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カテゴリー「307 モーツアルト」の27件の記事

2018年8月 2日 (木)

オルガン名曲集

古今の有名曲をオルガンで演奏したCDは珍しくない。本日話題のCDを店頭で手に取った時は、よくある名曲集かと思っていた。

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帰宅してブックレットを読むと、軽い衝撃を覚えた。2016年録音で2017年発売のCDなのだが、オルガニストのGeorges Athanasiades さんは1929年のお生まれだった。録音時点で87歳ということになるからだ。

オルガン名曲集としては自然なことだが、収録全14曲中4曲がバッハだった。

  1. 主よ人の望みの喜びよ
  2. アクトゥストラジクス
  3. G線上のアリア
  4. 恋するガリア

これら超有名曲が淡々とオルガンで鳴らされるのだが、冒頭の「主よ人の望みの喜びよ」の後にブラームスが置かれていた。最後の作品「オルガンのための11のコラール前奏曲op122」の10番「Herzlich tut mich verlangen」である。この手のオルガン曲集に採用されることは大変珍しい。これだけでも購入に踏み切るに十分だった。

さらにそのあとは「タンホイザー」の「巡礼の合唱」だった。オルガンで弾かれてみてはっとした。なんだかきっちりとはまっているので驚いた。しかもオルガン編曲はリストだという。その次にモーツアルトのハ長調ソナタK545全3楽章のオルガン版だ。本CDの唯一のキズともいうべき選曲だ。曲や編曲の良し悪し以前に雰囲気になじんでいない。

しかし続くシューベルトで違和感はリセットされる。「Litanei」D343だ。「連祷」と訳されて違和感の無い万霊節用リートのオルガン編曲だ。「しみじみ」とはこのことだ。

それからお次はショパン。前奏曲op20から4番6番20番が続く。4番はまたまたリストの編曲らしい。そして満を持すバッハ。アクトゥストラジクス、G線、ガリアという流れはよどみがない。

ラスト14曲目が流れ出して耳を疑った。思わずブックレットを読むと「Choral St,Antoni」と書てあるばかりか、演奏者本人の解説で「ブラームスのハイドンの主題による変奏曲の原曲」と明記されていた。87歳の老オルガニストの脳裏にブラームスがあることは確実だ。「聖アントニーのコラール」がハイドン作ではないことはもはや定説となっている。だからジャケットには作曲者名が書かれていない。オルガン曲集のプログラミングだというのにバッハを差し置いてトリにブラームスを持ってきたことは明白だ。ここに及んで、2曲目にブラームスのコラールが置かれた意図がはっきりする。バッハとブラームスでロマン派の作曲家たちをはさんだということに他なるまい。つくづく場違いなモーツアルトが惜しい。

で、演奏はというと。

演奏はというと、遅めのテンポでオルガンが奏でる「聖アントニー」は、なんだかしっとりと心温まる。弾かれてみて「その手があったか」と納得。ハイドンの木管五重奏の第二楽章として、ブラームスの管弦楽用変奏曲の主題として名高いのだが、あくまでもあくまでも本質は「コラール」なのだということを改めて思い知らされた。

2014年11月27日 (木)

カフェと作曲家

音楽史に名を残すような作曲家がカフェに通っていた話は割と耳にする。

まずはバッハ。1694年ライプチヒで開業した「レーマン夫人のカフェ」だ。この店はやがて名前を変えて「カフェバウム」となり、シューマンやメンデルスゾーンも通ったというから凄い。ブラームスが通ったという証言は見当たらないが、たびたびライプチヒを訪れたブラームスが、由緒あるカフェを素通りとは考えにくい。バッハの当時ライプチヒには8軒あったらしい。天気のよい日には屋外で演奏会も開かれた。名高いコーヒーカンタータはそういう会場で演奏された。

続いてモーツアルト。ヨーゼフシュタット、レルヒェンフェルダー通り38番地のカフェラングだ。モーツアルトの死後1803年に経営者が亡くなったが建物は1893年まであったらしい。

ベートーヴェン。最初はロプコヴィッツ広場にあって、後にシュピーゲルガッセとプランケンガッセの交差点に移転した「カフェノイナー」後の「白銀館」、あるはラントシュトラーセ「カフェアンゼルム」、シュロッサーガッセの「カフェクラーマー」、ハプスブルガー通り角の「カフェタローニ」、プラーターの「第一カフェ館」。引越し魔ベートーヴェンは引越しごとに近所のカフェを開拓したものと思われる。

シューベルト。シュテファン教会そばの「カフェボークナー」だ。飲み代の付けが利いたというのが理由らしい。同店は1850年で閉店しているからブラームスは行けなかった。

2014年10月21日 (火)

モーツアルトの東西南北

ブラームスとバッハの生涯における活動範囲を比較した。短い生涯を旅に明け暮れたモーツアルトを調べてみた。カッコ内はブラームス。

  • 東限 ウィーン (ティミショアラ)
  • 西限 ロンドン (デンハーグ)
  • 南限 ナポリ  (シラクサ)
  • 北限 ベルリン (コペンハーゲン)

西限だけがブラームスより西にある。意外なことにその行動範囲はブラームスより狭いなどと言ってはいけない。彼らの生涯は百年を隔てている。まったく鉄道がなかったモーツアルトは当時としては広大な範囲だと申さねばならない。貴族のパトロン探しに躍起になっていたモーツアルトは職を求めて欧州の宮廷都市を転々としていたということだ。

2012年1月27日 (金)

オスミンとペドリロ

モーツアルトが1782年に完成させたドイツ語のオペラ「後宮からの誘拐」の話だ。クリストフ・フリードリヒ・ブレッツナーの脚本である。オスミンとペドリロはその登場人物の名前だ。

囚われのお姫様を敵陣から救い出す話である。スターウォーズや西部劇にでもなりそうなお話だ。敵陣の警戒が薄いハズがないから、一計を案じる。酒に酔わせて眠らせようという魂胆である。飲ませる側がペドリロで、飲む側がオスミンという具合である。ペドリロがテノール、オスミンをバスに据えた二重唱が現れる。第2幕8場だ。この二重唱のタイトルが「バッカス万歳」である。バッカスとは酒の神だ。

そのつもりで調べてみると凄いことが判った。この二重唱「バッカス万歳」のテキストに現れる2人のやりとりそのものが、「バッカスコモン」という学士会の酒宴作法に準じている。正確には「一般ドイツ酒宴作法」の第3条73項らしい。当時の聴衆はこの部分を聴けば、酒宴作法が下敷きになっていることをすぐに察したものと思われる。

オスミンとペドリロは学士会の出身者に違いない。数少ないモーツアルト関連の学士会ネタを本日発信する意義はすでに明らか。

2011年4月29日 (金)

フィガロハウス

最近モーツアルトハウスと改名されたらしい。ウィーンはドームガッセにあったモーツアルトの住居跡だ。1884年から1887年にかけてモーツアルトが住んだとされている。ここで「フィガロの結婚」を作曲したから永らく「フィガロハウス」と呼ばれてきた。

現在でこそウィーンの観光名所になっているが、ブラームスがウィーンに進出した当時は、まだ普通の住宅だったようだ。

1862年10月、ウィーン進出間もないブラームスは早速ウィーンの音楽家たちとの交友を深め始める。四重奏団を率いるヴァイオリニスト・ヘルメスベルガーとは早速ピアノ四重奏を演奏して楽しんだ。ピアノはブラームス自身が担当し、ト短調のピアノ四重奏曲第1番を初見で演奏したらしい。

会場はウィーン音楽院ピアノ科教授のユリウス・エプシュタイン邸だという。何と何とこの邸宅が、フィガロハウスらしいのだ。複数の伝記でこの事実が確認出来ればいいのだが、現在裏付け調査中だ。

もし事実ならモーツアルトがベートーヴェンと語らった家だ。

2011年4月22日 (金)

得難い評価

2009年8月8日の記事「完璧なドンジョヴァンニ」でブダペストでのマーラー指揮の「ドン・ジョヴァンニ」の公演を聴いたブラームスが、絶賛したと書いた。

ブラームスによるそうした高評価を伝え聞いたマーラーが、友人にそれを報告した手紙が残っている。宛先はブラームスの書物にも頻繁に登場するホイベルガーだ。

マーラーは、ブラームスによる高評価を「目下のところ、もっとも有り難い評価」と表現して、たいそう喜んでいる。

問題の公演は1890年12月16日で、手紙の日付は12月23日になっている。このときマーラーの職場はブダペストだ。翌年1891年にはハンブルク市立歌劇場指揮者に就任する。ウィーンへの進出は、7年後のことである。ウィーンへの就職のアシストという具体的なうまみはまだ脳裏に無かったに違いないが、楽壇の重鎮ブラームスから評価される有り難みだけは、既に感じていたものと思われる。

2011年4月16日 (土)

哀悼の意

1897年4月16日グスタフ・マーラーはモーツアルトのレクイエムを本拠地ハンブルクで演奏した。この時次なる1897年~98年のシーズンからウィーン宮廷歌劇場指揮者への就任が決まっていたから、慣れ親しんだハンブルクでは最後のコンサートになった。

しかも、ハンブルクの生んだ巨匠ヨハネス・ブラームスは、わずか2週間前にウィーンにて没したばかりだった。マーラー自身のウィーン進出をアシストしたブラームスは、モーツアルトのレクイエムの優秀な校訂者でもあった。この選曲が哀悼の意思表示でなかったら、いったい何だったというのだ。

絶妙の選曲と言わざるを得ない。

2010年1月27日 (水)

禅問答

「難しくて解らぬ議論」「かみ合わぬ議論」くらいの意味か。難しい言葉を連ねて議論は白熱しているが、具体的にはサッパリという場面の描写に用いられることが多いような気がしている。議論の当事者は自覚していない場合が多く、もっぱら周囲からの評価の中に出現する言葉だ。

プラハ音楽院で教鞭をとっていたドヴォルザークはある日生徒たちにむかって問いかけた。

「モーツアルトとは何ぞや」

いやいやかなりの難問だ。この瞬間、禅問答の資格十分である。問われた生徒たちの心中は察するにあまりある。正解のある問いではあるまい。おそらく苦労してひねり出したであろう回答にドヴォルザーク先生は納得せず、生徒を窓辺に誘い出し外を指さして言った。

「モーツアルトは太陽だよ」

その寓意といい意外性といいウイットといいブラームスが泣いて喜びそうな回答だ。この機転が、禅問答という言葉の持つある種の陰湿さを迂回して、極上の喩えになっている。

2010年1月18日 (月)

手が出ぬ

先日ホルンソナタの楽譜を探しにショップを徘徊していた。首尾良くゲットで会計をしてホクホクとレジを離れようとした時、1枚のパンフレットが目にとまった。

モーツアルト交響曲第40番ト短調のファクシミリ譜が発売されるという。

一瞬で脳味噌にアドレナリンが充満した。古楽譜コレクターだったブラームス自慢の筆頭が、モーツアルトのト短調交響曲の自筆譜だったからだ。ちょっと詳しい伝記には大抵書いてある。ピアノ五重奏曲を献呈した返礼にヘッセン王女アンナから下賜されたものだ。以来ブラームスは亡くなるまでこれを大切に保管していた。遺産を引き継いだウィーン楽友協会の所蔵となって今に至る。

そのファクシミリ譜の発行元も楽友協会だった。間違いないと思ってパンフを詳しく読むと「元々の所有者はブラームスだった」とはっきり書いてある。あわせて「19世紀半ばまで買い手が現れなかった」というエピソードも紹介されている。「もしや」と思うことがある。「19世紀半ばまで買い手がつかなかった」という状態を打破したのは、ブラームスにこれを下賜したヘッセン王女アンナだったのではあるまいか。ピアノ五重奏曲op34の完成は1864年だ。19世紀半ばという表現と矛盾しない。ブラームスの古楽譜コレクターぶりを察知したヘッセン王女アンナが、何か喜びそうなものをと物色した結果ではなかろうか。

さらに凄いのは「ブラームスによって音の間違いに印が付けられている」とも書いてある。ということはつまりモーツアルトとブラームスの筆跡が共存している資料ということだ。お宝である。

価格は72000円。お宝度から見ればリーズナブルだと思う。そうは思うが「それでは」とばかりに買えるかとなるとそうはいかない。楽譜やCDのショップをうろつくのは気晴らしになるが、こればっかりはストレスだ。7200円だったらきっと買っていたと思う。72万円だったら、すっぱり諦めがつく。何とも微妙な価格設定だ。

ブラームス神社の賽銭はあてにならない。「ブラームスの辞書」が今年中に20冊売れたら買いに行こうと思う。まだ2冊しか売れていない。

2009年12月 5日 (土)

いけにえ

大切なことを実現するために差し出される物のこと。いわば願をかける神に捧げる担保だ。昔は生き物の命を捧げていたのだ。

ブラームスがモーツアルトのアンダンテを聴いていたときのエピソードだ。曲名は不明ながらアンダンテということは確からしい。隣で聴いていたリーズルことエリザベート・フォン・ヘルツォーゲンベルクに耳打ちした。

「こんなアンダンテが書けるなら僕のガラクタ全部やっちゃうよ」

ブラームスのモーツアルトへの敬愛ぶりが伺える話だ。自作全部と交換に応じてもいいという意味だ。一途で健気なブラームスである。

ドヴォルザークにも似たような話が伝わっている。自作全部をいけにえとして引き換えという意味では先のブラームスと同じだが、ドヴォルザークの方が数段大胆だ。「もし本物の機関車が手に入るなら、自作全部と引き換えでも構わない」とつぶやいたという。ドヴォルザークは相当な鉄道マニアだったのだ。プラハからドレスデンに向かう鉄道が故郷のネラホセヴェスを通っている。プラハ・ジトナー通りの自宅はフランツ・ヨーゼフ駅の至近だ。列車の走行音の異常に気付いて、車掌に知らせて事故を未然に防いだ話もある。アメリカ行きを承諾したのは大陸横断鉄道を見たいからという説もあるくらいだ。

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