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カテゴリー「419 グリム兄弟」の22件の記事

2017年6月21日 (水)

大胆過ぎる仮説

グリム兄弟が編んだ「ドイツ伝説集」下巻に登場する話の舞台が、ドイツの南部か西部に偏っている話は既にしておいた。その領域がカール大帝の勢力圏と一致する可能性については、グリム兄弟自身が序文で言及している。いやはや、この序文は面白い。本文に負けないくらい貴重な情報が埋もれている。

既に私は地名語尾「heim」の分布が、カール大帝に何らかの関係があるのではないかと述べた。本日はそこから話を一歩進める。

「ドイツ伝説集」下巻収載のエピソードの分布域と、地名語尾「heim」の分布域が似ているのだ。どちらも南あるいは西に手厚い。ドナウ・ライン両大河の流域に分布する。

2017年5月31日 (水)

民話と方言

グリム兄弟が編集した「家庭と子供ためのメルヘン」は通常「グリム童話」として親しまれている。そこには兄弟のきれいな業務分担があった。兄ヤーコプは厳格で広範な情報収集にあたり、弟ウイルヘルムは、芸術的な味付けをした。

アルザス地方の修道院で兄ヤーコプが収集した童話の原稿が発見された。刊行済みの「グリム童話」と比べることで2人の分担振りが一層明らかになった。ヤーコプが収集した原稿にはさまざまな民話が方言で記されていたのだ。グリム童話は平易な標準語で書かれているから、方言を標準語に変換したのは弟の仕事だとわかる。語られるままに方言もろとも収集した兄と、それらをシンプルな標準語に変換した弟という図式だ。

ドイツ語辞典の編者グリム兄弟の方言へのかかわりが判るエピソードである。

2017年1月21日 (土)

グリム兄弟特集総集編

グリム兄弟特集の総集編をお送りする。

  1. 2017年01月04日 グリム兄弟
  2. 2017年01月05日 グリム童話
  3. 2017年01月07日 兄弟の分担
  4. 2017年01月10日 グリム童話の痕跡
  5. 2017年01月11日 ゲッティンゲンの7人
  6. 2017年01月12日 210円の至福
  7. 2017年01月13日 ドイツ伝説集
  8. 2017年01月14日 ドイツ伝説集の下巻
  9. 2017年01月15日 伝説の偏在
  10. 2017年01月16日 ウイルヘルムテル
  11. 2017年01月17日 オペラのネタ帳
  12. 2017年01月18日 ばあやのマリー
  13. 2017年01月19日 ドイツ語辞典
  14. 2017年01月20日 座右の書
  15. 2017年01月21日 本日のこの記事。

2017年1月20日 (金)

座右の書

いつも手許において愛読している書物のことだ。

例によって音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻78ページに驚くべき記述がある。スイスの作家でブラームスの友人ヨーゼフ・ヴィトマンの証言だ。

ウィーンでの座右の書グリムの大辞典の分冊を私からも借りたことがある。

含蓄がある。「グリムの大辞典」というのは先般記事にしたグリム兄弟のライフワーク「ドイツ語辞典」だと思っていい。グリム兄弟の生前はもとよりブラームス存命中にも完成しなかったが、分冊の形で順次刊行が進められた。刊行の済んだ分をブラームスがウイーンで入手し愛用していたことがわかる。そしてスイス滞在中はヴィトマンから借りだしていたことも同時に明らかになる。

2017年1月19日 (木)

ドイツ語辞典

記事「グリム兄弟」で少しだけ言及した。兄弟のライフワークだ。原題を「Deutshes Worterbuch von Jakob Grimm und Wilhelm Grimm」という。全16巻32冊の大著だ。世に名高い「ゲッティンゲン7教授事件」に巻き込まれて失職した兄弟の救援事業として発案されたとも言われている。32冊の1冊1冊が数百ページに及ぶというヴォリュームには圧倒される。

単語の意味の解説はシンプルなものだ。記述の力点は用例の列挙や歴史的背景の解説にある。ルターからゲーテにいたる広範な書物の中から適切な用例が列挙されている。オランダ語、デンマーク語などゲルマン兄弟語への言及や、ゴート語など古語への配慮も手厚くなっているらしい。刊行が始まると同時に「非実用的だ」という批判も後を絶たなかったとされる一方で、リルケ、ホーフマンスタール、トーマス・マン、ヘッセなど錚々たるメンバーが絶賛している。一度ページを開くとしばらく読み耽ってしまうという証言が複数存在する。

少なくともグリム童話のような家庭的な内容を期待した人々はがっかりしたと思われる。アルフェベット順に執筆が進められたが兄弟の生前には完成するはずもなく、最後まで残ったヤーコプは、「Fruicht」(果実)の項まで書いたところでこの世を去ったという。

「意味の解説はごくごくシンプルで、用例の列挙に力点がある」という編集方針を読む。事実上辞書の体裁を持った博物誌だ。僭越ながら「ブラームスの辞書」と同じである。必要箇所を引くというより最初から読まれたいという点でも一致するような気がする。

2017年1月18日 (水)

ばあやのマリー

1月5日の記事「グリム童話」で、兄弟が民間に伝わる民話を収集したと書いた。エルクの民謡収集と同じく聞き取りという手法だけが用いられた。既存の文献からの筆写されたお話は巧妙に回避されている。民謡の収集の実態の代表的な事例は記事「ゲルネ爺さん」で述べた。本日はグリム兄弟の民話収集に貢献した老女の話だ。

兄弟は「グリム童話」第1版の編集をしていたころカッセルに住んでいた。その近所に薬局があって親しくつきあっていた。弟ウイルヘルムは5番目の娘ドロテアと結婚したほどだ。この家の家政婦が本日の主役「ばあやのマリー」だ。夫をアメリカ独立戦争で亡くした後、薬局に雇われたという。記事「Juche nach America」の記述と矛盾しない。

彼女の功績は抜群だ。初版86編の約4分の1を兄弟に伝えた。「いばら姫」「赤ずきん」「ヘンゼルとグレーテル」という有名な話も含まれている。

刊行のタイミング1812年を見るにつけ、ブラームスも幼い頃グリム童話を聞いていた可能性もあると感じる。

2017年1月17日 (火)

オペラのネタ帳

グリム兄弟の「ドイツ伝説集」下巻には、オペラの元になったと思われる話が散見される。

  • 538番「ジークフリートとゲノフェーファ」は、シューマンの「ゲノフェーファ」
  • 540~544番 ワーグナーの「ローエングリン」
  • 561番 「ワルトブルクの合戦」はおそらく「マイスタージンガー」だ。

されば「ニーベルングは?」と探したが、序文に断り書きがあった。「ニーベルング」関連の伝説は、収集の対象からはずされていた。既存既知の有名な文学作品との重複を避けたと明言してある。意図的に収載していない話を系統立てて列挙してあった。

私のような初心者が感じる疑問には、ことごとこく先回りして対処済みという風情である。

2017年1月16日 (月)

ウイルヘルムテル

ロッシーニで名高い「ウイリアムテル」の元ネタも、「ドイツ伝説集」に載っていた。我が子の頭上のリンゴを見事射抜く話だ。日本では専ら「ウイリアムテル」と呼び習わされている。「ウイリアム」は「甲冑」を意味する。ドイツではこれが「ウイルヘルム」に変化する。

周知の通りこの話はスイスの独立のエピソードだ。スイスは国内にいくつかの言語が公用語扱いされている。ドイツ語のほかにフランス語やイタリア語を話す人々が混在しているという。「ウイルヘルム」は、フランス語なら「ギョーム」だし、イタリア語なら「グリエルモ」だ。

「ドイツ伝説集」518番が「ウイルヘルムテル」になっているのは、何だか嬉しい。

2017年1月15日 (日)

伝説の偏在

グリム兄弟の「ドイツ伝説集」下巻には、話の舞台が地名の提示により明確にされていることが多い。収載された話の舞台を地図上にプロットすると興味深いことがわかる。少々の重要な例外が発生する危険を顧みずに申せば、収載の伝説はドイツの西部あるいは南部が舞台になっている。ライン地方、シュヴァーベン、バイエルン、フランケンの諸地域に手厚い。川で申すならライン・ドナウの両大河流域に固まっている。北東に行くほどまばらになり、いわゆる「エルベの東」はほぼ空白となる。

東ゲルマン系のゴート族やケルト系の伝承はほぼ全滅だ。イエス本人の神性をみとめないアリウス派を信仰したゴート人は、ローマ帝国内の勢力争いで、アタナシウス派に破れ、信仰もろとも歴史から抹殺されたとされているが、伝説の分布もそれを裏付けているように見える。

同じことは覇者フランク族以外の部族では、大なり小なり起こりえた。カール大帝によるキリスト教化の過程で起きた抑圧により、多種多様な伝説もまた永遠に失われた。「ドイツ伝説集」下巻で伝説が濃厚に残存する地域は、カール大帝の勢力圏と概ね一致する。カールへの抵抗が根強かった地区ほど伝説が空白化しているかのようだ。

2017年1月14日 (土)

ドイツ伝説集の下巻

グリム兄弟が著した「ドイツ伝説集」は面白い。家庭への浸透度という面では、「グリム童話」に一歩譲るが、最近ドイツネタに浸りきっている私の脳味噌にとっては、伝説集の方が興味深い。とりわけ下巻だ。様々な歴史的伝説が200篇以上収載されている。

ザクセン族、フランク族などおなじみの民族の起源が次々と語られる。何よりも人名、時期が具体的になっているのがありがたい。タキトゥスやシーザーなどローマ人の著述とはまた違った味わいがある。カール大帝やオットー大帝など英雄たちのエピソードも豊かで飽きない。

記述の中に「今」という言葉が現われると、グリム自身か訳者が、「ここでいう今はいついつのことである」と必ず注釈してくれるのも徹底されていて気持ちがいい。

何よりも何よりも地名が具体的なのがありがたい。地名の起源を説明した話がそこここに現われる。鵜呑み厳禁と肝に銘じながら読んでいても、ついつい引き込まれる。

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