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カテゴリー「502 性格」の11件の記事

2008年12月26日 (金)

ブラームス派

19世紀後半のドイツ・オーストリア圏において、音楽界を2分する論争があったことは広く知られている。

2つの相反する考え方が自説を主張しつつ、相手を攻撃したのだ。マーラーあるいはシェーンベルグなどの世代まで下ってしまうと、ほとんど意味のない論争になったとの指摘もあるが、当時は真剣だったらしい。

これらの陣営それぞれに名前がつけられている。この名前の内の片方が「ブラームス派」だという訳た。ブラームスが「ボクに味方する人よっといで」とやった訳ではないのだが、なんとなくワーグナー派と拮抗する勢力に名付けられてしまったということだ。

後世の研究家愛好家を含めてこの論争を傍観する人々にとっては、両陣営に名前が付いていた方が何かと盛り上がるのだ。ウイーンに限定するならワーグナー派をブルックナー派と言い換える向きもある。つまり便宜上の言い回しである。

ブラームスは機関誌を作って意見を述べたりなんかしていないし、パーティー券を売りさばいたりもしていない。論争の存在自体を認識はしていたと思うが、自分が片方の陣営の首領であるという自覚があったかどうか疑わしい。

2008年12月20日 (土)

コネ

英語「conection」の略なのだろうとは思うが、既に独自のニュアンスを獲得しており、単なる直訳とでは意味が違っていると感じる。

ハンブルク時代ブラームスは家計を助けるために酒場でピアノを弾いていた。健康上も教育上もよくないと見かねた父ヤーコプの友人ギーゼマンが、ブラームスを招待した。ハンブルク近郊のヴィンセンという街だ。小さな合唱団のために曲を書いたり指揮したり、同い年のリースヒェンという娘と仲良くなった。ブラームスはこのときにギーゼマン一家から受けた恩を生涯忘れなかった。

後にデニングホフ夫人となったリースヒェンにはアグネスという娘がいた。ところが1888年そのアグネスがベルリン高等音楽院在学中にリースヒェンは夫に先立たれ未亡人となってしまった。経済的な窮状を聞いたブラームスは、ベルリン高等音楽院の校長に奨学金の支給を打診する。「もし奨学金が支給されないのなら、こっそり学費を援助したい」とまで申し出るのだ。

奨学金は支給された。

何ということは無い、この校長とはヨーゼフ・ヨアヒムだったのだ。つまりコネとはこういうことだ。それもとびきり強力なコネである。アグネスは既に独力でベルリン高等音楽院の難関を突破していたから、裏口入学の斡旋ではない。

さて、このエピソードを角度を変えて眺めてみる。ブラームスとヨアヒムの友情という切り口だ。ヨアヒムはブラームスの親友にして恩人。そして当代きってのヴァイオリンの名手だ。ところがヴァイオリン協奏曲の作曲中に意見を交換するうちにちょっとした不和に陥った。1884年ヨアヒムは夫人との訴訟騒ぎになり、ブラームスから夫人に宛てた手紙が夫人に有利な証拠として採用されるに及んで絶交状態になった。1887年夏ブラームスはヴァイオリンとチェロのための協奏曲の作曲に際して意見を求める手紙をヨアヒムにしたためたことにより表面上もとの鞘に納まるが、若い頃のような打ち解けた関係に戻ることはなかったとされている。

先の奨学金の依頼は1888年だ。つまり表面上仲直りをした直後のことである。ブラームスはリースヒェンのために一肌脱ぐにあたり、関係がギクシャクしていたヨアヒムに頼んだということだ。ヨアヒムに頭を下げて頼んだブラームスもカッコいいが、その申し入れを受けたヨアヒムも相当カッコいい。

2008年8月19日 (火)

屈折

本が売れれば喜ぶくせに「買ってください」とは言わない。ブログが読まれれば嬉しいくせに「読んでください」とは言わない。コメントがつけば嬉しいくせに「ご意見をどうぞ」とは言わない。みんな自分のことだ。つまり素直ではないのだ。気持ちがストレートに行動に直結しないとき、しばしば「屈折している」と形容される。

光が界面を通過する際に曲がることを指す用語だが、転じて素直でないことを形容する場合に用いられているというわけだ。

ブラームス評において用いられる言葉のランキングがあったら間違いなく上位に来る。ブラームス本人にその意識があったかどうかわからないが、彼の伝記を読んでいると、なるほどという場面が多い。もっとも代表的なのは「好きなのに好きと言わない」であろう。いわゆる青春時代において、この「好きなのに好きと言わない(言えない)」は、一度くらいは誰でも経験するから共感されやすい。とりわけブラームスにはそうしたフィルターを通して聴いても違和感のない作品が多いから、頻繁にこの言葉が奉られる。

この「思い通りにならないこと」がブラームスの創作のエネルギーになっていたとさえ感じられる。理想と現実のギャップをエネルギーにして作曲しているような気がする。理想と現実のギャップというからには、「理想」があることが前提である。「高らかな理想」であるか「ささやか理想」であるかは問わぬが、「理想が存在すること」自体は疑えない。

一方でその理想を次々と実現させることが創作のエネルギーになった人たちもいると思う。ひとつ実現すれば「もっと」という具合にエスカレートする。そういう人の作った作品は、けして「屈折」とは表現されない。

バッハの作品に屈折を感じることはない。バッハとて理想と現実のギャップはあったと思うが、作品には反映していない。そのギャップは別の何かが埋めていたと感じている。もしかするとそれは「信仰」かもしれない。そして恐らくその対象は「神」と「フーガ」と「コラール」に違いない。

ブラームスにおいて信仰の対象の最たるものはもしかすると「クララ」だ。これが本当なら相当むごい。何故ならクララはブラームスにとって理想と現実のギャップそのものだからだ。だから屈折が作品にそのまま反映せざるを得ない。

ブログでこんなことを書くとますます屈折していると思われそうだ。

2008年8月12日 (火)

ピストル

1875年8月12日、ブラームスは出版商ジムロックに宛てた手紙の中で、ピアノ四重奏曲第3番ハ短調op60を評して「楽譜の表紙にピストルを頭に向けている人を描くといい」と述べている。

この作品に言及する文章があればけして避けて通ることの出来ないエピソードである。作曲への着手から完成までに長い中断があったこともあって、古来憶測を呼んできた。作曲当時の心境を何らかの形で反映してるものと思われる。

ブログ「ブラームスの辞書」ではここで、新たに憶測を重ねる道を選ばない。独自の方向に話がそれて行くのだ。

ピストルとは英語で言う「ハンドガン」のことだ。片手で扱える小振りの銃器の総称だと解してよいのだと思うが、語源が定かではないらしい。

ドイツのピストルといえば、有名アニメの影響もあってワルサーP-38がすぐに思い浮かぶ。ブラームスがこれを思い浮かべていれば記事として完璧なのだが、そうも行かない。ワルサーP-38がドイツ軍の正式銃となるのは1938年を待たねばならない。ワルサー、ルガー、モーゼルなどで名高いドイツの実用自動拳銃の普及は1890年代なので、1875年の段階ではまだ知られていない。

恐らくアメリカ起点に1860年代末期から普及し始めたリヴォルバーだと思われる。庶民のブラームスが簡単にイメージできるほどドイツにおいても普及していたと思われる。

ビートルズのアルバムのタイトルにもなった回転式の拳銃のことである。

2007年11月 1日 (木)

喉を鳴らす仔猫

1894年11月。ブラームスは出来たばかりのクラリネットソナタをクララに聞かせるために、ミュールフェルト等第一級のメンバーとともにフランクフルトを訪れた。

ミュールフェルトのクラリネット、ブラームスのピアノによるアンサンブルだ。聴覚の衰えが見られるクララはピアノを弾くブラームスの隣に座って譜めくり役となった。ブラームスは楽章ごとにクララの顔を覗き込み次に進む許可を得ながら弾いたという。

これらの光景があたかも見てきたように再現できるのは、当時18歳になっていたクララの孫フェルデナンドが書き残した日記のおかげである。18歳の少年は当時すでに作曲界の大御所であったブラームスを「彼は喉を鳴らして甘えている柔らかな仔猫のようだ」と評している。さすがのブラームスもクララの前ではこんなモンだったのだ。ブラームスの健気さが余すところ無く伝えられているばかりか、年老いてなお毅然としたオーラを放ち続けるクララの姿さえ髣髴とさせる。

このときヨハネス・ブラームス61歳。猫なら化けている年頃かもしれない。

2007年6月28日 (木)

バケツリレー

1885年6月28日ミュルツシュラーク。ブラームスが避暑で滞在していた家の隣で火災が発生した。火の手はブラームスの部屋にも及んだ。ブラームスはバケツリレーに進んで参加して消火を手伝った。当時のブラームスの部屋には作曲完了間近の交響曲第4番の楽譜があったが、気に留めることもなく消火を手伝ったという。

気を揉んだのは周囲の人々だ。扉を蹴破って室内に入り、すんでのところで楽譜を持ち出したという。

ブラームスは楽譜が焼失してしまうことを気にも留めなかったというエピソードだ。このことは何やら象徴的である。第四交響曲のような大作でも、頭の中に保存されているから、またいつでも楽譜を再現出来るという自信の表れだと思われる。頭の中にあるマスターデータからいつでもダウンロード出来るということなのだ。

それにしても交響曲第4番「火災」などという標題が付かなかったのは幸いである。

2007年3月 5日 (月)

やせがまん

一昨日の記事「ブラームス雛」は楽しかった。

http://brahmsop123.air-nifty.com/sonata/2007/03/post_13c0.html

ブラームスとクララを金屏風の前に座らせないデリカシーを発揮させてもらった。ブラームスもきっと判ってくれると確信している。

そりゃあブラームスはクララLOVEだから、並んで座りたいに決まっている。でも諸般の事情でそうも行かないと自重するのだ。あるいは「クララは女神だから」とつぶやいて自ら右大臣の席に着いたのだ。記録に残るエピソードや残された作品の肌触りから容易に推定できる。こうした独特の心情を個人的に「やせがまん」と表現している。ワーグナーだったら、遠慮なく金屏風の前に直行するだろう。

人間ブラームスは内面において、この種のやせがまんに悶々としたと思われるが、創作活動の障害にはなっていない。それどころか、逆に創作のエネルギーになっていた感じもする。世の中は理想と現実の落差に満ちている。そうしたジレンマが創作のエネルギーになるのだから、創作のネタは無尽蔵だ。何だか水素エンジンみたいだ。

昔から私はこの「やせがまんの系譜」が好きだ。

百人一首で一番好きな歌、参議篁の作。

わだの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海士の釣り船

遣唐使になることを拒んで島流しの憂き目に遭い、配流の地に向かう途上の歌だ。「元気に旅立ったと伝えておくれ」というノリだ。下の句が「人」で始まるこの歌は、カルタ取りの際には厄介だが、絶対に他人には取らせない。

あるいは、承久の変に敗れて隠岐の島へ流された後鳥羽上皇の御製。

我こそは新島守や隠岐の海の荒き波風心して吹け

これも島流しされる側の歌だ。私はこの島の新しい主だと波や風-つまり自然にそう宣言している意味がある。

島流しの憂き目に遭いながら、歌には微塵も匂わせず凛とした気概に満ちている。ここで大袈裟に悲しんでは、世間の笑いものだというプライドが痛々しくも健気である。

私はこの手の「やせがまんの系譜」にどうも弱いのだ。無条件に応援したくなる。「判官贔屓」の変形かもしれない。

「やせ我慢の系譜」はブラームスにも共通していると思う。この話をブラームスにしたら「クララと並んで座るなら金屏風の前より、ピアノの前がいい」と言うに違いない。

2007年3月 3日 (土)

ブラームス雛

あったらいいなのブラームス雛を選定する。

<お内裏様>ロベルト・シューマン ここにブラームスでは洒落になるまい。

<お雛様>クララ・シューマン 穏当なところである。

<三人官女>

  1. アガーテ・フォン・ジーボルト
  2. エリザベート・フォン・ヘルツォーゲンベルグ
  3. ユーリエ・シューマン

<五人囃子>

  1. ヨーゼフ・ヨアヒム(ヴァイオリン)
  2. ハンス・フォン・ビューロー(ピアノ)
  3. リヒャルト・ミュールフェルト(クラリネット)
  4. ロベルト・ハウスマン(チェロ)
  5. ユリウス・シュトックハウゼン(バリトン)

<左大臣>ヨハン・セバスチャン・バッハ

<右大臣>ヨハネス・ブラームス

当初は、お内裏様にブラームス、お雛様にクララを据えた過激バージョンを作ったのだが、気分的に収まりが悪くて改訂した。ブラームスとクララのペアにしないということは、デリカシーに属する問題である。ブラームスの理解も得られると思う。五人囃子のメンツは完璧である。白酒ならぬワイン好きのブラームスの右大臣は何だかお似合いのような気がする。日本史を紐解けば右大臣は左大臣より位置付けが若干低いが、左大臣がバッハなら、ブラームスは文句を言わないと思われる。カバン持ちか何かで私も入りたい。

おバカな企画が続くものだと我ながら感心する。こういうネタにはつい力が入ってしまう。

2007年2月 8日 (木)

音楽が来る

クララ・シューマンの許に弟子入りしていたピアニストにブラームスがレッスンをしていたことがいくつかの証言から明らかになっている。高名な女流ピアニストも少なくない。

ある日その中の一人がブラームスに向かって「先生(ブラームスのこと)は何故、私たち女性が弾きにくい曲ばかりお書きになるのでしょうか?」と尋ねた。なるほどブラームスのピアノ作品は、手が大きくて筋力が強い方が演奏に有利な場合が多い。このあたりの事情を意識しての、自然な質問だと思われる。

ブラームスの答えは「そういう音楽があちらからやって来るンだよ」というものだったらしい。「私のせいじゃないよ」とでも言いたげである。作曲家の脳味噌の中が想像されるやりとりである。

「音楽が来る」という表現は面白い。「自分は来た音楽をただ楽譜に定着させただけだ」とでも言いたげである。この考え方を辿って行くと、作曲家の才能はつまり「音楽が来るかどうか」にかかっているという結論に到達する。もしモーツアルトが言ったというなら、なるほどという気にもさせられるが、言っているのがブラームスだというのが素晴らしい。チラリと浮かんだ楽想をいじり回すという作曲技巧の側面ばかりがとかく強調される傾向があるが、バランスを失してはいけない。せっかく来てくれた音楽を、第三者にもわかるようにという記譜上の工夫は存在するのだろうが、それは「あーでもないこうでもない」という苦心惨憺の生みの苦しみとは区別されねばなるまい。ブラームスもまた、作品は頭の中で出来上がっていて、ただそれを楽譜にダウンロードしただけという側面が強いのではないだろうか?第一交響曲といえば、自動的機械的に「作曲に20年かかった」とする解釈がまかり通っているが、疑問無しとしない。

もちろん、次から次へと来る音楽が結果として世の中に流布しなかったという人が一番多いということは言うまでも無い。

2007年2月 2日 (金)

縁起かつぎ

何かにつけて人は縁起をかつぐ。もしかするとブラームスもと思われる事例がある。

「真実なる女性クララ・シューマン」という書物がある。クララ・シューマンの伝記である。このクララ・シューマン伝においてヨハネス・ブラームスは無視し得ない登場人物になっている。クララの人生が約半分も終わった頃登場する14歳年下のブラームスとの交流はクララ本人の死をもって幕が引かれるまで連綿と続く。言及の頻度で言うならクララの父、ロベルトに次ぐ第3位であろうことは確実である。

この中に興味深い記述がある。ショパンとシューマンの「作品2」はともに「クララ・シューマンの演奏によって日の目を見た」とする件である。ショパンの作品2は「ドンジョヴァンニの手に手を取ってによる変奏曲」で、シューマンのそれは「パピヨン」だ。いわゆる名曲解説辞典でそれらの項目を見てもクララ・シューマンとのいきさつは書かれていないことが多いのだが、もし記述が正しければ、両者の「作品2」は偶然にもクララが世に出したというニュアンスである。

ブラームスがシューマン邸をはじめて訪問した時に演奏したのはピアノソナタ第1番である。しかし、このハ長調のソナタは作曲の順番では少なくとも3番目のソナタである。現在2番とされる嬰ヘ短調、3番とされるヘ短調は既に完成されていたというのが定説である。その後シューマンの薦めにより出版にこぎつけた際、ブラームスの手元には上記3つのソナタの他に現在作品4になっっている変ホ短調のスケルツォが手駒として存在していた。推定作曲年代順に並べると以下のようになる。

  1. スケルツォ変ホ短調(現行op4)
  2. ピアノソナタ嬰ヘ短調(現行op2)
  3. ピアノソナタヘ短調(現行op5)
  4. ピアノソナタハ長調(現行op1)

自分の記念すべき「作品1」にどの作品をあてるかブラームスは考えたハズである。いや今日の趣旨からいうなら「作品2」をどれにするか考えたハズである。ショパン、シューマンの作品2がともにクララによって世に出た事実をブラームスはシューマン家との交流開始後まもなく知ったはずだからだ。自らの最初のソナタをクララに「作品2」として献呈して縁起をかつぎたいと考えたのではあるまいか。何かとシューマン家と関わりの深い「嬰へ」を考えると最古のソナタでもある嬰ヘ短調が最適と考えた。

一方そうは言っても記念すべき「作品1」は、単品のスケルツォや歌曲にはせずに、やはりソナタを据えた。シューマン家に自分を紹介してくれたヨアヒムに献呈したハ長調ソナタである。これにより嬰ヘ短調ソナタは「ピアノソナタ第2番作品2」とされ、縁起のいい「2」をめでたく重複させたという訳である。

2月2日にピッタリの話題である。

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フォト

ブラームスの辞書写真集

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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