ブラームスと一緒にやってきたのはチャイコフスキーだった。道中会話が弾んでいたらしく、ノリが共有できている感じだ。挨拶もそこそこにブラームスがチャイコフスキーを紹介してくれた。
チャイコフスキーは右手を差し出しながら「すごい白鳥だちですね」とウィンクをかましてきた。次女の後輩たちのスペコンのことを言っているようだ。強く右手を握り返しながら、「おいでいただいたのですか?」と私が聞き返す。チャイコフスキーの返事を遮るようにブラームスが割って入る。「フルオケでバレエ付のスワンレイクだろ」「オレだけで聴くのはもったいないから誘ったんだ」と。チャイコフスキーは笑いながら「演奏会にご一緒するのは、たしか1889年3月12日ハンブルク以来でしたね」とブラームスに同意を促す。「そうそう、たしか第五交響曲のハンフルク初演の夜だ」とブラームス。
「それにしても」応接に通してビールを促すと、一口で飲み干したチャイコフスキーが切り出す。「すごい熱気だったな」と続ける。私はわざと「何のことですか?」と切り返す。「乙女たちのスワンレイクに乾杯」とブラームスが奇声をあげる。
「高校生のクラブとしては、すごいでしょ」と私。バレリーナも彼女らの先輩だし、同日のソリスト2人も先輩だと付け加えた。「ああ、並みのオケならあのスワンレイクでエンディングだろ」とブラームス。「分厚いブラボーがかかって、そこそこのアンコールが続けば、チケット代2マルクの元はとれるぞ」「俺なら5マルクいや10マルクでもOKだ」と。「無料で聴いたくせによくいうよ」とチャイコフスキーが突っ込む。「乙女たちがすごいのは、あのスワンレイクの後、尻上がりに熱気を増すことだよ。3時間強の盛りだくさんの演奏会をケロリとこなすパワーが素晴らしい」とチャイコフスキーが付け加える。
「乙女たちの青色のベストから見える白いブラウスの袖があるだろ」「弦楽器の子たちがトレモロを刻むとき、白鳥のはばたきに見えるな」とチャイコフスキーが感心したようにつぶやく。「ああ、それに青い制服が湖のようだ」と続ける。
「5月6日がゲネプロだったろ?」とチャイコフスキーが聞いてきた。「その通り」と私が答えると「乙女たちからお誕生日おめでとうの念がたくさん飛んできた」とチャイコフスキーがホクホク顔で続けた。「翌日7日は私ら2人の誕生日だからな」とブラームス。「誕生日イブにお祝いの念を送れば、本番でご加護があると本気で考える子たちなんです」と私。ブラームスはわざと難しい顔をして「あの子らにご加護なんぞ要らんだろ」としたり顔だ。
「それにしてもエンディング前のカバレリは伝統なのか?」とブラームス。「あの手の曲で人を唸らすのは、プロ並みの心構えだろ」とあきれ顔だ。「代が変わりメンバーが入れ替わっても変わらずにプログラムに採用される曲です」と私が説明する。
「ああそれにしてもレプレ」「もう弾く方も聞く方も泣いていたな」「凄いステージだ」などと議論は深夜に及んだ。
昨日帰り際に「DVDができたら10枚送ってくれと私に耳打ちするブラームスだった。
最近のコメント