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カテゴリー「350 演奏家」の42件の記事

2021年8月27日 (金)

無理と知りつつ

ものすごい本を書いてシューベルトへの溢れる愛を隠そうとしないフィッシャーデュースカウ先生の演奏は、そりゃあもう素晴らしいのだが、我が家ではブラームスの歌曲だってCDで全て聴くことが出来る。そりゃ素晴らしい。先生のキャリアの中では要所にブラームスが出て来る。演奏の素晴らしさから逆算して、シューベルトで行ったような入念な準備があったに決まっている。シューベルトであれほどの準備をしておきながらブラームスの録音は行き当たりばったりでしたなどということはあり得まい。

となると、ブラームスについてだって相当な内容の本が書けたはずだ。フィッシャーディースカウ先生が録音したブラームス作品の解説とまで行かずとも、エッセイなら十分に書けたに違いない。既に存在していて和訳されていないだけということもあるのだろうか。私は見たことがない。

目から鱗が数十枚落ちたり、飛ぶ鳥が数十羽落ちたりするに違いない。

 

2021年8月15日 (日)

ジェラルドムーア

フィッシャーディースカウ先生は大著「シューベルトの歌曲を辿って」の中で、シューベルトへの愛を隠していないが、同等な愛情が伴奏者であるジュラルド・ムーア先生にささげられている。1899年生まれで、1972年に同全集が完成されたときは73歳だったはずだ。彼の記述はわずか5行にとどまっているが、心酔ぶりは明らかだ。「紙幅が許せば、この人の記述に1章をささげるべきだ」「シューベルト歌曲全てについて伴奏経験がある世界で唯一の人物」という感動的な前置きに始まり、その演奏の特質を嬉々として列挙する。

  1. リズムの弾み
  2. レガート奏法の技術
  3. テキストへの感情移入

ジェラルド・ムーア先生の伴奏は我が家のささやかなCDのコレクションの中にあっても膨大な量で、相棒の歌手はディースカウ先生にとどまるものではない。

ブラームス歌曲の伴奏においても図抜けた存在だ。ディースカウ先生の掲げた上記の特質は、何もシューベルト演奏に限ったものではなく、ブラームスにおいても威力を発揮していると見るのが自然だ。

 

 

 

2021年8月10日 (火)

フォーグル

ヨハン・ミヒャエル・フォーグル(1768-1840)は、シューベルト歌曲の創作、演奏を語る上で欠かせない人物だ。シュタイアー生まれで、ミュンスターで学んだ。モーツアルトのレクイエムで名高いジュスマイヤーと同窓だという。ジュスマイヤーの推薦で1794年ウィーン宮廷歌劇場と契約し、28年も在籍した。本職はオペラ歌手で、声質はバリトンだ。オペラの世界ではソプラノやテノールに比べるとやや日陰だが、そのことがやがてリートに彼を導いたともいわれている。オペラ上演を聞いたシューベルトがその段階で心酔したとされている。

やがてシューベルトの友人たちは二人を引き合わせるために奔走する。いつも自作を自分で歌ったシューベルトに代わって歌ってくれる存在を求め、白羽の矢がフォーグルにあたったということだ。友人たちが知恵を絞ってコネを見つけ出して近づいた結果、何回かの拒絶はあったものの会見にこぎつけた。

最初に見せたのは「目の歌」D297、つづけて「ガニュメート」D544「メムノン」D541だ。フォーグルはシューベルトの才能に歓喜し晴れてシューベルティアーデの一員となった。

歳の差30歳のこの2人は芸術上分かちがたいコンビになり、その交友はシューベルトの死まで続いた。フォーグルが与えたのは最上の解釈と演奏の他、経済的援助もおしまなかったという。

彼はシューベルト歌曲の重要な演奏者、解釈者であった。有節歌曲ではテキストの進行に合わせてニュアンスを付与するのは当然ながら、楽譜にないアドリブまでもためらわなかったという。それがそのまま楽譜に転写され流布するということも起きてきた。ベートーヴェンの変奏曲に主題を供給したディアベリ刊行の楽譜にはそれらが特盛で、1880年まで売られていたから、シューベルト全集の発刊にあたってそれらの区別は急務であった。

ブラームスの伝記に現れるフォーグルは、「シューベルト歌曲の改竄者」という残念な表現もある。ブラームスはシューベルト全集の出版に際し、原典主義を貫く立場から、シューベルトオリジナルとフォーグルの手による改変を根気よく区別した。モーツアルトのレクイエムにおいてジュスマイヤーの手による補筆とオリジナルの分別を手掛けたことと似ている。作曲とはまた別の才能には違いあるまいが、ブラームスが区別したことでありがたみは数段高まる。

今日8月10日はフォーグルの誕生日だ。

2021年8月 7日 (土)

おすすめ歌手

ディートリヒ・フィッシャーディースカウの同業者への視線は、それが先輩であれ後輩であれ、格別に温かいものだ。シューベルト本人やテキストの供給者たちへの愛と遜色ない。著書「シューベルトの歌曲をたどって」の「演奏家」と銘打たれた第10章には、シューベルト歌曲の演奏家たちの手厚い描写になっている。「20世紀以降、シューベルトの歌曲を取り上げたプロの歌手」というのが著述の基準だ。そこにネガティブな表現は見られない。

ブラームスとの関係で申すなら何はともあれユリウス・シュトックハウゼンだ。彼に対する愛情あふれる記述は脱線を挟みながらかれこれ3ページに及ぶ。弟子まで入れればその影響は絶大だとわかる。

やがて、現在のショップで入手可能な演奏家も増えてくる。ネガティブな表現はないので「おすすめ歌手」が盛りだくさんになる。

  1. ハンス・ホッター
  2. ゲルハルト・ヒッシュ
  3. アレクサンダー・キプニス
  4. ロッテ・レーマン

章末になると、レコードが誰にでも入手できて、読者が直接確認可能になるという前置きに従って、おずおずと同時代の優秀なシューベルト歌手が列挙される。以下に一部を掲げる。

  1. エリー・アメリンク
  2. ペーター・アンデルス
  3. ヴィクトリア・ロスアンヘレス
  4. キャサリン・フェリアー
  5. ジェシー・ノーマン
  6. ヘルマン・プライ
  7. レオンタイン・プライス
  8. エリザベート・シュワルツコップ
  9. イルムガルト・ゼーフリート

本当に本当に冷静で簡素な語り口に感心する。本来この系統のリストの筆頭に書かれていてもおかしくない人なのに。歌唱と著述の「二刀流」である。

 

 

 

 

2021年8月 4日 (水)

没後の章

第二次歌曲特集の本丸「シューベルトの歌曲を辿る旅」のガイドブックは、ディートリヒ・フィッシャーディースカウ先生の大著の全訳で、490ページという厚みだ。歌曲を通じてシューベルトの生涯をたどるというぶれない柱に、テキストの供給者への愛が加わる。全11章の8番目で主人公シューベルトが没する。その後、「死後」「演奏家」「今後の見通し」という3つの章が延々47ページ続く。およそ10%が没後の話である。当時としても早世だったシューベルトの死後、その作品がどう受容されたかにかなりのスペースを割く。

ブラームスへの言及全15回はそうした受容史のエポックとしての記述に集中する。だからブログ「ブラームスの辞書」上で延々と引用が続くということだ。

「死後」の章がそうした受容史を記述した後「演奏家」の章では、著者ディートリヒ・フィッシャーディースカウ先生と同世代、厳密には執筆時の現役世代の歌手たちが、シューベルト演奏の切り口で列挙される。最終章「今後の見通し」は、この先も人々はまだまだシューベルトでっせという予言だ。シューベルトの本質を旋律だと断言する様は、文字数を費やすことこそないものの説得力の塊だ。

2021年7月 1日 (木)

ドイチュ先生

ドイチュ番号で思い出した。著者オットー・エーリヒ・ドイチュではなくヘルムート・ドイチュ先生のことだ。歌曲伴奏の第一人者として長く君臨する。実は彼こそが書籍「ブラームスの辞書」の生みの親だ。一連の経緯は下記の通り。

  1. 伴奏の芸術
  2. 秋川の奇跡
  3. 花束の大きさ

ドイチュ先生の著書は「伴奏の芸術」という。

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この本の28ページに「ブラームスのダイナミクスの指定は並外れて変化に富み、それを全部書き出してリストにするのも、おそらく価値があるのではと思われる」と書いてある。書籍「ブラームスの辞書」の執筆に踏み切れずに迷っていた時、この部分に触れて背中を押された。

だから出版後、なんとしても先生に進呈したいと欲しての突撃であった。奥様にも進呈したお礼にとサインまでいただいた。

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ここに掲示するわけにもいかないが、ご夫妻との記念写真が今も私の宝でる。

今、シューベルトの記事を発信するにあたってもう一度読み直している。ドイチュ先生はシューベルトの記述に特段の愛情をささげておられる。これも縁。

2021年6月30日 (水)

ドイチュ番号

シューベルト作品を整理した音楽学者オットー・エーリヒ・ドイチュ(1883-1967)に因んでドイチュ番号と名付けられたシューベルト作品整理の体系のことだ。シューベルトにおいて「op」つまり作品番号は、必ずしも作曲順ではなく、出版順だ。また未出版や異稿、断片も多く作品全体を俯瞰するには機能不足である。その点を補うのがドイチュ番号で通常「D」と略記される。バッハでいう「BWV」やモーツアルトの「K」に相当する。D番号はほぼ作曲順で、最大値は990番だという。

生みの親ドイチュは、オーストリア人でシューベルト研究の泰斗。1914年に著した「フランツ・シューベルト-その生涯の記録」は、シュピッタの「バッハ伝」に比肩する金字塔だ。1939年には英国に亡命したが、その後もケンブリッジで研究を進め「シューベルト全作品の主題の年代順による目録」を1951年に出版にこぎつけた。これが「D番号」の根拠になっている。これによりシューベルトの受容が急速に進んだことは周知の通りだが、ドイツ語版の発行は1978年までずれこんだ。

この先ブログ上でシューベルトネタをこね回すにあたり、「D番号」のお世話になる関係で早い段階での言及は必須である。ちなみに「美しき水車小屋の娘」はD795、「冬の旅」はD911、「白鳥の歌」はD957である。個別の曲は末尾にハイフンを介して子番号が付与される。「菩提樹」はD911-5、「セレナーデ」はD957-4という要領だ。異稿は末尾にアルファベット小文字を付して区別する。断片を含む未完作品にも番号が律儀に与えられていたり、現在では他者の作品と判明している作品があるのはバッハのBWVと同じだ。

 

 

2021年6月19日 (土)

ピアニシモの魔術師

ブラームス歌曲の私的ベスト24 を好みの演奏で選ぶ過程を楽しんだ。フィッシャーディースカウとヘルマプライの2人だけでもほぼ作れてしまうのだが、女声が全く入らぬのもいかがなものかと思い詰めて、白井光子先生を選んだ。見ての通り日本人なのだがドイツで研鑽を積んだひとかどのメゾソプラノという評価だ。この度24曲のうち下記8曲をお任せするに至った。

  1. エーオルスのハープに寄せて op19-5 
  2. 子守歌 op49-4 
  3. 君の青い瞳 op59-2 
  4. 野に一人いて op86-1 
  5. 野を渡って op86-3 
  6. サッフォーの頌歌 op94-4 
  7. 死は爽やかな夜 op96-1 
  8. 我が歌 op106-7 

栄えあるオープニングを筆頭に目白押し。どれもフィッシャーディースカウやヘルマンプライが未録音の作品ではないけれど、繊細なピアニシモを駆使して堂々と渡り合う。ピアニシモの掌上でニュアンス1個の出し入れを自在に操るとでも申すべきか。我が家のCDで聴ける彼女の演奏は全部で23曲なので、8曲採用はかなりの歩留まりだ。女声はこの人一人で事足りる。ブラームスが歌曲に求めるクオリティに合致すると申し上げたい。そのクオリティは必ずしもソプラノのキャラとは一致しない。

とりわけだ。上記2の「子守歌」上記5の「野に一人いて」は絶妙だ。子守歌はこの人の演奏でなければベスト24には届かない。ろうそくの灯りの下でしっとりと聞かせる感じ。子供を寝かせる気のないかのようなソプラノの演奏が少なくない中、出色の出来映えだ。「野に一人いて」は所有22CDのうち最も遅い演奏。途切れぬレガート。テキストや和声にシンクロしてピアニシモ域内を維持したままニュアンス1個を自在に操る。

かくして、ブラームス歌曲私的ベスト24は、ディートリッヒ・フィッシャーディースカウヘルマンプライ 、白井光子の3名が8曲ずつ歌うという絶妙のバランスとなった。

2021年6月18日 (金)

プライ賛

昨日「やっぱりフィシャーディースカウ 」だと書いたのだが、もう一人ヘルマンプライも大好きだ。1990年新婚旅行で訪れたウィーンで生の演奏を聴いた。ちゃんとプログラムを保存してある。

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楽友協会ブラームスザールでの第8回ウイーンシューベルティアーデ。演奏とトークだ。伴奏がホカンソンという豪華な顔ぶれでチケットが100シリングとかあり得ぬ。1300円くらいか。ケタが違うやろ。

だからという訳で彼もまた別格。ブラームス歌曲の全集は無いが、有名所はCDで聴ける。曲によってはディースカウと匹敵する。そのフィッシャーディースカウとはフィガロの結婚でのやりとりが思い出深い。

2021年6月17日 (木)

フィッシャーディースカウ再発見

思えば学生時代、最初に購入したドイツレクイエムのLPは彼の独唱だった。2枚組の余白に「四つの厳粛な歌」も入っていた。なけなしの小遣いだったから、他の演奏家のレコードを買いそろえて聞き比べるなんぞ無理だった。結果として彼の歌唱が脳みそに刷り込まれた。予備知識無いまま適当に買ったレコードがフィッシャーディースカウだとは振り返るとすごいことだ。

亡くなってかれこれ10年経つというのにネット上でも書物でも、彼を賞賛する声は絶えない。20世紀最高の歌手と断言したところでブログ炎上はするまい。オペラでもリートでも、あるいはバッハでもオールマイティだ。中でもとりわけシューベルトではあるのだが、彼はブラームスにも浅からぬ縁がある。

13歳で「四つの厳粛な歌」に感動したのをキッカケに同曲集を独学し、20歳の時の演奏を聴いたフルトヴェングラーが腰を抜かしたとか、第二次大戦後の歌手デビューはドイツレクイエムだったとか。

それでもってこの度の第二次歌曲特集だ。記事執筆の準備の一環として手持ちのブラームス歌曲のCDを片っ端から聴いた結果、やはりフィッシャーディースカウはすごいと感じた。条件付きながら全集を入れている数少ない歌手だというだけで既にアスタリスクが付く上に、まあどの演奏もすごい。マイナー作品の隅々にまで行き渡る繊細な気配り。何よりそれを音にする技術。かれこれ70名のCDを聴いてみて更尚実感した次第。お金と時間の節約のためとりあえずフィッシャーディースカウというのは正解だった。彼が録音していない作品を誰で聴くかという楽しみもまた小さくない。

 

 

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