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カテゴリー「433 マリエ」の5件の記事

2011年9月 6日 (火)

年頃

本日次女16歳。「セレナーデ2寿」

年頃とは良く言ったものだ。ここ最近亡き妻と私がつきあっていた頃のことを話すと、お姉ちゃんと一緒に興味深そうにしている。頻繁に話題にする訳ではないが、やりとりの中身から判断すると2人とも最早子供とは言えない。その点では長男が一番無邪気だ。

16歳女子と言えばそういうものだ。

シューマン夫妻の長女マリエが、父ロベルトを失ったのが15歳の時だった。ライン川への投身が13歳の頃だから、年頃にさしかかる多感な時期に父の最期の日々が重なる。ロベルトの投身とともに駆けつけて一身を投げ打って一家を支えたブラームスは、マリエの目にどう映っていたのだろう。

娘たちの感覚の鋭さを見るにつけ、思うことがある。ブラームスが抱いていたクララへの思いが、事実上マリーに筒抜けだったのではあるまいか。皮肉にもロベルト・シューマンの死をもって一段落することになるこの思いが、日夜一緒に過ごしたマリーに伝わらぬハズがない。あるいは次女のエリーゼでさえ気付いていたかもしれない。

2009年3月 6日 (金)

家計簿の後継ぎ

昨日の記事「家計簿の担い手」で、シューマン一家の家計簿の記入者について述べた。元々の担当はロベルトだった。そしてエンデニヒの病院に収容されて後、約1年の間ブラームスが記入していたことは確実である。

新たな疑問がある。

1854年12月30日をもって終わったブラームスによる記入の後、誰がシューマン一家の家計簿をつけていたのだろう。

その後シューマン一家は家計簿をつけなかったということになれば、この疑問は消えてなくなる。やはり家計簿はつけられていたという前提だ。

一番の候補者はクララだ。演奏会で留守にする時だけ誰かに代わりを頼んだかもしれないが、主体はクララだ。もしブラームスが関与していたのなら記録に残るはずだ。ブラームスは1854年12月30日を最後に関与していないと見るのが自然だ。あちらドイツでは家計簿記入は男の仕事だったとしても、亭主が入院とあれば女性の出番もあろう。

私なりのささやかな候補がいる。1855年9月には14歳になる、シューマン夫妻の長女マリーだ。1854年の暮には、20歳のブラームスから13歳のマリーへのかわいい申し送りがあったと想像するのは楽しい。「クララの留守中だけ」という条件付きであることは十分考えられるが、マリーは有力な候補だと感じる。ブラームスが1856年10月にデュッセルドルフを引き払ってハンブルクに戻るまでは、不明な点を前任者ブラームスに尋ねることも出来たはずだ。

1856年春ライプチヒの学校に通うようになるまでの短い期間になるハズだが、マリー・シューマンはそれだけの器だ。

2009年3月 2日 (月)

マリー・シューマン

シューマン夫妻の長女。1841年生まれ。

生涯独身で通した。弟たちはみな病弱な中、演奏活動で留守がちなクララに成り代わってシューマン一家の家事全般を切り盛りすることとなった。ブラームス来訪時のもてなしは主にマリーの役目だ。何でも喜んで平らげるブラームスは彼女にとってもよい客だったという。心優しくお人好しな彼女は、ブラームスのいたずらの格好の標的にもなったが、信頼は厚かった。もちろんピアノも弾けた。

このマリーはブラームスの伝記にも何かと登場する。

  1. 1853年10月ブラームスのシューマン邸初訪問の折、ノックに応えてドアを開けたのがこのマリーだという指摘がある。
  2. 1854年2月27日ロベルトのライン川への投身は、マリーが一瞬目を離した隙だったと伝えられている。
  3. 1868年4月10日。ドイツレクイエムの初演にクララとともに臨席している。
  4. 1896年5月20日。クララの死をブラームスに伝える電報の差出人はマリーだ。
  5. ブラームスは4つの厳粛な歌をクララに見せることが出来なかった心情をマリーに書き送る。
  6. 1897年4月6日。ブラームスの葬儀に参列している。

母クララの信頼は厚い。妹たちからの信頼もまた厚い。父ロベルトの病が刻々と悪化するのを思春期のマリーは見ていた。13歳のマリーはたった7歳年上のブラームスが急を聞いて駆けつけて大車輪の献身ぶり見せたことも知っている。年齢の差だけで申せば大学生の家庭教師と中学生というくらいの関係だ。ブラームスが家を空けがちなクララに代わって留守宅を切り盛り出来たのは、マリーを筆頭とする娘たちとの円満な信頼関係があってこそだと思う。

そして何よりもマリーは父ロベルトを知る者から、「父親と瓜二つ」とも証言されている。

欧州最高のピアニストにして作曲家ロベルト・シューマンの妻を母に持ったという光も影も呑み込んで1929年に88歳の生涯を閉じた。

2008年8月18日 (月)

レンズ豆

サラリーマンの楽しみはランチだったりする。私もそうだ。職場の近所に行きつけのイタリアレストアランがある。週に3回行くことも多い。パスタのランチにはまりこんでいる。

あまりの暑さに冷製スープを頼んだ。何かのマメがたくさん入っていて美味だった。メニュウを見て驚いた。「レンズ豆」だという。おおおってなモンだ。これがレンズ豆かと。

音楽之友社刊行「ブラームス回想録集」第3巻20ページ。シューマンの4女オイゲーニエの回想の中にレンズ豆が登場する。

1864年9月1日ブラームスはシューマン家の長女マリーエにきれいな絵入りの料理本をプレゼントした。マリーエの誕生日だ。その本の中のフレーズが子供心に印象に残っているとオイゲーニエが回想しているのだ。生涯独身を貫きながら演奏旅行で留守がちな母に代わって家事全般を切り盛りすることになるマリーエにはピッタリの贈り物だ。その中で「大好物のレンズ豆は煮込むときに蓋をしないと柔らかくならない」と面白おかしく紹介されているという。

レンズ豆は、西アジアの乾燥した丘陵地が原産で現在の主産地はインドらしい。インドやエジプトでポピュラーな食材だそうだが、イタリア料理にもちょくちょく用いられると物の本に載っていた。19世紀後半のドイツでも珍しい食材ではなかったようだ。直径5~10ミリの丸形。マメの形状が凸レンズに似ていることが命名の根拠だと思われる。

レンズ豆がシューマン一家の食卓に上ったことは確実だし、もしかするとブラームスが食べた可能性も否定出来まい。何だか得した気分である。

2006年5月23日 (火)

WoO31

「WoO」とは「Werke ohne Opuszahl」のことで「作品番号無き作品」を表す略号だ。その31番目とでもご理解願いたいが、この番号は出版順でも作曲順でもない。整理の都合で付与された番号である。栄えある「WoO1」は「ハンガリア舞曲」で「WoO2」は「FAEソナタ」という具合に器楽優先になっている。

「WoO31」は「子供ためのドイツ民謡集」である。曲集の冒頭に「Den Kindern Robert und Clara Schumanns gewimt」という文言が誇らしげに掲げられている。「gewidmt」は「献呈」という意味だ。ヴァイオリン協奏曲がヨアヒムに、ピアノソナタ第二番がクララに捧げられているのと同じ意味である。そう「ロベルトとクララの子供たちに捧げる」という献辞になっているのだ。献呈は1858年である。つまりロベルト・シューマンの死から2年後ということになる。父が他界し、母のクララは演奏旅行で家を空けがちな中、残された子供たちに捧げられたということなのだ。正確に言うと1858年の夏、ゲッティンゲンに避暑に訪れていた父親無きシューマン一家訪問の際の手土産であったらしい。マリエ、エリーゼ、ユーリエ、オイゲーニエ、フェリックスの5人とクララだ。

曲はブラームスの作曲ではないから作品番号はふられていない。民謡好きのブラームスが気に入った民謡の中から子供に相応しい作品を選んで、気の利いた和声と伴奏をつけたと思えばいい。もちろん自らの芸術を世に問う野心作ではないだろう。1858年と言えば、ピアノ協奏曲第一番の作曲が平行して進められていた頃だ。作曲の紆余曲折に加え初演でも痛みを被った作品の裏で、ひっそりと書き上げられたと思われる。このときシューマンの遺児たちは長女のマリエでさえまだ17歳である。それなのに、ヴァイオリン協奏曲やピアノソナタ第二番のような大曲と同じ「献呈」という手続きを踏んでいることが、健気でいじらしい。子供相手に巨匠的技巧を要する難曲大曲なんぞを選ばないところが、粋でさえある。

マッコークルによれば2番と4番にのみ初演の具体的な日付が付されているだけで、他は不明となっている。野暮を言ってはいけない。ブラームス自身かクララのピアノで5人の子供たちのうち誰かが最初に歌ったに決まっているのだ。1858年夏のゲッティンゲンといえば、あるいはアガーテが歌った可能性だって無いわけではない。

25歳の青年の誰もが出来る芸当ではあるまい。これもある意味でシューマンネタである。

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