活動全体を俯瞰する。ピアノソナタ第1番の緩徐楽章のテーマが、創作人生の末期に回想されることについては昨日の記事で述べた通りである。「49のドイツ民謡集」WoO33の終曲49番だ。

ブラームス自身この事実に言及して「尾を咬む」という比喩を用いている。あるいは、同じくピアノソナタ第1番の第2楽章54小節目とクラリネットソナタ第1番の冒頭にからんで「尾を咬む」の比喩が取り沙汰されることもあるようだ。

クラリネットソナタ第1番は120という作品番号を背負う。「49のドイツ民謡集」WoO33と同様に最晩年の作品である。これら最晩年の作品が、作品番号1のピアノソナタと主題的に関連があるというのは大変興味深い。いくらブラームスでも、作品1のピアノソナタの作曲時点で、創作人生の最末期におけるこのオチを想定してはおるまい。創作人生の終焉を自覚した中で湧いた構想だと思われる。作品1の選定に当たっては、あれこれと考えたハズだから、ちょっとした弾みで別の作品が作品1になっていた可能性もある。

作品1が仮にどんな作品になっていたとしても、そこに出現する主題を用いた作品を書くことなど朝飯前だろう。そのことを芸術上のパートナーであるクララに仄めかすために用いたのが「尾を咬む」という言い回しだった。

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