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カテゴリー「352 ヨアヒム」の33件の記事

2019年10月10日 (木)

コンサートツアー

クララ・シューマンにとってロベルトの入院後最初の演奏会シーズンとなった1854年秋の演奏会の記録を調べてみた。

  1. 10月16日 ハノーファー 宮廷演奏会
  2. 10月19日 ライプチヒ ゲヴァントハウス
  3. 10月23日 ライプチヒ ゲヴァントハウス
  4. 10月25日 ワイマール リストと共演
  5. 11月03日 フランクフルト・アム・マイン
  6. 11月04日 フランクフルト・アム・マイン
  7. 11月13日 ハンブルク フィルハーモニーとの共演
  8. 11月15日 ハンブルク・アルトナ
  9. 11月16日 ハンブルク
  10. 11月18日 リューベック
  11. 11月21日 ブレーメン
  12. 11月23日 ベルリン
  13. 11月29日 ブレスラウ
  14. 12月01日 ブレスラウ
  15. 12月04日 ベルリン ヨアヒムとジョイント
  16. 12月07日 フランクフルト・アム・オーデル
  17. 12月10日 ベルリン ヨアヒムとジョイント
  18. 12月16日 ベルリン ヨアヒムとジョイント 
  19. 12月20日 ベルリン ヨアヒムとジョイント
  20. 12月21日 ライプチヒ ヨアヒムとジョイント

いやはや意欲的である。1月以降はオランダにも足を伸ばすなど、ほぼこの調子で4月までのシーズンを乗り切った。これにより5000ターラーつまり15000マルクの収益があったとされている。

上記7から9の前後ハンブルク滞在の折、クララはブラームスの実家を訪れ、母ヨハンナから家族同然の歓待を受けている。

2019年9月22日 (日)

組織委員会

オリンピックやワールドカップなどの大きなイベントになると、その準備や運営は個人の力では難しくなる。しからばとばかりに組織委員会が編成される。

 

1880年5月3日ボンにおいてロベルト・シューマン記念碑の除幕式が行われた。式典の前日を含めた2日間の進行を司る組織委員会が発足した。この委員会は2人の人物の共同指導体制だった。2人とはヨーゼフ・ヨアヒムとヨハネス・ブラームスだった。そして主役はロベルト・シューマン未亡人のクララである。

 

故ロベルトの信頼厚き2人の大音楽家をいただく組織委員会によって周到に計画されたイベントだったらしい。前日2日には記念の演奏会が催されロベルトの作品がいくつも演奏されたという。

 

演奏曲目を調べていて驚喜した。ブラームスのヴァイオリン協奏曲があったのだ。おそらく2日の夜だったと思われる。指揮は作曲者ブラームス本人で、ヴァイオリン独奏はヨアヒム。初演と同じ組み合わせだ。組織委員会トップの2人による渾身の演奏だ。

 

そしてもちろん60歳のクララがこれを聴いていたのだ。

2019年8月21日 (水)

キールより愛を込めて

みすず書房刊行の原田光子訳「ヨハネスブラームス・クララシューマン友情の書簡」という本の226ページに、左手版シャコンヌをクララに贈った際に添えられた手紙が訳出されている。一昨日その全文を紹介した。本日は同書の227ページに記載されたそれに対するクララからの返信を抜粋して紹介する。

7月6日キール
 最愛のヨハネス。ここで私を待っていたのは素晴らしい驚きでございました。まあ何と言う不思議なことでしょう!ちょうど私は着いてすぐ机の引き出しをあけようとして、右手の筋を痛めましたのでシャコンヌは本当によい隠れ家でございました。あなただけにしか書けない作品、そして私がことに非凡だと思うのは、ヴァイオリンの効果をそのまま出しておいでのことです。どうしてお考えになられたのでしょうね。それが本当に不思議に思われます。私の指が終わりまで支えきれないのは事実です。同じ音が繰り返し奏せられるところにくると、つっかえてしまって、右手が助けに出たくなります。それ以外は別に克服しがたい難解さはありません。そして大きな楽しみです。
クララのおメガネにかなったことは間違いない。何よりも褒められているのはその着想だろう。クララをもってしても右手で手伝いたくなるとはほほえましい限りだ。
同じ手紙の後半で、イタリアの貴族に嫁いだ三女ユーリエの子どもが急死した事が報告されているが、まず作品への感謝と評価を忘れない健気なクララだ。

2019年7月24日 (水)

シャコンヌとヨアヒム

先に紹介したバッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全6曲の自筆譜、ベルリン国立図書館の分類番号でいう「BB Mus.ms.Bach P967」が本人の自筆譜と確認されるまでには時間がかかったと書いた。

その確認には大ヴァイオリニストヨアヒムがかかわっていた。全くの偶然に同楽譜の写真譜を目にしたヨアヒムが、これを弟子でありバッハ研究家でもあったアンドレアス・モーザーに出版話を持ちかけたのだ。それが1908年に出版されたボーデウントボック版だ。バッハ自筆譜に基づく世界初の出版だ。

ヨアヒムは出版の前年に惜しくもこの世を去ったが、生前にはこの作品を自らのレパートリーに取り入れて精力的に演奏した。19世紀後半におこったバッハ復興運動の中で、異彩を放つこの無伴奏作品は、ロマン派的解釈の中でさまざまな形で演奏されてきた。シューマンやメンデルスゾーンによるピアノ伴奏パートの付与はその一例である。そうした風潮の中、この作品について現代にも通ずる解釈をもって敢然と無伴奏演奏にこだわったのが、ほかでもないヨアヒムだった。メンデルスゾーンとダーヴィッドに師事する中から、同作品集にふれたヨアヒムは、1844年ロンドンで無伴奏演奏を披露した。なんとこのときヨアヒム13歳である。1855年にピアノ伴奏付での演奏が一度だけあるほかは、無伴奏の演奏にこだわり続けたという。ちなみにこの唯一のピアノ伴奏付の演奏の際、ピアノを受け持ったのはクララ・シューマンだという豪快な尾ひれがついている。

やっとクララが出てきた。1879年そのクララが右腕を脱臼した見舞いにと名高いシャコンヌを左手用に編曲したとき、ブラームスはその理由を語っている。

  1. 愛するクララを慰めるため。
  2. シャコンヌ自体が興味深い作品で、作曲技法という点で常人の理解を超えているから。
  3. 最近ヨアヒムがちっとも弾いてくれないから。

おお。1853年ヨアヒムとブラームスがであったとき、そしてブラームスがリストと決裂してヨアヒムのもとに身を寄せていた。二人は語らいのかたわら、しばしば演奏を楽しんだとされている。そのときヨアヒムは何度かシャコンヌをブラームスに弾いて聴かせていたことは確実だ。

 

 

2016年3月31日 (木)

ハンス・ミリエス

ハンス・ミリエス(Hans Millies1883-1957)は、ヴァイオリニスト、指揮者、作曲家の肩書きを持つ音楽家。ベルリン高等音楽院に学んだというだけでもありがたいのに、ヴァィオリンをヨアヒムに師事したとあっては、そのご利益たるや半端ではない。

1910年、彼は上海租借地のオーケストラにコンサートマスター兼副指揮者として招かれる。1914年には第一次大戦の勃発とともに青島に出征するがそこで、租界オケの仲間4人とともに捕虜になってしまい日本にやってくる。やってきた先は千葉県習志野市にあった捕虜収容所だ。仲間は散り散りになるが、徳島坂東に送られた2人が第9交響曲日本初演に携わることになる。

おそらく1000名程度の捕虜が1919年まで収容されていた習志野で彼は弦楽四重奏団を組織し、やがてオーケストラも出来上がる。習志野捕虜オーケストラの指揮者あるいはコンマスとして運営を取り仕切った。確認されているだけでの10回くらいは演奏会を開いている。

このオケがブラームスを取り上げた事実がなかなか確認できないが、ヨアヒムの直弟子が指揮者だったというだけで満足した気になっている。

2016年1月 7日 (木)

3大弦楽四重奏団

「ブラームス存命時」のという条件で、独断を駆使して3大弦楽四重奏団を考えた。

<ヨアヒム四重奏団> 1867年創設。クラリネット五重奏曲初演のメンバーを列挙する。クラリネットはミュールフェルトだ。

  • ヨゼフ・ヨアヒム 1stVn
  • ハインリヒ・デアーナ 2ndVn
  • エマニュエル・ヴィルト Va
  • ロベルト・ハウスマン Vc

<ヘルメスベルガー四重奏団> 1849年創設。弦楽四重奏曲第1番初演時のメンバーを記す。

  • ヨゼフ・ヘルメスベルガー・シニア 1stVn
  • ヨゼフ・ヘルメスベルガー・ジュニア 2ndVn
  • ジキスムント・バッハリッヒ Va
  • ハインリヒ・レーファー Va

<ロゼー四重奏団> 1882年創設。弦楽五重奏曲第2番初演時のメンバーを記す。

  • アルノルト・ロゼー 1stVn
  • アウグスト・ジーベルト 2ndVn
  • ジキスムント・バッハリッヒ Va
  • ラインホルト・フンマー Vc

ブラームスとのかかわりを考慮するとこれで決まりか。世界初演を最低1回は任されている。活動当時どれも世界一の折り紙をつけられていた。ブラームスの室内楽作品は、その初演に世界一の四重奏団を起用できたということだ。よく見ると、ジキスムント・バッハリッヒさんは2回現れる。ヘルメスベルガー四重奏団のヴィオラ奏者として弦楽四重奏曲第一番初演にかかわった後、今度はロゼー四重奏団の第二ヴァイオリンとして弦楽五重奏曲第2番を初演した。

2015年12月26日 (土)

ニ短調ソナタ

無伴奏ピアノのためのソナタや、ピアノを含む二重奏ソナタはしばしば単に「ソナタ」と通称されている。第1楽章の調性を添えて呼ばれるのもお約束だ。ブラームスのピアノソナタ3曲、二重奏ソナタ7曲計10曲のうちニ短調の作品はただ1つしかない。ヴァイオリンソナタ第3番op108である。友人で大指揮者、優秀なピアニストでもあったハンス・フォン・ビューローに献呈されているのだが、クララ・シューマンのお気に入りでもあった。

1894年のある日、クララはヨアヒムとともにこのソナタを演奏した。「めったに経験できない純粋な喜び」と日記にしたためた。1891年3月を最後に公開の席での演奏から身を引いていたから、このときのヨアヒムとの二重奏はプライヴェートなものだ。いやはや何とももったいない。

2014年10月26日 (日)

長距離列車

1867年2月26日ロンドン、クララからブラームスに宛てた手紙の中に、英国での公演ツアーの日程が厳しいことを伝えている部分がある。

3日連続で演奏会が組まれていたりするので、毎日5~6時間も列車で移動せねばならないと言っている。ヨアヒムのスケジュールはもっと厳しいとも伝えている。

当地では演奏会が金儲けの手段になっているばかりか、夜にはパーティーにあるので、余計に体力を消耗すると嘆いている。それでも演奏の質を落すのはプライドが許さないから、ギリギリのところで折り合っている。

鉄道で行動範囲が広がったのは事実ながら、かえって日程がハードになってしまったというのが実情らしい。

2014年3月 2日 (日)

ハノーファーの位置

ロベルト・シューマンがライン川に身を投じたという知らせを、ブラームスはハノーファーで聞いた。そのハノーファーと主要都市との距離を以下に掲げる。

  1. ベルリン 263km 2時間
  2. ハンブルク 185km 1時間10分 少し訳あり
  3. デュッセルドルフ 295km 2時間30分
  4. ライプチヒ 269km 3時間10分
  5. ウィーン 937km 8時間 当時はまだ鉄道で直結されていない。

5番目のウィーンは参考のため載せておいた。所要時間は現代のICE利用による。

つまりハノーファーは便利な場所だということ。シューマンに認められて、楽壇に紹介され、作品の出版話もトントン拍子に進む中、一旦デュッセルドルフのシューマン邸を辞したブラームスの落ち着き場所がハノーファーだった。ここにはヨアヒムがいた。何せ当地の宮廷楽団のコンサートマスターだった。

ふるさとのハンブルク、シューマンがいるデュッセルドルフ、出版社があるライプチヒこれら諸都市に行くにも便利だ。当時はまだウィーンに進出を決める前だから、ウィーンとの距離は問題にならない。ウィーンを参考と言ったのはそのためだ。急を聞いてシューマン家に馳せ参ずるとき、当時としても半日あれば十分なところにいたということだ。

2013年9月12日 (木)

今時のヨアヒム

ブラームスラブを隠そうとしな我がブログで、断りなくヨアヒムと言ったら、19世紀屈指の大ヴァイオリニストで、親友のヨーゼフ・ヨアヒムを思い浮かべるのが自然だ。しかしながら現代のドイツ人も同じかと言うとどうも勝手が違う。

おそらく現代のドイツ人なら、サッカー現ドイツ代表監督のヨアヒム・レーヴを思い出す人の方が数の上で優勢ではないかと感じる。この人歴代のドイツ代表監督の中でも際立ってイケメン。私と同い年で誕生日も近いので星座も一緒。2012年の欧州選手権までは采配の評価も高かったが、準決勝で敗れてからは批判も湧いて来た。

欧米の言語では、苗字にも名前にも使える名前がある。ヨアヒムもそのうちの一つだと判る。

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