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カテゴリー「520 旅行」の56件の記事

2016年10月 6日 (木)

アルプスの南

イタリアの異名。陽光まばゆいイタリアはしばしばドイツ人の憧れと表現される。ブラームスは友人をイタリア旅行に誘う手紙で、しばしば「アルプスの南に同行いただけませんか」などの表現をしている。「アルプスの南」は「イタリア」と同義である。

フランス人のみがニースからジェノヴァへの海岸沿いを進んでイタリア入りできるが、ブラームスには難しい。アルプス越えは必須だ。

ウィーンからイタリアに入るにはおそらくゼメリンク峠越えが現実的だ。イタリア滞在の後はそのまま夏の避暑地に向かうことが多いから、帰路は別のルートになる。トゥーンやバーデンバーデンに帰るならサンゴタール峠越えが効率的だし、イシュルに戻るならウディーネからまっすぐ北上し、プレッケン峠を越えて、オーストリア最高峰グロッスグロックネルの東麓をかすめつつ、ザルツブルクを目指すルートが考えられる。起点がヴェローナならブレンナー峠も悪くない。

2016年10月 5日 (水)

ガリバルディ

イタリア独立の立役者。1807年生まれで1882年に没したから、ほぼブラームスと同時代の人。イタリア人ならおよそ知らぬ者はいないという英雄。「1にキリスト、2にガリバルディ」という位置づけだ。

イタリア旅行中の一コマ。同行者ヴィトマンの証言によれば、大作曲家ブラームスとは知らぬパレルモのサンジョヴァンニ修道院のガイドがブラームスを「まるでガリバルディのようだ」と評したらしい。ガリバルディ没後10年も経たぬ時期だから、人々のの記憶に新しかったはず。おそらく「只者ではない」という意味で用いられたと思われる。

言われたブラームスは、歴史に詳しかったから喜んだものと思われる。

2016年10月 4日 (火)

アッピア街道

「街道の女王」とも言われる古代ローマの街道。紀元前4世紀に建設が始まった。ローマから南東に進みナポリをかすめてアドリア海側に渡り、ブランディシに至る。

現在もなお保存されている部分も多いどころか、実際に使用されている。

1890年、作家のヴィトマンが同行したイタリア旅行の際、ローマ近郊のアッピア街道を訪れている。ヴィトマンはこれを「疲労困憊徒歩旅行」と表現しているが、実際にどこからどこまで歩いたかは不明である。

歴史的予備知識無しに偶然観光ルートに採用するとも思えない。私が調べる程度の知識は事前に仕入れていたと考えるのが自然だ。

2016年10月 3日 (月)

モムゼンとの邂逅

テオドール・モムゼン(Theodor Mommsen1817-1903)は、ドイツの歴史学者。シュレスヴィヒ生まれ。とりわけローマ研究で名高い。著書「ローマ史」により1902年にはノーベル文学賞を受賞している。

ブラームスはモムゼンのことを知っていた。とりわけ高く評価していたと思われる。1887年のイタリア旅行中、列車の乗り継ぎの際、偶然モムゼンと鉢合わせしたというエピソードを、友人のヴィトマンが証言している。地元の土産物の販売人が、モムゼンにコインを売りつけようとした話を紹介している。

コインの研究はローマの歴史研究において無視し得ぬ領域を形成している。若い販売人に、コインに刻印された文字の意味を教えてやったという。周囲の人々がそれがモムゼンだと判って歓声を上げたことに、ブラームスがいたく感動したらしい。

ブラームスの歴史の知識がローマ旅行の肥やしになっていたことは確実だ。

2016年10月 2日 (日)

ヴィッラ・アドリアーナ

ローマの東およそ30km、ティヴォリという街にある世界遺産。ローマ14代皇帝ハドリアヌスの別荘。ティヴォリ一帯はローマのセレブたちの別荘地だった。

1888年ブラームスは友人のヴィトマンとのイタリア旅行の際、ヴィッラ・アドリアーナを訪れている。

素晴らしい偶然がある。別荘の主ハドリアヌス帝はローマ五賢帝の3番目に数えられる名君だが、彼の誕生日は西暦76年1月24日である。私が生まれる2037年前に生まれたことになる。

2016年10月 1日 (土)

旅は道連れ

唐突な話題。ブラームスの生涯8度のイタリア旅行は、ただの一度も一人旅をしていない。必ず同行者がいた。

  1. 1878年 テオドール・ビルロート、カール・ゴルトマルク
  2. 1881年 テオドール・ビルロート
  3. 1882年 テオドール・ビルロート
  4. 1884年 ルドルフ・フォン・デア・ライエン
  5. 1887年 フリッツ・ジムロック、テオドール・キルヒナー
  6. 1888年 ヨーゼフ・ヴィトマン
  7. 1890年 ヨーゼフ・ヴィトマン
  8. 1893年 ヨーゼフ・ヴィトマン

ビルロートとヴィトマンがそれぞれ3回帯同している。大抵の伝記には載っているのだが、漫然と読んでいると記憶には残らないので一覧にしておく。

2016年9月23日 (金)

ホーエンシュタウフェン朝

12世紀から13世紀にかけて神聖ローマ皇帝6名を輩出した家柄。もっとも名高いのはフリードリヒ1世、人呼んで「赤ひげ王」だ。第3回十字軍の総司令官でもある。

彼に限らず歴代の神聖ローマ皇帝はドイツ王でありながら、イタリアにこだわる。「神聖ローマ帝国の盟主」という自覚からか肩に力が入った人が多い。赤ひげ王は5回イタリア遠征を試みている。ローマ教皇との摩擦もさることながら、お膝元ドイツの経営がおろそかになるので、ロクなことは無い。

ホーエンシュタウフェン朝は、シチリア王国の経営には一応成功していたからましなほうだが、イタリア本土までもと色気を出すとうまく行かない。

1266年シチリア王コッラディーノ(コンラーディン)は、ローマ教皇さしまわしのシャルル・ダンジューに破れナポリで処刑される。ホーエンシュタウフェン朝はこれで途絶えるが、歴代の王はシチリア島パレルモの大聖堂に祀られることとなった。そしてドイツ史上異例の緊急事態である大空位時代が始まる。

ブラームスは1893年最後のイタリア旅行でシチリアを訪れた際、ホーエンシュタウフェン朝ゆかりのパレルモ大聖堂に参拝したと同行の友人ヴィトマンが証言している。ヴィトマンはブラームスのドイツ史への造詣に感嘆している。

2016年3月25日 (金)

おすすめホテル

森鴎外の「独逸日記」は1884年から1888年にドイツ留学時の記録。超一流の文豪が残したドイツの風物の描写。本日はその中に登場するホテルを抜き出して列挙する。どこか1箇所くらいブラームスも泊まったかもしれないと妄想が膨らむ。

<ベルリン>

  1. 1884年10月12日 Hotel Garni zum Deutschen Kaiser 
  2. 1886年02月19日 Hotel Sansouci 莫愁客館 ホテル・サンスーシか。
  3. 1886年02月20日 Hotel Imperial 帝国客館
  4. 1886年08月09日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  5. 1887年04月16日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  6. 1887年07月17日 Hotel Kronprinz 太子客館
  7. 1887年08月31日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  8. 1887年10月18日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  9. 1887年11月27日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  10. 1887年12月09日 Kronprinzen Hotel 皇太子客館

<ライプチヒ>

  1. 1884年10月22日 Hotel Stadt Rom
  2. 1885年07月30日 Hotel zu StadtDresden 徳停客館 徳停はドレスデンのこと。
  3. 1885年08月25日 Hotel zu Stadt Dresden 徳停客館
  4. 1885年12月23日 Hotel de Russe 魯国客館 

<ドレスデン>

  1. 1885年05月12日 Hotel zu den vier Jahreszeiten 四季客館
  2. 1885年10月11日 Hotel zu den vier Jahreszeiten 四季客館
  3. 1885年10月11日 Hotel de Saxe 索遜客館 索遜は「ザクセン」
  4. 1886年02月17日 Hotel Stadt Peterburg 彼得堡客館

<ネルハウ>Nerchau ザクセン陸軍の演習に臨む。

  1. 1885年08月28日 Gasthof zu Sonne 太陽客館

<グリンマ>Grimma ザクセン陸軍の演習に臨む。

  1. 1885年09月06日 Gasthof zum goldenen Lowen 金獅客館

<ミュンヘン>

  1. 1886年03月08日 Hotel Deutscher Kaiser 独帝客館
  2. 1886年07月28日 Bayerischer Hof 拝焉客館 拝焉は「バイエルン」だ。
  3. 1886年10月15日 Bamberg Hof バムベルク客舎
  4. 1886年12月22日 Grunwaldhof グリュンワルド客館

<シュタルンベルク湖>

  1. 1886年09月03日 Bayerischer Hof 拝焉客舎 ミュンヘンのと同名かも。

<レオニー>シュタルンベルク湖畔

  1. 1886年09月 Gasthof Leoni レオニイ客舎

<ヴュルツブルク>

  1. 1887年09月16日 Hotel National 国民客館

<カールスルーエ>

  1. 1887年09月18日 Hotel Germania 日耳曼客館

<ウィーン>

  1. 1887年09月28日 Hotel Victoria 勝利客館
  2. 1887年09月29日 Tegethof テゲット客舎

ご覧の通り漢堡ハンブルクが無い。よくよく調べると4年の留学期間中に鴎外はハンブルクに立ち寄っていない。またライプチヒに「ホテルドレスデン」がある。誤植ではない。

本日のこの記事はブログ「ブラームスの辞書」開設以来4000本目の記事となる。

2015年1月14日 (水)

ジュニオ

ローマのトレビの泉の辺にあるカフェ。

1888年、ブラームスがこのカフェを訪れている。音楽之友社刊行「ブラームス回想録集」第3巻136ページにおいて友人のヴィトマンが証言しているから間違いない。ドイツの画家たちのたまり場だったカフェで、友人の画家フォイエルバッハの足跡を求めて訪問したとある。

2015年1月10日 (土)

タイムズ

1785年に遡る世界最古の新聞。ロンドンタイムズとも呼ばれる。保守系高級紙として君臨するがブラームスの伝記にも現れる。チャールズ・スタンフォードの証言によれば、本人もほとんど乗り気だったケンブリッジ訪問が、タイムズ紙のスクープによりご破算になったという。本人指揮による第一交響曲英国初演がこれで水泡に帰した。名士扱いを嫌うブラームスが報道を知ってへそを曲げたというのだ。

私が興味を持つのはひねくれた視点。ブラームスはその報道をどうやって知ったのだろう。タイムズ紙を定期的に購読していたのだろうか。あるいは誰かが気を利かせたつもりで教えたのだろうか。ずっと気になっていたのだが、また別の可能性に思い至った。

昨日の記事「カフェ三種の神器」がヒントになる。ウィーンの有名カフェには、欧州の新聞がずらりと取り揃えてあった。英国のタイムズが置かれていたことは間違いない。ブラームスはウィーンのカフェで、タイムズを読んだのではあるまいか。

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