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カテゴリー「404 シュピッタ」の8件の記事

2011年12月22日 (木)

ゲッティンゲン大学

ドイツ有数の大学。学士会活動が盛んなことでも知られている。ブラームスの伝記を紐解くとしばしば名前が出て来る。ビスマルクが在籍していたこともある。1853年リストやレーメニと決別したブラームスは、ヨアヒムと合流してゲッティンゲンで過ごす。哲学の講義を聴講したとされている。ここで重要な出会いがあった。後に「バッハ伝」を著すシュピッタや詩人ファーラースレーベンと面識を得た。1858年頃にはアガーテと会うためにデトモルトからゲッティンゲンに駆けつける。何しろアガーテの父はゲッティンゲン大学の教授である。

さらにゲッティンゲン大学について調べていてお宝情報に出会った。ゲッティンゲン大学の正式名称だ。

Georg-August-Universitat

これが大学の正式名称なのだ。ゲオルグ・アウグスト大学とでも言うのだろう。創立者ハノーファー選帝侯ゲオルグ・アウグストに因む。ハノーファー宮廷楽団のコンマスだったヨアヒムがやってくるのもうなずける。さてゴルフ4大トーナメントの一つマスターズは、毎年米国ジョージア州オーガスタのナショナルゴルフクラブで開催される。「ジョージア州オーガスタ」が、ゲオルグ・アウグストと完全に一致しているのだが、これは単に偶然と思っていいのだろうかなどと毎度毎度の与太話をしている場合では無かった。

実は彼の地の大学にはドイツ語名の他にラテン語による正式名称が存在する。おおかた「Universitus何ちゃら」とでもいうのだろうと思っていたが違った。

Alma Georgia Augusta

「Alma」は「心」「魂」「精神」という意味だから「ゲオルグ・アウグストの魂」とでも申すのだろうか。何故私がこれで驚喜するかは内緒の方向で。

2011年11月21日 (月)

ベーメ

Franz Magnus Bohme(1827-1898)ドイツの音楽学者。近代ドイツ民謡学の巨星ルードヴィッヒ・エルクの弟子。1883年にエルクが没した後、1893年になって「ドイツうたの宝」を亡き師匠エルクの追編者として刊行の主役となった。だからその本は「エルク&ベーメの民謡集」と呼ばれることが多い。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻105ページ以降、ブラームスとホイベルガーの会話の中にしばしば現れる。8月22日の記事「エルクとブラームス」でも述べたとおり、この両者ウマが合わなかった。

ブラームスの憤りはエルク本人に向けられたものとその後継者にして共同編者のベーメに向けられたものが混在している印象だ。ブラームスの友人でバッハ研究の泰斗でもあるフィリップ・シュピッタが、エルクとベーメについての印象をブラームスに書き送っている。

ベーメへの評価は惨憺たるものだが、エルクへの評価は「お人好し」というものだ。どちらも積極的なプラス評価ではないが、少なくとも「エルク>ベーメ」であることは間違いあるまい。

偉人の後継者への評価はしばしば厳しいモノになりがちだ。ベーメも同時代の学者たちから酷評されている。ブラームスが持っているエルクへの印象のうちのなにがしかはベーメへの評価が反映したものだと感じる。

それでもブラームスの遺品となった蔵書のヤマの中に、エルク&ベーメの「歌の宝」が入っていた。

2009年4月 9日 (木)

シュピッタへの引導

シュピッタは19世紀最大のバッハ研究家だ。同時にブラームスの友人でもある。2人の出会いはゲッティンゲンだ。ブラームスやヨアヒムと友好を深め、ともに当地の大学の講義を聴講した。

若い頃作曲を志したシュピッタだが、ゲッティンゲンで同席したブラームスの才能に接して方向転換したとされている。あるいはヨアヒムともこのとき知り合ったに違いない。音楽を志す者としてこの2人から得た衝撃は大変なものだっただろう。ヨアヒムを見て演奏面の限界を悟らされた上、ブラームスに至っては作曲と演奏の両方が既に彼岸の領域にある。シュピッタに対するブラームスの言葉が記録されている。

「いいですか作曲なんぞ私でも出来る」

この言い回しを皮肉と取るか、最高級の励ましと取るか難しいところだ。会話がかわされた2人の信頼関係に左右されよう。シュピッタの作曲の腕前と、音楽知識全般を知り尽くした言葉なのだろう。シュピッタは皮肉と取らなかった。作曲でも演奏でもない新たな境地を切り開いて行くこととなった。

その後シュピッタは現在に至るまで色あせることのない大著「バッハ伝」を著すことで面目を保ち、ブラームスから絶賛されるに至る。

もし私が続くとしたらシュピッタの後だ。

2008年11月27日 (木)

ブランデンブルク協奏曲

「ブランデンブルク協奏曲」はバッハ器楽曲の代表作だが、このネーミングにバッハ本人は関与していない。ブランデンブルク辺境伯に献呈されたためにこう呼ばれているに過ぎない。1873年に高名なバッハ研究家フィリップ・シュピッタが命名したという。この人ライプチヒ・バッハ協会設立の立役者だ。約100年忘れられていたバッハは、このロマン派の時期になって鮮やかにリバイバルを果たす。メンデルスゾーンによる「マタイ受難曲」の再演とともにバッハ復興の象徴となる出来事だ。同協会によるバッハ全集をブラームスも収集していた。

何のことはない。このシュピッタという人物はブラームスのお友達だ。現在でもバッハ関係の書物をめくっているとしばしば名前の出てくる超一流の研究家である。

少年時代のマルクセンといいシュピッタといいバッハネタをキチンと提供してくれる人が回りにいたのだ。

学生時代、始めて取り組んだバッハの作品がこのブランデンブルク協奏曲第5番だった。もちろんヴィオラのパートだ。この曲編成が風変わりだ。ヴァイオリンが一部なのだ。これには実に現実的な意味がある。バッハが作曲した当時、ケーテンの宮廷楽団では、バッハ本人がヴィオラだった。ところがこのブランデンブルク協奏曲の第5番には独奏チェンバロがある。独奏者はもちろんバッハ自身だからヴィオラがいなくなってしまう。仕方なく第二ヴァイオリン奏者がヴィオラに回ったために、ヴァイオリンが一部になってしまったという。このタコ足的対応にはほほえましいものがある。

バッハは自分が弾かないヴィオラパートもちゃんと面白く書いてある。

2008年5月14日 (水)

バッハ伝

1873年5月、19世紀最高のバッハ研究家フィリップ・シュピッタのライフワーク「バッハ伝」の第1巻が刊行された。

それまでの研究の成果を一瞬で霞ませてしまうその時点でのバッハ研究の金字塔であった。バッハのみならず、その後に続く作曲家研究の方法論的規範ともなっていった。現代の最先端の研究成果に照らせば、修正が必要になった部分も少なくないが、一個人の著述としてシュピッタの「バッハ伝」を凌ぐ研究は現代に至るまで出現していないという。

シュピッタは135年前の今日1873年5月14日、刊行されたばかりの「バッハ伝」第1巻を、意見を求める手紙を添えてブラームスに献じた。ブラームスの反応は感動的だ。8つ年下の気鋭の研究家に対し、暖かなまなざしと敬意に溢れた手紙を送って労をねぎらった。「独りよがり」を懸念するシュピッタに対して「出版は万人にとっての収穫となるでしょう」と激賞した。

ブラームスはこのときまでに、バッハ研究や演奏の分野で、第一級の研究者が一目置く存在になっていたのだ。そして年下の研究者の成果に対しても素直に敬意を表するという度量をも持ち合わせていたことになる。シュピッタとブラームスの交流は生涯続く。

1880年に刊行されることになる「バッハ伝」第2巻執筆の大きな励みになったことは申すまでも無かろう。

シュピッタの喜びが目に浮かぶ。何しろブラームスのお墨付きである。

シュピッタは幸せだ。私だって「ブラームスの辞書」をブラームスに見てもらいたかった。たとえ、コテンパンに酷評されても本望である。

2008年2月 6日 (水)

学者交友録

以下の人物のリストをご覧頂きたい。

  1. カルベック(ブラームス)
  2. クリュサンダー(ヘンデル)
  3. シュピッタ(バッハ)
  4. シュピーナ(シューベルト)
  5. ノッテボーム(ベートーヴェン)
  6. ポール(ハイドン)

6人ともブラームスの友人だ。当代きっての音楽学者たちであり名前の後ろに記した作曲家についてのスペシャリストである。「カルベック=ブラームス」という冗談はさておき何とも華麗な交友録である。

これらの友人たちから吸収した情報がブラームスの作品に反映されていることは想像に難くない。こうしてブラームスは自らが第一級の作曲家でありながら、当代最高級の古楽譜の収集家となり、同時に超一流の楽譜校訂者となってゆくのだ。

ブラームスが楽譜の校訂に携わったり、全集の出版に関わった作曲家をざっと列挙する。

  1. カール・フィリップ・エマニュエル・バッハ JSバッハの次男。
  2. ウイルヘルム・フリードリヒ・バッハ バッハの長男。
  3. クープラン
  4. モーツアルト
  5. ベートーヴェン
  6. フランツ・シューベルト
  7. ロベルト・シューマン

まさに学者顔負けである。さらに驚くべきことにこれらの校訂への関与は無署名で行われているのだ。

もしも当時携帯電話があったらブラームスのアドレス帳は華麗な学者の名前で埋まっていたに違いない。

2007年11月28日 (水)

シュピッタ

フィリップ・シュピッタ(1841-1894)は、19世紀最高のバッハ研究家だ。バッハ関連の書物の中では頻繁に見かける名前だが、ブラームス系の書物にもお友達として、しばしば登場する。

ブラームスとシュピッタの交際は、1868年シュピッタがブラームスに宛ててドイツレクイエムを賞賛する書簡を送ったことがキッカケとなった。ブラームスはすぐに返信をした。すでにそのときブラームスは音楽雑誌に掲載されていたシュピッタのバッハ関連の論文を評価していたことから、2人の仲は急速に親密度を増した。8つ歳下とはいえ気鋭のバッハ研究家が初演間もないドイツレクイエムを賞賛したことは、宗教作品としての真価を決定付けるものだった。

2人の往復書簡は数十通に達した。バッハ関連の情報交換と、ブラームス作品についての意見交換が主たる用件だ。シュピッタがカンタータ第4番の演奏に際して、ブラームスによる和声付けが施されたオルガンのパート譜の貸し出しを所望したり、シュピッタの大著「バッハ伝」に対する感想を求めたりだ。

1874年にはシュピッタからブラームスにバッハのカンタータ第150番の筆写譜が贈られている。ご存じの通り、このカンタータの終末合唱は11年後に第4交響曲のフィナーレのパッサカリア主題のベースになるものだ。

ブラームスが、19世紀最高のバッハ研究の泰斗から一目置かれていたことは、間違いない。ブラームスは作曲ばかりでなくバッハの研究者、校訂者としても一流だったのだ。

2007年8月17日 (金)

ルカ受難曲

バッハの受難曲は現在2曲が伝えられている。「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」だ。ところが19世紀にはこれに加えて「ルカ受難曲」がバッハ作とされていた。メンデルスゾーンによる「マタイ受難曲」の蘇演を初めとするバッハ再評価の流れに乗って「ルカ受難曲」がバッハによる真作と位置付けられたのだ。BWV246という番号を背負っていることからも、一時真作という扱いを受けていたことがわかる。

何しろ当時最高のバッハ研究家であるフィリップ・シュピッタがバッハ本人の若かりし頃の作品という見解を示したことで「ルカ受難曲」の位置付けは磐石に見えた。

ところが、フィリップ・シュピッタの友人で作曲家のご存知ブラームスは、その見解に異議を唱えた。「もしそれがバッハ作というなら、多分バッハが赤ん坊の頃の作品だろう」と述べて事実上偽作と決め付けた。

作品の真贋は多くの場合様々な分野の知識を結集して判定される。楽譜に用いられた紙の質、五線の形状、インクの品質・色、筆跡等はそれぞれに専門家が存在するくらいの研究分野である。古い楽譜のコレクターでもあったブラームスは、それらの知識もそこそこ持っていただろうと推定できるが、何よりもバッハ作品を若い頃からミッチリと叩き込まれていたことから、偽作と断定した最大の根拠は「様式感の相違」それも相当決定的な相違だったと思われる。

結局2人の存命中には決定的な結論は出なかった。20世紀に入って間もなく、決定的な証拠が発見され論争に決着がついた。ブラームスの言った通り偽作であった。別の作曲家の受難曲をバッハが息子のエマニュエルと共同で書写したということが確実になったのだ。

ブラームスのバッハ好きは筋金入りである。

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