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独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

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カテゴリー「507 マネー」の35件の記事

2016年11月10日 (木)

銀行家パウル

フェリックス・メンデルスゾーンがハンブルクの裕福な銀行家の長男だということはよく知られている。しかし彼は家業を継がなかった。しからば誰がという疑問に答えるのが本日の主眼だ。

それはフェリクスの3つ年下の弟パウルだった。チェロの達者な弾き手でもあった。1854年2月ロベルトの投身により苦境に陥ったクララに真っ先に経済的援助を申し出た。銀行家らしく小切手を送ったのだ。間もなく生まれる夫妻の末子が、兄の名前を背負ったことも含め、兄フェリクスと夫妻の交友をよく知っていたものと思われる。

その後欧州中を駆け回って演奏会に明け暮れるクララは、銀行家パウルの顧客だったという。

2014年9月 4日 (木)

株主ブラームス

記事「投資家クララ」で、クララがブラームスに株や債券への投資を持ちかけたと書いた。銀行家のアドヴァイスを得ながら実際に買われたらしい。投資を持ちかけた手紙から1年と少々を経た1868年6月30日の手紙からその詳細がわかる。

購入はクララの分と一括で、クララが代金を立て替えたと思われる。クララの手元で保管されていた債券や株券をブラームスに送るという文面になっている。

その送った株券の銘柄が、「ライン鉄道」(Rheinbahn)だった。つまりブラームスは鉄道会社の株主になっていたのだ。ライン鉄道とはどこだろう。現代断り無く「ラインバーン」と申せばデュッセルドルフ市電の経営母体を指すのだが、当時は存在しなかった。ブラームスが株を取得したのは、「Nassauische Rheinbahn」で間違いあるまい。

ライン川沿いにコブレンツとウイースバーデンを結ぶ路線で、現在のライン右岸線だ。2012年春に次女のドイツ公演に同行した折、保護者ツアーの一行は、ボンからローテンブルクにバス移動した。そのときアウトバーンでショートカットせずにライン川右岸を走った。その間つかず離れず併走していた路線こそが、ラインバーンだった。

万が一フランスとの戦争に敗れれば、あたり一帯はフランスに割譲されかねない地域だから、クララが万が一を心配するのも無理からぬ話だ。

  • 2014年9月 3日 (水)

    投資家クララ

    ブラームスが音楽家として独り立ちし、そこそこの報酬を得るようになった頃から、資産の運用についてクララ・シューマンから助言を受けている。

    その周辺の事情を調べていて興味深い話にたどり着いた。

    1867年4月26日に、クララがデュッセルドルフからブラームス宛に出した手紙だ。その年の2月から続いたクララの英国公演の報酬が思いがけない金額になったので、銀行に相談したとある。一緒に株か債券を買いませんかとブラームスに持ちかけている。

    そうした文脈の中で、クララは鉄道株を買いたいと明記している。しかし「もしもフランスとの戦争になればリスクを伴う」とも付け加えている。

    手紙が書かれた1867年と言えば普墺戦争は終わっている。ドイツ統一の妨げとなるオーストリアは退けたものの、ビスマルクの野望の前にはフランスが立ちはだかっている情勢だ。ドイツには統一の達成のために、いずれはフランスとの戦争は避けられないという風潮があった。クララはこの風潮を踏まえて鉄道株のリスクを分析しているということだ。

    クララが購入を狙っている鉄道株は、フランスとの戦争になれば値下がりすると踏んでいることがわかる。つまり西部国境付近の鉄道会社の株に違いない。

    2012年12月13日 (木)

    ブライヒレーダー

    ゲルゾーン・フォン・ブライヒレーダー(1822-1893)は、ユダヤ系の銀行家。父から受けついだベルリンの銀行を発展させ、プロイセンやドイツ帝国の金庫番となった。資金の調達という面では、大蔵大臣以上の影響力を持つに至った。

    ブラームスの財産管理人がジムロックだった話は何度も出てきた。彼ブライヒレーダーは、ビスマルクの個人的財政顧問であった。ビスマルクは勲功を重ねるにつれて膨大な土地資産を下賜されたから、その管理運用を委託する必要に迫られて選任したのがブライヒレーダーだった。

    ドイツ帝国成立にとって天下分け目の普墺戦争や普仏戦争で、戦時国債を引き受けて戦費を調達したのもブライヒレーダー。世間の下馬評とは別に銀行家特有の情報と分析により、どちらの戦争でもプロイセンの勝ちと判断したからこそ、国債を引き受けたのだ。

    帝国成立後の1872年3月に貴族に列せられたのは、論功行賞に決まっている。

    2012年8月15日 (水)

    直間比率

    全税収における直接税と間接税の比率のこと。日本の場合はおよそ7対3で直接税優勢。直接税とりわけ所得税は納税者の経済力に応じた課税が出来るので、直接税の比率が課税の公平性の目安になると考えられている。

    19世紀のドイツに話を戻す。普仏戦争勝利で成立したドイツ帝国の税制はシンプル。直接税は連邦を構成する領邦の国庫に入り、間接税は帝国政府の国庫に入る。たとえばブラームスがウィーンに進出する前、所得税はハンブルク市の金庫に入るが、彼がタバコを買えばそれはドイツ帝国の金庫にはいるとでも説明したいところだが、当時は所得税がなかったという資料もあり微妙。法人税はあったらしい。

    むかし最大の間接税は関税だったが、例の関税同盟によって関税が廃止されたから、間接税収入は25%減った。だから帝国政府より、地方領邦の方が安定ししていた。帝国はあの手この手で間接税の創設に走るが、さまざまな抵抗にあう。帝国成立後のビスマルクの腐心はこのあたりにあった。帝国議会とはいえ各領邦の代表は間接税の創設や引き上げには抵抗するからだ。帝国財源の不足分は各領邦からの中央交付税で支えられていた。今の地方交付税とは金の流れが逆だ。

    直間比率は、現代でこそ課税公平性の指標とされているが、当時のドイツは中央集権度をはかる尺度だった。

    税金の話題とはいかにもタイムリーだが、ウィーンに居たブラームスはどういう課税のされ方だったのか調べているのになかなか判明しない。

    2012年6月26日 (火)

    ワーグナー代

    ブラームスは王侯貴族の庇護を離れ、作曲だけであるいは一部演奏や教授で飯が食えた最初の作曲家だったとしばしば指摘される。それでいて結構な額の遺産を残したともいう。一方ワーグナーの桁外れの金銭感覚についてはしばしば語られている。豪勢な話を一つ。

    ワーグナーを援助したバイエルン王ルートヴィヒ2世が、ワーグナーに与えた金銭的援助の記録がバイエルン王国に残っていた。本日はそれを列挙する。

    1. 1864年 年俸4000グルテン(8000マルク) 5月4日王との謁見時から。
    2. 1864年 20000グルテン(40000マルク) 5月4日時点での借金の肩代わりと引越し代。
    3. 1865年 年俸5000グルテン(10000マルク) ワーグナーの要求により増額。
    4. 1865年 ボーナス30000グルテン。(60000マルク
    5. 1865年 ボーナス40000グルテン。(80000マルク
    6. 1866年 年俸6000グルテン(12000マルク)1882年まで続く。
    7. 1874年 ボーナス216152マルク。ドイツ帝国成立でマルクに変わる。
    8. 1878年 100000マルク バイロイト音楽祭向け融資の名目。

    このほか、家賃、家具代、上演費は王室もちだったが金額がわからない。話を判りやすくするためにマルクに換算して上記赤文字の金額を足す。これだけで51万6152マルクだ。こうした単純合計だけではいけない。上記6番の6000グルテンが17年続くので16倍した192000マルクを加えねばならない。

    70万8152マルク。現代の円への換算は難しいが1マルクはおよそ500円だから、3億5407万6000円になる。19年間におよそ3億5千万円で1年あたり1864万円。王とワーグナーが会った1864年に値が一致するというスペシャルな奇遇付きである。現代のスポーツ選手の高年俸に慣れてしまった感覚からはさほど高いと感じないのだが、当時としては破格である。参考までに申せばバイエルン王国の国家予算がつかめないのだが、1866年のプロイセンの国家予算は5億マルクだった。普墺戦争後ビスマルクに下賜された功労金が120万マルクだった。

    ブラームスの交響曲1曲の原稿料がおよそ750万円だ。

    2012年6月22日 (金)

    造営費

    バイエルン王ルートヴィヒ2世は、時代の流れを省みず孤独に閉じこもったまま、ワーグナーに巨額の援助をしたというのが通説。これに劣らず築城にも興味とお金を注いでいた。ノイシュヴァンシュタイン城を含む3つの城の造営にかけた費用が3600万マルクといわれている。議会が承認した王室費の中からの出費だ。王から見れば「国が認めた俺の金」だというロジック。後日精神病認定される理由の一つになっている。

    当時の感覚はもちろん尊重されるべきなのだが、現在の感覚で眺めると王にも一理あるような気がする。当時欧州を揺るがした普仏戦争。バイエルン王国も取り決めに従ってプロイセンについてフランスと戦ったのだが、この戦争でのバイエルン王国の戦費は5600万マルクだったという。およそ1年の戦争で5600万マルクを使った。城の造営費3600万マルクのおよそ1.5倍。加えて普仏戦争ではドイツ側で13万人、フランス側で28万人が戦死した。「城の造営では一人も兵を失っていない」とルートヴィヒ2世は言うに違いない。王は城の造営に従事する労働者のために保険制度も採用している。

    とても狂った王の所業と断ずる気にはなれない。そしてその3つの城が現代ドイツでどれほどの外貨を稼いでいるかを見るとき、これを先見の明とさえ呼びたくなる。

    2012年6月21日 (木)

    ノイシュヴァンシュタイン城

    ロマンティック街道の終点に鎮座するドイツ観光の超目玉。バイエルン王ルートヴィッヒ2世によって建てられた。1869年に建設が始まり、完成は1886年であった。軍事目的というよりも「趣味のお城」に近い。その証拠に正式名称は「Schloss Neuschwanstein」という。「ブルク」ではなくて「シュロス」になっている。

    普仏戦争が1870年に始まリ翌年に終わっていることを思い出すまでも無く、19世紀後半のこの時期におよそ軍事的には無意味だったとされているのだが、建設費だけは莫大で国の負担は大変なものだった。

    一方、ドイツ帝国の成立に腐心するプロイセンは、バイエルン王国の協力を欲していた。ウイルヘルム1世のドイツ帝国皇帝への即位を、「ドイツ諸邦の推挙によるもの」という体裁を整えるためにバイエルン王ルートヴィヒ2世の書簡を必要としていたのだ。いわゆる「皇帝推戴冠親書」である。バイエルン王にとってプロイセン主導のドイツ統一なんぞ内心面白くないに決まっているから、この説得には時間がかかった。

    バイエルン王国に対しかなりの自治を認める扱いが事実上決め手となった。書簡の発信と引き換えに1800万マルクが支払われたという話もあるにはあるのだが、実際はもっと複雑。書簡発信への同意は、持参金の決定より前だったらしいのだ。王が造営費用欲しさに妥協したという説は成り立たなくななる。

    やれやれ、ともあれこの大金がノイシュヴァンシュタイン城の建設費用に当てられたとされている。プロイセンからの資金援助で完成したのは事実らしいが、ウイルヘルム1世の即位の式典には、ルートヴィッヒ2世本人は歯痛を理由に代理を立てて出席せず、ビスマルクを悔しがらせた。

    現代この城が獲得する外貨を考えると法外な費用とばかりも言えまい。

    2012年6月16日 (土)

    下賜金

    1866年普墺戦争に勝利した後、プロイセン衆議院は国王に対し、功労者への下賜金を勧告する。最大の功労者はもちろんビスマルクだ。金額は40万ターラー。1ターラーは3マルクだから、120万マルク。1マルクはおよそ500円とすると6億円だ。庶民の感覚からすれば目もくらむ大金だが、超一流のアスリートの年俸や、移籍金の報道に慣れきった感覚から申せば意外に安い印象。

    ところが、これが当時のプロイセンの国家予算の0.25%に相当するとなると一大事だ。現代ドイツの国家予算がおよそ60兆円だから、0,25%は1500億円に相当する。何にしろ国家予算の0.25%を国が個人に下賜するというのは凄いことだ。国会がこれを是とするあたり、やはりビスマルクの功績はかなりなインパクトだったということだ。モルトケ参謀総長はビスマルク半分だったという。

    ビスマルクはそれでも「私が分捕った国益に比べれば小さいものだ」と思っていたらしい。

    2012年6月13日 (水)

    廃絶王基金

    ビスマルク外交を裏から支えた秘密資金。話は1866年に遡る。普墺戦争の戦後処理において、オーストリアへの寛大な待遇については既に触れたが、オーストリア側に味方した領邦にはザクセンを除いてお家断絶と財産没収を含む過酷な処分を敢行した。敗戦領邦から没収した財産をプールして、いざというときに使った。

    プロイセンに占領されてウィーンに亡命したハノーファー王ゲオルク5世は、プロイセン憎しのあまり、「今度戦争があったらフランスにつく」と発言して公になった。これがビスマルクの逆鱗に触れて、ハノーファーに残した資産が全て没収されて廃絶王基金になったといわれている。

    バイエルン王ルートヴィヒ2世の負債肩代わりに投じた1800万マルクもここから出たといわれている。何と言ってもその存在を知られていないお金。帳簿も無ければ監査もない。支出にあたって国会の議決も必要としない。ビスマルクは鉄血宰相ではあるのだが、工作資金も潤沢だった。敵対する野党の面々は、ビスマルクが私腹を肥やしていないかとかぎまわったが徒労に終わる。膨大な下賜金と土地の所有者でもあるビスマルクの公私混同はあり得ないということだ。

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