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カテゴリー「407 ビスマルク」の138件の記事

2018年12月12日 (水)

君臣並び立つ

リューベック中央駅を降りて、まっすぐにホルステン門に向かうと右側に立派なビスマルク像がある。

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これだ。

道路を挟んだ向かい側に別の像がある。

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この人はドイツ帝国初代皇帝ウィルヘルム1世である。プロイセンがオーストリアに次いでフランスにも勝利してドイツ帝国が建国されたとき、プロイセン王だったウィルヘルム1世がそのままドイツ帝国皇帝に即位した。ビスマルクは臣下にあたる。この二人はリューベック市の表玄関にあって阿吽の狛犬のような位置でにらみを利かせている。

昨夜遅く、ブログ「ブラームスの辞書」は創設以来のアクセス数が100万に達した。

100万ですよ、100万。カンマが2個です。

創設から4944日目での100万アクセス到達となった。その間、記事更新の抜けた日がない。しみじみとうれしい。

2033年5月7日のゴールまでに200万に達すればもう一本記事が稼げる。

2015年8月24日 (月)

ラスカー

ドイツの政治家。ビスマルクに対する反対勢力・国民自由党左派の領袖だ。ドイツ帝国成立後ビスマルクの政策にことごとく反対した政敵でもある。国民自由党の党首ではない。

さて、音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻173ページに大変興味深い記述がある。チャールズ・スタンフォードの証言だ。彼は1876年当時、完成したばかりのブラームス第一交響曲を英国で、作曲者本人に指揮させようと画策していた。ケンブリッジ大学からの学位授与とも関連するタイミング。彼の証言は貴重だ。ブラームスはヨアヒムやクララの説得の甲斐あって、渡英する気になっていたのだ。1877年のタイムズ紙の勇み足までは、その気でいたらしい。

第一交響曲の英国初演を1877年春と定めその準備が進められていた。その最終打ち合わせがベルリンで行われたと証言する。弦楽四重奏曲第3番の演奏の後ベルリンジンクアカデミーで打ち合わせたと明記されている。おお。何を隠そうこれは同四重奏曲の初演だ。この打ち合わせの席で、スタンフォードの隣に座った話好きの愉快な男がラスカーだったと断言されている。

ブラ1の英国初演の最終打ち合わせに帝国議会有力会派の領袖が同席していたということだ。その席にブラームスがいたかどうか明記されていないが、いたと考える方が自然だ。カールスルーエでの第一交響曲の初演のわずか5日前のことなので不安だが、第一交響曲の作曲者にして英国初演の指揮者であるブラームス無しに最終打ち合わせとは考えにくい。

ビスマルクに心酔していたブラームスが、ビスマルクの政敵と同席していたかもしれない話。

おっと、今日から12番目の室内楽、弦楽四重奏曲第3番だ。

2015年4月 2日 (木)

第二ビスマルク特集

ビスマルク特集第二弾。

  1. 2015年03月07日 28年
  2. 2015年03月08日 大学の先輩
  3. 2015年03月09日 ご意見番
  4. 2015年03月12日 砲台の名前
  5. 2015年03月13日 参考文献
  6. 2015年03月14日 公平な立場
  7. 2015年03月16日 生誕80年
  8. 2015年03月17日 ビスマルク引退
  9. 2015年03月18日 王権神授説
  10. 2015年03月19日 ヨーロッパコンサート
  11. 2015年03月20日 欧州の警視総監
  12. 2015年03月21日 国王ビスマルク1世
  13. 2015年03月22日 Eisen und Blut
  14. 2015年03月23日 州都ビスマルク
  15. 2015年03月25日 ビスマルクは鉄血か
  16. 2015年03月26日 ビスマルクの家
  17. 2015年03月27日 ニシンの酢漬け
  18. 2015年03月28日 ビスマルク風ピザ
  19. 2015年03月29日 ビスマルクの体重 
  20. 2015年03月30日 ソーセージの中身
  21. 2015年03月31日 ジャム入りドーナツ
  22. 2015年04月01日 ビスマルク生誕200年
  23. 2015年04月02日 本日のこの記事。

 

2015年4月 1日 (水)

ビスマルク生誕200年

本日は鉄血宰相ビスマルクの誕生日。1815年生まれだから今年は生誕200年の区切り。ブラームスより18歳年上のビスマルクでさえ、やっと200年だ。ブラームスの生誕200年まで、あと18年。長いようだが、ちょうど次女と歩んだ日々の長さに匹敵すると考えるとあっという間ともいえる。

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東京で満開の桜でビスマルク生誕200年をお祝いする。

2015年3月31日 (火)

ジャム入りドーナツ

ジャムが入ったドーナツで、粉砂糖をかけて食べるドイツの名物菓子。南部ではクラプフェンと呼ぶ一方、北部ではベルリナーという。このベルリナーはもちろんドイツの首都ベルリンのことで、「ベルリン風」くらいの意味。かの地では大晦日にこれを食べる習慣があるという。

何故かは不明ながら、この「ベルリナー」が一部では「ビスマルク」と呼ばれているらしい。美食家で大食漢のビスマルクではあるのだが、スイーツの名前となると違和感もある。

誰か理由を知らないか。

2015年3月30日 (月)

ソーセージの中身

ビスマルクと料理の関係を調べていて興味深い話をみつけた。

「法律とソーセージは成立の裏側を知らない方が、心安らかでいられる」という言葉をビスマルクが漏らしたらしい。

広く知られている通り、ソーセージはドイツの代表的な食材で、1500種類あるとも言われている。街ごとにさまざまなレシピーがあり、それらが昔から守られている。庶民にも観光客にも広く親しまれているのだが、その製法とレシピーは作り手にしかわからない。どんなにおいしいソーセージでも何が用いられているかは判らぬということだ。思わぬものが入っていたりするということを暗に仄めかしている。実際の話、訳のわからぬものを混ぜ込んだ不心得者もいたに違いない。「知らぬが仏」のドイツ版という感じである。

庶民の人気食材の裏側を、「法律」と並べて評したところに妙味がある上に、鉄血宰相ビスマルクに結びつけたところが肝である。得たいの知れない説得力がある。

2015年3月29日 (日)

ビスマルクの体重

ビスマルクがかなりの巨漢で、身長が190cm付近だった話は割と言及される。体重の話題を探していてとうとう見つけた。清水書院刊行の人と思想シリーズの182巻「ビスマルク」の204ページ。ビスマルクがストレスのあまり暴飲暴食をした話の流れの中で、1879年に体重が124kgだったと書かれている。身長が190cmあったとしてもかなりな体重だ。

2015年3月28日 (土)

ビスマルク風ピザ

プロイセンの宰相にしてドイツ統一の立役者ビスマルクの名前を冠したピザ。何でもビスマルクはステーキに半熟の卵をのせて食べるのを好んだとか。だから半熟卵がトッピングされたピザを「ビスマルク風ピザ」と呼んでいるらしい。卵はあくまでも半熟であることが求められるという。一般の宅配ピザ屋でも品揃えされているらしい。

ビスマルクやブラームスが果たしてピザを食べたかどうかまでは確認出来ていない。

2015年3月27日 (金)

ニシンの酢漬け

ドイツ帝国宰相ビスマルクは巨漢で、大酒豪大食漢だったといわれている。単なる大食いではなくて美食家だったともいう。ビスマルクの名前がついた食べ物について調べていたらまたヒットした。それが「ニシンの酢漬け」だ。ドイツ語では「Bismarckhering」だ。「Hering」は単に「ニシン」の意味。

ニシンの小骨を取り除いたマリネのイメージ。もちろんニシンは海の魚だからドイツ北部の料理だ。ブラームスの故郷ハンブルクでも良く知られた料理なのだと思う。

2015年3月26日 (木)

ビスマルクの家

ビスマルクはドイツ帝国創設の功臣として、ドイツ国民から崇拝されたこともあって、その住居は名所化しているケースが多い。大抵は広大な敷地を持つ屋敷なのだが、中には小さな住まいもあった。

1832年から1年間ゲッティンゲン大学に在籍していた頃の下宿がある。これが現地ゲッティンゲンではビスマルクの家として名所化している。市街をグルリと取り囲む城壁跡の内側、南西の端にある。ゲッティンゲン中央駅からはほぼ南に800mほどの位置。

ドイツ語では「Bismarck Hauschen」(aはウムラウト)と綴られる。Hausの縮小形なので、小さな家の意味。出世前の学生にふさわしい。

1862年に宰相に就任してにわかにビスマルク熱が高まったために名所化したが、滞在当時は無名の存在だった。ブラームスがヨアヒムとともにゲッティンゲン大学に通った頃はもちろんアガーテと知り合ったころでさえ、まだ名所扱いはされていなかった。アガーテの自宅は、ヨアヒムから「城壁のそばの家」と証言されている。アガーテの自宅とビスマルクの下宿がご近所だった可能性が無いとは言えない。

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