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カテゴリー「435 オイゲーニエ」の5件の記事

2015年12月27日 (日)

卵の上を歩け

ヴァイオリンソナタ第3番のエピソードだ。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻47ページ。クララ・シューマンの四女オイゲーニエが母クララの言葉を書き留めている。同曲第3楽章の155小節目ピアノに現れる「Tranquillo」のことに言及して、「あそこは卵の上を歩くようなものよ」と述べている。

巧妙な言い回しだ。すぐに比喩だとわかる。「卵の上を歩く」訳が無いからだ。クララにだって経験があるわけではなかろう。そしてこの言い回しには「卵の上を割らずに歩く」という意味が内蔵されていると思っている。歩きながら卵を割りまくる訳ではないと心得たい。だからこそ「並外れて微妙で」「用心が要る」という意味になる。

「Tranquillo」単独では「静まって」という意味なのだが、この部分は「とりわけ微妙でっせ」というクララの認識を表していると見て間違いがない。

それにしてもクララ一家はうらやましい。楽譜上の単語1個について、これほど具体的な会話が親子で交わされているということだ。オイゲーニエはこのことをずっと心に留めていたある日、クララの家でブラームス本人がピアノを受け持ってこの曲に挑むのを聴く機会を得た。

ブラームスは問題の「Tranquillo」に差し掛かると、大幅にテンポを落として切り抜けたと証言している。「ブラームスさんはつま先立ちで歩いたんだわ」と姉のマリエと喜び合ったという。

2014年9月17日 (水)

歴史的水害

イタリアのヴェローナは、「ロミオとジュリエット」の舞台として名高い。町全体が世界遺産になっている。同地のシンボル的存在が、円形劇場だ。紀元30年の完成と言われている。ローマ、ナポリに次ぐ大きさの巨大建造物の柱の一つに、洪水を記憶するためのプレートが埋め込まれている。水が達した高さを示す役割があるのだが、同時にその洪水が起きた日が刻印されている。

「1882年9月17日」とある。

記事「橋崩落」で紹介した、シューマンの4女オイゲーニエの手記にある豪雨は、実はこの水害の証言でもある。

一行はクララの誕生日9月13日をコモ湖畔のベラッジオで迎えた。15日に人と会う予定があるために、ミラノ、ヴェローナを経てヴェネツィアに行かねばならないのだが、13日から降り出した豪雨のために、ブラームス他1人は出発を見合わせる。結局クララ母子だけで雨をおして出発した。一旦雨は上がったものの翌14日にミラノを発つ際には再び豪雨となった。ヴェローナに程近いアイジュ川をクララ一行を乗せた列車が渡り終えた後、その鉄道橋が濁流に流された。これが恐らく14日だ。ヴェローナ市街への浸水は、プレートにある通り17日だったら辻褄が合う。

オイゲーニエによればブラームスのヴェネツィア着は遅れに遅れて18日と目される。鉄道の復旧には数週間かかったとオイゲーニエが証言するが、17日に街が洪水にあったとすれば、復旧に時間がかかったとして不思議は無い。

円形劇場の柱に埋め込まれたプレートが、実はブラームスにも遠くでつながっているというおそらくここでしか読めない話。この夏日本はあちこちでひどい豪雨に襲われた。いたましい被害も伝えられている。本日の記事をもってお見舞いに代えたい。

2014年9月16日 (火)

手前

記事「橋崩落」でクララたちの乗った列車が、豪雨による橋の崩落に危うく巻き込まれそうになったと書いた。シューマンの4女オイゲーニエの証言だ。ところがその証言に厄介な記述がある。問題の橋の位置だ。

オイゲーニエはその橋を「ヴェローナ手前」と形容している。ミラノからヴェローナを経由してヴェネツィアに向かうルートだということを前提とするなら、その橋は列車がヴェローナに入る前でなければならない。地図を見る限り、アディジェ川はヴェローナの中央駅に相当する「Verona Porta Nuova駅」よりヴェネツィア側にある。手前という形容は不自然だ。「Verona Porta Nuova駅」の開業は1851年だから駅の遷移は考えられない。

「ヴェローナの手前」というのは駅ではなく「市街地の手前」という苦し紛れの解釈も出来ぬわけではないが、いかにも不自然だ。

2014年9月13日 (土)

橋崩落

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻の39ページに興味深い記述がある。クララの4女オイゲーニエの証言だ。

1882年9月のこと。13日クララの誕生日を祝うためイタリア・コモ湖畔ベラジオに仲間が集まった。クララとその娘たち、ブラームスと友人のビルロートだ。15日にはヴェニスで、リーズル夫妻に会う手はずになっていた。段取りの全貌は下記の通りと推定される。全員で15日までにヴェニスに入る予定。

  • 9月13日 全員でベラジオを船で出発。
  • およそ1時間でコモに到着。
  • コモから列車でミラノに移動して宿泊。
  • 9月14日 朝ミラノを列車で出発。
  • 同日中にヴェニスに到着。

現代の特急でミラノ-ヴェニス間は4時間まではかからない。当時としても朝出発なら、その日のうちにヴェニスに着くはずだ。

ところが、その年に限って9月13日から豪雨に見舞われた。あまりの豪雨にビルロートとブラームスは、翌日の合流を約束して出発を見合わせた。クララ母子は上記の予定通り出発し、無事ヴェニスに着いた。列車がヴェローナにさしかかる直前に、アディジェ川を橋で越える。ドイツ名エッチュ川というこの川が豪雨で増水していたものの何とか渡りきった。一行がヴェニスに入ると、たった今渡ってきた橋が、濁流に流されたというニュースが待っていた。

橋の崩落に巻き込まれた列車は無かったらしいが、クララたちを乗せた列車が巻き込まれる可能性だってあった。さらにブラームスたちが同じルートで後を追っていたら危なかった。

ブラームス一行は4日遅れてヴェニスに着く。橋の崩落による通行止めは何週間も続いたからだ。残念なことに迂回ルートは不明だ。

2006年5月23日 (火)

WoO31

「WoO」とは「Werke ohne Opuszahl」のことで「作品番号無き作品」を表す略号だ。その31番目とでもご理解願いたいが、この番号は出版順でも作曲順でもない。整理の都合で付与された番号である。栄えある「WoO1」は「ハンガリア舞曲」で「WoO2」は「FAEソナタ」という具合に器楽優先になっている。

「WoO31」は「子供ためのドイツ民謡集」である。曲集の冒頭に「Den Kindern Robert und Clara Schumanns gewimt」という文言が誇らしげに掲げられている。「gewidmt」は「献呈」という意味だ。ヴァイオリン協奏曲がヨアヒムに、ピアノソナタ第二番がクララに捧げられているのと同じ意味である。そう「ロベルトとクララの子供たちに捧げる」という献辞になっているのだ。献呈は1858年である。つまりロベルト・シューマンの死から2年後ということになる。父が他界し、母のクララは演奏旅行で家を空けがちな中、残された子供たちに捧げられたということなのだ。正確に言うと1858年の夏、ゲッティンゲンに避暑に訪れていた父親無きシューマン一家訪問の際の手土産であったらしい。マリエ、エリーゼ、ユーリエ、オイゲーニエ、フェリックスの5人とクララだ。

曲はブラームスの作曲ではないから作品番号はふられていない。民謡好きのブラームスが気に入った民謡の中から子供に相応しい作品を選んで、気の利いた和声と伴奏をつけたと思えばいい。もちろん自らの芸術を世に問う野心作ではないだろう。1858年と言えば、ピアノ協奏曲第一番の作曲が平行して進められていた頃だ。作曲の紆余曲折に加え初演でも痛みを被った作品の裏で、ひっそりと書き上げられたと思われる。このときシューマンの遺児たちは長女のマリエでさえまだ17歳である。それなのに、ヴァイオリン協奏曲やピアノソナタ第二番のような大曲と同じ「献呈」という手続きを踏んでいることが、健気でいじらしい。子供相手に巨匠的技巧を要する難曲大曲なんぞを選ばないところが、粋でさえある。

マッコークルによれば2番と4番にのみ初演の具体的な日付が付されているだけで、他は不明となっている。野暮を言ってはいけない。ブラームス自身かクララのピアノで5人の子供たちのうち誰かが最初に歌ったに決まっているのだ。1858年夏のゲッティンゲンといえば、あるいはアガーテが歌った可能性だって無いわけではない。

25歳の青年の誰もが出来る芸当ではあるまい。これもある意味でシューマンネタである。

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