粗探しの言葉
エリザベート・フォン・ヘルツォーゲンベルク(旧姓シュトックハウゼン)は、ウィーンでブラームスに師事した女性。弱冠16歳の彼女の美貌と才能に恐れをなしたブラームスは、その指導をユリウス・エプシュタインにゆだねてしまう。リーズルの愛称で知られる彼女は、後に作曲家ハインリッヒ・ヘルツォーゲンベルク結婚してライプチヒに住み、ブラームスとの交流が再開する。およそ300通もの往復書簡は圧巻である。op69以降の作品研究には欠かせない資料となった。音楽的な洞察力を愛したブラームスは、しばしば新作の草稿を送って批評を乞うた。リーズルはいつも健気にそれに応えた。
あるとき「作品のすばらしさを誉めるための言葉を思いつかないことがしばしばあるのに対して、粗探しのための言葉はいくらでも思いつく」と書いた。ブラームスは作品への賞賛よりもむしろ彼女の粗探しを欲していた節がある一方、その助言に従って改訂したことが無いのもブラームスらしい。







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