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カテゴリー「510 顕彰」の13件の記事

2012年8月20日 (月)

元帥

ドイツ語で「Feldmarschal」と綴る。ドイツ帝国陸軍最高位だ。上級大将の中から選任される決まりになっているが、原則として戦時にあって敵要塞を陥落させるなどの目覚しい勲功が伴うことが条件になっている。有名なのはモルトケ将軍だが、何とオーストリアの皇帝フランツ・ヨーゼフ1世にもドイツ帝国元帥の位が授与されている。

ビスマルクは政治家外交官だから、軍の位階には無関係かと思うとそうでもなくて、1890年に宰相を退任する際、長年の勲功に対して「元帥位を有する上級大将」という地位を授与された。要塞陥落などの戦時の手柄はないから元帥という訳には参らぬものの、それに準じた待遇をするということだ。

2012年3月26日 (月)

ドクター

ブラームスの演奏を記録した蝋管がある話は有名だ。エジソンの蓄音機を宣伝するためにブラームスに白羽の矢が立ったのだ。1889年12月の出来事。音質は粗悪だといわれている。演奏の前にしゃべり声が録音されているのだが、これがほぼブラームス本人の声だと信じられている。

聞き取りずらいそのスピーチは「Haus von Herrn Dr.Fellinger,I am Dr.Brahms,Johannes Brahms」だと解釈されている。ドイツ語と英語のチャンポンになっているのだが、これにより録音場所がウィーンのフェリンガー邸だったことが判るし、これはフェリンガー家の人々の証言とも一致している。

英語とのチャンポンである点に加えて興味深いのはブラームスが自分を「ドクター」と呼んでいるという点だ。これには明快な根拠がある。1880年にブラームスはブレスラウ大学から名誉博士号を授与されている。大学祝典序曲の解説では必ず言及される出来事。だからブラームスはれっきとした「ドクター」である。公式な文書上では必ずそのことが反映する。この年の9月にはハンブルク名誉市民に選ばれているのだが、このときの名誉市民証にも「Dr.phil.h.c」と記されている。博士号を有する人に「Dr」抜きで呼びかけるのは大変な失礼に当たるという。貴族にとっての「von」と同じ位置づけた。初めての録音行為に当たり、相当緊張していたブラームスがしのばれる。

1889年はハンブルク名誉市民にも選ばれたし、レオポルド勲章も授与された。ドイツが認める名士になったということだ。

2012年1月 6日 (金)

受賞理由

19世紀も半ばを過ぎても、ドイツの大学ではラテン語が幅を利かせていた。ブラームスに哲学の名誉博士号を授与したブレスラウ大学も例外ではない。ブラームスへの学位授与の理由は下記の通りである。

「artis musicae serveris in Germania nunc princeps」

「今日のドイツにおけるもっとも厳格なる音楽芸術の長」くらいの意味。ラテン語で標記されることで半端でないありがたみも付与される。授与のわずか8年前にドイツ帝国が成立していることも、ありがたみを増強している。ローマ時代然とした「Germania」の一言が輝いている。

2012年1月 4日 (水)

ベルンハルト・ショルツ

1879年3月ブレスラウ大学はブラームスに学位授与を打診する。1876年にケンブリッジ大学が試みたものの、まんまと辞退されているから周到な準備が重ねられた。何よりもまずドーヴァー海峡が横たわっていないことが、決定的な追い風となる。数本の大河を越えるだけで事足りる。さらに学位の授与式への参列を求めないという切り札でブラームスの心を動かす。ブレスラウの条件は唯一つ。この機会に祝典的な作品を作曲することだった。

この周辺の段取りに尽力したのが、本日の主役ベルンハルト・ショルツ(1835-1916)だ。当時ブレスラウ音楽協会の指揮者の地位にあった。

この時からかれこれ20年遡る1860年、新ドイツ楽派に対する有名な宣言文がブラームスを含む4名の署名とともに発表された。準備の手違いもあって、予定していた署名人が集まらなかったため、さして効果的とは言えない檄文で、反対陣営に付け入る隙を与えた代物だった。このときの署名した4名の中に、ベルンハルト・ショルツがいた。いわば「戦友」だ。

ブラームスが作品のタイトルをどうするか思案していたときに「ヴィアドリーナ」を提案したのは、実はこの人だった。

大学祝典序曲は1880年9月13日にはクララとピアノ連弾版、同年12月6日には、ベルリン高等音楽院のオケで管弦楽版という具合に試演を重ね、1881年1月4日にはブレスラウで初演にこぎつけた。演奏はショルツの手兵ともいうべきブレスラウ管弦楽協会だ。ショルツは自らの率いるオケを作曲者ブラームスに委ねて敬意を表した。

2011年7月17日 (日)

Bundeskanzlerin

連邦宰相「Bundeskanzler」の女性形。2005年アンゲラ・メルケルが第8代ドイツ連邦宰相に就任したことによりこの女性形が必要になった。女性初の連邦宰相。歴代宰相の中ではヘルムート・シュミットに継いで2人目のハンブルク出身者だ。今日7月17日は彼女の誕生日である。

大のサッカーフリークとしても知られている。主要な大会のドイツ代表戦にはしばしばかけつけている。野党の追及の対象になっているらしい。

彼女の経歴を調べていて脳味噌がピクリと反応した。ヴレツワフ大学から名誉博士号を授与されていた。現在でこそポーランド領なのだがドイツ領だった時代も長く昔はブレスラウと呼ばれていた。そのブレスラウ大学から名誉博士号授与への返礼が大学祝典序曲だったことは、ブラームス愛好家には知られている。彼女もブラームスもブレスラウ大学の名誉博士である。

これで彼女がブラームス作品の愛好家だったら我がブログ的には完璧な流れなのだが、そうは甘くない。なんと彼女はワーグナーの楽劇を愛聴しているらしい。とはいえ将来のハンブルク名誉市民の有力候補だ。

2011年5月27日 (金)

正式な肩書

ハンブルク名誉市民に選ばれたとき、ブラームスの正式な肩書は「Dr.phil.h.c.」となっている。省略符が多くてわかりにくい。

「Dr.」は簡単で「博士」だ。次の「phil.」は音楽にちなんで「フィルハーモニー」かと思ったら違って「philosophie」で「哲学」だった。最後の「h.c.」は「honoris causa」の略で「名誉」の意味。全部続けると「名誉哲学博士」になる。

そうだ。大学祝典序曲作曲のキッカケを思い出すといい。ブラームスは1880年にブレスラウ大学から哲学の名誉博士号を授与されている。これを鮮やかに踏まえていると解される。

そして正式な選定理由は「卓越した音楽作品を通じて、故郷ハンブルクに栄光と名誉をもたらした功績」である。

2011年5月26日 (木)

Anerkenung der Hilfe

ドイツ語。直訳すると「救援への感謝」となる。ハンブルク名誉市民の選定者リストを調べていて、1843年のメンバーで注目すべき発見をした。

  1. コンラート・ダニエル・フォン・ブリュッヒャー伯爵 デンマーク王国アルトナ市長官。
  2. エドワルド・ハインリッヒ・フォン・ブロットヴェル プロイセン王国マグデブルク市長官
  3. ヨハン・シュミット 自由ハンザ都市ブレーメン市長

上記3名の選定理由は「Anerkenung der Hilfe nach den grosser Brand」となっている。「ハンブルク大火に対する救援への感謝」と解される。前年1842年5月5日未明、ハンブルク市は未曾有の大火に見舞われた。この大災害にあたり3市から寄せられた救援活動への謝意表明に他なるまい。

巨大な災害からの復興には、周囲の援助は不可欠だ。アルトナは当時プロイセン王国の所属ではなく、デンマーク王国配下のホルステン公国の都市だった。現在ハンブルク市に編入されて行政区の一つになっていることからも判るように、被災地ハンブルクのすぐ西隣に位置する。避難民の受け入れや救援の先頭に立ったと思われる。

マグデブルクは、エルベ川を遡った位置にある。アルトナほど近いわけではないが、エルベ川の水運は救援物資の搬入に役立ったことだろう。

そしてブレーメン。ハンブルク同様北海に面した伝統あるハンザ都市だ。ハンブルクのライバルとして対抗意識を持っているが、非常時にあたり率先して駆けつけたと感じる。

もちろん首長たちが一人でどうなるものではない。首長の陣頭指揮のもと多くの人々が救援活動に従事したに違いない。具体的な救援活動の内容は明らかではないが、よその街の市長を名誉市民に選んでまで表明するような強い強い感謝は、その救援活動が本当に心のこもったものだったことの裏返しに決まっている。

1889年自らがハンブルク名誉市民に選ばれるにあたって、おそらくブラームスは過去12名の選定者を調べたハズだ。モルトケ将軍やビスマルクにもまして、この3名の名前と受賞理由を見て感動したと思われる。

ハンブルクの大火はブラームス9歳の時の出来事だ。ブラームスの思春期は市街の復興期と重なる。ハンブルクの復興はブラームスにとって他人事ではない。それを助けた3名の首長と同じ名簿に名前を連ねることを真の名誉としたに違いない。ブラームスはそういう男だ。

だからがんばれ日本。

2011年5月25日 (水)

Ehrenburger

正確に申せば「u」はウムラウトする。ドイツ語で「名誉市民」のことだ。「Hamburgische Ehrenburger」で「ハンブルク名誉市民」だ。

1889年にブラームスがハンブルク名誉市民に列せられたとき、既に12名がその栄誉に浴していた。最初のハンブルク名誉市民はテッテンボルンという将軍で、ナポレオン戦争の際の勲功によるものだ。10番目と11番目がモルトケ将軍とビスマルクで、これは1871年だから普仏戦争直後、ドイツ帝国誕生の一連の流れの中の話である。ブラームスは19世紀最後の選定だから19世紀は13名となる。

20世紀は15名が名を連ねる。飛行船に名前が残るヒンデンブルク、元西ドイツ首相ヘルムート・シュミットもいる。21世紀はまだ10年が経過したに過ぎないのだが5名が既に選ばれている。1814年の初選定からおよそ200年で33名。100年で15~17名の難関だ。並み居る作曲家たちに先んじて音楽家初の名誉市民は、相当な栄誉である。

ちなみにベルリンの名誉市民は100名を越えているらしい。

2011年5月24日 (火)

感謝のしるし

人は感謝のしるしとして何かと物を贈る。言葉で礼を述べるだけにとどまらず、別に贈り物をして感謝の気持ちを伝えるのだ。

ブラームスは作曲家だから、感謝のしるしとしてお世話になった人に曲を贈る。献呈という形をとったり、自筆署名入り初版印刷譜だったり形態は様々だ。作品一覧表中の献呈された人々の欄はそうした感謝のしるしが時系列的にお行儀良くならぶことになる。一見オヤというような人物に献呈されていても、よく調べると納得の理由が必ず潜んでいる。

ハンブルクでのポストに嫌われ続けたブラームスに、ハンブルク市は名誉市民の称号を贈ることで謝罪と和解の意思表示をする。わだかまりが完全に払拭された訳ではないが、ブラームスはこれを喜んで受諾する。そして時のハンブルク市長ペーターセンに「8声の合唱のための記念と祝典の格言」op109を献呈する。1889年9月9日にハンブルクで初演にこぎつける。何かの語呂か「9」が重なる。受賞の決定は5月23日だったが、授賞式は9月。この演奏会はそれに先立つ祝賀行事の一環だと思われる。

名誉市民への選定はこの市長が最終的に決裁したことは事実だが、実はもう一人功労者がいる。

ハンス・フォン・ビューローだ。彼はブラームスの友人でピアニストとしても指揮者としても成功した音楽家で、演奏会の前に聴衆にむかって演説することでも有名だった。こうと思ったら突き進む人なのだ。持ち前の行動力でハンブルク市を説得し、ブラームスへの名誉市民授与に対する障害を根気よく取り除いたという。

ブラームスは後に第3交響曲の手書き総譜をビューローに献じて、感謝の気持ちを表した。

2011年5月23日 (月)

名誉市民

1889年5月23日。ブラームスはハンブルクの名誉市民に選ばれた。今日は記念日。

ブラームスはそのお礼にop109をハンブルク市長カール・ペーターゼンに献呈している。娘のトニー・ペーターゼンとはその後も親しく文通している。

議会の説得など難題はあったらしいが、裏で画策したのが友人のハンス・フォン・ビューローだった。第4交響曲の演奏に際して発生した行き違いが原因でマイニンゲン宮廷楽団を辞していたビューローが当地ハンブルク歌劇場で指揮者をしていたのだ。

ビスマルクやモルトケ将軍もハンブルク名誉市民に列せられているが、この2人はハンブルクの出身ではない。ブラームスはハンブルクの生まれだから感激もひとしおだろう。

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