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カテゴリー「305 シューマン」の86件の記事

2019年12月23日 (月)

シューマンのクリスマス

学生歌を調べているうちに買い求めた「シューマン合唱曲全集」全4枚組に「Weihnachtslied」という作品が入っていた。作品番号は無い。アカペラの混声四部合唱。短いけれどとてもチャーミングで印象的だ。

テキストの作者を見て驚いた。Hans Christian Andersenと書いてある。童話で名高いあのアンデルセンと全く一致する。生没年や活躍の時代を考えると、このテキストがあの名高いアンデルセンだとしても矛盾は無い。

アンデルセン作詞、シューマン作曲のクリスマスソングだ。有り難味1割増しである。

2019年12月16日 (月)

賛辞

シューマンがブラームスを発見した喜びが、名高い論文「新しい道」に反映していることは有名だ。あるいは出会いの日以降のシューマン夫妻の日記はブラームスの記事で埋まっているし、シューマンの遺児もその様子を証言している。

さらに別な系統の証拠もある。それはシューマンからヨアヒムに送った手紙だ。周知の通り、ブラームスはデュッセルドルフのシューマン邸を訪れるにあたってヨアヒムからの紹介状を持参した。形の上ではヨアヒムの紹介により訪問したのだ。だからシューマンはその礼をヨアヒムに書き送る。「よくぞこいつを紹介してくれた」ということだ。「もしもう少し若ければ多韻律の詩を書いただろう」とブラームスと出会えた喜びを表現している。文学を志しただけのことはある。

さらに印象的なフレーズがある。「彼は40時間で地球の周りに輪を描ける男だ」というものだ。オリジナルのドイツ語がどういうものかわからないが、読めば読むほど魅力的な表現だ。

現在聴くことのできるブラームス作品のホンの数分の一の作品を聴いただけでこの熱狂ぶりだ。

2019年12月15日 (日)

立て続け

1853年9月30日ブラームスによるシューマン邸訪問は音楽史上のエポックになっている。このときブラームスはヨアヒムの紹介状を携えていたこともよく知られている。ブラームスよりたった2歳年長なだけのヨアヒムは既に相当顔が広かったということだが、シューマン夫妻との交流が始まったのは、そう古い話ではない。

1853年その年の低地ライン音楽祭に、シューマンとヨアヒムが出演して以来の付き合いらしい。シューマンはニ短調交響曲を指揮した一方、ヨアヒムはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を演奏した。ヨアヒムのこのときの演奏は圧倒的な成功で、シューマン夫妻との親密な交流のキッカケになったという。

そしてヨアヒムがデュッセルドルフのシューマン邸を初めて訪ねたのは8月28日である。ブラームスによる訪問のほぼ1ヶ月前だ。当時の夫妻の日記にはヨアヒムを賞賛する記述が見られる。ブラームスの出現と同じ扱いを受けているが、ブラームスがしばらく滞在したのに比べ、ヨアヒムの滞在は3日だった。

ロベルトはヨアヒムについて音楽誌に寄稿などしていない。先のコンチェルトのブレークで22歳のヨアヒムは既に世の中に知られていたから、スクープ性は低かったと思われる。

 

 

2019年11月15日 (金)

奇妙な告知記事

どうやらクララは、ロベルト・シューマン作品の楽譜に記されたメトロノーム値を早くから疑っていた形跡がある。1855年「新ベルリン音楽新聞」に奇妙な告知記事が掲載された。

それは「シューマンメトロノーム値は不正確で、指示されたテンポは大抵、本人の意図より速くなっている」という趣旨だった。もちろん当時まだロベルト・シューマン本人は既に入院中であるから、この記事を読んだかどうかは定かではない。驚くべきはこの記事が、シューマン夫人の同意のもとに掲載されたということだ。

訂正含みのお詫び広告に近い。当代最高のシューマン解釈の権威であり、屈指のピアニストの肝入りである。クララには余程の確信と危機感があったに違いない。

 

 

2019年11月13日 (水)

墓碑の絵

1880年5月に完成したロベルト・シューマンの墓碑は、その前に存在した旧墓碑を撤去して設置された。その旧墓碑がブラームスの手によって建立されたことはすでに何度も述べた。その現物が今どこにあるのかという情報がなかなか得られなかったが、このほど驚くべき発見をした。

 

シューマン系のホームページの中に、旧墓碑の絵が掲載されていた。そこにはブラームスの建立云々という説明はなかった。

2019年11月12日 (火)

墓碑を贈る

記事「墓碑の完成披露」で、1880年にロベルト・シューマンの墓碑が完成したと書いた。シューマンの死は1856年だ。その間24年墓碑は無かったのかというとそうではない。1857年6月8日だから没後最初の誕生日に簡素な墓碑があった。「あなたの名前で建てました。故人を思うようにあなたを思いながら」とクララに書き送ったのは墓碑を建てたブラームスだ。

新しい墓碑が出来るまでの24年間、ロベルトの徳を慕って墓参りをする者は、ブラームスが建てた墓碑に頭を垂れたということだ。

新しい墓碑が出来たときこの簡素な墓碑は撤去されたとされているがその後どうなったのかなかなか資料に出会えない。

2019年11月11日 (月)

墓碑の完成披露

ボンの中央墓地にあるシューマンの墓には立派な墓碑がある。有名な墓碑だから写真くらいは見たことがある人も多いだろう。設立の費用4000ターラーは、チャリティー演奏会からの上がりでまかなわれた。この金額はエンデニヒへの入院費用8年分に相当する大金だ。

クララが月桂冠を捧げ持っている。この墓碑の建立は1880年5月2日だ。除幕式に際して演奏会が催された。

  • シューマン 「ミニヨンのレクイエム」
  • シューマン 「交響曲第3番」
  • ブラームス ヴァイオリン協奏曲 独奏:ヨーゼフ・ヨアヒム

管弦楽を指揮したのが他でもないブラームスその人。弱冠二十歳のブラームスをシューマンが楽壇に紹介してから27年、ブラームスは既にその道の泰斗になっていた。記念演奏会で、シューマン本人以外で唯一取り上げられたのがブラームス作品だったこと、それを指揮したのがブラームスだったことは象徴的だ。シューマンの後継者たる地位の追認に他なるまい。

2019年11月 4日 (月)

もう一人のユーリエ

シューマン夫妻の3女ユーリエに、ブラームスが密かな思いを寄せていたことは、「アルトラプソディ」op53作曲のエピソードと共に語られて有名だ。最も色濃く母の面影を受け継いだ娘だったが1871年26歳で他界した。

シューマン夫妻の子供たちの中で結婚したのは3名。上記のユーリエの他に、次女エリーゼ、三男のフェルディナンドだ。三男フェルディナンドの第一子長女は1874年に生まれていて、ユーリエと名付けられた。クララの孫の中では唯一の女の子だ。クララの三女ユーリエを失った悲しみが癒えぬ中生まれた女の子に、ユーリエと命名するのはありそうな話である。

病弱だったフェルディナンドに代わってクララが養育費を負担した。クララから孫娘への手紙は出版されていて日本語でも読める。

このユーリエは、ユーリエ叔母様と違って長生きした。亡くなったのは1955年のことだ。私の生まれるわずか5年前のことである。ブラームスはクララの唯一の孫娘がユーリエという名前であったことを知っていたと思う。

2019年11月 1日 (金)

地図ウォッチャー

ロベルト・シューマンはライン川に投身した後、エンデニヒの病院に入院したが、妻のクララは面会を許されなかった。ブラームスはクララに代わってロベルトを見舞い、様子をクララに報告した。

あるときロベルトの求めに応じて地図を差し入れた。後日訪問するとロベルトは地図を眺めて地名をアルファベット順に抜き出すことに熱中していたと伝えられている。大抵の伝記では病の進行ぶりを匂わせるニュアンスで描かれている。

困った。地図を眺めて地名を丹念に拾うことが異常だとするなら、私もとっくに異常の仲間入りである。地名語尾や方言への興味は地図への没頭なくしてはあり得ない。

2019年10月29日 (火)

入院費

ロベルト・シューマンは1854年2月27日にライン川に投身したが、一命を取り留めた。その後直ちにエンデニヒの病院に入院した。正確には3月4日のことだ。このときから1856年7月29日になくなるまでずっと入院生活を送った。

この病院はいわゆる私立の病院だ。費用はどれほどだったのか調べていたがこのほど判明した。音楽之友社から1987年に刊行された「クララ・シューマン」(ナンシー・B・ライク著)という本の277ページに書かれていた。月額50ターラーだ。マルクに直すと150マルクだ。下級労働者年収が1000マルクの時代である。

ロベルトの入院後、初のシーズンからクララが大車輪で演奏会をこなした理由の一つになっていたと感じる。

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