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カテゴリー「418 エルク」の22件の記事

2017年1月 7日 (土)

兄弟の分担

グリム童話の編集刊行について兄弟の間の業務分担はどうなっていたのだろう。さまざまな資料からうかがい知ることの出来る彼らの業務分担はおおよそ下記のとおりだ。

  • 長男ヤーコプ 民俗学的見地に立った厳密で広範な収集。
  • 次男ウィルヘルム 過剰な脚色の排除と文学的味わいの両立。
  • 五男ルートヴィッヒ 挿絵。

長男ヤーコプの収集した原稿が今世紀に入ってアルザス地方の修道院で発見された。それと1812年刊行の初版との比較から様々なことが判明した。印刷されたものは、ヤーコプが聞き取った結果そのものとは違っている。ヤーコプの原稿では方言がそのままであったりしたものが、刊行されたものはシンプルな標準ドイツ語になっている。教訓めいた話にならぬよう細心の注意を払いながら、文学的味わいが付与されてもいる。

長男は後日、童話集の刊行について弟の文才によるところが多いと誉める一方。弟は兄さんでなかったらこれほどの質量をもった話を集められなかったと言っている。

文献学的民俗学的な見地から、周到で厳密な手法を用いて数多くの民話を集めたのが兄で、それらに文学的な味わいを付与したのが弟だと捉えてよさそうだ。

こうした兄弟の役割分担をよく見ると、民謡に対するブラームスとエルクの立場の違いを思い出す。文献学的厳密さで民謡を収集したのがエルクだったのに対して、ブラームスはこれに異を唱え、民謡に芸術的価値を付与強調した。グリム兄弟で申せば、兄がエルクでブラームスは弟にあたる。

グリム童話が今尚世界的に愛されている原因をこのあたりのバランスに求めたい。2人が争えば論争になりかねない状況でありながら、学問としての厳密さと文学としての味わいが絶妙なバランスで均衡していると見た。

2012年1月20日 (金)

呉越同舟

仲の悪い物同士がそれぞれの思惑の中でひとまず行動を共にすることくらいの意味か。出典は確か孫子だったと思う。

学生歌の集大成「シャウエンブルク酒宴歌集」の編集者が、ルートヴィッヒ・エルクフリードリヒ・ジルヒャーだと書いた。当時の第一人者を起用したとされている。歌集の発案者シャウエンブルク兄弟の見識の賜物だと感じた。

ところが、ジルヒャーとエルクは折り合いがよろしくなかったらしい。ジルヒャーは「ローレライ」をはじめ現代に至るも歌い継がれているいくつかの歌を創作している。彼自身の刊行した歌集には、創作と伝承歌が混在しているという点をエルクが批判している。エルクはジルヒャーの手による改変を復元した歌を、いくつか自著に取り入れたことから、2人の間に論争が起きたという。

要するに民謡に対する立場が違うのだ。ブラームスはどちらかと言えばジルヒャー寄りに違いない。

「シャウエンブルク学生歌集」はそんな2人を編集主幹に据えていたということだ。

2012年1月18日 (水)

シャウエンブルク酒宴歌集

19世紀学生歌の集大成であり金字塔。ヘルマンとモーリッツというシャウエンブルク兄弟により1858年に刊行された。兄ヘルマンは医者で学士会の会員。弟モーリッツは出版人だ。

刊行の年のうちに4版を重ねるほどの売れ行きとなった。第一次世界大戦の始まった1914年には早くも100版に達した。酒宴歌集には膨大なニーズがあったということだ。確認出来た最も新しい版は1978年の160版である。つまり100年越しのベストセラーということになる。

カルミナブラーナにまで遡るという学生歌の淵源を発して、たどり着いた一つの到達点がこの「シャウエンブルク酒宴歌集」だと申してよい。シャウエンブルク兄弟の功績の一つは、信頼できる編集人を2人起用したことだ。一人はジルヒャーだ。彼は超有名な「ローレライ」の作曲者、つまり音楽家である。今一人はルートヴィッヒ・エルクである。19世紀最高の民謡学の泰斗だ。文献と音楽の両面に巨匠を配置したということだ。学生歌集の編集に民謡学の第一人者が起用されたことそれ自体が、民謡と学生歌の密接な関係を物語っている。

2011年12月10日 (土)

民謡と学生歌

学生歌の起源を調べていると、時折民謡との関与を伺わせる記述に出会う。ドイツ民謡学の泰斗ルートヴィッヒ・エルクの名前が頻繁に現れる。

たとえば「大学祝典序曲」で3番目に登場する「Das Fuchslied」(新入生の歌)の起源を調べていて、興味深い情報にたどり着いた。

「Das Fuchslied」の起源が「Es ging ein Baumer ins Holz」(農夫は森に行った)と推定されているが、これはエルクが採譜した民謡集に収載されている。

一方のエルクは著書の中で、民謡研究において学生歌、賛美歌、物語歌は十分考慮されねばならないと指摘している。

学生歌と民謡はどうも根っこの部分で繋がっていそうだ。ブラームスは民謡と同等の愛情を学生歌に注いでいたとしても不思議ではない。

2011年11月29日 (火)

ドイツ民謡の沃野

記事「ルードヴィッヒ・エルク」でエルクが取り扱った民謡が20万から30万と述べた。断片も含むし、類歌もあろうが、それにしてもな量である。

一方でブラームスのドイツ民謡への傾倒は周知の通りだが、生前に民謡集として出版された作品は78曲。没後の出版を加えると160を数える。さらにテキストを民謡詩に求めつつ、曲を付した作品が独唱、重唱、合唱を合わせて71曲ある。

一方民衆の間で歌い継がれてきた歌は、もの凄い量がある。そのほんの一部をブラームスが自らのセンスで取り込んだ。ブラームスへの民謡情報のインプットは、出版された作品数に比べればもっと多かったと思う。それを自らのセンスで和声を施し、ピアノ伴奏を付与したと解したい。現在流布する民謡集は、ブラームスというフィルターを通して回収された抽出物だと位置づけられる。

ブラームスにとって民謡は、作品の題材として無限の沃野だったと思われるが、何から何まで無制限に取り込んだわけではない。作曲家ブラームスの眼力に照らし、後世に残すべきか否かという厳密な基準が存在したに決まっている。

骨董品の収集とは一線を画していたことは確実だ。

2011年11月21日 (月)

ベーメ

Franz Magnus Bohme(1827-1898)ドイツの音楽学者。近代ドイツ民謡学の巨星ルードヴィッヒ・エルクの弟子。1883年にエルクが没した後、1893年になって「ドイツうたの宝」を亡き師匠エルクの追編者として刊行の主役となった。だからその本は「エルク&ベーメの民謡集」と呼ばれることが多い。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻105ページ以降、ブラームスとホイベルガーの会話の中にしばしば現れる。8月22日の記事「エルクとブラームス」でも述べたとおり、この両者ウマが合わなかった。

ブラームスの憤りはエルク本人に向けられたものとその後継者にして共同編者のベーメに向けられたものが混在している印象だ。ブラームスの友人でバッハ研究の泰斗でもあるフィリップ・シュピッタが、エルクとベーメについての印象をブラームスに書き送っている。

ベーメへの評価は惨憺たるものだが、エルクへの評価は「お人好し」というものだ。どちらも積極的なプラス評価ではないが、少なくとも「エルク>ベーメ」であることは間違いあるまい。

偉人の後継者への評価はしばしば厳しいモノになりがちだ。ベーメも同時代の学者たちから酷評されている。ブラームスが持っているエルクへの印象のうちのなにがしかはベーメへの評価が反映したものだと感じる。

それでもブラームスの遺品となった蔵書のヤマの中に、エルク&ベーメの「歌の宝」が入っていた。

2011年11月16日 (水)

WoO33再考

「49のドイツ民謡集」は1894年にジムロック社から刊行された。ジムロック社がブラームスに支払った原稿料は15000マルク。交響曲1曲の値段と同じだ。ブラームスの民謡研究の集大成たる位置づけが裏付けられている。

さて当時の民謡研究の大家エルクとブラームスがしばしば見解を異にしていたことは既に何度も述べてきた。エルクは文献学あるいは考古学的立場から網羅的な収集を試み、さまざまな切り口の分析から民謡の始原の姿を追究した。そうした姿勢で追究した結果、民謡がけして自然発生することはなく、必ずや誰かが作曲しているという結論に到達した。19世紀になって頻発した民謡風歌曲だけを「始原的でない」として排除することに積極的意味が無くなる。

ブラームスはこうしたエルクの立場に反対した。丹念な収集分析自体を否定するものではないが、何でもかんでも律儀に印刷されることに異を唱えた。芸術的な価値がある民謡だけを選んで刊行すべきだと考えた。彼の姿勢に弱点があるとすれば「芸術的価値の有無」という基準がきわめて曖昧であることだ。

ブラームスはエルクとの立場の違いについて公共の場で発言したことはない。「芸術的価値の有無」という自らの基準を公表したこともない。

「49のドイツ民謡集」WoO33は、そうした立場から再考されるべきだと感じる。つまりブラームスが心の中に設定していた基準を適用した結果、選び込んだ49曲だと解されるべきだ。自らの内なる基準を作品の羅列で示したと考えたい。

2011年11月 5日 (土)

エルクの矛盾

民謡収集の基準について、ブラームスとエルクには見解の相違が存在することは既に述べてきた。

  • ブラームス 芸術的価値
  • エルク 民衆が歌い継ぐありのままの姿

エルクは膨大な研究から「民謡の真の姿」あるいは「民謡の始原の姿」を特定しそれだけを収集の対象とした。和声処理、ピアノ伴奏なんぞもっての他という立場だ。しかし研究が進むにつれて、これには決定的な矛盾をはらむことが明らかになる。

どのような民謡も自然発生は無いという事実。必ず誰かが作曲しているということだ。遅かれ早かれ誰かの手が入っているということである。作曲の時期を基準にするしか手が無くなる。古い作品はセーフ、新しい作品はアウトという具合だ。

一方のブラームスの側の定義も厄介だ。芸術的な価値があるかどうかは、ひとえに主観だ。「背の高い男の子の集合」と言っているようなものだ。おそらくブラームス本人にはその峻別に根拠も確信もあったに違いないが、客観的とは言い難い。

両者が避け得ぬ矛盾を抱えていることは、それ自体民謡の定義の難しさを反映していると感じる。

2011年9月11日 (日)

zersingen

手許の電子辞書に載っていた。歌われているうちに歌詞が替わって行くこと。早い話が「替え歌」なのだと思う。ところが民謡の研究書では違うニュアンスで載っている。「歌い崩し」だ。替え歌の語感に近い「歌い替え」は「umsingen」と標記されている。

子供ころを思い出す。音楽の授業で習った歌を面白可笑しく替える奴が必ずいた。元歌の言い回しの特徴を巧みに生かして、身近な出来事を題材に洒落てみる。この手の機転が利く奴が必ずいたものだ。音楽の時間には蚊の鳴くような声しか出ないのに、替え歌となると元気が出るというのもお決まりだった。差し替えられた歌詞は大抵、先生が顔をしかめるような内容だった。

「zersingen」と本質は一致する。以下の通りだ。

  1. 元歌のテキストや旋律の流れを巧みに利用する。
  2. テキストを身近な題材に置き換える。
  3. 語呂がいい。
  4. 優等生的な内容ではない。

あえて「歌い崩し」という訳を当てるだけのことはあるのだ。エルクは採集に成功した膨大な民謡を分類する。同一の旋律に別のテキストが付いているケースを集め、その差異を詳細に分析し、歌詞間の先後関係を明らかにして行った。「歌い崩し」を逆に辿って、元の形を丹念に比定したのだ。エルクはこの手の「歌い崩し」が起きることこそが民謡の証であると考えた。

エルクが民謡と厳密に区別した「民謡調歌曲」は、「歌い崩し」が起きない。19世紀の作曲家が初めから意図を持って作曲し、作曲家の眼鏡にかなった楽譜が刊行されるのだから当然だ。

民謡は伝播の過程で必ず「歌い崩し」が起きる。これこそ民謡の本質とする研究者も多い。時代により地域により、歌い手により変容する。その場の空気を巧みに取り込んだ替え歌を、とっさの機転で生み出せる能力こそが求められていた。

2011年9月 9日 (金)

民謡収集の担い手

ドイツ民謡の収集活動の実態について調べていて興味深い事実に巡り会った。エルク以前に民謡の収集に携わったのは以下の面々だ。

  1. ヘルダー 
  2. ゲーテ
  3. ウーラント
  4. アルニム
  5. ブレンターノ
  6. グリム
  7. ファーラースレーベン

すぐに気付くのは全て詩人または文学者だということだ。これらの人々による民謡の収集は、なんとテキストだけに限られていた。民謡集と題されていながら楽譜が添付されていないと言うことだ。現代の民謡学の常識ではテキストと旋律が密接不可分とされているから少々意外な気がする。この現象は19世紀初頭までの民謡収集は、ロマン派文学運動の一環だったからと説明されている。

ブログ「ブラームスの辞書」でたびたび言及しているルートヴィッヒ・エルクは、民謡収集の現場に始めて足を踏み入れた音楽家だと位置づけてよい。エルクの功績はテキストと旋律を公平に扱ったという点にある。ブラームスが生きた時代はそういう時代だった。

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