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カテゴリー「305 シューマン」の58件の記事

2016年6月 8日 (水)

ロランス

ジャン・ジョセフ・ボナヴェンチューラ・ロランス。ロベルト・シューマンの知り合いの画家でおそらくフランス系。1853年秋デュッセルドルフに滞在していた彼は、ロベルトから依頼を受ける。ある人物をスケッチして欲しいと頼まれたのだ。

求めに応じて描かれたスケッチが今に伝えられている。

二十歳のブラームスだ。男か女かと言われれば男と即答出来るが、後年のいかついイメージとは雲泥の差。美少年である。美少年なら今も昔も少なからず存在したと思われるが、ブラームスは既にこのときop6までの作品を完成していた。シューマン夫妻が感動した第1ソナタは、この顔で弾かれたのだ。そのイメージの落差が夫妻の感動に一役買っていたと感じる。程なくエンデニヒに入院したシューマンは、このスケッチを届けさせたという。

学校の音楽室にこの肖像が飾られていたら、子供たちのイメージは変わると思う。

2015年2月14日 (土)

チョコレート

ブラームスの伝記の中でチョコレートへの言及はほぼ存在しないと申してよい。「お菓子」「キャンデー」にはわずかな言及が認められるもののチョコレートは全滅である。

ところが、シューマンの伝記の中に興味深い記述がある。音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品シリーズ シューマン」の147ページ6行目。短いので引用する。

6月8日、シューマンの誕生日にブラームスがエンデニヒを訪問して大判の地図帳をプレゼントした。翌日の報告によれば、チョコレートは毒が入っていると言って手にしなかったが、地図帳には熱心だったという。

この6月8日とは1856年のことで、場所はエンデニヒだ。ライン川への投身後収容された療養所での出来事。シューマンの誕生日にブラームスが見舞った情景。前回4月の訪問でシューマンが地図から地名を抜き出す作業に没頭していたのを見て、ブラームスが地図帳を贈ったことが判る。「翌日の報告」というのは、診療所の日誌のことだ。その中に「チョコレート」が出てくる。けれどもこの「チョコレート」は出方がいかにも唐突だ。原文が判らないのでなんとも言えないと申しては愛想がないから妄想を膨らませる。

この「チョコレート」は大判の地図帳と一緒にブラームスがシューマンに贈ったと解することは出来ないか。それでこそ「地図には興味を示したが、チョコには手を出さなかった」という表現が生きてくる。この推測が正しければ、ブラームス唯一のチョコレートネタとなる。

2015年1月18日 (日)

ミネルヴァ

文豪・森鴎外の「舞姫」はカフェミネルヴァから始まる。「ミネルヴァ」はローマ神話に出てくる知恵の女神。ジュピターの頭から生まれてきたときすでに完全な姿だった。

ロベルト・シューマンはブラームスを世に紹介する文章の中で、ブラームスを「ミネルヴァのような」と表現している。目の前に現れたときすでに完全だったという意味だ。

それにしてもだ。作品番号でいう7番までの最初期の作品や破棄されて現存しない作品を一度聴いただけで、この持ち上げようだ。先見の明というか慧眼というかかなりラジカルだ。

鴎外の記述はカフェというよりむしろビアホールだ。揺り越すばかりの泡をたたえたジョッキが描写されているから、コーヒーネタとしては苦しい。

2014年9月23日 (火)

金星のクレーター

クレーターの名前の話で思いの他盛り上がってしまい、鉄道ネタ中断が続いている。水星のクレーターに作曲家の名前がついているのだが、ロベルト・シューマンが抜けているのが気になって、いろいろ調べたから、もう1日だけ延長する。

ロベルトの名前が採用されていないのに、その妻クララが採用されていたらかなりショックなので調べてみたら、クララはなかった。やれやれと安心していたのもつかの間、お隣金星のクレーターの中にクララという名前があった。

金星はヴィーナスだから、そこのクレーターには女性の名前が与えられる決まりになっているらしい。本件クララはクララなのだが、ロベルトの妻として採用されているわけではなくて、単に女性名としての採用だった。

宇宙規模の壮大な脱線も今日まで。

2014年3月 4日 (火)

馬車の行く先

ロベルト・シューマンがライン川に投身したのが1854年2月27日だった。間一髪で救出されたもののエンデニヒに入院することになった。3月4日に入院のために自宅を出たとされている。このとき自宅まで馬車が迎えに来たという。

本日の話題はこのときの馬車の行く先だ。候補地は以下の3つくらいが思い浮かぶ。

  1. エンデニヒの病院 およそ80kmある。現代ほど道路事情が良くない中、病人を乗せてて全速力というわけには行かぬから、丸2日かかる。
  2. デュッセルドルフ駅 ボン駅まで鉄道を使う。ボン駅に迎えの馬車を手配すれば1日で着く。
  3. 市内の船着場 ボンまで船。ボンの船着場からは馬車。

3月4日のクララの日記に貴重な記述がある。「3月4日の夕刻従者が戻ってきてロベルトのエンデニヒ到着を報告してくれた」という内容だ。80km全行程を馬車ではなく、デュッセルドルフとボンの間で鉄道を利用した証拠だ。

これがシューマン最後の鉄道利用だったと思われる。

2014年3月 2日 (日)

ハノーファーの位置

ロベルト・シューマンがライン川に身を投じたという知らせを、ブラームスはハノーファーで聞いた。そのハノーファーと主要都市との距離を以下に掲げる。

  1. ベルリン 263km 2時間
  2. ハンブルク 185km 1時間10分 少し訳あり
  3. デュッセルドルフ 295km 2時間30分
  4. ライプチヒ 269km 3時間10分
  5. ウィーン 937km 8時間 当時はまだ鉄道で直結されていない。

5番目のウィーンは参考のため載せておいた。所要時間は現代のICE利用による。

つまりハノーファーは便利な場所だということ。シューマンに認められて、楽壇に紹介され、作品の出版話もトントン拍子に進む中、一旦デュッセルドルフのシューマン邸を辞したブラームスの落ち着き場所がハノーファーだった。ここにはヨアヒムがいた。何せ当地の宮廷楽団のコンサートマスターだった。

ふるさとのハンブルク、シューマンがいるデュッセルドルフ、出版社があるライプチヒこれら諸都市に行くにも便利だ。当時はまだウィーンに進出を決める前だから、ウィーンとの距離は問題にならない。ウィーンを参考と言ったのはそのためだ。急を聞いてシューマン家に馳せ参ずるとき、当時としても半日あれば十分なところにいたということだ。

2014年1月19日 (日)

確認が必要

独和辞典で「Bahn」を引いてみる。しっかり「鉄道」の意味がある。「Eisenbahn」から「Eisen」が脱落しても「鉄道」を意味するということだ。「Bahn」という単語は1830年に英国で世界初の鉄道が開通する前からとっくに存在していた。英国から鉄道を移入したドイツでは「Railway」の訳語として「Eisenbahn」を採用する一方、単に「Bahn」でも鉄道を指すようになったが、本来「bahn」は、「進路」「コース」「車線」「道」の意味だった。

1853年10月ブラームスの来訪を受けたロベルト・シューマンは、新音楽時報にセンセーショナルな紹介文を寄稿した。そのタイトルが「Neue Bahn」だった。日本の書物はこれを「新しい道」と訳していることが多い。

本日の疑問は、この訳についての話。まさかとは思うが「Neue Bahn」の「Bahn」が「鉄道」の意味だったということはないだろうな。というお叱り覚悟の疑問。

少なくともこのときシューマンは鉄道を知っていた。既にデュッセルゴルフには鉄道も走っていた。さらにドイツ中が鉄道建設ブームの真っ只中だった。各地で鉄道が建設され、派手な完成式典が行われ、連日それがニュースになっていた。邦訳を見る限り「新しい道」には、「鉄道」を直接指し示す言い回しは見当たらないけれど、ブラームスの登場が、進出ラッシュの鉄道になぞらえられていたなどということはあるまいな。

2013年3月 1日 (金)

船舶ギルド

記事「船橋考」で、デュッセルドルフのシフスブリュッケについて疑問を提起した。ライン川の船舶航行を妨げるような橋があり得るのかというのがその主旨だった。調べを進めていて面白い話にたどり着いた。

ライン川の船運が上流から下流まで一気通貫だという私の思い込みがどうやら間違いだった。現在でも国際河川であるライン川だが、当時はさらに多くの小国を貫流していた。川が国境を越えるたびに積荷に課税された。徴税のほかにもさまざまな既得権にさらされていた。そうした既得権のひとつが「船舶ギルド」だ。ケルンやマインツなどライン沿岸の有力都市には船舶ギルドがあり、荷役の独占が認められていた。航行する船の荷物は、船舶ギルド所属の船に積み替えねば、通行を許されなかったのだ。いわば「積み替え特権」である。つまり船舶ギルドが支配する都市付近では強制的に積み替えが発生するということに他ならない。先般話題にしたデュッセルドルフに船舶ギルドがあったかどうか未確認だが、運搬船がライン川を積み替え無しで行き来するという前提はそもそも疑ってかかるべきだとわかる。むしろシフスブリュッケの存在が、デュッセルドルフでの積み替えの有力な物証に見えてきた。

陸上輸送における関税は、ブラームス生誕の翌年に成立した関税同盟によって撤廃されたのに対して、内陸水上交通には長く積み替え特権が残ったとされている。この慣行が完全に撤廃されるのは、19世紀末だった。例のシフスブリュッケの撤去が1897年だったことと不気味に符合する。

それでもなお、この橋が、撤去と架設を頻繁に繰り返していた可能性は否定できないものの、疑問は感じてみるものだ。調べてみるとなるほどなことが多い。

2013年2月28日 (木)

船橋考

記事「シフスブリュッケ」で、シューマンが投身した橋が「船橋」だったと書いた。音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品シリーズ シューマン」の140ページにその絵が掲載されているとはしゃいだ。リアルな絵でとても興味深い。感情としてはこの絵のリアルさをどこまでも信じたいのだが、もし本当にこれがリアルだとすると、別に大問題が浮上する。

ライン川は遠くローマの昔から、物資輸送の大動脈だった。自動車や鉄道が普及する前はさらに重要度が高かった。輸送力やコストの点で陸上輸送を大きく引き離す。

先のシフスブリュッケの絵がリアルだとすると、船の通行は無理だ。貨物船どころかボートも通れない。絵は1848年の光景とされ、橋の撤去は1897年だから19世紀後ろ半分の間、ここデュッセルドルフでライン川水運が寸断されていたということになる。あくまでも仮設の橋で、架橋と撤去が繰り返されていたなら話は別だが、先の記述からはそうは読めない。ドイツ産業革命とも重なるその時期ライン川水運の重要性は疑う余地が無い。北海からの船がデュッセルドルフより上流に行けず、積み替えが発生したとは考えたくない。

おまけにかけられた船橋はあくまでも歩行者用だ。両岸の物資輸送に寄与しているとは思えない。ライン川の水運を犠牲にしてまでも必要な橋とはとても思えない。

2013年2月27日 (水)

シフスブリュッケ

ロベルト・シューマンがライン川に投身したのが1854年2月27日だった。今からちょうど159年前。投身の場所を詳しく調べると「旧シフスブリュッケ」にたどり着く。音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品シリーズ シューマン」の140ページにこの橋の絵が掲載されている。1848年当時のデュッセルドルフ市街をライン対岸から眺める構図。1897年に撤去されてしまったが、現存する5箇所の教会の塔が描かれているから、それらの現在の地図上での位置からシフスブリュッケのおおよその位置が類推できる。小舟を並べて板を渡す感じ。幅は狭く馬車の通行は無理で、ほぼ歩行者専用に見える。

この橋は当時有料だったらしい。あの日発作的に家を飛び出したシューマンは、財布をもっておらず、橋守りにはハンカチを渡したという。橋のたもとで既に様子がおかしかったために、漁師が早くに異変に気づいて船を出す段取りをしたために、すぐに助けることが出来たとされている。

「シフスブリュッケ」はドイツ語で「Schiffsbrucke」(uはウムラウト)とつづられる。「Schiff」は「船」で、「brucke」は「橋」だから合わせて「船橋」となる。そこに描かれる橋の形状はまさに「船橋」だ。あくまでも仮設の橋で、珍しい形状だから地名として残ることもある。千葉県では人口60万人を数える中堅都市の名前にもなっている。

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