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カテゴリー「260 ピアノ三重奏曲第1番」の21件の記事

2015年12月20日 (日)

厄介なmp

「mp」は、第一交響曲以降、出現の頻度を増すことが、指摘されている。「ブラームスの辞書」執筆に先立つ、データ収集の段階ですぐ、そうした傾向を実感した。ところが、第一交響曲以前に「mp」が全く出現しないかというとそうとは言えない。ピアノソナタやヘンデルヴァリエーション、ホルン三重奏曲にも、わずかながら存在する。

そうした例外の一つがピアノ三重奏曲第1番op8だった。下記2箇所に「mp」が出現する。

  • 第1楽章75小節目 ピアノ
  • 第4楽章64小節目 ピアノ 

いかがなものかと思いながら、1854年の初版を確認して驚いた。上記2箇所の「mp」が存在していない。曲想が同じままダイナミクスだけが削除されたのではなく、そこいらあたりに横たわる第2主題が根こそぎ別の曲想に差し替えられていた。ダイナミクス記号「mp」は新たにさしはさまれた曲中に存在した。

とりわけ上記のうちの第4楽章のケースは印象的だ。ピアノ右手がオクターブで雄渾な旋律を繰り出す。伴奏はチェロとピアノの左手なのだが、後打ちに徹する。仲良く後打ちのはずの両者なのだが、ダイナミクスは対照的だ。チェロが「f」「pesante」で決然とした風情なのだが、ピアノの左手が本日話題の「mp」になっている。右手は快刀乱麻の主役なのに、左手は16小節後に「mf」に達するまでじっと「mp」を維持せよと読める。

こうした微妙なニュアンス付けが、丸ごと差し挟まれたのが1891年の改訂ということだ。

2015年12月19日 (土)

個体識別の取り決め

古今の作曲家たちが残した膨大な数の作品は、クラシック音楽界独特のしきたりによって個体識別が施されている。これを仮に下記のように分類してみた。

  1. 概ね出版順に付与された通し番号。
  2. 作曲家本人の死後、有力な研究者によって整理分類の上付与された番号。
  3. 同一ジャンルの作品について概ね出版順に付与された通し番号。
  4. 作品の冒頭に採用された調の名前。
  5. 作品の冒頭で採用された発想用語。
  6. 作曲者自らが作品に与えた名前。
  7. 作曲者以外の第三者が作品に与えた名前。

上記のうち1番と2番は相当程度のまとまった作品が残されていてかつ現在も流布している場合に限られる。ブラームスには1番の体系が存在する。いわゆる作品番号だ。作品番号の無い作品については2番の体系も用いられている。

3番は、おなじみ「交響曲第1番」という場合の「第1番」である。同一ジャンルで複数の作品が残っている場合にはこの体系が便利だ。1番の体系との併用でほぼ完璧な個体識別が可能だ。

4番以下は、補足の機能と位置づけられる。4番には鳴っている調と記譜上の調のズレなど一定の理不尽が発生しうる。楽曲冒頭の調だけを特段に取り上げることで誤解が生じる可能性がある。とはいえブラームスにおいては破綻無く機能する。

5番はブラームスにあっては重要。発想記号が名詞機能を獲得しているケースが珍しくない他、繊細な用語使用により事実上標題として機能している。

6番と7番はいわゆる「標題」だ。特に6番をブラームスは意図的に避けていた可能性もある。

これらを駆使して個体識別が行われている。長い間練り上げられてきているだけに慣れてしまえば混乱はない。悩ましいケースがあるとすれば、改訂版の扱いだろう。1854年に発表されたピアノ三重奏曲第1番ロ長調op8は、第2番op87、第3番op101が出版された後の1890年になってブラームス本人の手によって改訂されている。現在流布するのはもっぱら改訂版だけれどもこの改訂版を4番とは言わない。改訂版であることさえ表示されずに第1番と呼ばれている。上記の体系から見て注意すべき事例はブラームスにおいてはこれだけだ。

困った事例がシュ-マンにある。ニ短調の交響曲は現在4番となっているが、作曲の順ならば1番となるところなのだ。現在流布するのは改訂版とはいえ、これを4番と呼ぶならばブラームスのロ長調ピアノ三重奏曲だって4番とならねば辻褄が合わない。シューマン全集の出版に関与したブラームスとクララに行き違いがあったことは明らかだが、ニ短調交響曲を巡るこのあたりの事情が原因かもしれない。

一定の番号がある程度定着した後になって、その作曲家による明らかな真作が発見されるというのも厄介である。新世界交響曲を「第5番」と記憶している人がいるのもそのせいだ。

ブラームスが破棄したつもりの作品がこの先ひょこっと発見されるのは、愛好家として楽しみな反面、ナンバリングが大変である。ハ短調交響曲を今更2番だなんて思えそうもない。作曲年を無視して後ろにつなげて貰いたい。

2015年12月18日 (金)

「a tempo」と「in tempo」の錯綜

ブラームスの脳味噌の中の「a tempo」と「in tempo」の使用基準は、ブログでも本でも「ブラームスの辞書」の大切なテーマになっている。

ピアノ三重奏曲第1番第4楽章の36小節目の「rit」は2小節後に「in tempo」によってリセットされるが、そのわずか6小節後に現れる「rit」は、同じく2小節後に今度は「a tempo」によってリセットされる。

このようにブラームス本人によってデザインされた錯綜ならば仕方がない。

「シューマンの主題による変奏曲」op9の102小節目と167小節目は、国内某大手出版社から刊行された楽譜には「in tempo」と明記されているのに、ヘンレ版には跡形もない。さらにその先229小節と306小節は、先の某国内版では「a tempo」なのに、ヘンレでは「in tempo」と書いてある。

難解という他はない。きっと一生楽しめる。

2015年12月17日 (木)

第2主題の狙い撃ち

ピアノ三重奏曲第1番ロ長調op8は、1854年の初版に続いて1891年には改訂版が出ている。ブラームス本人による改訂だ。この改訂ではスケルツォ第2楽章はほぼ無傷で保存されたが、その他はかなり大きく手が加えられた。初版におけるおのおのの楽章の第2主題は下記の通りだ。

  • 初版第1楽章82小節目
  • 初版第3楽章33小節目
  • 初版第4楽章104小節目

不思議なことにこれら全ては改訂版で別の旋律に差し替えられている。第1主題は全て保存されているから、第2主題の全滅はひときわ目立つ。第一主題は大抵楽章冒頭の旋律になっているから、こちらを差し替えるとなると、全く別の作品になりかねない。第1主題を軒並み温存することで、作品の枠組みだけは残しながら一方で第2主題を全て差し替えるというのは、かなり大胆だ。完全に新しい作品を作る方が楽かもしれない。出来上がった改訂版が、継ぎ目だらけの欠陥品になっていない奇跡を思い遣るべきだろう。

こう考えると第2楽章スケルツォがほぼ無傷で残ったのというのは大変なことだ。

さて、18番目の室内楽ピアノ三重奏曲第3番op101への言及を終えた直後に、ピアノ三重奏曲第1番op8の記事が出現するとは、何事ぞと思われるかもしれないので補足する。

ピアノ三重奏曲第1番はブラームス最初の室内楽なのだが、本人の手によって改訂されている。そのタイミングがピアノ三重奏曲第3番の後、ヴァイオリンソナタ第3番の前になっている。だから改訂版についてのネタは、このタイミングでと狙っていた。ささやかなこだわりだ。

2015年12月13日 (日)

フーバイとポッパー

ブラームスの伝記にしばしば、巨匠として登場する2人だ。フーバイはヴァイオリン、ポッパーはチェロ、どちらも19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した。ヨアヒムとハウスマンの次世代を背負った演奏家だ。

まずはフーバイ。1858年生まれのハンガリーのヴァイオリニスト。ドイツ系ユダヤ人のイェネ・フーバイは、ドイツ風に申せば、オイゲン・フーバーだ。父も高名なヴァイオリニストだったが13歳から5年間、ベルリンでヨアヒムの指導を受けた。20歳でパリデビューののち28歳で父のあとを継ぐ形でブダペスト音楽院の教授に就任する。

続いてポッパー。ダヴィッド・ポッパーは、1843年生まれ。ユダヤ系チェコ人。プラハの音楽家の生まれだとか。1867年ウィーンデビューを果たし、宮廷管弦楽団の主席チェロ奏者に就任。1876年ハンガリー王立アカデミーの初代チェロ科教授に就任。1896年にはブダペスト音楽院の教授になる。19世紀最高のチェロ奏者に推す向きも少なくない。人呼んで「チェロのサラサーテ」だ。

1886年12月20日ブラームスはピアノ三重奏曲第3番をこの2人とともに初演した。当時ハプスブルク帝国内最高のヴァイオリニストとチェリストを初演のメンバーに選べるブラームスの威勢であった。フーバイがヨアヒムの弟子であることは重要だ。結局2人はブラームスのお眼鏡にかなう。

2年後、1888年12月21日にはフーバイのヴァイオリンで、ヴァイオリンソナタ第3番が初演される。またもブダペストだ。さらに1890年1月10日にはまたもブダペストにおいて、ピアノ三重奏曲第1番の改訂版が初演される。メンバーはこの2人とブラームス本人。作品の初演に万全を期すブラームスは、本拠地ウィーンを離れて初演することを決断する。ブダペストを選ぶ理由は、この2人の存在だと思われる。

2015年8月19日 (水)

郊迎

賓客をもてなすために天子自ら迎えに出ること。言葉の出所は中国だ。天子がわざわざ出迎えるために宮殿を出るのだから、そんじょそこらの客ではない。郊迎と称してやばい客を首都に入れないという側面がありはしなかったか疑っている。ちなみに郊迎する場所を郊外といった。さしずめ副都心であろうか。

ソナタ形式最後の使い手ブラームスは(この断言も凄い)、主題再現に趣向を凝らす。主題の旋律が原調で再現するのが普通なのだが、原調での再現の前に一瞬原調以外の調で主旋律を歌うことがある。主旋律が郊迎に出るかのような感じである。いくつかの実例を紹介する。

  1. ピアノ四重奏曲第1番第3楽章151小節目 中間部の後の主題再帰は原調の変ホ長調ではなく、ハ長調だ。本来の変ホ長調が回帰する時には、肝心の主題は少し変奏されてしまう。変ホ長調の主題再帰に先立ってハ長調が躍り出るのは、ベートーヴェンの第3交響曲の第1楽章に輝かしい先例がある。ベートーベンの影響を云々されることの多いブラームスだが、このネタはとっておきである。
  2. ピアノ四重奏曲第3番第4楽章188小節目 本来ハ短調で回帰すべきところ、半音下のロ短調が現れる。ここから本来のハ短調に戻って行く過程こそが曲中最大の見せ場になっている。213小節目からのヴァイオリンのシンコペーションとピアノの左手の下降が華麗である。
  3. ピアノ協奏曲第2番第3楽章78小節目 本来変ロ長調のはずが、一旦嬰ヘ長調が出現する。何たる遠い調と思ってはいけない。嬰へを変トと読み替えると、変ロの3度下だということが判る。独奏チェロは正しくない調に乗って、それでも陶酔の境地をさまようが、途中で違いに気付いて変ロ長調に立ち返る。目指すは冒頭と同じ「D音」だ。既にゴールの2小節前に「D音」に到達しているのだが、主題回帰の直前に「Es-Cis」と迂回してためらいを見せる。ゴルファーがグリーン上でやらかすと恥ずかしいが、ここでは的を射ている。

断るまでもないが、これらは典型的なブラームス節である。一旦正しくない調で主題を再現し、聴き手につかの間の安堵感を与えはする。旋律は再現されているのに調が正しくないという状態を意図的に作り出している。作りはするのだが、程なくそれが束の間の安息だと悟らせもする。かくなる手続きの後、待ちこがれた原調が回帰して、「やはりここしかない」と思わせる寸法だ。「正しくない調」にいるとわかった瞬間の心の揺れも鑑賞の目的の一つだ。よくある手とわかっても感動させられる。

2015年5月28日 (木)

ロ長調

ロ長調はドイツ語では「Hdur」だ。シャープ5個が調号として付与される。初心者には難儀な調。私が最初に実感したロ長調は、第二交響曲の第二楽章だ。大学からヴィオラを始めた初心者には大変厄介だった。何せ、ヴィオラの開放弦全て使用不能だ。練習前には必ずロ長調の音階を繰り返したものだ。

大学2年でブラームスへの傾斜が始まった。片っ端から室内楽を聴く中、ピアノ三重奏曲第1番を、ブラームスが残した最古の室内楽という触れ込みとともに親しむことになった。第一楽章冒頭を飾るチェロの幅広い旋律に打ちのめされたのだが、その調性がロ長調であることに衝撃を受けた。

中学高校と慣れ親しんだベートーヴェンの室内楽にロ長調など存在しないからだ。ハイドンやモーツアルトの室内楽にもロ長調はない。バッハのインヴェンションから漏れているので、手ごろな調と看做されてはいないと覚悟はしていたが、どうもいわゆる名曲の中では採用されにくい調だ。ハイドンの交響曲にひとつあるくらい。シャープ5個は室内楽の調としては異例だ。フラットは4個ヘ短調が最大で5個は存在しない。

ブラームスは、それらの事情を全て知っていてなお、出版される最初の室内楽にロ長調を採用したということだ。ウィーン古典派の正当な継承者として歩むことになる初手がロ長調とは、奇抜な選択だ。

しかしながら、冒頭のチェロの豊かな歌いっぷりを聴くと、もやもやは一気に吹き飛ぶ。オリンポスの調、ハ長調とでも言われたらするりと入ってきかねない。ブラームス特有の息の長い旋律が既にここに現れている。

2015年5月27日 (水)

ロ調へのこだわり

出版されたものとしてはブラームス最初の室内楽は、ピアノ三重奏曲第1番だ。その楽章配置は下記の通りだ。

  • 第1楽章 ロ長調
  • 第2楽章 ロ短調→ロ長調
  • 第3楽章 ロ長調
  • 第4楽章 ロ短調 

見ての通りだ。こうした調性配置はブラームスとしては他に例がない。終楽章の冒頭は調号こそシャープ2個だが、実質は嬰ト短調で、これはロ長調の平行調という因果がある。エンディングはきっちりとロ短調に治まるから、全体を俯瞰すると長調から短調という流れで「苦悩から歓喜へ」というベートーヴェン的な枠組みからは外れている。

人生初の多楽章ソナタを世の中に放つに当たって、若きブラームスが採用する調性プランとしてはどこまでも意欲的だ。ヘ長調→嬰ヘ長調→ヘ短調→ヘ長調という壮年期の傑作チェロソナタにも匹敵する。そしてこのことは恐らく確信でもある。その証拠に1891年の大改訂の際にも、こうした枠組みはそのまま維持された。

2010年12月 1日 (水)

ボストンの栄誉

1866年10月11日米国はボストンでブラームスの弦楽六重奏曲第2番が初演された。米国初演ではなく、世界初演だ。演奏はメンデルスゾーン五重奏団らしい。米国初演が欧州初演より早い例、つまり世界初演になっているケースは、1855年11月27日ニューヨークでのピアノ三重奏曲第1番初版とこのボストンだけだ。ニューヨークでのピアノ三重奏曲第1番の初演は、まだ海の物とも山の物ともわからない駆け出しのブラームス作品を前に、腰が引けた欧州を出し抜いたニューヨークのファインプレーである。

このボストンは少々事情が違う。

楽譜は1866年の4月には出版されていた。だから1866年の秋が楽譜刊行後初の演奏会シーズンだ。ブラームスの名声は少しずつ上がって来ていたから。出来たての新作をシーズンの開幕早々に取り上げようという試みは十分あり得る。現にボストンの初演からわずか9日後に、スイス・チューリヒでこの六重奏曲の欧州初演があった。タッチの差である。

マッコークルで不明扱いの中に、「本当は米国が初演」というケースがあるかもしれないから、あまり威勢のいい断言は出来ないが、少なくとも現段階での公式記録上は、この時のボストン以降、ブラームス作品の世界初演が米国で行われることが無くなった。ブラームスの名声が上がりに上がってしまい、作るそばから欧州で初演というルーチンが出来上がってしまったと解したい。

2010年11月27日 (土)

サロンの住人

ブラームスがデュッセルドルフのシューマン邸を訪問する前に、ワイマールのリストを訪ねたことは、大抵の伝記に載っている。

当時の楽壇におけるリストの位置づけは強大であった。ピアノ魔術師と謳われる程の腕前に加えて作曲にも秀でていた。持ち前の寛大な性格とルックスとも相俟って、彼の回りには自然発生的に人が集まった。「サロンが形成されていた」と表現されている場合もある。

ブラームスはそうした空気になじめずに、早々にリストの許を去り、シューマンを訪問したとされている。夫妻揃ってブラームスの演奏を聴いたというシューマン邸の寛いだ雰囲気を強調する意図もあろうが、大なり小なりサロンめいた雰囲気はあったのだと思われる。

こうしたサロンの住人の一人にウィリアム・メイスンがいる。ブラームスのリスト邸訪問の折、同席して、そこでのやりとりを目撃していたと思われる。ブラームスが演奏を固持した話、リストがブラームスのスケルツォop4を初見で演奏した話。それを聴いた人々が「ショパンに似ている」と言った話、リスト自身がソナタを演奏した際にブラームスが居眠りした話等々の出所は、この人の証言だったのだ。

この人米国ボストン生まれのピアニストで、早い話がリストの弟子だ。早々に退散したブラームスの側が、リストを取り巻く人物の中の一人を特に記憶していたとは思えないが、このメイスンさんは、どうもリスト一辺倒ではなかった。

その証拠に約2年後1855年11月27日、米国はニューヨークで、ブラームスのピアノ三重奏曲第1番(もちろん初版だ)を演奏した。これは公開演奏という意味では初演にあたるばかりか、ブラームス作品の米国初演でもある。1855年というこの段階、交響曲はおろか、ドイツレクイエムやハンガリア舞曲も世に出ていない。いわばブレーク前だ。

ブラームスがリストの許を去ったことは、メイスンも知っていただろう。程なくシューマンを訪ねたことは知るよしも無かったと考えられるが、10月に公開されたシューマン自身執筆の「新しい道」を読んで「ああ、あのときの」という具合に思い出したと思われる。1854年にブライトコップフから出版されたピアノ三重奏曲を1855年シーズン早々に米国で取り上げるというのは、思うだに意欲的である。

このときヴァイオリンを弾いたのがセオドア・トーマスという人物だ。何とニューヨーク・フィルハーモニックの創設者である。

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ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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