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カテゴリー「402 マルクゼン」の5件の記事

2011年7月12日 (火)

授業料

教育の対価として支払われるお金のことだ。幼稚園や保育園では月謝と呼ばれることが多い。個人のレッスンでも月謝袋が使われている。単発の研修会などにおいては受講料となる。いろいろ不文律もあるのだろう。

1843年10歳のブラームスの腕前を見込んだ興行師が、渡米を提案した。両親はコロリと賛成したが、当時の教師コッセルは反対した。1ランク上の教師を紹介することで両親を説得した。紹介したのはコッセル自身の教師でもあるエドゥワルド・マルクゼンだ。「二顧の礼」の結果、週1回1時間ブラームスのための時間を割くことになった。

マルクゼンは当時ハンブルク随一の教師だったが、ブラームスから授業料を受け取らなかったという。現在たとえば東京で最高のピアノ教師から1時間の個人レッスンをつけてもらったら、いくらになるのだろう。毎週1時間、およそ10年続いたのだ。計算するのも恐ろしい。

それ程貧しかったということだ。つまり取ろうにも取れなかったのだと思われる。程なくマルクゼンがその才能に気付いたというのが真相だろう。太っ腹な話である。

ありがとうマルクゼン。

2011年7月 9日 (土)

三顧の礼

陣営に不可欠な重要人物を招聘する際に手厚く礼を尽くすこと。出典は大好きな三国志だ。前半のヤマ。主人公劉備玄徳が、隆中に隠遁中の伏竜こと諸葛亮を配下に加えるために、草庵を三度訪問して説得した故事にちなむ。諸葛亮は説得に応じ君臣水魚の交わりをなす。以降、劉備亡き後も蜀の屋台骨を支える活躍をする。てゆうか彼本人が屋台骨そのものだ。

現代でも選挙の出馬や、監督人事を報ずる際に用いられることがある。

ブラームスにもあった。

1843年のことだ。ブラームス最初の教師コッセルは、ブラームスの才能をさらにワンランク上へと押し上げるために、自らの師であるマルクゼンに推挙する。10歳のブラームスの才能こそ認めたものの、マルクゼンは今のままで充分と判断し要請を断る。数ヵ月後今度はブラームスの父がマルクゼンを訪れて、弟子に加えることを要請する。

これでマルクゼンは折れた。週一回のレッスンに応じたのだ。劉備よりも1回少ない。いわば「ニ顧の礼」だ。1回分はブラームスの才能により割引があったと見る。

2008年6月17日 (火)

余分に暗譜

グノーのアヴェマリアは、バッハの平均律クラヴィーア曲集の第1巻第1番の前奏曲をそっくりそのまま伴奏に借用して、旋律を追加したという作品だ。大抵はそう説明されている。

しかし「そっくりそのまま」という言葉には注意が必要だ。グノーの側には、バッハオリジナルには存在しない小節が1つだけ加えられている。原曲の22小節目と23小節目の間に1小節加えられているのだ。だから厳密にはそっくりそのままではないのだ。

原曲となった前奏曲ハ長調を含む「平均律クラヴィーア曲集」は古来、ピアノ演奏の「旧約聖書」にもたとえられるほどの名曲だから、おびただしい数の筆写譜が存在した。18世紀から台頭した楽譜出版社は、出版にあたって特定の筆写譜を底本に採用した。問題の1小節は、数多い筆写譜のうち、1783年にシュヴェンケという人の残した筆写譜にしか現れない。困ったことに18世紀から19世紀にかけて、当時もっとも普及していたチェルニー版をはじめ多くの版が、このシュヴェンケの筆写譜を底本にしていたのだ。

1883年、この点に注意を喚起したビショフ版が出現するまで、1小節多いバージョンが一般に流通していたことになる。グノーのアヴェマリアは1859年の発表だ。アヴェマリア作曲の際、グノーの手元にあったのは、シュヴェンケに準拠した楽譜であったことは間違いない。アヴェマリアの余分な1小節はこれで説明が付く。グノーはバッハ作品に勝手に1小節挿入する程傲慢ではなかったのだ。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻162ページに興味深い記述がある。クララ・シューマンの高弟であるフローレンス・メイの証言だ。ブラームスはピアノレッスンの教材にバッハの作品を使う場合、チェルニー版を推奨しているのだ。彼女の証言は1871年のことだ。つまりビショフ版が出る前である。だからその中のハ長調の前奏曲は、シュヴェンケの写本の通り1小節多い版であることは確実だ。

それからさらに遡って少年時代のブラームスはマルクセン先生の許でバッハを学び、「平均律クラヴィーア曲集」全48曲を暗譜していたらしいが、この1小節分を余分に暗譜していた可能性が高い。

今日はグノーさんの190回目の誕生日である。

2007年12月 1日 (土)

平均律クラヴィーア曲集

言わずと知れたバッハの金字塔。24曲ずつからなる2巻で構成されている。BWVで申せば846から893までの48曲だ。ピアノの「旧約聖書」という比喩はことに名高い。

現在ではピアノの調律法として当たり前にもなってしまっている平均律だが、バッハの当時は、その可否を巡る議論が盛んだった。「C」を基準に5度ずつ上に音を辿って行く。「C→G→D→」という具合だ。この操作を12回繰り返すと「His」に届く。「Hのシャープ」だから実音「C」だと納得してはいけない。出発点の「C」から見て7オクターブ上の「C」にはならないのだ。あるいは3度の堆積で考える。「C→E→Gis→His」という具合に3度跳躍を3回繰り返してたどり着く「His」はこれまた「C」そのものではない。

つまりそれらの異名同音のズレをどう吸収するかについて数種類の調律法があり、平均律はそのうちの一つだったという訳だ。「C→E→Gis→His」という3度堆積で言えば、両端の「C」と「His」を完全なオクターブだと見なすことによって生じる誤差を、オクターブ内の全ての音程に広く薄く転嫁することと言い換えうる。

複数の調律法間の論争の中にあって、バッハ自身は平均律を支持を打ち出した。「平均律ならば、どんな調でも同じように作曲出来るンですよ。ほれこの通り」とばかりに取り出して見せたのが「平均律クラヴィーア曲集」なのである。

ここから延々と曲目解説に走らないのがブログ「ブラームスの辞書」である。

ブラームスからピアノを教えられた人々がしばしば、バッハの平均律クラヴィーア曲集を教材に使ったと証言している。あるいは、レッスンの合間に時間が空くと気分によってはブラームスがピアノを演奏してくれたという証言もある。こういう場合、自作を弾くことは滅多に無かったとも言われている。レッスンのちょっとした合間に平均律クラヴィーア曲集から1曲2曲を見繕ってサラリと弾くとは、風流の極致である。超絶テクニックてんこ盛りの作品を選ばぬという余裕のかまし方が素敵だ。そして何よりも多くの場合暗譜であったという。

ブラームスは「平均律クラヴィーア曲集」全48曲を暗譜していたらしい。きっと遠いハンブルグ時代、マルクセン先生のレッスンの頃、寝ても覚めてもバッハだったのだろう。

2007年11月18日 (日)

マルクセン没後120年

今日、この話題を取り上げるブログが日本にどのくらいあるのか興味深い。

エドワルド・マルクセンは1887年11月18日に没した。つまり今日が没後120年ということになる。現在では恐らくこの人はヨハネス・ブラームスの伝記の中で言及されることが一番多いのだろうと思う。

ブラームスが10歳の時から彼に師事した。当時ハンブルグ最高のピアノ教師で作曲家だったという。ブラームスの才能に驚いた最初の教師フリードリヒ・コッセルが、自らの師に紹介する形で巡り会うこととなった。

ブラームスの創作の基盤となった古典への敬意は、マルクセンによって徹底的に植え付けられたものだという。10歳の少年に対して知識をただ詰め込むだけではなく、それらの情報が体系的に与えられたことが重要である。ブラームス自身、マルクセンから吸収した古典の知識が自らの創作の重要な基盤だったことを十分に認識していたと思われる。ブラームス初リサイタルのプログラムにバッハのフーガが入っていた。バッハルネサンスがまだ緒についたばかりのこの時代にU-15の分際でバッハが取り上げられたのは、マルクセン先生の指導の賜物だと思われる。

後年ブラームスはピアノ協奏曲第2番をマルクセンに献じてその恩に報いている。先生は弾きこなせたのだろうか?

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