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カテゴリー「404 シュピッタ」の13件の記事

2019年7月22日 (月)

何たる情報網

旧バッハ全集出版の段階で、一連の無伴奏ヴァイオリン作品6曲は、バッハ本人の自筆譜が参照されていなかった。2人目の妻アンナ・マグダレーナの手による精巧な筆写譜が自筆譜だと思われていた関係もあっての仕方のない現象だ。

1906年ヨアヒム主導で自筆譜が再発見されるまで、ずっと日の目を見ることがなかった。旧バッハ全集刊行後に同自筆譜の所有者となったウィルヘルム・ルストは1892年に没するまで少なくとも公には沈黙していた思われる。1892年に没した後、未亡人オルガが同楽譜の処遇を関係者に相談するようになって、その存在が本格的に取り沙汰されるようになった。シュレーダー先生の著書、「バッハ 無伴奏ヴァイオリン作品を弾く」の57ページ脚注に驚くべき記述がある。

バッハの無伴奏ヴァイオリン作品の自筆譜の存在に関して、最も早い言及は1890年のブラームスシュピッタの往復書簡の中に現れると断言している。

シュレーダー先生の原著は2007年の出版だ。20世紀のバッハ研究の成果を反映しきった最先端の書物だから、そこで最初の言及だとお墨付きをもらうということは大変なことだ。誰から聞いたのだろう。死没直前のルスト本人から相談されていた可能性さえ感じる。

2019年6月 7日 (金)

あっと驚くシュピッタ

オルガンコラールの重複も顧みず、オルガン自由曲の楽譜欲しさに、ブクステフーデオルガン作品全集のスコアを入手して、BuxWV137のペダルソロを見つけた喜んだ。ところがそれはほんの序奏だった。

 

20190122_200351_2
新しく買い求めた左側の楽譜、店頭でいきなり目次に目を通してしめしめとほくそ笑んだ。だから見開きを見落としていた。

 

20190122_195941
校訂者がフィリップシュピッタになっている。えーっ!!!!てなもんだ。先に買い求めていた写真右の楽譜の見開きにはシュピッタの名前などない。

我が家所有のバッハのオルガン作品の楽譜にもシュピッタの名前はなくバッハゲゼルシャフトとなっている。BuxWV番号順の収載そのものにはシュピッタの関与はないが、作品個々の校訂者としては名前が残っているということだ。

ブラームスからブクステフーデ作品の出版を薦められたエピソードに迫真の説得力を付与する記載だ。ブラームスの親友にして、19世紀最高のバッハ研究家だったシュピッタは、ほぼ間違いなく、ブクステフーデ研究の第一人者でもあったということだ。ブラームスはシュピッタから、ブクステフーデの楽譜を含む、さまざまな情報を得ていたと考えるのが自然だ。

なんだかうれしい。

2019年5月11日 (土)

パッサカリアニ短調BuxWV161

ブラームスとブクステフーデの関係を語る上で避けて通れないブクステフーデのオルガン作品。1875年に最初に出版された時の校訂者が、ブラームスの親友で、当代最高のバッハ研究家のシュピッタだった。この時期ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」の作曲とタイミングがあっている。フィナーレにパッサカリアが来ることは周知のとおりだ。

ブクステフーデのパッサカリアニ短調は、自筆譜が失われている。毎度のことだ。バッハの長兄ヨハン・クリストフによる写本によって現代に伝えられている。

作品冒頭低音主題が28回繰り返される。7回ずつ一組の4部構成という端正な設計である。おそらくブクステフーデのオルガン作品としては最も有名な部類に属する。

ああ。何を隠そう、本作の出版をシュピッタに勧めたのはブラームスだった。

 

 

 

 

2018年5月 3日 (木)

バッハ伝とブラームス伝

断りなく「バッハ伝」と言えば、ブラームスの友人フィリップ・シュピッタの著作を指す。19世紀を通じて高揚した音楽学を象徴する功績である。後に続く作曲家研究の学問的手法着眼を確立した功績はまことに大きい。

ベートーヴェンのノッテボーム、ハイドンのポール、モーツアルトのヤーン、ヘンデルのクリュザンダーなどがシュピッタに続くことになる。ブラームスはこうした研究者と親しく交流することで、最先端の研究に深く触れることができた。

一方「ブラームス伝」といえば、20世紀に入って刊行されたカルベックの著作を指すのが一般的だ。

ところが、カルベックは、シュピッタを筆頭とする綺羅星のごとき研究者の一群に算入されていない。これはカルベックの「ブラームス伝」の執筆方針、資料解釈に疑義があることに起因する。全8巻の膨大な著述が、研究書としての位置づけを獲得していないことに他ならない。

思い込みを含めたカルベックの考えに沿うよう、資料の意図的な取捨が行われている。著述には小説然とした大仰な装飾も一部散見される。哲学書を思わせる難解な記述もある。事実の羅列になっていない。かといって正当な仮説の提示というわけでもない。「ブラームス初の伝記」の域を出るものではないという厳しい意見もある。

2018年4月 6日 (金)

モテット

ミサ曲以外の宗教的声楽曲の総称。起源はルネサンス期に遡るという。バッハも数多くのモテットを書いたし、モーツアルトには名高い「アヴェ・ヴェヌム・コルプス」がある。

バロック時代には欧州各地で地域ごとに独自の発展を遂げる。ロマン派の興隆により、宗教曲の相対的な地位が下がるともに下火に転じたとされている。

ロマン派も土壇場に近いブラームスも合計7曲のモテットを書いている。

  1. 2つのモテットop29
  2. 2つのモテットop74
  3. 3つのモテットop110

律儀なことに初期中期後期に一度ずつ置かれている。宗教曲らしく全てが無伴奏つまりアカペラと明示されている。バッハやシュッツのようなドイツの大先輩たちの向こうを張った作風だ。このうちのop74は、当代最高のバッハ研究家、フィリップ・シュピッタに献呈されている。

こういう曲を書くから保守的だのなんなのと外野席から野次が飛ぶのだと思う。

2011年12月22日 (木)

ゲッティンゲン大学

ドイツ有数の大学。学士会活動が盛んなことでも知られている。ブラームスの伝記を紐解くとしばしば名前が出て来る。ビスマルクが在籍していたこともある。1853年リストやレーメニと決別したブラームスは、ヨアヒムと合流してゲッティンゲンで過ごす。哲学の講義を聴講したとされている。ここで重要な出会いがあった。後に「バッハ伝」を著すシュピッタや詩人ファーラースレーベンと面識を得た。1858年頃にはアガーテと会うためにデトモルトからゲッティンゲンに駆けつける。何しろアガーテの父はゲッティンゲン大学の教授である。

さらにゲッティンゲン大学について調べていてお宝情報に出会った。ゲッティンゲン大学の正式名称だ。

Georg-August-Universitat

これが大学の正式名称なのだ。ゲオルグ・アウグスト大学とでも言うのだろう。創立者ハノーファー選帝侯ゲオルグ・アウグストに因む。ハノーファー宮廷楽団のコンマスだったヨアヒムがやってくるのもうなずける。さてゴルフ4大トーナメントの一つマスターズは、毎年米国ジョージア州オーガスタのナショナルゴルフクラブで開催される。「ジョージア州オーガスタ」が、ゲオルグ・アウグストと完全に一致しているのだが、これは単に偶然と思っていいのだろうかなどと毎度毎度の与太話をしている場合では無かった。

実は彼の地の大学にはドイツ語名の他にラテン語による正式名称が存在する。おおかた「Universitus何ちゃら」とでもいうのだろうと思っていたが違った。

Alma Georgia Augusta

「Alma」は「心」「魂」「精神」という意味だから「ゲオルグ・アウグストの魂」とでも申すのだろうか。何故私がこれで驚喜するかは内緒の方向で。

2011年11月21日 (月)

ベーメ

Franz Magnus Bohme(1827-1898)ドイツの音楽学者。近代ドイツ民謡学の巨星ルードヴィッヒ・エルクの弟子。1883年にエルクが没した後、1893年になって「ドイツうたの宝」を亡き師匠エルクの追編者として刊行の主役となった。だからその本は「エルク&ベーメの民謡集」と呼ばれることが多い。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻105ページ以降、ブラームスとホイベルガーの会話の中にしばしば現れる。8月22日の記事「エルクとブラームス」でも述べたとおり、この両者ウマが合わなかった。

ブラームスの憤りはエルク本人に向けられたものとその後継者にして共同編者のベーメに向けられたものが混在している印象だ。ブラームスの友人でバッハ研究の泰斗でもあるフィリップ・シュピッタが、エルクとベーメについての印象をブラームスに書き送っている。

ベーメへの評価は惨憺たるものだが、エルクへの評価は「お人好し」というものだ。どちらも積極的なプラス評価ではないが、少なくとも「エルク>ベーメ」であることは間違いあるまい。

偉人の後継者への評価はしばしば厳しいモノになりがちだ。ベーメも同時代の学者たちから酷評されている。ブラームスが持っているエルクへの印象のうちのなにがしかはベーメへの評価が反映したものだと感じる。

それでもブラームスの遺品となった蔵書のヤマの中に、エルク&ベーメの「歌の宝」が入っていた。

2009年4月 9日 (木)

シュピッタへの引導

シュピッタは19世紀最大のバッハ研究家だ。同時にブラームスの友人でもある。2人の出会いはゲッティンゲンだ。ブラームスやヨアヒムと友好を深め、ともに当地の大学の講義を聴講した。

若い頃作曲を志したシュピッタだが、ゲッティンゲンで同席したブラームスの才能に接して方向転換したとされている。あるいはヨアヒムともこのとき知り合ったに違いない。音楽を志す者としてこの2人から得た衝撃は大変なものだっただろう。ヨアヒムを見て演奏面の限界を悟らされた上、ブラームスに至っては作曲と演奏の両方が既に彼岸の領域にある。シュピッタに対するブラームスの言葉が記録されている。

「いいですか作曲なんぞ私でも出来る」

この言い回しを皮肉と取るか、最高級の励ましと取るか難しいところだ。会話がかわされた2人の信頼関係に左右されよう。シュピッタの作曲の腕前と、音楽知識全般を知り尽くした言葉なのだろう。シュピッタは皮肉と取らなかった。作曲でも演奏でもない新たな境地を切り開いて行くこととなった。

その後シュピッタは現在に至るまで色あせることのない大著「バッハ伝」を著すことで面目を保ち、ブラームスから絶賛されるに至る。

もし私が続くとしたらシュピッタの後だ。

2008年11月27日 (木)

ブランデンブルク協奏曲

「ブランデンブルク協奏曲」はバッハ器楽曲の代表作だが、このネーミングにバッハ本人は関与していない。ブランデンブルク辺境伯に献呈されたためにこう呼ばれているに過ぎない。1873年に高名なバッハ研究家フィリップ・シュピッタが命名したという。この人ライプチヒ・バッハ協会設立の立役者だ。約100年忘れられていたバッハは、このロマン派の時期になって鮮やかにリバイバルを果たす。メンデルスゾーンによる「マタイ受難曲」の再演とともにバッハ復興の象徴となる出来事だ。同協会によるバッハ全集をブラームスも収集していた。

何のことはない。このシュピッタという人物はブラームスのお友達だ。現在でもバッハ関係の書物をめくっているとしばしば名前の出てくる超一流の研究家である。

少年時代のマルクセンといいシュピッタといいバッハネタをキチンと提供してくれる人が回りにいたのだ。

学生時代、始めて取り組んだバッハの作品がこのブランデンブルク協奏曲第5番だった。もちろんヴィオラのパートだ。この曲編成が風変わりだ。ヴァイオリンが一部なのだ。これには実に現実的な意味がある。バッハが作曲した当時、ケーテンの宮廷楽団では、バッハ本人がヴィオラだった。ところがこのブランデンブルク協奏曲の第5番には独奏チェンバロがある。独奏者はもちろんバッハ自身だからヴィオラがいなくなってしまう。仕方なく第二ヴァイオリン奏者がヴィオラに回ったために、ヴァイオリンが一部になってしまったという。このタコ足的対応にはほほえましいものがある。

バッハは自分が弾かないヴィオラパートもちゃんと面白く書いてある。

2008年5月14日 (水)

バッハ伝

1873年5月、19世紀最高のバッハ研究家フィリップ・シュピッタのライフワーク「バッハ伝」の第1巻が刊行された。

それまでの研究の成果を一瞬で霞ませてしまうその時点でのバッハ研究の金字塔であった。バッハのみならず、その後に続く作曲家研究の方法論的規範ともなっていった。現代の最先端の研究成果に照らせば、修正が必要になった部分も少なくないが、一個人の著述としてシュピッタの「バッハ伝」を凌ぐ研究は現代に至るまで出現していないという。

シュピッタは135年前の今日1873年5月14日、刊行されたばかりの「バッハ伝」第1巻を、意見を求める手紙を添えてブラームスに献じた。ブラームスの反応は感動的だ。8つ年下の気鋭の研究家に対し、暖かなまなざしと敬意に溢れた手紙を送って労をねぎらった。「独りよがり」を懸念するシュピッタに対して「出版は万人にとっての収穫となるでしょう」と激賞した。

ブラームスはこのときまでに、バッハ研究や演奏の分野で、第一級の研究者が一目置く存在になっていたのだ。そして年下の研究者の成果に対しても素直に敬意を表するという度量をも持ち合わせていたことになる。シュピッタとブラームスの交流は生涯続く。

1880年に刊行されることになる「バッハ伝」第2巻執筆の大きな励みになったことは申すまでも無かろう。

シュピッタの喜びが目に浮かぶ。何しろブラームスのお墨付きである。

シュピッタは幸せだ。私だって「ブラームスの辞書」をブラームスに見てもらいたかった。たとえ、コテンパンに酷評されても本望である。

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