ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

カテゴリー「412 ヴィトマン」の6件の記事

2014年10月12日 (日)

広告付き切符

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻78ページ。友人のヴィトマンの証言。日用品の改良には敏感なブラームスというくだり。ヴィトマンはブラームスが広告付きの馬車鉄道切符に感心していたと証言している。

この証言はいろいろな意味で貴重。1886年のこの段階で、馬車鉄道がまだまだ残っていたという証拠になる。馬車鉄道に乗るのに切符が必要だったことも判る。買い求めた切符に広告が印刷されておりブラームスがこれに感心したというニュアンス。それが以前には無かった新機軸だということが仄めかされている。同時に広告媒体としての切符の可能性を評価しているとも思われる。

これがスイスの話なのか、ドイツの話なのか、はたまたオーストリアの話なのか不明なのが残念だ。

2014年8月 5日 (火)

ベルン行

音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品シリーズ」のブラームスは170ページに興味深い記述。スイス・トゥーンに滞在したブラームスがときどきベルンのヴィトマンを鉄道に乗って訪ねたと書かれている。

ベルンはスイスの首都で、トゥーンの北北西31kmの位置。東京と千葉くらいの距離。実はバーゼルからベルン、トゥ-ンを経て南下し、シンプロントンネルを抜けてミラノに至るルートは当時も今も大動脈だ。現在では30分ごとに特急が行き来する。その特急に乗ってしまうとトゥーンの次はもうベルンで、所要時間は18分でしかない。

トゥーン滞在時のブラームスの生活は規則正しくて、5時に起きて散歩とコーヒー。作曲は午前中に済ませて午後は知人を訪ねるというものだった。ベルン訪問は午後からでも十分に可能な距離、特急に乗らなくてもOKだったと思われる。

2014年5月10日 (土)

イタリアンエキスプレス

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻145ページに厄介な記述がある。ヨーゼフ・ヴィトマンがブラームスと同行したイタリア旅行について証言している。気になるのは以下の件り。

「ブラームスはフロイントと、アンコーナ経由でウィーンに向かう汽車に乗り込んだ」

詳しい状況を少し加える。1893年5月7日、60歳の誕生日をナポリで過ごしたブラームスが、ウィーンに引き返すルートを1文で記したものと考えていい。日付はおそらく8日~10日あたりと推定される。フロイントとは人名で、イタリアに同行したハンガリーの音楽家だ。

何が厄介かというと、何よりも今ナポリ-ウィーン間に直通列車はない。当時はあったのだろうか。伊墺間の国際特急は、全てローマ止まりで、ナポリへは乗り換え必須になっている。しかも乗換えが発生するとしたら、ローマが自然だ。

ところがこの文を素直に解釈すると「ウィーンとナポリに直通列車があった」「それもアンコーナ経由」というように読める。ナポリは「イタリア長靴」のすねのあたり。アンコーナは反対側、ふくらはぎのあたり。ナポリからイアリア半島を横切ってアンコーナに辿りつかねばならない。現代の鉄道地図で見る限り、その路線にはいくつか候補があるけれど、どれも幹線とは言えない。「ローマ経由じゃなさそう」に見せかけて実はローマに到達したのち、アンコーナ周りになっていた可能性もあるにはある。

  • 疑問① 当時はナポリ-ウイーンに直通列車があったのか?
  • 疑問② その直通はローマ非経由のアンコーナ回りとすると、イタリア半島横断のルートはどこか?
  • 疑問③ ナポリ→ローマ→アンコーナという経路の直通列車があったのか?

アンコーナまでたどり着けば、そこから先はウィーンまで当時も今も大幹線となる。ボローニャを経由してやがてヴェニスに至る。ナポリからベルンに戻った友人ヴィトマンは、ヴェニスで投函されたブラームスからのハガキを受け取っているから、ヴェニス経由は明らかだ。ヴィラッハでオーストリアに入り、やがて名高いゼメリンクを通ってウィーンにたどり着く。このルートがとても自然であるだけに、ナポリ-アンコーナ間の記述が不自然に浮かび上がる。

直通ではなくて、アンコーナやボローニャで乗り換えたなら、ぐっと現実味がある。

37代引退公演・第21回スペシャルコンサートは明日。

4週間前から続けてきたスペシャルコンサートへの秒読みだが、今日で最後となる。現実とはいえ、切ない秒読みだった。

2012年12月11日 (火)

喧嘩の原因

イタリア旅行に3度同行し、スイス・トゥーンの滞在でも世話になったスイスの作家ヴィトマンとは、1888年に絶交寸前の喧嘩をした。

原因は政治。ヴィトマンは共和的な考えの持ち主であるのに、ブラームスは保守なので、元々一触即発なのだが、お互いがその話題に触れぬことでバランスが保たれてきたのだが、このときは違った。ドイツ皇帝ウィルヘルム1世の崩御、あとを継いだフリードリヒ3世も3ヵ月後になくなった。若きウィルヘルム2世が登場し、方向転換が図られる。即位間もないウイルヘルム2世の演説をヴィトマンが「国粋的過ぎる」と批判したことがキッカケで行き違いが起きた。

共通の知人の仲裁で絶交には至らなかったが、この年限りで夏の滞在地にトゥーンが選ばれることはなくなる。

2012年9月28日 (金)

低温と長雨

ブラームスがクラカタウ山の大噴火を知っていたかもしれないと書いた。ブラームスの伝記にその痕跡が残っていやせぬかと真剣に探したが、どうやら有力候補を見つけた。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻88ページ。トゥーンに滞在中のブラームスが、低温と長雨にたたられた退屈しのぎに、ベルンのヴィトマン邸を訪れる機会が増えたとある。この夏の低温を話題にしたヴィトマンとブラームスのいくつかのやり取りが証言されている。

それは1887年の夏。1883年8月に大噴火したクラカタウの影響で、その後1888年まで世界中で異常低温が観測されたという事実と符合する。

2008年11月21日 (金)

忠犬アルゴス

音楽之友社刊行「ブラームス回想録集」第3巻92ページだ。ブラームスの友人でスイスの詩人ヴィトマンの記述に感動的な話が載っている。

ブラームスとヴィトマンは愛犬アルゴスを連れてインターラーケンに程近いグリンデルヴァルトに出かけた。アイガーをバックに雄大な氷河を望むアルプス有数の名所だ。ハプニングはここで起きた。愛犬アルゴスとはぐれてしまうのだ。泣く泣く捜索を諦めてヴィトマンとブラームスはベルンのヴィトマン邸に帰った。金曜日のことだ。

週明けの月曜日の朝。ブラームスはクララのいるバーデンバーデンに向かうために身づくろいをしていると、ドアをひっかく音。何とアルゴスがベルンに帰還したのだ。一家総出の大騒ぎの中、ブラームスは自分の出発も忘れてアルゴスをくしゃくしゃにした。「そこいらの忠犬物語じゃないんだぞ」と叫んだという。

ヴィトマンは回想録の中で具体的な地名を挙げてアルゴスの苦難の道のりを思い遣る。

  1. アイガーの中腹にそって
  2. シャイデック Scheideggと
  3. ヴェンゲン Wengen を越え
  4. ラウターブルンネン Lauterbrunnen
  5. インターラーケン Interlaken
  6. そこからトゥーン湖畔
  7. 最後にベルンへ

という具合だ。これを先に買い求めた地図上でトレースした。これはイーターラーケンからの登山鉄道の西回りだと判る。ここに出た地名は現在の観光ガイドでは欠かされる事のない景勝地ばかりだ。4番ラウターブルンネンまでは上記のルート通りにアプト式鉄道が走っている。つまり下りとはいえ相当な勾配だということがわかる。ブラームスが訪ねた当時もこのアプト式鉄道があったが、飼い主とはぐれた犬が乗車出来たとは思えない。だからこのルートはヴィトマンの推定でしかないのだ。インターラーケンからトゥーンの間に横たわるトゥーン湖の北岸を進んだのか南岸をたどったのかさえわからない。

現代のスイスの観光ガイドを読む限り、犬が単独でインターラーケンに下山するならグリンデルワルトからツヴァイリュッチネンに直行する東回りの方が現実的と感じる。あるいはアルゴス号が主を乗せた列車が西回り線を走り去るところを見ていた可能性もある。だから線路をずっとたどったと考えると西回りという可能性も残る。

いずれにしろ総延長60kmは下るまい。金曜日にはぐれてから、3昼夜でベルンに帰還したのだ。さらにヴィトマンの記述にはアルゴスが子犬であったことが仄めかされている。これを犬の嗅覚は鋭いからとか、単なる帰巣本能でと論評するのは容易いが、地図上でトレースしてみてアルゴス号の凄さがわかった。もしかするとアルゴス号は主人ヴィトマンに連れられて何度かグリンデルワルトを訪れたことがあるのかもしれない。そう考えねばにわかには信じられない。東京から東海道線に乗れば平塚くらいで、大阪からなら明石の少し先までに相当するが、行程のアップダウンはそれらの比ではあるまい。

ブラームスはその後の手紙でアルゴス号に言及している。「パン切れなんかじゃなく、肉を与えてくれ」「きっとブラームスからの挨拶だと思ってくれるはずだ」とある。

地図は楽しい。

その他のカテゴリー

001 用語解説 002 ドイツ旅行① 003 ドイツ旅行② 004 ドイツ旅行③ 050 空席状況 051 お知らせ 052 総集編 053 アラビアンナイト計画 054 セバスチャン 060 ブラームス神社 061 縁起 063 賽銭 070 ドイツ分室 071 地名辞書 072 地名探検 073 地名語尾辞典 074 地名語尾 075 ドイツ語 076 ドイツ方言 077 ドイツ史 078 ハプスブルク 079 人名辞典 080 イベント 081 謝恩クイズ 082 かるた 083 のだめ 084 お盆 085 中国出張 086 英国研修 087 ブログ出版 088 意訳委員会 089 ドヴォルザークイヤー総集編 090 ドヴォルザーク作品一覧 092 暦 093 バロック 094 ドイツバロック 095 イタリアンバロック 100 作曲 101 編曲 102 楽譜 103 音符 104 楽語 105 テンポ 106 音強 107 拍子 108 調性 109 奏法 110 演奏 111 旋律 112 音型 113 リズム 114 和声 115 対位法 116 形式 117 編成 118 ヘミオラ 119 テキスト 120 ベースライン 121 再現部 122 微調整語 123 語彙 124 表情 125 伴奏 126 ジプシー音楽 140 ソナタ 141 変奏曲 142 フーガ 143 ロンド 144 コラール 145 間奏曲 146 スケルツォ 147 ワルツ 149 緩徐楽章 150 セレナーデ 153 カプリチオ 154 トリオ 155 序奏 156 シャコンヌ 157 メヌエット 158 舞曲 159 カンタータ 160 ブラームス節 161 分布 162 引用 170 楽器 171 ピアノ 172 ヴァイオリン 173 ヴィオラ 174 チェロ 175 コントラバス 177 オーボエ 178 クラリネット 179 ファゴット 180 ホルン 181 トランペット 182 トロンボーン 183 チューバ 184 ティンパニ 185 トライアングル 186 チェンバロ 187 オルガン 190 鍵盤楽器 191 弦楽器 192 木管楽器 193 金管楽器 194 打楽器 195 メゾソプラノ 196 アルト 200 作品 201 ピアノ曲 202 歌曲 203 器楽 204 室内楽 205 交響曲 206 協奏曲 207 管弦楽曲 208 合唱 209 重唱 210 民謡 211 オルガン 212 オペラ 213 カノン 214 連弾 215 練習曲 216 学生歌 230 ドイツレクイエム 231 交響曲第1番 232 交響曲第2番 233 交響曲第3番 234 交響曲第4番 235 大学祝典序曲 236 ヴァイオリン協奏曲 237 ピアノ協奏曲第1番 238 ピアノ協奏曲第2番 239 二重協奏曲 248 弦楽六重奏曲第1番 249 弦楽六重奏曲第2番 250 ピアノ五重奏曲 251 クラリネット五重奏曲 252 弦楽五重奏曲第1番 253 弦楽五重奏曲第2番 254 弦楽四重奏曲第1番 255 弦楽四重奏曲第2番 256 弦楽四重奏曲第3番 257 ピアノ四重奏曲第1番 258 ピアノ四重奏曲第2番 259 ピアノ四重奏曲第3番 260 ピアノ三重奏曲第1番 261 ピアノ三重奏曲第2番 262 ピアノ三重奏曲第3番 263 ホルン三重奏曲 264 クラリネット三重奏曲 265 ヴァイオリンソナタ第1番雨の歌 266 ヴァイオリンソナタ第2番 267 ヴァイオリンソナタ第3番 268 チェロソナタ第1番 269 チェロソナタ第2番 270 クラリネットソナタ第1番 271 クラリネットソナタ第2場 272 FAEソナタ 300 作曲家 301 バッハ 302 シェーンベルク 303 ドヴォルザーク 304 ベートーヴェン 305 シューマン 306 メンデルスゾーン 307 モーツアルト 308 ショパン 309 シューベルト 310 ワーグナー 311 マーラー 312 チャイコフスキー 313 Rシュトラウス 314 リスト 315 ヘンデル 316 ヴィヴァルディ 317 ヴェルディ 318 ヨハン・シュトラウスⅡ 319 ビゼー 320 ブルックナー 321 ハイドン 322 レーガー 323 ショスタコーヴィチ 324 テレマン 325 ブクステフーデ 326 パッヘルベル 327 シュメルツァー 328 フローベルガー 330 プレトリウス 331 シュッツ 350 演奏家 351 クララ 352 ヨアヒム 353 ミュールフェルト 354 アマーリエ 356 ビューロー 357 クライスラー 358 ヘンシェル 362 シュットクハウゼン 400 人物 401 ファミリー 402 マルクゼン 403 ジムロック 404 シュピッタ 405 ビルロート 407 ビスマルク 408 ハンスリック 409 フェリクス 411 マンディ 412 ヴィトマン 416 カルベック 417 ガイリンガー 418 エルク 419 グリム兄弟 420 森鴎外 421 ルター 431 アガーテ 432 リーズル 433 マリエ 434 ユーリエ 435 オイゲーニエ 436 ベルタ 437 リースヒェン 438 オティーリエ 439 シュピース 440 トゥルクサ 441 バルビ 442 シシィ 443 メルケル 500 逸話 501 生い立ち 502 性格 503 学習 504 死 505 葬儀 506 職務 507 マネー 508 報酬 509 寄付 510 顕彰 511 信仰 512 友情 513 恋 515 別れ 516 こだわり 517 癖 518 読書 519 リゾート 520 旅行 521 鉄道 522 散歩 523 食事 524 ワイン 525 タバコ 526 コーヒー 527 趣味 528 手紙 529 ジョーク 530 習慣 531 住居 532 恩人 533 指揮者 534 教師 535 暗譜 536 美術 537 ビール 550 楽友協会 551 ジンクアカデミー 552 ハンブルク女声合唱団 553 赤いハリネズミ 554 論争 555 出版社 556 初版 557 献呈 558 伝記 559 初演 560 校訂 571 ウィーン 572 ハンブルク 573 イシュル 574 トゥーン 575 デトモルト 576 ペルチャッハ 577 ライプチヒ 578 デュッセルドルフ 579 フランクフルト 580 ベルリン 581 アイゼナハ 582 リューベック 583 ニュルンベルク 590 イタリア 591 イギリス 592 チェコ 600 ブログMng 601 運営方針 602 自主規制 603 アクセス 604 検索 605 カテゴリー 606 記事備蓄 607 創立記念日 608 ブログパーツ 609 舞台裏 610 取材メモ 611 マッコークル 613 一覧表 614 課題 615 カレンダリング 616 ゴール 617 キリ番アクセス 618 キリ番記事 630 記念 631 誕生日 632 命日 633 演奏会 634 正月 635 ヴァレンタイン 636 クリスマス 637 ブラームス忌 638 ブラスマス 639 クララ忌 640 クラスマス 641 愛鳥週間 642 ランキング 699 仮置き 700 思い 701 仮説 702 疑問 703 お叱り覚悟 704 発見 705 奇遇 706 区切り 707 モチベーション 708 演奏会 709 感謝 710 よろこび 711 譜読み 712 音楽史 720 日本史 721 日本人 722 日本語 723 短歌俳句 724 漢詩 725 三国志 727 映画 728 写譜 730 写真 731 数学 732 レッスン 733 ビートルズ 740 昔話 741 仲間 742 大学オケ 743 高校オケ 760 家族 761 父 762 母 763 妻 764 長男 765 長女 766 次女 767 恩師 780 スポーツ 781 野球 782 駅伝 783 バスケットボール 784 サッカー 785 アントラーズ 786 バドミントン 790 コレクション 791 CD 792 ipod 793 楽譜 794 書籍 795 グッズ 796 愛器 800 執筆の周辺 801 執筆の方針 802 ブラダス 803 校正 804 譜例 807 パソコン 808 ネット 809 ドボダス 810 ミンダス 820 出版の周辺 821 パートナー 822 契約 823 装丁 825 刊行記念日 840 販売の周辺 841 お買上げ 842 名刺 860 献本 861 ドイツ国立図書館

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ