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カテゴリー「350 演奏家」の26件の記事

2019年7月13日 (土)

どうした風の吹き回し

先に公開した記事「シャコンヌの花束」は、バッハ作曲「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第二番」の第5曲「シャコンヌ」の所有CDの一覧だ。この中に2度現れるプレイヤーが一人いる。シェリングさんともう一人ウィーン生まれのヴァイオリニスト、ベンヤミン・シュミットだ。

いやはや謎が多い。1994年と1999年に「無伴奏ソナタとパルティータ」全6曲を2度スタジオ録音している。これだけでもあまり見かけない。ライブがCD化されることを除けば、複数回しかも全曲のスタジオ録音は珍しかろう。1994年はRシューマンによるピアノ伴奏付与版だ。1999年がオリジナルの無伴奏版。つまりこの人、オリジナル全曲録音の前に、ピアノ伴奏付与版を先に全曲録音しているということだ。

一度お話をうかがいたいものだ。

 

 

2018年5月30日 (水)

ヴァルヒャ

ヘルムート・ヴァルヒャさんはドイツのオルガニスト。1907年10月27日のお生まれだ。

バッハのオルガン演奏の大家でオルガン作品全集を2度録音しているという神業で名高い。彼の演奏は時を経て輝きを失わない他、チェンバロも達者で、シェリングさんと組んだヴァイオリンソナタもマイスタンダードとなっている。

我が家にはその新旧のオルガン作品全集がある。貴重なのはステレオ録音された新の方だ。ブックレットの末尾に索引がある。「タイトル」と「BWV番号」から、収納されているディスクNoとトラックNoにたどり着ける。これは本当に便利だ。オルガン作品全集は演奏家にかかわらず、収録順が不規則で、目的の作品を探すのに苦労する。バッハのオルガン作品がタイトルのアルファベット順に網羅されているだけで相当ありがたい。

コラール由来の作品は、コラール冒頭のテキストがタイトル扱いされている一方、オルガン自由曲では「Prelude」「Fuga」等のジャンル名がタイトルとみなされている。これら混在のアルファベット順である。

モノラルの旧録音の全集は、ディスク割りがジャンル別で、似たジャンルが極力同一のディスクに割り付けられている。これはこれでありがたい。

2018年5月29日 (火)

マリークレールアラン

マリー・クレール・アラン(1926-2013)さんは、フランスの女流オルガニスト。バッハのオルガン作品全集を3度録音したという鉄人。かく申す私も3度目の全集を所有している。ヴァルヒャと双璧をなす。若いころはヴァルヒャだったが、最近はアランさんもいい。

とくに3度目の全集14枚組は、DISC1枚1枚が半ばリサイタルのよう。テーマが設定されていてストーリーがある。

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欧州に点在する歴史的オルガンを次々と弾いてくれている感じ。そしてとどめは日本語ブックレットだ。46ページのボリュームには驚くばかり。バッハのオルガン作品について日本語で読めるものとしては、一番かもしれない。

2018年3月16日 (金)

アレッサンドリーニ

イタリアのチェンバロ奏者兼指揮者。ビオンディを相棒にバッハのソナタ全曲を収録したCDが、彼との最初の接点だった。ビオンディは四季でブレークする前、アレッサンドリーニ率いる合奏団でコンマスをしていた。そこですでに才能の片りんは見せていたのだろう。だから「四季」の録音の話が舞い込むのだ。そのときに「しからば」と結成したのが「Europa Galante」である。これでアレッサンドリーニと切れてしまったわけではなくバッハをご一緒しているということだ。二人の二重奏はキビキビで、あのバッハを振り回している感じがする。

ビオンディの誕生日が1961年3月15日で、長男と同じだと昨日はしゃいだところなのだが、相棒のアレッサンドリーニさんは1960年1月25日生まれだ。二人が一つ違いだと言いたいのではない。私の生年月日と1日違いだ。

2016年1月 7日 (木)

3大弦楽四重奏団

「ブラームス存命時」のという条件で、独断を駆使して3大弦楽四重奏団を考えた。

<ヨアヒム四重奏団> 1867年創設。クラリネット五重奏曲初演のメンバーを列挙する。クラリネットはミュールフェルトだ。

  • ヨゼフ・ヨアヒム 1stVn
  • ハインリヒ・デアーナ 2ndVn
  • エマニュエル・ヴィルト Va
  • ロベルト・ハウスマン Vc

<ヘルメスベルガー四重奏団> 1849年創設。弦楽四重奏曲第1番初演時のメンバーを記す。

  • ヨゼフ・ヘルメスベルガー・シニア 1stVn
  • ヨゼフ・ヘルメスベルガー・ジュニア 2ndVn
  • ジキスムント・バッハリッヒ Va
  • ハインリヒ・レーファー Va

<ロゼー四重奏団> 1882年創設。弦楽五重奏曲第2番初演時のメンバーを記す。

  • アルノルト・ロゼー 1stVn
  • アウグスト・ジーベルト 2ndVn
  • ジキスムント・バッハリッヒ Va
  • ラインホルト・フンマー Vc

ブラームスとのかかわりを考慮するとこれで決まりか。世界初演を最低1回は任されている。活動当時どれも世界一の折り紙をつけられていた。ブラームスの室内楽作品は、その初演に世界一の四重奏団を起用できたということだ。よく見ると、ジキスムント・バッハリッヒさんは2回現れる。ヘルメスベルガー四重奏団のヴィオラ奏者として弦楽四重奏曲第一番初演にかかわった後、今度はロゼー四重奏団の第二ヴァイオリンとして弦楽五重奏曲第2番を初演した。

2016年1月 3日 (日)

ロゼー四重奏団

ウィーンフィルのコンサートマスタだったアーノルト・ロゼーによって1882年に創設された弦楽四重奏団。ウィーン最高の弦楽四重奏団の地位をへルメスベルガー四重奏団から引き継いだ形となる。ロゼーは1863年ルーマニア生まれだ。17歳でウィーン宮廷歌劇場管弦楽団のコンサートマスターに就任した。以後58年間コンサートマスターとして活躍した。もはや伝説上の人物だ。大変な実力者で、エピソードには事欠かない。クライスラーの読譜力に疑問符を投げかけたのも彼と言われている。マーラーの妹ユスティーネと結婚して授かった娘の名前は、マーラーの妻にちなむ「アルマ」だった。

コンマスへの就任は1880年で、四重奏団の創設は1882年。つまりブラームスの壮年期と重なっている。弦楽四重奏曲第2番を得意としていたと伝えられるが、弦楽五重奏曲第2番を世界初演している。ブラームスの信頼は厚く、室内楽のウィーン初演を次々と担って行く。ブラームスの推薦によりウィーンに進出したドヴォルザーク作品の初演にも尽力した。

2015年12月30日 (水)

ヌヴー

ジネット・ヌヴーはフランスの女流ヴァイオリニスト。私のようなブラームス愛好家にとって、多くの場合、代えの効かない存在であり、熱い思慕の対象だ。15歳でヴィエニャフスキー国際ヴァイオリンコンクールで優勝して、センセーションとなる。この時の2位が、オイストラフだった話は、今や伝説だ。1849年10月27日航空機の事故によってこの世を去った。

ヌヴーがキャリアのスタートに選んだのがブラームスのコンチェルトだ。しかもハンブルクでという念の入れようだ。つまり彼女はブラームスを愛した。1948年にイッセルシュテットと録音したブラームスのヴァイオリン協奏曲のCDは長く私のお気に入りだった。「気迫」「集中力」「情熱」などという単語で、しばしば称賛され、同曲の演奏史に残る録音だ、
3ヶ月ほど前、ふとしたことから、某ショップで、彼女の演奏するヴァイオリンソナタ第3番のCDを見つけた。即買い。転がり込むように帰宅して早速聴いた。先述のコンチェルトがあまりにも有名なので、目立たなかったがソナタも録音していたのだ。何と言っても、事故によってこの世を去る7日前、パリでのリサイタルでブラームスの3番を弾いている。CDに収録されているのは9月21日の演奏だが、とても貴重だ。
私のように「ヌヴー補正」がかかった者にとっては、超お宝だ。1つ年上の兄のピアノに支えられて、ヌヴー節が炸裂している。第一楽章の3、4小節目の末尾にある「<>」の独特な表現がやけに説得力を持っている。第二楽章の音の組み立てが丁寧。「気迫は腹の底にしまって」という感じ。第三楽章のスタカートが長めで新鮮。反則スレスレのポルタメントっぽい節回しが、常にオフサイドラインの裏を狙うフォワードのような確信に満ちている。
ブラームス好きなんですねという演奏。1番と2番が聴きたい。

2015年12月13日 (日)

フーバイとポッパー

ブラームスの伝記にしばしば、巨匠として登場する2人だ。フーバイはヴァイオリン、ポッパーはチェロ、どちらも19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した。ヨアヒムとハウスマンの次世代を背負った演奏家だ。

まずはフーバイ。1858年生まれのハンガリーのヴァイオリニスト。ドイツ系ユダヤ人のイェネ・フーバイは、ドイツ風に申せば、オイゲン・フーバーだ。父も高名なヴァイオリニストだったが13歳から5年間、ベルリンでヨアヒムの指導を受けた。20歳でパリデビューののち28歳で父のあとを継ぐ形でブダペスト音楽院の教授に就任する。

続いてポッパー。ダヴィッド・ポッパーは、1843年生まれ。ユダヤ系チェコ人。プラハの音楽家の生まれだとか。1867年ウィーンデビューを果たし、宮廷管弦楽団の主席チェロ奏者に就任。1876年ハンガリー王立アカデミーの初代チェロ科教授に就任。1896年にはブダペスト音楽院の教授になる。19世紀最高のチェロ奏者に推す向きも少なくない。人呼んで「チェロのサラサーテ」だ。

1886年12月20日ブラームスはピアノ三重奏曲第3番をこの2人とともに初演した。当時ハプスブルク帝国内最高のヴァイオリニストとチェリストを初演のメンバーに選べるブラームスの威勢であった。フーバイがヨアヒムの弟子であることは重要だ。結局2人はブラームスのお眼鏡にかなう。

2年後、1888年12月21日にはフーバイのヴァイオリンで、ヴァイオリンソナタ第3番が初演される。またもブダペストだ。さらに1890年1月10日にはまたもブダペストにおいて、ピアノ三重奏曲第1番の改訂版が初演される。メンバーはこの2人とブラームス本人。作品の初演に万全を期すブラームスは、本拠地ウィーンを離れて初演することを決断する。ブダペストを選ぶ理由は、この2人の存在だと思われる。

2015年6月19日 (金)

ヘルメスベルガー四重奏団

ヨーゼフ・ヘルメスベルガー・シニアによって1849年に結成された弦楽四重奏団。息子のヘルメスベルガー・ジュニアに引き継がれ1902年まで活動を継続した。創始者ヘルメスベルガーシニアは1842年に活動を開始したウィーンフィルのコンサートマスターだ。コンマスが弦楽四重奏団を組織するという同オケの伝統はこの時から始まる。

同カルテットの功績は枚挙に暇が無い。いわゆる「ウィーン古典派」により完成された弦楽四重奏というジャンルを磐石なものにした。ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の復活や、シューベルトの復活に尽力した。1868年にはダヴィッド・ポッパーをチェリストに迎えたほか、チャイコフスキーのコンチェルトの初演者として名高いブロツキーをセカンドヴァイオリンに据えるという威勢を誇った。サッカーで申せばレアルやバルサみたいなものだ。

1862年11月16日に同四重奏団のメンバーとブラームス本人のピアノでピアノ四重奏曲第1番のウィーン初演があった。これがピアニストブラームスのウィーンデビューだ。同月29日にはピアノ四重奏曲第2番の世界初演が同じメンバーで行われた。

まだハンガリー舞曲も出ていない。「ドイツレクイエム」も出ていない。ハンブルクから9月にウィーンに進出したばかりのよそ者ブラームスの作品が、わずか2ヵ月後にヘルメスベルガー四重奏団に演奏された事実は重い。ブラームスをヘルメスベルガーに紹介したのは、ピアニストのユリウス・エプシュタインだ。ブラームス作品の出版前の楽譜を見てヘルメスベルガーは、自宅にブラームスを招いて試演し、ついには公開演奏に踏み切った。「ベートーヴェンの後継者が現れた」と絶賛することも忘れない。

ウィーン最高の弦楽四重奏団の創始者にして、ウィーンフィルのコンマスが与えた評価は、ウィーンでのブラームスの名声を高めたに違いない。

これを機に同四重奏団はブラームスと緊密な関係を続けることになる。弦楽四重奏曲第1番の初演のほか、ヴァイオリンソナタ第2番の初演をヘルメスベルガーシニアが担った。

2011年4月23日 (土)

独奏クライスラー

指揮者としてのグスタフ・マーラーがブラームス作品をどの程度取り上げたのか2008年7月7日の記事「指揮者マーラー」で述べた。

そこには交響曲ばかりでなく協奏曲も載せておいた。ヴァイオリン協奏曲が3回と、ピアノ協奏曲第1番が1回だった。ところが悩ましいことにソリストが不明だった。

このうち1910年3月10日のニューヨークでのヴァイオリン協奏曲についてソリストが判明した。フリッツ・クライスラーだったのだ。

となるとその翌日3月11日のヴァイオリン協奏曲もソリストはクライスラーという可能性が高まる。

いやはや何とも羨ましいメンツである。

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